ありがとう Chapter.2

 ハリー・クラーヴァルが〈フランケンシュタイン城〉に同居して、三ヶ月──。


 フォン・フランケンシュタインたっての懇願こんがんにより、彼は〝家族〟と迎え入れられた。

 驚いた事に、彼はこの若さにして城主だという。

「俗世は誤解をしているけど、この城のいしずえを築いたのはボクじゃない。現在いまは亡き父上だ──きっと天国に召されている。ボクは、その着工手筈を進めて完成へとけただけなのさ」と、フォン・フランケンシュタインは謙遜けんそんするものの、なかなかどうして若輩が収まる地位には無い。

 この点はサン・ジェルマン卿も素直に感嘆を抱いたものだ。

 実のところ、フォンが同居をす動機としては、ハリーが〝命の恩人〟である事だけではなかったようである。わずかな時間に交した抗弁から、ハリー・クラーヴァルの聡明さを察知し、おのれの貪欲な知識吸収欲が刺激されたという方が本音であろう。

 さりながら、これはサン・ジェルマン伯爵にとっても好都合ではあった。

 流れさえつかめば、あの忌まわしい研究・・・・・・・頓挫とんざ破棄はきさせる事も可能だ。

 あれ・・だけは、絶対に諦めさせねばならない。



 うららかな陽射ひざしに誘われ、フォンとハリーは萌える湖畔で論説を語らう。

 二人が初めて出会った場所であった。

 それゆえか、自然と憩いの場になっていた。

 使用人に聞かれる心配も無い。

 親友だけが共有する秘密の語らい場だ。

 水平と広がる青は、囲いなびく緑と共に鮮やかな平穏を奏でる。その情景は穏やかな旋律と触れ、見る者の心情を癒しに弛緩しかんさせた。

 少しばかり小高い丘に孤高とそびえる巨木オークの根本に座り、二人は定番の抗弁を展開する。

 しくも初対面のさいに、その話題・・・・へと触れた場所であった。

「いいかい、ハリー? つまり〈電気〉なんだよ! 電気こそ〈科学〉の基盤であり〈生命〉の重要項でもあるのさ!」

 興奮気味な口調で持論を展開するフォン・フランケンシュタイン。

 この三ヶ月で彼等の関係はグッと距離が縮まっていた。

 年齢差・・・がありながらも、フォンはハリー・クラーヴァルを同年代の親友であるかのように接するようになり、またサン・ジェルマン卿にしてもフォン・フランケンシュタインは有望な門弟であるかのような錯覚をいだかせる存在となっていた──考察対象が『忌まわしき実験』でなければ、彼とて叡智えいちさずけた事であろう。

きみが言いたいのは〈ガルバーニュ電流〉の事かね? 確かに現在はにわかに注目を浴び、何処の大学でも研究が進められてはいるが……」

 余裕を微笑びしょうふくみ、眉唾まゆつばの可能性をほのめかすハリー。

 この手の抗論では、決まって関心薄く振る舞った。

 彼の傾倒熱を軟化かせるためだ。

 が、信念めいた貪欲な知識欲が折れる事は無い。

 今回も、そうだ。

「ああ、そうさ。だけどね、ハリー? 彼等が〈生命の真理〉に辿り着く事は無いよ。賭けてもいい。何故なら、彼等は〈現行科学サイエンス〉に囚われ過ぎて、肝心な点・・・・を見落としているからね」

「ほう? それは?」

「それは意志・・だよ。対象が〝生きよう〟とする意志さ。心──魂──頭脳──自我────何と呼んでくれても構わないけどね」

 自信に足るフォンの持論に、サン・ジェルマン卿の眉尻がピクリと反応した。

 そんな親友ハリーの機微を見落としたまま、若き知識探求者は揚々と続ける。

「考えてもみてくれよ? 仮に〈電気〉をもって死者を再生したとして、そこに〝意志〟が内在しなければ、それ・・だ? なるほど確かに、心臓は鼓動を刻むだろう。肺機能は呼吸を膨らませ、眼球は視認情報を脳へと伝達し、四肢は挙動を見せつけるだろうさ。けれど、それが何だと言うんだい? それが生きている・・・・・と呼べるかい? 冗談じゃない! ボクに言わせれば、そんな物は〝再生臓器の集合体バンク〟でしかないよ。ボクが心血を注いでいるのは〈ゾンビ〉なんかじゃない! ボクが追い求めているのは〈生命〉なんだ!」

(驚いたな……まさか独学持論で、そこまで辿たどり着いていたとは…………)

 サン・ジェルマン卿は内心舌を巻いた。

 一見『科学論』からは掛け離れたオカルティズムにも映るだろう。

 いな、実際に『科学論』とは呼べない。

 こんな持論を学会で弁舌しようものなら〝稚拙ちせつな無想者〟と蔑視べっしに摘まみ出されるのがオチだ。

 が、さりとも、それは真髄・・である。

 生きる・・・という事の真髄・・である。

 物理的合理性を根とした現行科学論だけでは、到底辿たどり着けない真理だ。

 何故ならば、それは〈哲学〉の領域たる倫理観であるのだから……。

(〈哲学〉と〈科学〉──それは何も相反する物ではない。しくも、それ・・の融合論は〈錬金術〉と同質の概念とも呼べるだろう。そう、さらに一歩昇華された〈錬金術〉だ。そして、この科学信望の青年は、その妄信的な探究心から辿り着いてしまっていたのだ……無自覚にも)

 景色の青に虚無感を逃がす。

 眼前に遊ぶ蝶の黄羽根が、その雄大なキャンバスへ溶け込んだ。

 それはあたかも気付かぬままに無限の虫籠むしかごへと囚われているかのようにも映り、サン・ジェルマン卿にしてみれば憐れみさえ感じる──さながら、この才気あふれる若人わこうど同じ・・だ……と。

「……トラウマなのかね?」

「何だって?」

きみが、そこまで貪欲に〈生命の根源〉を解明しようというのは、幼くして母君ははぎみを亡くしたから──違うかね?」

 ビクリと硬直を見せるフォン。

 だが、一呼吸ひとこきゅうの間に平静をよそおい、楽観的な抑揚でポリシーを盾とした。

「オイオイ、聞き捨てならない邪推だな? やめてくれないか、ハリー? 確かにボクは幼少期に母親を亡くした。その事実がボクに『生命神秘への関心』を萌芽させた事は否定しないよ。けれどね、ボクの崇高なる科学信念は、もっと先を見据えているのさ。この研究が実れば、人類はさらなる階段を昇る。寿命延命に病気の廃絶……誰一人として〈死〉の影に怯える事は無くなるんだぜ?」

「だが、それは〈神の領域〉を侵す禁忌だ」

「ハリー! 時代は移り変わるものなんだ! そして、やがて〈科学〉は〈神〉さえも凌駕する!」

 反目に交える誇り高い否定!

 まさに一触即発と張り詰める両者の意固地!

 と、その時──「御二人ったら、また眉間にしわを寄せるような難しい話をしてらっしゃるのね?」──鈴音のように愛らしい声が両者の緊張を緩和に流した。

「エリザベス?」

 予想外の参加者にフォンは面食らい、ハリーは親しげな会釈を微笑ほほえむ。

「やっぱり此処にいたのね、フォン? それにハリーも」

 清楚でありながらも彩飾に気品を散りばめたドレスが、勾配緩やかな丘を静々と登って来た。

 長く艶やかな黒髪は後頭部に詰めて気品を保つも、やはり北欧にいては珍しい。美しく通った鼻筋に、優しき愁いを宿す眼差まなざし……薄い唇は儚げな可憐さに咲いた花弁。

 そうした繊細な美貌に刻まれながらも、おおらかで柔和なオーラに祝福されている女性であった。

 それは、彼女の慈母的な性格が投影されているからであろうか。

 無限むげん時代ときを生きるサン・ジェルマン卿にしても、初見には心底へと沈澱した感受性が甦ったほどだ。

 彼女の名は〝エリザベス・ランチェスカ〟──フォン・フランケンシュタインの幼馴染おさななじみである。

 名門貴族〝ランチェスカ家〟は、フランケンシュタイン家とは古い付き合いだという。

 ややあって合流したドレス姿が腰を下ろすと、緑の丘陵に白い花と咲いた。

「エリザベス、どうして此処へ?」

「あら、いけなくって? ハリーと一緒に出掛けたのだから、きっと此処だ……って思ったのよ?」

「何だって?」

「フッ……どうやらエリザベス嬢には、とっくに看破されていたというワケか」

「なんてこった! ボクらの秘密の場所・・・・・が?」

 拍子抜けするフォンに、涼しい苦笑を携えるハリー。

 その二人の反応を交互に見比べ、クスクスと笑うエリザベス。

 くして不穏な弁論は脱線に中断され、三人は優しい時間を分かち合う。

 それはサン・ジェルマン卿にとって、永らく望む事すら忘れていた福音であった。

 常に〈死〉を追い求めてきた渇く魂・・・にとって……。





「ハリー、聞いてくれ!」

 興奮醒めやらぬ勢いで、フォンは部屋へと駆け込んで来た。

 ハリー・クラーヴァルは、静かに本を閉じる。

「どうしたというのだね? フォン? 常に沈着なきみにしては珍しい」

「これが落ち着いていられるものか! 嗚呼ああ、可能ならば僕の心臓をきみさらけ見せたい気分だよ! 高揚した気持ちはいかづちよりも激しく、熱くなった血潮ちしおは地脈よりもたぎっているのさ!」

「随分と詩的な事だが、ずは落ち着きたまえよ」

 くつろいでいたロッキングチェアから立ち上がり、戸棚の上に常備してある水差しを手に取った。そこから注いだコップ一杯の冷水を差し出されると、フランケンシュタイン青年は時間が惜しいといった様子で一気に飲み干す。

「彼女が……エリザベスが、僕の求婚プロポーズを受け入れてくれたのだよ!」

「何だって? それは本当かね?」

 さすがのハリーも、これには素直に驚いてみせた。

 予想外……というわけではない。

 正直、この二人は結ばれるべき二人・・・・・・・・だ。

 常々つねづね、心底からそう思っていた。

 さりながら、フォン・フランケンシュタインも、エリザベス・ランチェスカも、奥手である。

 進展見せぬ恋路は傍目はためにもどかしく、親友〝ハリー・・・クラーヴァル・・・・・・〟としてヤキモキしたものだ。

(それが、こうも一気に飛躍するとは……つくづく運命とは分からぬものだ)

 安堵めいた苦笑をふくむ。

 と、同時に久しく新鮮な好奇心が刺激された。

「決め手は何だったのだね?」

「さあ、何だったのかな? ともかく、彼女の独白には面食らったよ。まさか縁談の話が持ち上がっていたなんて、露程つゆほども思っていなかったからね」

「縁談? それは寝耳に水だが……?」

「ああ、ボクだってそうさ。目の前で大粒の涙をこぼし続ける彼女を凝視するしかないボクの不甲斐なさといったら……。けれどね、彼女の愁訴を──『フォン、私どうしよう?』と──受けた時に、自分の内で激しい衝動が暴れ猛ったのさ。それこそ自制が効かないほどに……ね」

「ふむ? それで?」

「だから、ボクは、こう言ったのさ──『これから先、何があろうとも、ボクきみそばに居る。たとえ〈雷神トール〉のいかづちがこの身を焼き尽くそうとも、例え〈運命の三姉妹ノルン〉の嫉妬が無限の時間ときを牢獄と課せようとも、ボクきみから離れない』──ってね」

「詩的だな」

「笑うかい?」

「いいや」

 共に過ごす時間の中で卿は学んだ。

 この青年は単なる合理的理屈のしもべではない。

 そうした論と並列して、詩人並みの感受性もはぐくんでいる。

 ともすれば〈唯物的科学論〉と対極的な〈哲学的観念〉へと着地するのは当然であり、それは皮肉にも〈錬金術的禁忌〉へと開眼させてしまったのだ。

 ややあって、フォン・フランケンシュタインはずと開口かいこうした。

「それで……なんだがね? 実はしばらく彼女と共に旅へ出ようと思っているんだ」

「旅に?」

「ああ。今回の流れは、それこそ〝略奪愛〟だ。ランチェスカ家だって腹に据え兼ねるだろうさ」

「ふむ? 駆け落ち……か」

 顎線あごせんを人差し指でトントンと叩きつつ、サン・ジェルマン卿は思索を巡らせる。

「おっと、止めてくれるなよ? ハリー? ボクの決意は固い。それこそ〈忌むべき悪神ロキ〉を封印する〈北欧主神オーディン〉の拘束よりもね」

「止める? まさか?」

 彼がさんとしている事は、道徳倫理的に許されぬ行為だ……が、そこをとやかく責めるつもりなど毛頭無い。

 むしろ、前途を祝福されるべき若き知己を後押しすべく、彼は経験の総てを脳からあさっていた。

「……スイスだな」

「何だって?」

「スイスには、わたしが──いや、わたし知人・・が所有していたやかた〈ディオダディ荘〉が在る。そこならば、誰の目にもおよぶ事は無いだろう。当面の新婚生活に不自由も無い」

「そいつは有り難い! 渡りに船だ! だけど……」

「何かね?」

「いや、家主の許可は?」

「心配は無用だよ。家主〝バイロン卿〟は、常々つねづね手放したくていてね。だから、わたしに管理を一任いちにんしていたのさ──善き入居者を見つけたら譲渡して欲しい──とね。卿にはわたしから通達しておく。君達きみたち気兼きが新居・・と使えばいい」

「ああ、ハリー! きみってヤツは!」

 真摯な友情に心から感動し、フォンは親友ともの両手を固く握り締める。

 とは言え、実のところサン・ジェルマン卿には打算もあった。

(エリザベス・ランチェスカ──愛する者との日常が、彼から狂気の理想を失念させるやもしれない)

 結局のところ幸せ・・とは〝平凡〟の中にこそ在る。

 非凡の才は偉業をす可能性なれど、同時に〝悲劇の種〟でもあるのだから。

 そうした才人を、サン・ジェルマン伯爵は多々見てきた・・・・

 この青年ともを、そうした目・・・・・には遭わせたくはない。

 そして、彼女──エリザベス・ランチェスカを。

 しかし……何故であろうか?

 何故、彼女の事を想うと心が乱されるのであろうか?

 祝福されるべき若者達である。

 似合いの男女である。

 二人共、掛け値無しに大切な存在である。

 嗚呼、嘘偽りの無い賛美を捧げよう!

 しかし…………何故?


 エリザベス・ランチェスカの死去をハリー・クラーヴァルが知るのは、これより一年後となる。

 放火による焼死──それが死因だった。






「何故だ……フォン・フランケンシュタイン! 何故〈薔薇十字団ローゼンクロイツ〉などに加入した!」

きみボクを糾弾出来るのかい? ハリー・クラーヴァル──いや、サン・ジェルマン伯爵!」

「ッ!」

 久しく交えていなかった毅然きぜんたる反目! 

 暗く灯る蒼い照明。聖堂ほどの広さを誇示する石室は、意地と交わす熱き想いを寂寥せきりょうに呑み込む。

 〈薔薇十字団ローゼンクロイツスイス支部〉──その地下研究室での再会である。

 風の噂に聞いたものの、ハリー・クラーヴァルは信じたくなかった。

 真偽を確かめるべく、サン・ジェルマン伯爵は所在を探り続けた。

 そして、運命は皮肉にも両者を〈敵〉として対峙させた……。

「偉大なる指導者〝クリスチャン・ローゼンクロイツ〟は総てを教えてくれたよ──きみが〈不老不死の人造生命体ホムンクルス〉だとね」

「そ……それは!」

「不老不死の生命いのちに在りながら、何故、ボクそばに居た? ボクだまして、内心ではあざけわらっていたのだろう? 盲信する〈科学〉に試行錯誤を繰り返す様を見て、その一喜一憂いっきいちゆうを『愚かな道化』と侮蔑していたのだろう? 親友とたばかって!」

「違う!」

「彼は約束・・してくれた! このプロセスを完成させる研究を、総て支援してくれると! 機材・施設・人材・資金……総て・・をだ! この途方もない超人的研究プロジェクト総て・・をだ! そして、約束・・は果たされた!」

「……その対価として〈生命創造ノウハウ〉の総てを明け渡すというワケか」

「ああ、そうさ。ボクにしてみれば、これより後の事は興味無き些事だ」

(……クリスチャン・ローゼンクロイツ! 前途ある若き才気をたぶらかし、その情熱をおのが野心の肥やしとするか!)

 むなしきいきどおりに歯噛みする!

 愚劣なる悪意に嫌悪の炎が猛る!

「まぁ、いいさ。もうきみとて、ボクにとって関心の無い過去だ。そうとも……これから到達する昇華の前にはね!」

 フランケンシュタインが指を鳴らすのを合図に、彼の背後に物々しい機械装置一式が競り上がってきた。

 箪笥タンス大の鉄箱には計器類が明滅し、生えるコード類は鬱陶うっとうしくもつたと絡み合う。それらに囲われる形で中央には木製の拘束板が起立状態で待機し、先のコード類がエネルギー供給を目的としてつながれていた。

 そして、拘束台に捕縛されたにえを見るなり、サン・ジェルマン卿から血の気が引く!

「エリザベス?」

 紛れもない!

 その優麗な美貌を見間違うはずもない!

 肢体の節々が傷んではいた。右顔面は無惨に焼け崩れ、艶やかだった黒髪は灼熱の暴力によって煤けている──が、見間違うはずがないのだ!

 それがおのれの〈愛〉だと自覚した日から……。

ボクエリザベス・・・・・を生き返らせる! 今度は死なせない! そうさ! 死なない命・・・・・として!」

「馬鹿な事はめるんだ!」

「馬鹿な事だって? きみに分かるのか? 愛する者を失う哀しみが……苦しさが! 彼女の頬は氷のように冷たく、もはや春のささやきのような温もりに無かった! ボクを見つめてくれた女神のような微笑ほほえみも、もう浮かべてくれる事など無いんだぞ!」

「踊らされるな! きみほどの男が──クリスチャン・ローゼンクロイツが満悦のたねと!」

 サン・ジェルマン伯爵の鬼気迫る制止を耳に、やがてフォン・フランケンシュタインは虚脱的な抑揚に吐露する。

「ねえ、ハリー・・・? ボクは、やっと解ったんだ……何故、こうも偏執的に〈生命創造〉へと取り憑かれていたのか。母──エリザベス──最愛なる者を失う無力感に二度も打ち据えられて、ようやく解ったんだ。総て・・は、この時の為・・・・・だったんだと! そうさ〝人類のため〟なんかじゃない! ボクの研究の総ては〝愛する者のため〟だったんだよ! アハハハハアハハハハハッ!」

 狂気に魅入られた高笑い!

 それは〝不死身の男〟たるサン・ジェルマン伯爵すらゾッとさせるものをはらんでいた。

 哀しいかな──眼前に在る狂人は、もはや卿の知り得る未来・・ではない。

「さあ〈電気〉よ! 生命の源・・・・よ! 彼女・・に〈生命いのち〉を!」

 一転、堰を切ったかのようにスイッチを入れ始めるフランケンシュタイン!

 けたたましい振動音を唸り、狂科学の発明装置が目覚める!

 帯びる蒼き電光!

 その光蛇はつたを巡って、愛する者・・・・の肉体を蹂躙する!

 ガルバーニュ電流の手荒い刺激が、深き眠りにビクビクと痙攣けいれんを与えた!

「そうだ! 嗚呼、そうだ! これは生命だイッツ・ア・ライフ! 生命だイッツ・ア・ライフ! 生命なんだイッツ・ア・ライフ!」

めろォォォーーーーッ!」

 そして、一発の銃声が狂愛を終焉させた……。





 何故、幸福と不幸は等分ではないのか?

 フランケンシュタイン城応接間にて、サン・ジェルマン伯爵は無情を噛み締めていた。

 その命題は〈生〉に流れ過ぎる時代に幾度となく体験してきた事である。明答など無い。

 親友ともの生家を根城として生き続ける決意をした。

 贖罪しょくざいだ。

 親友ともの思い出に触れるのも──面影を想起そうきするのも────総てはあやめてしまった事実への贖罪しょくざいだ。

 うつろう意識の外で、激しい雷雨が荒れている。

 いつから降っていたのであろう?

 数分前か?

 数時間前か?

 あるいは、数年前か?

 城主たる親友ともは、もうない。

 使用人も皆去った。

 広く暗い城内には、死人のような気配に生きる自分・・しかいない。

 いな、後は死体・・か。

 愛する二人の死体だ。

 防腐剤投与に冷凍保存──皮肉にも〈薔薇十字団ローゼンクロイツ〉の技術がかせた。

 何故、二人の死体を保管したのか?

 それはサン・ジェルマン卿自身にも判らない。

 衝動的な選択であった。

 ともすれば、失いたくなかったのかもしれない──ハリー・・・クラーヴァル・・・・・・として刻んだ〝幸福な時間とき〟を。


 ──きみに分かるのか? 愛する者を失う哀しみが……苦しさが!


 親友フォンの糾弾が脳内に逡巡しゅうじゅんする。

 雷鳴は弾劾だんがいを吠え、雨弾うだんは叱責に嘆き狂った。

 時代は流れる……。

 だから何だ?

 世は〈近代科学主義〉なる時代を迎えた……。

 だから何だという?

 生きながらに死んだ・・・・・・・・・には関係無い。

 雷雨はまない。

 それは果たして現実だろうか──。

 それとも心理の情景であろうか────。

 と、永い歳月の黙考に飽きたかのように、サン・ジェルマン卿は暗く沈む顔を上げた。

「いや、待て……元来〈生〉と〈死〉は表裏一体──ならば、応用できる・・・・・という事だ!」

 机の引出しを乱雑に漁り、不要な物を投げ捨てる!

 捜し物は、ただひとつ!

 かつて〈死〉を得るために研究を重ねた手記!

 みずからが死ぬため・・・・に、盲進してきた未完の成果だ。

 それを、このような形で役立てる日が来ようとは……。

「確かにエリザベス・ランチェスカの脳は炎熱に殺されている……だが、フォン・フランケンシュタインの脳は無事だ!」

 しかし、肉体破損はどうする?

 蘇らせたいのは、どちら・・・だ?

 フォンか?

 エリザベスか?

 サン・・ジェルマン・・・・・ハリー・・・クラーヴァル・・・・・・が、せめぎ合う!

どちらも・・・・だ!」

 ならば、両者の身体をつなぎ合わせればいい!

 それでも足りなければ、死体漁りも辞さぬ覚悟だ!

「死なせない! このまま死なせてはならない・・・・・・・・・! あの二人は結ばれるべき・・・・・・なのだ!」

 くして、狂愛は伝染した。

 おのれが同罪の咎人とがびとと変わり果てた事も自覚できぬままに……。

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