わたし Chapter.8
悪路も悪天候も関係無い!
左右に繁る暗緑の樹木が高速に滑り去る!
背後に轟く雷光は高鳴る鼓動の
サン・ジェルマンが駆るジープは、猛スピードで
街中は避ける!
疾駆に障害である事もあるが、何よりも街の人々に〈
大回りに進路を取り、一路、雑木林沿いを爆走した!
「では〝ハリー・クラーヴァル〟は偽名だと?」
助手席からの
「そうとも言えるし、違うとも言える。私が
「何故、偽名などを?」
「悠久たる
「そして
「私やウォルフガング・ゲルハルト──いや、ヨーゼフ・メンゲレと呼ぶべきか──は、そうして生き延びてきたのだよ……激動にうねる時代の変革を」
「ウォルフガング・ゲルハルトも、そうした存在だったのですか……」
ブリュンヒルドにしてみれば初耳な情報である。
同時に何故か納得に足るのであった──あの男の
確かに、彼は〝人間〟であった。
しかしながら、
その冷徹な
あまりにも冷徹過ぎる人格は、はたして
しかし、
悠久ともいえる
だからこそ、サン・ジェルマン卿の説明に至極納得するのだ。
そして、彼もまた〈
「だが、私と彼には相違がある。ひとつは〝不死体質〟を得た経緯。彼は
「錬金術? 噂程度に聞いた事はありますが……何です?」
神話時代を基盤に生きた彼女は、後世のオカルト事情には正直明るくない。
その事を察したサン・ジェルマン卿が要約に説明する。
「要するに〈科学〉の前身学問分野だよ。人類にとって超常的行使術であった〈魔術〉や〈魔法〉は、旧暦中世に
「は……はあ……」
納得に至らない納得を浮かべていた。
が、それも一瞬。
すぐさま真剣味に引き締まり、述懐を続けた。
「かつて、とある錬金術師──
「錬金魔術による人造生命体──
ヘルの暗い指摘に、忌まわしき想いを噛んで頷く。
「それも〈唯一無二のホムンクルス〉と呼べるだろうね。総じて〈ホムンクルス〉は
「……〈
「かつては〈アステカ〉も〈バビロニア〉も体験しているさ」
自然の剛力にタイヤを持っていかれそうになり、卿は荒いハンドル
「すみません……その〈ホムンクルス〉とは?」
またも神話時代の無知が、話の腰を折る。
「〈錬金術〉に
「生命の……創造?」
ゾッとする事実を
死体を縫合した再生被造物──忌まわしき科学実験の落とし児────それ
だからこそ、抑えきれない
人類の愚かしさに対する糾弾を!
「何故、そのような魔術実験を! 摂理に反した暴挙を! ともすれば、神の意に対する反逆ではありませんか!」
「愚直だな、ブリュンヒルド嬢。人間の
「ですが!」
鎮まらぬ
「さりながら、この非倫理的『生命創造』は、崇高な理念の下で実験され続けたのは事実だ。ひとつは、純粋に『不老不死への願望』──私の場合は、まさしく
「……もうひとつは?」
不信感にも似た
「……『生命創造プロセスの解析』さ。生命の創造とは、
「神に並ぼうなどと! それは
「フッ……見くびられたものだな、
感情的に呑まれるブリュンヒルドに反して、
何故ならば、彼女は知っている。
人間というものが、
ともすれば、知識探究の果てに
「それで? 何者なのだ? そなたのような
「……〝クリスチャン・ローゼンクロイツ〟! 後の旧暦中世時代には、史上最大の魔術秘密結社〈
豪雨の重みを
はたして、それは内なる嫌悪感の
「
「十七世紀──旧暦中世だよ」
「時代が合わぬな。旧暦十七世紀の人物なれば、十六世紀に滅亡した〈アステカ〉や紀元前文明たる〈バビロニア〉へ、そなたが訪れる事は叶わぬ」
ヘルの指摘は、相変わらず本質を
サン・ジェルマン卿は乾いた自嘲を軽く浮かべる。
「クリスチャン・ローゼンクロイツが
「しかし、そんな以前から生きているなど──」そこまで
返事は無い。
ただ黙して悪路と闘うだけであった。
思い沈黙を共有し、やがてサン・ジェルマン卿は次なる話題進展を切り出した。
「私とメンゲレの次なる相違は〝欲〟の在り方だ。彼は〈第四帝国〉──
「では、
「……
「そんな? それは……」
間違っている──そう主張しようとしたものの、ブリュンヒルドは言葉を呑んだ。
しかしながら、サン・ジェルマン伯爵は──そして、ウォルフガング・ゲルハルトは──違う。
人間社会だ。
見渡せば〝定命の人間〟ばかりの環境である。
そうした渦中での疎外感や虚無感は計り知れない。
そして、常に奇異への偏見に晒され、迫害に畏れて生き続けねばならない……。
サン・ジェルマン伯爵が〝人並みの死〟を望み、ウォルフガングが独善的な選民意識に自己逃避して歪むのも、
それでも──「死んでいい命は無い」──後部座席に眠る戦友を改めて眺めた。
神への謀反と生まれ落ち、迫害に忌避され続け、それでも〈
そんな
悠久の流れに
(形はどうあれ、此処に集った者達は皆同じ。定命の
死ねぬ男〝サン・ジェルマン伯爵〟──。
そして〈冥女帝〉たる
(だからこそ、
隣座席へ視線を流す。
横たわるのは、総ての元凶たる
(──
噛み締めるかのように
「それで? 何処へ向かおうと言うのです?」
ブリュンヒルドがサン・ジェルマン卿へと
「
「それは?」
「フランケンシュタイン城だ」
雷鳴が歓喜に轟いた。
切羽詰まった来訪者のように、大粒の雨が窓を乱打する。
気持ち鎮まった矢先にまた雷光が轟き、不安を再び掻き乱す。
嫌いだった。
昔から、こういう天気は怖くて嫌いだ。
マリーは窓辺に眺めるのをやめて、ベッドへと潜り込む。
頭からタオルケットを被り、大きなぬいぐるみを添い寝の友と付き合わせた。
室内が青白いストロボに浮き彫りとされ、数秒遅れで雷鳴が威嚇を吼える。
それが
自分の部屋に魔物が棲みついたかのように不穏であった。
だから、とりとめの無い思索に意識を逃がす。
(さっきの鳴き声、何だったのかな……)
答は無くていい。
幼児なりの現実逃避だ。
(大人達は
その事を
(……お姉ちゃん)
──そこまで〝会いたい〟という気持ちが強いなら会うべきです! でなければ、
もうひとりの
モヤモヤと
(明日、会いに行こうかな……)
不確かな決意に
やがてスヤスヤとした寝息は、畏怖を
漆黒の大海に溺れるが如く〈
抗う気は無い──
とうに精根尽きている。
身を委ねてたゆとうだけだ……。
(私は……どうなった?)
最後に網膜へと焼き付いたのは、白く染まる世界。
現状とは正反対な光景。
(ああ、そうか……
ようやく思い出す──
深淵へと────。
奈落へと──────。
恐怖は無い。
感慨も無い。
ただ受け入れるだけであった。
安らぐ感覚が五体に
(私は……死んだのか?)
自分には無縁な事象だと思っていた。
(……
ともすれば、それは
背後の湖底から水泡が昇っていく。
過ぎ去り消える泡は、ひとつひとつが異なる情景を包み込んでいた。
風情在る
小鳥
どれもこれも初めて見る景色だ。
さりとも、総てが
それは不思議な光景であった。
人間達は
何よりも空は青く、雲が白い。
どこまでも続く青は〈
(これは……旧暦?)
書物で知った情報と照らし合わせる。
──懐かしいな。
自分の内で
(誰だ?)
心底に居る
──懐かしいわね。
また
(誰なんだ?)
間違いなく心底に……
自分の知らぬ
男と女だ!
青年がいた。
目の前に立つ青年は見るからに温厚で優しそうだった。
それは慈しみに見つめる瞳が暗に裏付けている。
(……フォン・フランケンシュタイン?)
その名を呼ぶと〈
初めて会った青年だ。
面識など無い。
それでも、懐かしかった。
胸が締め付けられた。
込み上げる感情が何なのか理解できないまま、抱き締めて欲しい狂おしさが暴れた。
だから──涙が零れた。
青年は
されど、その
まるで〈
示唆されたかのように振り向く。
女性がいた。
繊細なドレスを気品に
初めて見る女性だ。
たおやかで……可憐で……儚くて…………。
そして、何よりも
(……エリザベス・ランチェスカ?)
その名を
ずっと会いたかった。
彼女を見つけた
だから──涙が
会った事など無いというのに……。
彼女は、ただ
されど、その
まるで〈
──エリザベス・ランチェスカ……。
──フォン・フランケンシュタイン……。
惹かれるままに歩み近付く二人。
ずっと焦がれた想いに
尽きぬ涙に戸惑う〈
──もう放さない……。
──もう離れない……。
──ずっと……ずっと…………。
その者達が
だが、体感を通じて確信できた事があった。
直感的に理解できた事があった。
自覚を帯びない感情が教えてくれた事実が……。
(
〝フォン・フランケンシュタイン〟にして〝エリザベス・ランチェスカ〟────。
〝エリザベス・ランチェスカ〟にして〝フォン・フランケンシュタイン〟────。
この
この脳は〝フォン・フランケンシュタイン〟の物──。
死して
もはや離れる事もない二人──。
では、
そして〈
生も死も平等な
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