わたし Chapter.7
見くびっていた!
正直〈
その甘さに〈
身の丈
(このままでは!)
眼下の〈
そんな無力を、ロキは優位性に
ゆっくりと向けた
「うっ!」
顔面直撃を受けて吹っ飛ぶ〈
「ぐ……うう!」
無様に数メートル転がると、なけなしの気力を杖に這い起きる。
が、悠然たる闊歩に近付いた加虐心は、至近距離からまたも光弾を
「どうしたよ〈
「グウゥ!」
体内に残された
が──「……ウゼぇよ」──またも
無抵抗に吹っ飛ばされ──泥にまぶされ、起き上がり──吹っ飛ばされる────その無慈悲な
あまりにも
「ロキィィィーーーーッ!」
憤怒に燃えて特攻せんとした矢先、またしてもヘルが眼前に滑り込んだ!
襲い掛かる
「退きなさい!
「そうはいかん! ブリュンヒルド!」
操者の体重を乗せた両武器が競り合った!
「〈冥女帝〉とはいえ、私には支配できぬ者が三つ在る。ひとつは〈神〉……
「な……何を?」
「もうひとつは〝神力や魔力に依って再生した知性体〟──貴様のような……な。あの〈
「だから、先程から何を!」
均衡崩しの一振りに
「そして、最後は──」
滞空に踏み留まったブリュンヒルドは、すぐさま踏み込んで再び取り付いた!
「だから
「私は
「神の一端が!」
「逆に
「そ……それは!」
瞬時に戦士の本能が受動的反応を見せ、後方跳躍に間合いを取った!
「……
「何?」
「確かに、彼女は〈
「純心なる……魂?」
毅然たる意志を宿した正視を受け止め、ヘルは改めて眼下の〈女怪物〉へと好奇を注いだ。
(高潔にして愚直なブリュンヒルドに、ここまで言わせるとは……本当に何者なのだ?)
そして、密かに本質の看破を試みた神眼は感じるのであった──混沌とした〝生の波動〟と〝死の波動〟の狭間に息吹く
(
「ざまぁねえな?
「ハァ……ハァ……グゥ……ハァ……」
落雷さえ呼べれば──切なる想いが電気
直後、無慈悲なる手が、苦悶滲ませる美貌から前髪を鷲掴みにした!
「うああ……!」
ギリギリと捻り上げられ、上体を吊り起こされる!
膝立ちに露呈するのは醜い右顔面!
ギョロりとした眼球と表皮無き筋肉繊維を奇異と眺め、ロキは
「ヒュウ! ゴキゲンな
「ゃ……やめ……ぅ……く……」
耐え難い屈辱感に鼓動が暴れる。
無抵抗を
それが〝女〟として
「よぉ?
「な……に?」
「フェンリルさえブッ殺せる
「グゥ……フェ……フェンリルは……」
「あん?」
「フェンリルは……
「……で?」
「悲しくは……クゥ……ないのか!」
「アホか? オマエ? おっ
「そう……か……」
他人の心情機微を嗅ぎ取れる
さりとも〈
この男には情愛など無い……と!
掠れる意識に浮かぶのは
だからこそ、この男を……この男の
生まれて初めての激しい拒絶意思が胸中を占めた!
「で? どうするよ? オレの片腕になりゃあ、このクソッタレた世界を手玉に取れるぜ? オレと
「こと……わる!」
「あ? テメェだって本心じゃ憎いんだろ? この世の中が……オレ達を異端と虐げてきた、
「憎しみが無いと言えば〝嘘〟になる……けれど──」
「……けれど?」
「──愛していないと言ったら〝嘘〟になる!」
「……そうかよ」
落胆にも取れる
その
そして──「残念だぜ」──渾身に〈
「かはっ!」
高々と蹴り上げられる
為すがままに噴き上げられる標的へ、白光を臨界まで息吹いた
「消えろよ……
追撃と放たれる神光の砲撃!
凄まじい白の
虚ろに流された
「ケッ……テメェなら、
転がる投棄物を横目に、ロキは吐き捨てた。
果たして、それは虚しき本音か……
「ロキィィィーーーーッ!」
憎しみ任せの急襲!
高空から突撃して来た〈
が、まるで予見していたかのように涼しい顔で避けるロキ。
着地の勢いによる地滑りを踏ん張り堪え、ブリュンヒルドは憎悪に満ちた敵意で臨戦態勢を身構えた!
「よくも……よくも
「あん? 何をイキってんだ? テメェ? バケモンが一体くたばっただけじゃねぇか?」
「黙れ! その薄汚い
「親友? そのバケモンが? クックックッ……ヒャーッハッハッ! コイツァいい! 傑作だぜ! クソジジイ御用達の〈
「黙れと言っている!」
「何を
「
遅ればせながら降下してきた
「申し訳ありません、父上。
淡々とした抑揚で報告しつつも、仰臥に息絶えた死体を盗み見る観察眼。
(確かに
間近に見る事で初めて認識する事が出来た。
暗闇の中で
弱々しくか細い灯火は、仲睦まじく踊っているかのようであった──。
おそらく、いままでは〈
(性質的には〈魂〉だと思われるが……それにしては微弱過ぎる。まるで〝残り香〟のような……。それに、何故
実に奇妙な現象であった。
不自然な事象であった。
幾多の〈魂〉と対面してきた〈
ひとつの存在に対して、ひとつの魂──それが生命の
にも
そんな黙想を妨げたのは、不意に頬を弾く痛み!
蔑んだ表情で
「ち……父上?」
「ったくよォ? 使えねぇヤツだな……テメェは!」
実の親とは思えぬ無情の仕打ち。
が、物を言い返す気など無い。
とっくに諦めている。
そう、とっくに諦めている……のに、何故こうも胸が痛むのであろう?
大切にしていた硝子細工が割れ落ちたかのように……。
「ロキィィィーーーーッ!」
憤怒に突撃する
渾身に繰り出す
だが──「アメェよ」──ロキは止めた!
指先一本で切っ先を押し留めて!
集中させた神力によって
「オレ様は〈神〉だぜ? たかだか〈
「神界の
「ヘッ! 言うじゃねぇか? 可愛いお顔に目くじらたててよォ? そんなに、あの〈怪物〉へ入れ込んでたってか?」
「……
「あん?」
「これは〈
持てる神力を振り絞るブリュンヒルド!
その気迫と共に
「……ブリュンヒルド?」
予想外の庇い立てに、ヘルは戸惑う。
そんな冥女帝に
「……別に
──では、何故?
さりながら、ブリュンヒルドは無言の疑問へと答えるべく叫ぶのだ!
「
せめぎあう神力と神力!
切っ先と指先の間に生じる眩い光が、激しい反発力を生んだ!
「グゥゥ……ッ!」
「……プッ……クックックッ…………」
ロキの余裕が崩れる事は無い。
ブリュンヒルドが
そして、悪神は解き放つ!
余力程度の神力を!
「な……何ッ?」
白が膨らむ!
染まる眼界にブリュンヒルドは戦慄を覚えた!
圧倒的な底値差の現実に!
「はい、ゴクローサン」
「ぅ……あああああぁぁぁぁぁーーーーーーッ!」
白光に呑まれ吹き飛ばされる
此処に気高き聖鎧は割れ、正義の
「……ぅ……ぅぅ……」
満身創痍の顔を上げれば、愛すべき
容赦なき雨に全身を叩き付けられ、その
「ごめん……なさい」
泥を掴んで這う。
這い寄る。
せめて、傍へ寄り添ってあげたかった。
「守ってあげられなかった……救ってあげられなかった……仇さえも…………」
頬を濡らし染める物が雨か涙かは、もはやブリュンヒルド自身にも判らない。
「しぶてぇなあ? さすがに〈神界の者〉ってトコか?
無慈悲が歩を進めた。
後腐れなくトドメを刺すつもりだ。
さりとも、ブリュンヒルドに抵抗する
気力も……武器も…………。
と、両者の間に入る姿があった!
絶体絶命の
「あん? どういうつもりだ? ヘル!」
「父上、勝敗は決しました。これ以上の追い討ちは無意味……此処は
「イヤだね」
「父上! 何卒!」
必死な
「オマエ……まさか、さっきの一幕で
「そ……そのような……事は…………」
逸らす視線が〝答〟であった。
だから、ロキは思わず吹き出す。
「プッ……クックックッ……アーッハッハッハッ!」
「ち……父上?」
「ヒャハハハハ……ヒィーヒィー……」
狂ったように笑い続ける
その狂気染みた挙動には、ゾッとするものさえ覚える。
「コイツァいい! そりゃそうか? 考えてみりゃ、オマエは神話時代から〈冥界〉で独りぼっち……
「そ……そのような意図では…………」
羞恥にも似た気まずさを噛むヘル。
と、頬を打つ音が闇空に木霊した!
「──
またもロキが平手打ちに裁いた音だ!
その表情は冷徹へと染まっている。
「ち……父上?」
「
「私は……道具?」
ヘルが覚える頬の熱さは、そのまま心の寒さであった。
(嗚呼、やはり総てが無意味なのだ……親子という呪縛の前では……この世に
それを汲んだか、ブリュンヒルドが歯噛みに正義感を甦らせた!
「クッ……ロキ! 貴様という男は……どこまでも下劣な!」
「おやおや、元気が戻ったかよ?
「貴様は……貴様は〝ウォルフガング・ゲルハルト〟と同じだ!
「情愛? 何だ? 腹の足しになんのか? ヒャハハハハッ!」
「貴様は!」
と、その時であった!
目が
「クッ?」
白光に呑み込まれた!
相手を見定めようとするも、直視には厳しい!
「グアッ!」
完全な奇襲に数メートル弾き飛ばされながらも、ロキは神力による肉体強化の発現でダメージを軽減した!
片膝着きの着地に視認してみれば〈
運転席に収まっているのは、ロキが慢心を捨てねばならぬ相手!
「サン・ジェルマン! テメェ?」
吠える
「立てるかね?」
「
「説明は後だ。手を貸してくれ。
視線で指し示すのは、事切れた〈
「運んでどうするのです! 彼女は……彼女は、もう!」
「希望はある!」
確信に足る断言に、ブリュンヒルドは疑念を呑んだ。
強い意思に頷くと、二人掛かりの肩担ぎで濡れた
助手席に
「彼女も!」
真意は汲めなかったが、サン・ジェルマンは無言に容認した。
「……乗りたまえ」
「わ……私は……」
静かな誘いに
その負い目を看破すればこそ、ブリュンヒルドは決断の後押しを吼えるのだ!
「早く乗りなさい! ヘル!」
「し……しかし、私は〈
「自分で決めるのです! 自分の在るべき道は! 私や
誇らしき象徴として強き想いを注ぐのは、後部座席に眠る親友の姿!
「自分の……道?」
許されるのであろうか?
呪われし血統に生まれた私にも?
子供は親の道具に過ぎない──親の支配権限は絶対────
私は……私だ!
ならば、私は!
荒々しい全速で走り去る車体!
だが、みすみす獲物を
「
みるみる遠くなる車体を標的と定め、追撃に跳躍しようと構える!
が──「な……何ィ?」──いつの間にか地面が氷樹の蔦と根を張り、彼の足首を凍結の足枷で捕縛していた!
「まさか……フェンリルだと! テメェ?」
信じ難い現象に、横たわる巨獣の丘陵を
さりながら魔狼は間違いなく、とっくに事切れていた。
だが、それならば何故なのか?
死界に見開く瞳孔は、去り行く車影を写し込むだけであった。
そして、生死と誇りを懸けた
「クソッ! どいつもこいつも……何故、オレに反抗しやがる! 何故、意のままにならねぇ!」
行き場の無い呪怨が、ますます憤りを燃え上がらせる!
その深く淀んだ負念を、闇空の支配者は嬉々と満喫していた……。
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