わたし Chapter.4
鉄壁を誇った
連射される銃腕が基地内設備を無防備な
モニターに分割投影される暴動劇!
要所要所で生じている反乱に、メンゲレは基地内スピーカーを全開放して命じる!
「何をしている! やめろォォォーーッ!」
が、それが威令と機能する事は無く、敵兵不在の駆逐作戦は紅蓮を広げていった!
皮肉な事に重鋼尽くしの内壁は、その反射で鮮やかな照り返しを強調演出する。
「ぐ……軍隊が……私の〈
「だからよォ? もう
「キ……貴様ァァァ……ッ!」
呪怨みなぎる
「貴様、いったい何をした!」
「脳ミソに介入しただけさ──テメェと同じようにな。やったのは、
「貴様ァァァーーーーッ!」
──銃声!
崩れ倒れたのは、メンゲレの方であった。
「カ……ハッ?」
倒れ込んだメンゲレは、
が、致命傷には違いないだろう。
心臓──大動脈付近を
「馬鹿なのか? テメェは? この場に居る
「キ……キサ……ガハッ!」
「安心しろ。テメェが精魂込めて造った〈
ロキが嘲笑に浸った直後であった!
「あ?」
違和感にメインモニターへと向けられる注視。
ロキだけではなく、その場に居合わせた全員がそれに
基地内通路の一角だ。
それが
複数の
外の豪雨を濡れて来たのであろう──全身水浸しであった。
荒れ伸びた黒髪は色気ある
いずれにせよ当の女怪物は、侵入先を展望して敵数と状況を把握するだけだ。
「あれは……〈
青天の霹靂とばかりに見入りながらも、込み上げる情愛のままにサン・ジェルマン卿が零した。
「ゼェ……ゼェ……また
虫の息ながらも忌々しさを向けるメンゲレ。
その反応を盗み見たヘルもまた、改めてモニターへと観察視を向ける。
(いつぞやウォルフガングが
とりわけ、これまで不敵だった謎の貴族が、露骨な感情を浮かべたのは興味深かった。
察するに、彼との
「何だァ? アイツァ?」
「
「……
サン・ジェルマン卿の焦燥が制止となる間も無く、無慈悲な指令が下される!
即座に標的へと乱射される腕銃!
が──!
「何ッ?」
ロキは我が目を疑った!
一斉掃射された弾幕は〈
全弾である!
全弾が、まるで不可視の壁に埋もれたかのように止まったのである!
よくよく目を凝らせば、滞空する弾丸にはチリチリと小さな帯電が
「どういう事だ! 呪文詠唱を要さない〈魔術〉か? それとも、アイツァ〈念力〉でも使えるのか?」
「……さしずめ〈
「ああ? 何をワケの解らねぇ事を言ってやが──」
「クックックッ……凄まじい学習スピードだな」今度は瀕死に転げるメンゲレが
「そうか……
「サン・ジェルマンよ……まったく……貴様は、とんでもない〈
サン・ジェルマン卿へと向けられたメンゲレの熱は、
それは
科学者としてのプライドであった。
不老不死──無敵の戦士────あらゆる探究成果が、科学者でもない
しかも、より高い完成度を
到底、認められない屈辱感だ!
「テメェ等! さっきから
自分の思惑から外れる戦況と、自分には理解できない共感──
その激情を侮蔑に逆撫でするかの
電光を帯びた次の瞬間には弾幕から外れ、力強い拳で射撃主を背後から貫いていたのだ!
すぐさま別方向から追撃が向けられるも結果は同じ!
攻撃プログラムを切り換えた
あっという間に現場の
「な……何だ! コイツァ!」
まったく未知なる驚異に歯噛みする
と、その無様さに静かなる
「クックックッ……」腹立たしさに出所を追えば、血溜まりに浸るヨーゼフ・メンゲレのものであった。「貴様
「……アン?」
露骨な
蔑む見下しにギラつく
「
「……ウルセーよ」
「カハッ!」
メンゲレの
敵を駆逐し終えた〈
「銃の連射音と爆発音が絶え間無く聞こえる……どうやら、此処は内部破壊されている最中だな」
周囲を展望すると、集音結果から導き出される推測を呟く。
彼女の超人的な聴力は、他の場所で展開する破壊行為も
幾重もの壁が阻もうとも、狂騒する破裂音のくぐもりは遮られない。
正直、
現状では手掛かりを得る方が先決だ。
「どっちだ?」
漠然と見渡す。
鋼色の簡素な通路は左右に延びていた。
「呼吸や会話などの生体的な微音は拾えない……か。正直、破壊の喧騒が大き過ぎる。加えて、音が隠っている……この金属壁の防音性が高いのか」
鈍る決断に、
有益な判断材料は無い。
「条件は同じ……か」
と、何処かで鳴く銃声を聞いた!
その違和感に捕らわれる!
「連射音じゃない──単発? 拳銃か?」
出所の目星を追い睨み〈
「……こっちだな」
賭けるべき方向は定まった!
かつて〝ウォルフガング・ゲルハルト〟と名乗った男──。
人類史上最悪の組織〈ナチスドイツ〉が生んだ落とし闇──。
狂気の科学者〝ヨーゼフ・メンゲレ〟────。
無論、自業自得な末路だ。
これまでの非人道的所業を
しかし、それでも……。
「ゼェ……ハァ……私の悲願……」
生にしがみつく。
折れぬ野望を柱と据えて。
「ハァ……ハァ……人類を導く〈超人〉による指導国家……第四帝国……」
死の影を拒み続ける。
虚に染まる視界が浮かべる理想郷は、尽きた命運が見せる蜃気楼だと悟りながら……。
「私の……軍隊……〈
そして、無念は事切れた。
程無くして急速に干からびていく肉体。
細胞を人為的に
遺骸は老体と化し──老体は
「ケッ! 何が〈第四帝国〉だ! 〝超人による支配帝国〟なんざ、百鬼魔界と化した
その
さりとも、物を言う気など無い。
言ったところで改まりもしないのは明白。
何よりも、彼は〝
が、彼女の胸中を代弁するかの
「……下劣だな」
「あ? 何がだ? サン・ジェルマン?」
「別段、彼を
「ハッ! 同情か? 死体の脳ミソを
「そんな上等なものではないさ。そもそも、
またも虚しさに渇いた自嘲。
その様を盗み見たヘルは、何故か心惹かれる共感を覚えた。
何故か……は分からないが。
「それで?」サン・ジェルマン卿は観察的な
「
「では?」
「ブッ壊してぇんだよ! 何もかも……な!」
「
「……あ?」
抑揚が一転し、露骨な不快感に凄味を
見透かしたかのようなサン・ジェルマン卿の
が、卿はそれ以上何も語らない。
確信めいた納得に浸るかのような態度は、ロキにとって腹立たしくも
さりとも、それに触れる事は
だから、
「テメェ、勘違いしてるぜ? オレが
直後、基地を崩壊させるかの
地の底から轟くのような爆音と共に!
常備灯が消え、あらゆる電気が遮断される!
程無くして予備動力へと切り替わった。
紅い薄暗さの中で、サン・ジェルマン卿は動ぜずに指摘する。
「爆破したのは、メイン動力室か?」
「ヘッ……第一段階だ」
野心を意図するアイコンタクトが、
頷くヘル。
不本意は呑み込む。
先刻と似て異なる呪術動作は両手を
その支配力は機械仕掛けの亡骸総てに作用し、彼等に行動を強要した。
破壊行為を一斉に止め、虚脱のように棒立ちとなる
ややあって、ゆっくりと動きを見せた。
絶大な意思力に抵抗するでもなく……。
そして、死の狂想曲!
重なりあう銃声は
──自害!
それが
が、サン・ジェルマン卿は釈然としない思いを
(不可解だ……仮に〈
サン・ジェルマン卿が
「ヘッ……
「……ああ」
「いいだろう。知らねぇ間柄でもねぇし、特別に教えてやらぁ」
机上へ足組みに腰掛けると、置いてあったメンゲレの遺品で一服を
「この場所にコイツ等が陣取ったのは、おそらく偶然じゃねぇ。この場所は尋常じゃねぇ霊力の力場とみなぎっているからだ。だからこそ、やれ『キルリアンなんとか』だ何だと〈オカルト科学〉を飛躍的に発展させる事が出来た」
燻らす紫煙を眺めつつ種明かしを紡ぐロキ。
「
何故〈
何故、人智及ばぬ〈怪物〉を意図も簡単に〈科学〉の研究対象とする事が出来たのか?
メンゲレが心酔する〈近代科学〉は
それは〈オカルト科学〉と妥協に
にも
自分への尋問を始める際、彼は言った──「いずれは解剖室へ回してやる」と。
つまりメンゲレには、そうした科学的対象として研究できる土壌が有ったという事だ。
「もっともコイツ等自身は、その源泉が
根本間近の
「封印……か」サン・ジェルマン卿は察する。「おそらく、この地下には強大な魔物が封印されており、その尋常ならざる霊力が溢れ出ている──そんなところか。そして、
御名答とばかりにニヤリと口角を広げるロキ。
「そもそも、此処〝ドイツ〟は北欧圏だ。キリスト教とかいう連中が伝道されるまでは、北欧神界の
封印──北欧神界──
「まさか!
露骨な動揺は、ロキに満足を与えた。
涼しい顔を飾るイケ好かない
「
「やめろ! ロキ!」
「さあ! 目を醒ましやがれ!
部屋が……
大地震の
常人では立っていられないほどの大地震が襲い、鋼鉄の内装は
天井が崩落し、壁が瓦解する!
「ヒャハハハハハッ! ヒャーーハハハハハッ!」
狂ったかのように勝利の高笑いへと溺れる
崩壊していく室内で笑い狂う様は、ゾッとするものを
そして、その足下が隆起すると、新たな足場と突き破ったのは巨大な狼の頭!
室内に収まりきらないほどの巨大な頭部!
氷のような蒼白の体毛!
爛々と睨みつける紅い目!
怒りと敵意に牙を剥き出す相貌!
紛う事無き神話の魔獣!
「フェン……リル!」
驚愕に忌むべき名を漏らす。
「アバヨ! サン・ジェルマン!」
「クッ!」
砂を噛むサン・ジェルマン卿を尻目に、
崩れ落ちる無数の瓦礫に呑まれる中で、サン・ジェルマン伯爵が見た最後の光景であった……。
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