わたし Chapter.3

 四方を機械尽くしの鉄壁に囲われた大部屋──。

 そのテクノロジー然とした造りは旧暦から継承されな遺物の陳列ではあるが、人類文明が衰退した闇暦あんれきいては不釣り合いにしか思えない。

 コンピュータが絶え間無く電子演算にいそしみ、その結果を正面壁面に組み込まれた巨大なディスプレイモニターが分割表示にリレーする。

 無情緒にして賑々しい環境音だ。

 室内に居るのは、二人──すなわち〝ウォルフガング・ゲルハルト〟こと〝ヨーゼフ・メンゲレ〟と〝ハリー・クラーヴァル〟こと〝サン・ジェルマン伯爵〟である。

 両者は抗菌的なテーブルをはさみ、尋問めいた対話に臨んでいた。

 メンゲレの背後には二体の科学兵士ウィッセンチャフト・ソルダットが、近衛兵然と棒立ちに従えている。

「意外だな……てっきり解剖室にでも回されると思ったが?」

 軽い展望の後、浅く皮肉を向けるサン・ジェルマン卿。

 メンゲレは下から覗くような独特のけで「フン」と鼻を鳴らした。

「いずれは回すさ。だが、現状ではき出さねばならない情報が多過ぎるのでな」

「御期待に沿えればいいが」

 軽い皮肉に肩を竦める。

 とはいえ、もはや隠匿いんとくする気も無い。

 抵抗を諦めた……わけでは無いが、彼は感じ取っていたのだ。

 大きく動き出した運命のうねりを。 

「さて、ハリー・クラーヴァル──いや、サン・・ジェルマン伯爵・・・・・・・よ。まずは肝からかせて貰おうか? 『Fの書』は何処だ?」

「無いな」

 涼しい自嘲に流す。

「ふざけるな! このに及んで! 貴様正体が〝時代を越えて生き長らえる伝説の男〟である事が割れた以上、そのようなはぐらかし・・・・・まかり通ると思うか!」

「事実だよ。もっとも、以前にきみが来城していた頃は、虚言にはぐらかしていた・・・・・・・・がね」

(やはり、あの頃は秘匿ひとくしていたか)

 メンゲレが演繹えんえきするに充分な情報であった。

(しかし、いま現在は無いと言う。ともすれば、間違いない・・・・・だろう)

 確信に深く背凭せもたれると、メンゲレは駄目押しの一手を向ける。

あの女怪物・・・・・が持っているのではないだろうな?」

 サン・ジェルマン卿の眉尻がピクリと小さな反応を示した。

 充分だ。

 煙草に火を着け、勝利の優越を紫煙に噴く。

女怪物アレは、いったい何者・・だ?」

 追求されたサン・ジェルマン卿は、れど指摘を否定するでもなく、遠い目に虚空を見つめた。

「私の……そして、の結晶だよ」

「よもや『Fの書』による被造物か?」

「ああ」

「素晴らしい!」

「何?」

 予想外の反応に──いな、予想していたものの許容できない反応に、サン・ジェルマン卿は軽い嫌悪感をふくむ。

 その機微を感受する事も忘れ、メンゲレは高揚を語った。

「いや、あの被造物モンスターの事ではない。それを成した『Fの書』の信憑性だ。これでの書物が確かな物・・・・だと立証されたのだからな」

それ・・を得て、を為そうと?」

「知れた事を……が〈完璧なる軍隊フォルコメン・アルメーコーア〉の更なる強化に決まっているだろう!」

その先・・・だよ」サン・ジェルマン卿は蔑視べっしめいた値踏みに続ける。「やはり〈ナチス第四帝国〉の実現か? あるいは、かつてのあるじ〝アドルフ・ヒトラー〟の再生か?」

「クックックッ……〝ヒトラー〟の再生? 何故? あのような時代錯誤な狂人、今更いまさら必要あるまい? 〈完璧なる軍隊フォルコメン・アルメーコーア〉は、私の軍隊・・・・なのだからな!」

「……〈第四帝国〉の否定はしないのだな」

「当然だ! かつて旧暦第二次世界大戦にいて、ナチス指導者アドルフ・ヒトラーが妄信的に固執していた理想! 超人的進化──あるいは、強化──をほどこされた新人類による支配帝国! それこそが〈第四帝国〉! そして、が〈完璧なる軍隊フォルコメン・アルメーコーア〉こそ、それ・・を具現化した雛型ひながたなのだからな!」

「確かに、ヒトラーはそれ・・顕現けんげんさせようと腐心していたな」

「フン、まるで会っていたかのような口振りだな?」

「ああ、会っているよ……かつて彼が所属していたオカルト秘密結社でね」

成程なるほど、貴様は〈ゲルマン騎士団〉に所属していた時期もあったという事か」

「結局は組織内部から派生した〝ヒトラー指示者層〟──すなわち、君達〈ナチス党〉によって滅ぼされたがね」サン・ジェルマン卿は、苦笑に肩をすくめた。「加えて言うならば、彼を稀代の象徴性カリスマと乗し上げた弁舌力は〈ゲルマン騎士団〉の英才教育によってさずけられた賜物たまもの──若き日のヒトラーは、そこに所属する期待の新鋭であったのだから。つまり〈ゲルマン騎士団〉は、自分達で作り出した怪物・・を制御しきれなくなって滅ぼされたとも言える」

「フン、『オカルト弾圧パージ』の事か」

「ナチス党の政策一環『オカルト弾圧パージ』──これによって、幾多のオカルト組織が解体させられた。それはきたるべき科学時代のあけぼのとして、旧時代的な俗信を排斥する合理的運動にも見える。が、実際には〝ナチスドイツによるオカルトノウハウの独占〟こそが、真の目的だったのではないのか?」

「フン、さてな?」

 対話が込み入りそうなのを察し、メルゲレは二服目へと着火した。

 如何いかなる相手とて、知性に交える論は嫌いではない。

「だが、ヒトラーが掲げた理念『アーリア・ゲルマン民族至上主義』は、そもそもヤツの出身地域たるブラウナウ近域で勢力を振るったオカルト秘密結社〈新テンプル騎士団〉が啓蒙けいもうした教義だ。同郷のヤツが影響を受けていても不思議ではあるまい」

 深く吐いた紫煙に言うメンゲレに、サン・ジェルマル卿は追求を向けた。

「地政学者〝カール・エルンスト・ハウスホーファー〟を知恵袋としてかかえたのも?」

「地政学は戦争にいて重要な戦略要素だ。不自然でもあるまい」

「確かに戦略的な意向こそ強いだろう。だがしかし、ハウスホーファーは〈地底王国ヴリル〉を捜索探究するオカルト秘密結社〈ヴリル協会〉の創設者だ。地底王国に住まうとされる超人種族〈ヴリル・ヤ〉──その情報をヒトラーが切望していたという可能性はいなめないだろう」

「……何が言いたい?」

 揺るがぬ正視にメンゲレを見据え、サン・ジェルマン卿は結論を断言する。

「つまり、総てはヒトラーが思惑通りに進めた連鎖だったという事だよ。きみが〈アウシュビッツ強制収容所〉にて任命されていた〝人間の遺伝子メカニズム〟を突き詰めるためのおぞましい悪魔の人体実験も……」

先駆的・・・と言って貰おうか。まだ〈バイオテクノロジー〉という分野すら確立していない時代に、先駆けて着手した研究成果は大きい。人為的に〈超人〉を造り出そうというのならば、これは大きな重要性を占める。が〈科学兵士ウィッセンチャフト・ソルダット〉こそが、その立証だ」

 自尊を誇示するメンゲレ。

 サン・ジェルマン卿は続ける。

「ともすれば、彼が発端となった第二次世界大戦こそが、旧人類淘汰とうたの下準備であったのでは?」

「大局的真相を知るのは、あの狂人ヒトラーだけよ」

「……どうやらヒトラーには誤算があったようだ。研究成果を掌握しょうあくするきみの本性は、忠心を欠く野心家だったという事だ」

「フン、そんなものは何の足しにもならん」

 思惑が交差する。

 無言の距離に紫煙が踊る。

 と、不意にメンゲレが話題を進展させた。

「さて、すべき策は見えてきたな。あの女怪物は貴様が『Fの書』をもちいて造り落とした物で、その『Fの書』はアイツ自身が持っている──クックックッ……フタを開けてみれば、何ともシンプルな話ではないか?」

彼女・・ほうむって『Fの書』を奪い取る……と? そう簡単にいくかな?」

「何か言いただな?」

「いや、何……御自慢の〈完璧なる軍隊フォルコメン・アルメーコーア〉も歯が立たなかったと、風の噂で聞いたものでね」

「確かに、あの時は辛酸しんさんめた! だが、それならば次こそ最大戦力で挑めばいいだけの事!」

「頼りは、数……か。まるで決戦だな」

「兵は捨てるほどに有る」

成程なるほど素材そざいには事欠かさないだろう。世に〈デッド〉はあふれている」

 対話の背後に立つ対象物を盗み見る。

「フン、看破しておったか」

「駆逐した〈デッド〉の内から破損状態が良い物だけを素体・・と回収し、サイボーグ手術をほどこした再生体──それが〈科学兵士ウィッセンチャフト・ソルダット〉なのだろう?」

如何いかにも。もっとも、最初は志願兵──すなわち〝生きた人間〟を素体としていたがな」サン・ジェルマン卿が不快に曇るも、紫煙噴かしの慢心は気付かずに続ける。「だが、兵数充填には効率が悪い。そこで〈デッド〉に着目したというワケだ。肉体さえ使えれば、脳などは些末だからな。つまりは〝死体の再利用〟──しくも貴様が造り出した〈女怪物・・・〉と同じというワケだ」

「違うな」

「何?」

 毅然きぜんたる意思に否定するサン・ジェルマン卿。

かのじよには〝〟が有る」

「ならば、不完全・・・という事だ」

 合理的な兵器論に軽視するメンゲレ。

「これで『Fの書』の有益情報は、おおむね得た。次は貴様自身・・・・についてかせてもらおうか?」

すでに調査済みなのではないかね?」

 挑発をふくむサン・ジェルマン卿の蔑笑べっしょうを流し、メンゲレは手元の資料を読み上げ始めた。

「サン・ジェルマン伯爵──〝不死身の男〟と異名に称される怪人物。主に十八世紀頃──すなわち一七五〇年頃のパリに現れるも、後世にも変わらぬ容姿で出現したとされる謎の貴族。古くは紀元前一〇世紀にて〝シバの女王〟と謁見し、紀元前四世紀にはバビロンにて〝アレクサンドロス大王〟が存在を目撃。紀元前一世紀には〝キリストの奇跡〟を目撃するも、同時にキリスト教徒迫害の暴君と知られる〝皇帝ネロ〟とも知己であると本人が豪語している。一七八四年に没したとされるも、翌年には秘密結社〈フリーメイソン〉に出席した姿が目撃されているな? さらに一七八八年にはマリーアントワネットへと送った手紙が物証として遺されている。その他諸々の目撃談は枚挙に尽きぬが、少なくとも一八〇〇年代に入っても目撃談は後を絶たない。時代の遍歴にいて一向に年齢としを取らぬ奇異性から〝不老不死〟と、まことしやか噂されている──そうだったな?」

「そこまで知っていて、今更いまさら、何を?」

「フン、知りたいのは〝異能力の根源〟だ。旧暦なら真偽不明な眉唾まゆつば情報と一笑に伏すところだが、闇暦あんれきとなった現在では〝不老不死〟とわれて疑う余地も無かろうよ。さて、貴様は何者・・だ? 広義の意味では〈不死者ノスフェラン〉だが、まさか〈吸血鬼ヴァンパイア〉ではあるまい? では、如何いかなる者か? 実に興味深い」

きみとて同じ者・・・だろう? ヨーゼフ・メンゲレ?」

「遺伝子工学の恩恵だとでも? いいや、それならば紀元前や中世にける生存の辻褄つじつまが合わん。遺伝子工学が確立したのは、もっと後年なのだからな」

「科学理論の学術的確立は後年だが、事象そのものは存在していた……万事、そういうものだよ。それに、私が言う〝同じ〟とは、異能根源プロセスの事ではない。存在そのもの・・・・・・いて、我々は〝同じ〟という事だ」

 ともすればけむくかのようなサン・ジェルマン卿の講釈に、メンゲレは腹立たしく「フン」と鼻を鳴らす。

「同じだと? いいや、違うな。確かに、私は〝遺伝子工学〟によって不老不死を得た。だが、完璧ではない。定期的に細胞レベルの調整が必要なのだ。しかし、貴様にはそれ・・が無かろう? 悔しいが、貴様の方が理想的完成形に近いのだ。さて、それでは源泉は何だ? 遺伝子工学が確立していない時代に、貴様を不老不死足らしめたものは?」

「言ったところで許容できまい?」

 淡い苦笑を浮かべると、サン・ジェルマン卿は虚空眺めに顔を上げた。

 いぶかしげに観察するメンゲレ。

 卿が仰ぎ見据えるのは、蛍光灯が眩しく照る天井──いや、もっと遥か先か──その事に気付いたメンゲレは、ようやくを指しているのかを察した。

 黒月こくげつ──闇暦あんれきの支配者にして、人智を超越した奇怪事象の象徴。

「さしずめ〈魔術〉のたぐい……か?」

「探究された〈魔術〉は合理的概念と結び付いて〈錬金術〉となり、やがて、その〈錬金術〉がいしずえとなって〈科学〉が確立した──ともすれば〝根〟は同じなのだよ」科学発展の遍歴に持論を投げ掛けるサン・ジェルマン卿。その自嘲は、寂しくも渇いたものであった。「つまり、私ときみの差は〈魔術〉か〈科学〉かの差でしかない。哀しいかな、その所業しょぎょうもな。だからこそ〝同じ者・・・〟と言う」

 歴史の直視に裏付けされた真理は、科学絶対主義者たるメンゲレにとって面白いものではない。

 彼は腹立たしさに「フン」と鼻を鳴らすと、身を乗り出した上目遣いにけた。

「サン・ジェルマンよ……貴様は、いったいなのだ? 〈怪物〉か? それとも〈人間〉か?」

どちら・・・かね? ヨーゼフ・メンゲレ?」

 その定義のよりどころが〝生態〟か〝心〟か──青き慧眼けいがんそれ・・い返していた。

 無言の意地が反目を刻む……。

 事態が急転したのは、その直後であった!

 けたたましい警報と共に赤灯が荒れ狂う!

「な……何だ? 何事だ!」

 卒爾そつじとして生じた予想外の展開に、メンゲレは操作板コンソールが組み込まれた壁面へと走った!

 モニターディスプレイに分割投影する定点カメラが映し出したのは、交戦する科学兵士ウィッセンチャフト・ソルダット逹!

 基地内で展開する戦闘光景であった!

「敵だと? この基地内に?」

 改めて敵影へと焦点を合わせる。

 奇襲のあだは……同じく科学兵士ソルダット

「まさか? また暴走だと?」

 いつぞやの苦汁が込み上げてきた!

「何故だ? 何故、こうも暴走が起こる? 脳神経ニューロンコントロールシステムの不備は発見されなかったはずだ!」

「作為によるものだからさ」

 背後に座るサン・ジェルマン卿が、も当然とばかりに指摘する。

「何? どういう意味だ!」

 困惑に狼狽うろたえるメンゲレとは対照的に、サン・ジェルマン卿は淡い苦笑に浸るだけであった。

 も予見通りとばかりに……。

「言葉通りさ。仮にシステム異常エラーが無くとも、外部から悪意に狂わされれば暴走も起こる」

外部干渉クラックだと? いったい誰が?」

 冷静さを欠いたメンゲレが声を荒げた直後、部屋の重金属チタンドアが爆破に砕け散る!

「クッ?」

 メンゲレは咄嗟とっさ腕裾うですそをマスク代わりにし、濛々もうもういぶす黒煙から呼吸を守った。

 次第に引いていく煙幕から浮かび上がる襲撃者の姿に、やはり──と予測通りの歯痒さを噛む。

 暴走兵士ソルダットだ。

 それが数体、制圧に乗り込んで来た。

「何故だ? 何故、科学兵士ウィッセンチャフト・ソルダットが!」

「もうテメェ・・・の兵隊じゃねえからだよ」

 姿無き回答が室内に響く!

 男の声だ!

 黒いかすみに眼を凝らすと、果たして大口おおぐち開けたドアをくぐって人影が入って来た。

 見るからに粗暴そうな男だ。

 そして、そのかたわらに従えるのは、メンゲレにとって貴重な研究対象!

「ヘル? 貴様、どうやって霊子監獄キルリアン・ジェイルを?」

「オイオイ? 現状いま、テメェが相手取らなきゃならねぇのは、オレ様・・・だろうが?」

 あたかかばい立てるかのように、ロキが割って入る。

 とはいえ、ヘルは知っている──この男には、そんな殊勝な親子愛など無い。

 単に敵の親玉を優越浸りに挑発したいだけだ。

 ジャキリと機械音が重なる。

 背後の科学兵士ウィッセンチャフト・ソルダット警戒威嚇プログラムに沿って銃腕を向けたのに呼応して、暴走科学兵士ソルダットが同対応を返した音だ。

「貴様、何者だ?」

「……悪神ロキ

 激昂を鎮めるかのような沈着な抑揚は、その場に居合わせた捕虜のものであった。

 自然とロキの目がスゥと細まる。

「ほぅ? よく知った顔も居るじゃねぇか? 久しぶりだな? 数百万年ぶりか?」

 単なる人間ならば歯牙に掛けるほどでもない。

 しかしながら、彼はロキにとって予想外の同席者であった。

「封印を解いたのだな……あるいは〈黒月アレ〉が解き放ったか」

「さてな……だが、テメェのツラは忘れなかったぜ? いにしえの封印地へ来訪するような奇妙な野郎は、テメェだけだったからな」

長生き・・・はしたくないものだな」

「あん時、オレにたずねた〝死ぬ方法〟とやらは見つかったかよ?」

「さて……な」

 向けられた嘲笑を、サン・ジェルマン卿は涼しい自嘲に流す。

「で、何故テメェが居る?」

「運命が動き出した……とでも言おうか?」

「カッ! 相変わらず喰えねぇ野郎だ!」

現状いま、質問しているのはだぁぁぁーーッ!」

 存在を無視されたかのような展開に、ヨーゼフ・メンゲレが憤慨ふんがいを吠えた!

「貴様が、どうやって科学兵士ソルダット達を! いったい目的は何だ?」

「テメェの?」愚かな人間の誇示に不快感をふくみながらも、ややあってロキは狂ったかのような高笑いに溺れ出した。「プッ……クッ……クククッ……アーハッハッハッハッハッ!」

「何が可笑おかしい!」

テメェ・・・の兵隊じゃねえって言ったろ? コイツ等は、もうオレ・・人形オモチャなんだよ!」

 そして、満を持して切り札・・・へと威令を吼える!

冥女帝ヘル!」

 名を呼ばれ、黒いドレスが数歩進み出た。

 気は進まない。

 なればこそ、己が〈完璧なる軍隊フォルコメン・アルメーコーア〉に攻め込まれた際も、その能力ちからを行使しなかった……。

 だが、振るわねばなるまい。

 父親ロキの命令だ。

 何よりも、自分はその目的・・・・ために解放されたのだから……。

 幽鬼的な白い細腕がゆっくりと上がり、高々と頭上へとかざされる。

 薄い唇が何やら詠唱を始めたが、草々が擦れるよりも細い声音は聞き取る事が叶わない。

 それに踊らされるかのように、不穏な滞留が空間を泳いだ!

 目には見えずとも、肌撫でる体感で分かる!

 それは〈ダークエーテル〉に似通っていながらも別な物・・・だ!

 瘴気しょうきたぐいには違いないが清涼にも感じる冷気に澄み、闇暦あんれき魔気まきのような重暗い淀みは無い。

 しかしながら、決して居心地良いではなかった。

 あまりにも不自然過ぎる涼感は、逆に不気味さを呼び起こす。

 霊気──そう呼ばれる物である事を、科学者メンゲレ以外は熟知している。

 冥女王ヘルが掲げた掌中しょうちゅうには、芳香に誘われる虫のごとそれ・・が集中していった。

 遅々ながらも膨大な圧量がつどっていく。

 そして、締め括りとばかりに明確な言葉を叫んだ!

我に従えヘルシャフト!」

 華を握り潰す!

 黒塊こっかいと化した霊気と共に!

 飛沫しぶきと弾けた闇が、放牧された羊のごとく嬉々と躍り出していく!

 物理的な柵など無意味とばかりに、壁や床を擦り抜けて!

 あれよあれよと基地内に蔓延していく絶対的な支配力!

 暗く深い波動に呑まれ、メンゲレの護衛達がガクリと膝を着いた。

 いな、総ての科学兵士ウィッセンチャフト・ソルダットが……だ。

 大規模にして無差別な沈黙システムダウン


 ──再起動リブート


 再びとも赤眼せきがんが認識するあるじは、最早〝ヨーゼフ・メンゲレ〟ではなかった!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る