わたし Chapter.3
四方を機械尽くしの鉄壁に囲われた大部屋──。
そのテクノロジー然とした造りは旧暦から継承されな遺物の陳列ではあるが、人類文明が衰退した
コンピュータが絶え間無く電子演算に
無情緒にして賑々しい環境音だ。
室内に居るのは、二人──
両者は抗菌的なテーブルを
メンゲレの背後には二体の
「意外だな……てっきり解剖室にでも回されると思ったが?」
軽い展望の後、浅く皮肉を向けるサン・ジェルマン卿。
メンゲレは下から覗くような独特の
「いずれは回すさ。だが、現状では
「御期待に沿えればいいが」
軽い皮肉に肩を竦める。
とはいえ、もはや
抵抗を諦めた……わけでは無いが、彼は感じ取っていたのだ。
大きく動き出した運命のうねりを。
「さて、ハリー・クラーヴァル──いや、
「無いな」
涼しい自嘲に流す。
「ふざけるな! この
「事実だよ。もっとも、以前に
(やはり、あの頃は
メンゲレが
(しかし、いま現在は無いと言う。ともすれば、
確信に深く
「
サン・ジェルマン卿の眉尻がピクリと小さな反応を示した。
充分だ。
煙草に火を着け、勝利の優越を紫煙に噴く。
「
追求されたサン・ジェルマン卿は、
「私の
「よもや『Fの書』による被造物か?」
「ああ」
「素晴らしい!」
「何?」
予想外の反応に──
その機微を感受する事も忘れ、メンゲレは高揚を語った。
「いや、あの
「
「知れた事を……
「
「クックックッ……〝ヒトラー〟の再生? 何故? あのような時代錯誤な狂人、
「……〈第四帝国〉の否定はしないのだな」
「当然だ! かつて旧暦第二次世界大戦に
「確かに、ヒトラーは
「フン、まるで会っていたかのような口振りだな?」
「ああ、会っているよ……かつて彼が所属していたオカルト秘密結社でね」
「
「結局は組織内部から派生した〝ヒトラー指示者層〟──
「フン、『オカルト
「ナチス党の政策一環『オカルト
「フン、さてな?」
対話が込み入りそうなのを察し、メルゲレは二服目へと着火した。
「だが、ヒトラーが掲げた理念『アーリア・ゲルマン民族至上主義』は、そもそも
深く吐いた紫煙に言うメンゲレに、サン・ジェルマル卿は追求を向けた。
「地政学者〝カール・エルンスト・ハウスホーファー〟を知恵袋として
「地政学は戦争に
「確かに戦略的な意向こそ強いだろう。だがしかし、ハウスホーファーは〈地底王国ヴリル〉を捜索探究するオカルト秘密結社〈ヴリル協会〉の創設者だ。地底王国に住まうとされる超人種族〈ヴリル・ヤ〉──その情報をヒトラーが切望していたという可能性は
「……何が言いたい?」
揺るがぬ正視にメンゲレを見据え、サン・ジェルマン卿は結論を断言する。
「つまり、総てはヒトラーが思惑通りに進めた連鎖だったという事だよ。
「
自尊を誇示するメンゲレ。
サン・ジェルマン卿は続ける。
「ともすれば、彼が発端となった第二次世界大戦こそが、旧人類
「大局的真相を知るのは、あの
「……どうやらヒトラーには誤算があったようだ。研究成果を
「フン、そんなものは何の足しにもならん」
思惑が交差する。
無言の距離に紫煙が踊る。
と、不意にメンゲレが話題を進展させた。
「さて、
「
「何か言いた
「いや、何……御自慢の〈
「確かに、あの時は
「頼りは、数……か。まるで決戦だな」
「兵は捨てるほどに有る」
「
対話の背後に立つ対象物を盗み見る。
「フン、看破しておったか」
「駆逐した〈デッド〉の内から破損状態が良い物だけを
「
「違うな」
「何?」
「
「ならば、
合理的な兵器論に軽視するメンゲレ。
「これで『Fの書』の有益情報は、
「
挑発を
「サン・ジェルマン伯爵──〝不死身の男〟と異名に称される怪人物。主に十八世紀頃──
「そこまで知っていて、
「フン、知りたいのは〝異能力の根源〟だ。旧暦なら真偽不明な
「
「遺伝子工学の恩恵だとでも? いいや、それならば紀元前や中世に
「科学理論の学術的確立は後年だが、事象そのものは存在していた……万事、そういうものだよ。それに、私が言う〝同じ〟とは、
ともすれば
「同じだと? いいや、違うな。確かに、私は〝遺伝子工学〟によって不老不死を得た。だが、完璧ではない。定期的に細胞レベルの調整が必要なのだ。しかし、貴様には
「言ったところで許容できまい?」
淡い苦笑を浮かべると、サン・ジェルマン卿は虚空眺めに顔を上げた。
卿が仰ぎ見据えるのは、蛍光灯が眩しく照る天井──いや、もっと遥か先か──その事に気付いたメンゲレは、ようやく
「さしずめ〈魔術〉の
「探究された〈魔術〉は合理的概念と結び付いて〈錬金術〉となり、やがて、その〈錬金術〉が
歴史の直視に裏付けされた真理は、科学絶対主義者たるメンゲレにとって面白いものではない。
彼は腹立たしさに「フン」と鼻を鳴らすと、身を乗り出した上目遣いに
「サン・ジェルマンよ……貴様は、いったい
「
その定義の
無言の意地が反目を刻む……。
事態が急転したのは、その直後であった!
けたたましい警報と共に赤灯が荒れ狂う!
「な……何だ? 何事だ!」
モニターディスプレイに分割投影する定点カメラが映し出したのは、交戦する
基地内で展開する戦闘光景であった!
「敵だと? この基地内に?」
改めて敵影へと焦点を合わせる。
奇襲の
「まさか? また暴走だと?」
いつぞやの苦汁が込み上げてきた!
「何故だ? 何故、こうも暴走が起こる?
「作為によるものだからさ」
背後に座るサン・ジェルマン卿が、
「何? どういう意味だ!」
困惑に
「言葉通りさ。仮にシステム
「
冷静さを欠いたメンゲレが声を荒げた直後、部屋の
「クッ?」
メンゲレは
次第に引いていく煙幕から浮かび上がる襲撃者の姿に、やはり──と予測通りの歯痒さを噛む。
暴走
それが数体、制圧に乗り込んで来た。
「何故だ? 何故、
「もう
姿無き回答が室内に響く!
男の声だ!
黒い
見るからに粗暴そうな男だ。
そして、その
「ヘル? 貴様、どうやって
「オイオイ?
とはいえ、
単に敵の親玉を優越浸りに挑発したいだけだ。
ジャキリと機械音が重なる。
背後の
「貴様、何者だ?」
「……
激昂を鎮めるかのような沈着な抑揚は、その場に居合わせた捕虜のものであった。
自然とロキの目がスゥと細まる。
「ほぅ? よく知った顔も居るじゃねぇか? 久しぶりだな? 数百万年ぶりか?」
単なる人間ならば歯牙に掛ける
しかしながら、彼はロキにとって予想外の同席者であった。
「封印を解いたのだな……
「さてな……だが、テメェの
「
「あん時、オレに
「さて……な」
向けられた嘲笑を、サン・ジェルマン卿は涼しい自嘲に流す。
「で、何故テメェが居る?」
「運命が動き出した……とでも言おうか?」
「カッ! 相変わらず喰えねぇ野郎だ!」
「
存在を無視されたかのような展開に、ヨーゼフ・メンゲレが
「貴様が、どうやって
「テメェの?」愚かな人間の誇示に不快感を
「何が
「
そして、満を持して
「
名を呼ばれ、黒いドレスが数歩進み出た。
気は進まない。
なればこそ、己が〈
だが、振るわねばなるまい。
何よりも、自分は
幽鬼的な白い細腕がゆっくりと上がり、高々と頭上へと
薄い唇が何やら詠唱を始めたが、草々が擦れるよりも細い声音は聞き取る事が叶わない。
それに踊らされるかのように、不穏な滞留が空間を泳いだ!
目には見えずとも、肌撫でる体感で分かる!
それは〈ダークエーテル〉に似通っていながらも
しかしながら、決して居心地良い
あまりにも不自然過ぎる涼感は、逆に不気味さを呼び起こす。
霊気──そう呼ばれる物である事を、
遅々ながらも膨大な圧量が
そして、締め括りとばかりに明確な言葉を叫んだ!
「
華を握り潰す!
物理的な柵など無意味とばかりに、壁や床を擦り抜けて!
あれよあれよと基地内に蔓延していく絶対的な支配力!
暗く深い波動に呑まれ、メンゲレの護衛達がガクリと膝を着いた。
大規模にして無差別な
──
再び
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