~第二幕~
わたし Chapter.1
ブリュンヒルドが〈
住まう洞穴の前にてパチパチとはぜる焚き火。
その見張り番をしながら、ブリュンヒルドは愚痴めいて
「暖に調理に光源──確かに〝火〟の恩恵は野宿
しかしながら、単調な時間経過に飽きが生じてきたのも事実だ。
番の理由は、火種の問題ではない。文明が退廃した
肝心なのは、炎と
ここまで息吹かせるには、少々手間と時間が面倒くさい。
だから、絶やさぬようにしなければならなかった。
退屈を
さりながら、足首程度に張り巡らせた
「やはり此処までは侵入して来ませんね。ダークエーテル特有の
自己分析を巡らし、居住空間たる横穴へと見入る。
「それにしても……快適とは
すると
その方向へと振り替えると、樹々の暗闇からのそりと巨体が現れる。
言うまでもなく〈
「お帰りなさい」
「うん。ただいま」
此処数週間で〈
ブリュンヒルドが個人教授してきた
とはいえ、それを差し引いても〈
立ち上がって出迎えると同時に、ブリュンヒルドは〈
つまりは、今日の獲物だ。
「野兎……ですか」
「うん。二匹獲ってきた」
「はぁ……」
それを聞いた〈
「大丈夫だ。ちゃんと『ごめんなさい』と告げてから
「……そこではありません」
どうやら〈
生きる
彼女が滅入る理由は……
原因を計りかねた〈
「イヤなら、他のもある」
「他の?」
「うん。一応、獲って来た」
そう言って、ゴソゴソとズボンのポケットを
そして、取り出した現物を見るなり、ブリュンヒルドは
「ヒイッ?」
「蛇だ。これも蛋白質」
「い……いいい
結局、残酷さを直視する調理へと折れるしかなかった。
「アンファーレンの所へは行ったのですか?」
「うん」
晩飯の兎肉を食しながら焚き火を囲う。
「元気そうでしたか?」
「うん」
「……そうですか」
また遠くから眺めていただけなのだろう。
人知れず集めた食料や
それを知るからこそ、それ以上会話は
此処へ移ってからというもの〈
あの戦いに
彼女自身は、
だが……居合わせた
初めて直視した〈怪物〉としての側面。
ドス黒く
その変化に〈
少なくともブリュンヒルドは、
やるせなかった。
双方に理解と同情を
「マリーは……」
不意に〈
夜空に陣取る巨眼を、
「……マリーは元気かな」
胸が締め付けられる。
(……どうにかしてあげたい)
そうは思いながらも、その方法がブリュンヒルドには分からない。
「……行きますか? 一緒に街へ?」
慈愛が紡ぐ誘いを、
「もう、マリーを怖がらせたくない……」
その
あの日以来、マリーは訪れる事もやめた……。
ウォルフガング・ゲルハルトが
周囲が荒岩に切り立った岸壁に囲われた盆地となっているが、それは演習や屋外実験に使用する目的で開拓したが
その中央に背高く鎮座する鋼鉄の砦は、見るからに武骨な威圧感を
五百ミリ厚の重チタン合金の壁が本殿を護り、それは〈
そんな難攻不落の機械城中枢部──データベース管理室にて、ウォルフガングは寝食を忘れた解析作業に行き詰まっていた。
「ならば、何故だ? 何故、
キータッチの音を休ませる事も無く、
連日を費やした
ともすれば
さすがのウォルフガングも御手上げに近かった。
睨めっこが続いたモニターから離れると、オフィスチェアの
持ち前の思考準拠な性分が、良くない方向へと作用していた。
「いかんな。休むべき時は休まなければ、分析力が
冷めきった
虚空に
くすんだ煙は不定形に
それが
「それにしても……」
心地好い虚脱が働き漬けの脳細胞を解放し、そのリラックスが思考好きの悪癖を再発させる。
「何なのだ……あの女怪物は……」
全身
電気を吸収し、放電し、
「
しかし、やがては把握し、使いこなせるようになるだろう。
その時、あの〈怪物〉は爆発的に成長する。
それを想像すると、ウォルフガングは戦慄を覚えるのであった。
何故ならば、彼が誇る〈
「早急に手を打ちたいところだが……まだ芽の内に……」
改めて過去の遭遇データを洗い直すべく、パソコンへと向き直った。
収集した画像を次々と流し見ていく。
と、その内のひとつに興味深い者を発見した。
「……
パレードでの一幕だ。
まだ〈
熱狂する群衆を映した一枚である。
その有象無象の中に、醒めた表情で
「……ハリー・クラーヴァル?」
因果関係は解らない。
だが、無縁ではない気がしてならなかった。
「ふむ?」
深く
科学者としての本能が、
(……ハリー・クラーヴァル──あの女怪物──操電能力──
そして、その推測は重要なキーワードによって着地する!
(──『Fの書』!)
脳内の
「まさか『Fの書』だと! そうか! そういう事だったのか? いや、そうに違いあるまい! だとすれば、あの〈女怪物〉の奇異性も説明が付く!」
実際には、あの現場にハリー・クラーヴァルが居合わせたのは偶然だ。
さりながら彼の不幸は、この
例え異なる考察材料であったとしても、そこに有益な共通項を見出し、
街では普段通りの日常が
表層的には……だが。
あの忌まわしき惨劇──〈
そうした内包されている
(皆、何処となく暗い
潜む闇に注意深い観察眼を働かせられるようになったのも、あの〝ハリー・クラーヴァル〟なる紳士の示唆に
人間には〝正〟と〝負〟の強い二面性が宿る──そう知れたのだから。
深く
あの一件で、一部の街人には〈
余計なトラブルを
(マリーは……どうしているのでしょう?)
街へと訪れた理由は、
せめて
それが好転に
「……雷雨が来る」
闇空を見上げた〈
慢性的な暗さに支配された
さりながら〈
雷光を
いずれにせよ〈
通常食を電気還元するよりかは、手っ取り早く大量の高エネルギーを蓄積できる。
少しでも高い場所──落雷を招き易い場所を目指して。
皮肉にも、それは大きな
「いつかは、こうなると思っていたよ」
激しい雷雨が万物を殴りつける。
フランケンシュタイン城正面玄関にて〈
包囲する
武装の威圧を割って、絶対的な指導者が歩み出て来る。
「まんまと貴様に一杯喰わされていたというワケだな? ハリー・クラーヴァル──いや、不死身の男・サン・ジェルマン伯爵よ」
「そこまで洗い流しましたか」
「
「成程」
乾いた納得に至る。
今回の事態だけではない。
が、サン・ジェルマン卿はそれを無言で制すると、
「まさか偽名を使って、俗世に潜んでいたとはな」
耳元で
「それは御互い様だな……〝
「な……何!」
思い掛けもなく正体を看破され、それまで〝ウォルフガング・ゲルハルト〟を名乗っていた男は顔色を変えた!
かつて第二次世界大戦時にナチスドイツの〈アウシュビッツ強制収容所〉へと従事していた狂気の科学者──血塗られた呪怨と恐怖によって〝アウシュビッツの死の天使〟と呼ばれた男!
彼もまた、歴史の
「
「……フン」
腹いせに鼻を鳴らす。
口に出すのも忌まわしい史実ではあるが、ナチスドイツは無差別にユダヤ人を捕虜とし、虐殺してきた。
その主立った舞台となったのが、残酷極まりない毒ガス室で悪名を馳せた〈アウシュビッツ強制収容所〉だ。
一日辺りに処刑されたユダヤ人捕虜の人数は平均一万人、最終的な処刑人数は約二百五十万人にも及ぶと
しかしながら、一部のユダヤ人は毒ガス処刑を
彼等は貴重な
それはある意味、処刑より残酷な刑罰と言えるかもしれない。
そこで待つのは、非人道的な猟奇的実験の数々であったのだから……。
賞杯とばかりに飾り並べられた〝眼球のホルマリン漬け〟は、その象徴であったのだろうか。それは
「常人では思い付きもせん延命技術に、その追求へと傾倒したが
「……違うな」込めた嫌悪感もそのままに、サン・ジェルマン卿はメンゲレへと
「フン、よくもほざきおる」腹立たしさを噛み殺し、本題を切り出す。「……『Fの書』は何処だ?」
「存在しない。此処には……な」
「まだ、そんなはぐらかしを! 通用すると思うか! 再三、
「何?」
初耳の情報に、サン・ジェルマン伯爵はピクリと反応する。
(てっきり他国へと渡ったと思っていたが……まさかダルムシュタッドに残り、あまつさえ〈
街に流布した噂は聞いた事がある──あの暴走の
しかし、よもや〈
さりながら、彼の想いを占めるのは、
(そうか、生きていてくれたのか……)
胸中を潤す喜びの念。
それは〈
あの〈
(それだけでいい……
わざわざ〈
ならば、彼の
例え〈悠久の
世界中が敵と回ろうとも、彼は〈
嫌悪されようと……。
忌避されようと……。
その無償の愛こそが〈
激しく殴り付ける雨は祝福……。
威嚇に猛る稲光は
大自然の猛威を全身で浴び、切り立つ崖の上にて〈
「ぁぁ……」
癒されていくのが分かる。
満たされていくのが分かる。
同時に、
と、視界の隅で微妙な違和感を察知した。
数メートル眼下で暗く繁る樹々。
それは地上の黒雲と密集し、総てを闇に呑み潰す。
常人では見通すどころか、微々たる変化を捕らえる事すら不可能であろう。
だが〈
超人的五感を備えた彼女には……。
装甲車両だ。
悪路を強引に拓き進んでいる。
「……〈
同時に引っ掛かる事があった。
彼等が後にした方角だ。
「フランケンシュタイン城から? 何故だろう?」
心中に湧く懸念!
あの方角に居る人物など、一人しか思い当たらない!
「……まさか? サン・ジェルマン?」
両者に、どのような因果関係があるのかは解らない。
だが、その結論しか思いつかなかった。
そして、やがて雷雨は
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