ともだち Chapter.6

「ハァァァーーッ!」

 一体いったいつらぬいただけでは終わらない!

 そのまま体重を乗せたショルダータックルに円錐槍スピアを押し込め、後衛ごと二体にたいまとめて串刺しにした!

 機能停止を確認するいとまもあればこそブリュンヒルドは槍を引き抜き、すぐさま跳躍でその場を離れる!

 ただでさえ即興的な対応力に劣る槍攻撃では、一点いってん静止は命取りになりかねない!

 剣に比べて破壊力と間合いに有利な反面、小回りにいては鈍重な武器である。

 だからこそ、使い手の鋭敏さが問われた!

「ハアッ!」

 勇壮つ華麗に舞う戦乙女ヴァルキューレは、次々と科学兵士ウィッセンチャフト・ソルダット達をつらぬき! ぎ! さばいていく!

 暴走していようが、していまいが、関係無い!

 彼女にとっては、等しく排除すべき害悪だ!

 暴走兵の発砲をブリュンヒルドが跳躍でわし、流れ弾が科学兵士ソルダットを仕止める!

 科学兵士ウィッセンチャフト・ソルダットが暴走兵士を獲物と定めれば、そのきょを突いた円錐槍ランスがまとめてつらぬいた!

 意図せずして、どもえの装丁と化す混戦!

 しかしながらブリュンヒルドの真なる凄さは、これだけの戦況にありながらも一般市民をかばい戦えるだけの技量やもしれない。

「何をしているのです! 早く御逃げなさい!」

 慄然と固まる街人を叱咤しったし、逃走の自覚を呼び覚まさせる。

 その間にも流れ弾が人々に当たらぬように配慮し、わざと空いている場所を足場と選んでいた。

 言い換えるなら、彼女自身がおとりだ。

「クソッ! また、あの戦乙女ヴァルキューレか!」

 装甲車輌の助手席から上半身を乗り出し、前方に生じた戦闘を忌々しく睨み据えるウォルフガング!

 前線状況のリアルタイム映像は、正常起動している科学兵士ソルダットのカメラアイを通じて送られてくる。車内コンソールのモニターへと映し出されているのが、それ・・だ。

「コードブイは……使えんか」

 苛立いらだつ内心にモニターへと見入りながらも、ウォルフガングは冷静な判断をくだした。感情的になりながらも、そのぐらいの判別が着く器量は持ち合わせている。

「市街地での勃発ぼっぱつあだとなったな……」

 広範囲放電攻撃を使用すれば、一般市民を無差別に巻き込んでしまうのは必至。

 とはいえ別段、彼等の命を重んじたわけではない。

 そんなものは些末さまつだ。

 彼が危惧するところは、それ・・によって民衆の敵意が萌芽してしまう事にほかならない。

 そんな事態になれば、これまで着々と進めてきた民意操作マスコントロールが水の泡だ。

「……此処は退くが得策か」

 腹立たしい決断も視野に入れる。

 自軍さえ退しりぞけば、残されるのは戦乙女ヴァルキューレと暴走兵のみ──後は勝手に、互いが潰しあう。

 勝者は見えているが……。




(どうやら街の人達は全員逃げたようですね……ならば!)

 此処よりは反撃の狼煙のろし

 ブリュンヒルドが、そう決断した矢先であった──「ブリュドーー!」──脇道から飛び出してきた幼女の声に、戦乙女ヴァルキューレが動揺を浮かべる!

「マリー? どうして?」

 不覚にも一瞬見せた挙動は、戦況観察に集中するウォルフガングの目にもまった。

「子供? 知り合いか?」

 鼻頭を指でトントンと叩きながら思索し──狡猾な策謀者はニィと邪笑を浮かべる!

 思い掛けない好機チャンスだ!

「マリー! 何故戻って来たのです!」

 むらがる敵をつらぬき続けながら、ブリュンヒルドはしかりつける!

「だ……だって!」

 叱責しっせきへの畏縮いしゅくか、あるいは苛烈かれつ戦闘ころしあいを前にした恐怖からか──マリーは身を強張こわばらせて立ち尽くすだけであった。

 さりながら、その瞳は自分を曲げようとはしない。

一人ひとりでなんか帰れないもの! ブリュドと一緒じゃないと怖いわよ! あんなトコ!」

「子供みたいな事を!」

 風穴をえぐってしかる!

「子供だもん!」

 負けじと正論が反抗した!

貴女あなたには近付けさせないと言ったでしょう! 私が信じられないのですか!」

 振り返り様の遠心力を加味して円錐槍ランスぎ、背後の暴走兵をはじき倒す!

 コレ・・が最後の暴走兵と見極めるや、円錐槍ランスを墓標と突き立てた!

「だって……だって……」泣きたくなる感情をグッとこらえて、マリーは想いを吠える!

「だって、ブリュドを置いていけない・・・・・・・もの!」

「……マリー?」

 不意討ちの銃弾をわす跳躍!

 高々と宙を背面飛びする中で、戦乙女ヴァルキューレは困惑を覚えていた。

 まったく予想打にしていなかった返答に……。

(適当な言い訳を!)

 苛立いらだちにそうは思いつつも、それもまた本音・・である事は素直に感受した。

 この子は──マリーは、そういう子・・・・・だ。

 まっすぐな子供だ。


 ──来たから、どうなるというのだ?


 ──戦力になるとでも考えているのか?


(……まったく、これだから子供という者は……戦場にいて、足手まといだという!)

 いきどおる戦意に反して、心はゆるやかにいやされていく。

 神話の時代より幾多いくたの戦場を駆け抜けてきた彼女自身ヴァルキューレにしても、初めて触れる感覚であった。

 どれだけのいざなってきたか分からない。

 どれだけのってきたか分からない。

 常にそばに在ったのはだけだ──迎える英霊にしても、自分自身にとっても。

 だから、戦いへと臨む心には、いつしか荒涼たる風がすさぶようになった。

(なのに、この感覚は何だというのだ?)

 戦場には場違いな想い。

 命取りにすらねない邪魔な雑念。

 れども、それを拒めない。

 振り払いたくない。

 戦意と感情の矛盾に自分を持て余す。

 その時、ガチャリと鳴った金属音が、ブリュンヒルドを戦いの現実へと呼び戻した!

 拳の銃口を一斉に向ける科学兵士ウィッセンチャフト・ソルダット達!

 その標的は──マリー!

「な……何ッ?」

 滞空の間に戦況が一変した!

「ぁ……ぁ……」

 戦慄に支配され、すべ無く固まるマリー!

 足がガクガクと震えてちからが入らない。

 立っているのも、やっとの事だ。

 自分に対して一身に向けられる拳は、それだけで充分な暴力の威圧だった。

「……ぃ……ぃゃ……」

 か細いつぶやきがれる。

 街を守ってくれていた〝兵隊さん・・・・〟が、どうして自分を撃とうとしているのか?

 まったく理解できない!

 ただひとつだけ理解したのは、迫り来る〝死〟への恐怖だけ!

「……ぃゃ……ぃゃ……いや……いや!」

 理不尽さへの抵抗が鮮明な自覚になっていく。

 それは琴線きんせんを断ち切り、悲痛な叫びと木霊こだました!

「たすけて! お姉ちゃ・・・・ーーーー!」

「マリー!」

 ブリュンヒルドは駆け出す!

 着地と同時に!

 その屈伸を瞬発力へと転じて!

 我が身を盾に幼女の前に立ちはだかった瞬間──そう、それこそがウォルフガングが意図した瞬間だ──科学兵士ウィッセンチャフト・ソルダット達の一斉攻撃が実行される!

「な……何? こ……これは!」

 発砲ではない!

 無数の鎖が彼女の身体へと絡み付き、一切の自由を奪った!

 科学兵士ウィッセンチャフト・ソルダット達の前腕部がくちばしと開き、捕縛用の鎖縄を射出したのだ!

 その先端部はおもりを兼ねた球体機械ユニットであり、ジェット射出とセンサーによる追尾をつかさどる。捕捉されたが最後、逃げ仰せるのは至難な代物しろものだ。

「あうっ!」

 ちからまかせに手繰たぐり寄せられ、無様に路面へと転がされる。

「ブ……ブリュド!」

「マリー! 早く御逃げなさい!」

「やだ……やだぁ……」

「どうして、あなたは……私の言う事が聞けないのです!」

「だって、ブリュドが! ブリュドが殺されちゃう!」

「ッ!」

 少女の打算無き優しさに、ブリュンヒルドの叱責は打ち消された。

 くしゃくしゃに泣き濡れた顔で、鎖のかたまりほどこうとこころみるマリー。

 れど、無作為に絡まる武骨ないましめは、小さな手に持て余す障害であった。

「…………答えなさい」沸々と涌く怒りを絞り出す。「答えなさい! ウォルフガング・ゲルハルト! 何処からか見ているのでしょう!」

 我慢ならない憤慨ふんがいに吠えた!

 おのれの誇りがはずかしめられたからではない!

 この少女の涙──それだけが理由だ!

 ややあって耳障みみざわりなハウリングが響き、姦計かんけいの黒幕がスピーカー越しの声を届ける。

『フン、久しぶりだな? 戦乙女ブリュンヒルドとやらよ?』

「最初からこれ・・が狙いだったのですね! 私を捕らえるために、マリーをエサとして!」

知り合い・・・・という事は察知出来たからな。結果は、御覧の通りだ』

「こんな小さな子供を、死の恐怖にまでさらして……恥ずかしくないのですか!」

『無いな』

「な……何!」

 紫煙を吐く音が微かに聞き取れた。

 現状いま、この男は優越へと浸っている。

 腹立たしくも!

『肝心なのは成果であり、それを如何いかに効率よく遂行するか……だ。敵を一網打尽いちもうだじんに排斥出来るなら〝大量殺戮兵器〟こそが有益であり、相手の抵抗を封じ込められるならば〝人質の命〟など些末さまつな戦略材料──それが〈戦争・・〉の定石セオリーというものだ』

「違う!」

 聞くに耐えない悪言に、ブリュンヒルドはみずからの信念を吐き出す!

 それは悠久の戦場を駆け巡ってきた〈戦乙女ヴァルキューレ〉としての矜持きょうじであった。

「綺麗事など言わぬ……確かに〈戦争〉とは不毛な殺し合い・・・・だ。なればこそ、人間としての尊厳・・・・・・・・だけは見失ってはならない! 互いの魂へ敬意をいだかねばならない! その一線を踏みにじる勝利などケダモノ同然! それの何処に大儀・・があるというのだ!」

『大義名分は、勝者によって作られるものだ』

「き……貴様という男は……どこまでも!」

 ギリッと歯噛みする。

 平行線の口惜しさだ。

 人間の内に潜む怪物性・・・──ハリー・クラーヴァルから示唆された〝心の闇・・・〟を体現したかのような男であった。

『さて……では、共に来てもらおうか? 戦乙女ヴァルキューレ?』

「な……何?」

『以前も言ったはずだが? 貴様には、が〈完璧なる軍隊フォルコメン・アルメーコーア〉の研究材料になってもらうと』

 ジャキリと鳴る金具音!

 不可解な思いをいだいて、捕虜は顔を上げる。

 科学兵士ウィッセンチャフト・ソルダット達が銃口を向けた音だった。

 だがしかし、その標的は自分・・ではない!

 敵兵が狙いを定めた獲物は、再びマリーであった!

「ひっ!」

 悪夢の再来が少女を恐怖に組敷く!

 またも身が畏縮し、動けなくなる!

「な……何を? 何をしようというのです! ウォルフガング・ゲルハルト! もう、その子に用は無いはずです!」

 慄然から生まれる怒声!

 返ってきたのは冷酷なる肯定!

『ああ、もう用済み・・・だ。だから、消えてもらう』

「なっ?」

いな生きていて・・・・・もらっては困るのだよ。この子供は、我等の本性を知ってしまった……みずからが銃口を向けられた体験も含めてな。そんな事を吹聴ふいちょうされては、せっかくはぐくんだ信頼が地に落ちる』

「き……貴様は……貴様は!」

 ブリュンヒルドのいきどおりは、もはや無力な呪詛でしかない!

 勝利宣言とばかりに、ウォルフガングが命令をくだす!

『……れ』

 ヴォンとともる紅い円眼!

「ぁ……ぁぁ……」

 体が動かない!

 迫る〝死〟への屈服に、へなへなと崩れ落ちた!

「マリー! 逃げなさい! 逃げてぇぇぇーーーーッ!」

 悲痛な叫びが街路を染める!

 機械仕掛けの拳が一斉に火花を咲かせた!

「い……いやあーー!」

 その瞬間、幼女の防壁と降り来る巨影!

 屋根をつないで現れた頑強な肉体が、雨霰あめあられと飛び交う弾幕を盾と受け止める!

「何だと? アレ・・は!」

 驚愕を染め、ウォルフガングはモニターへと食い入った!

 卒爾そつじとして戦況を一転させた闖入者ちんにゅうしゃ──いつぞやの女怪物だ!

 みずからの身体に喰らいつく銃撃を歯牙にも掛けずに〈〉はブリュンヒルドの忌ましめを引き千切る!

 そして、平然と〝ともだち〟へ振り返った。

「マリー、呼んだ」

「お……お姉……ちゃ……」涙に濡れた少女の顔が、さらにグシャグシャと泣き崩れる。「うわぁぁぁーーーーん!」

 抱きついていた!

 安堵のままに、その巨躯きょくへと!

「大丈夫。マリー、いい子、いい子」

 腰にうずもれる少女の頭を、大柄な手がなだめる。

 いとしさでつつみ込むかのように……。

 捕縛ほばくあとの鈍い痛みをさすりながら、ブリュンヒルドはその様子をいつくしみに見守った。

 しかし、感傷へ浸っているひまは無い!

 すぐさま〈戦士〉としての顔へと戻り、きびきびとした対応力を発揮する!

「大丈夫なのですか? その傷は……」

 指摘された〈〉は、ようやくが身の状態を視認した。

 無数の銃痕じゅうこんが刻まれ、細々と赤の清水が流れ出ている。

「痛い」

「早く手当てを!」

「大丈夫、痛いけど痛くない」

 そう言うと〈〉は、全身にちからを込める!

「ふんッ!」

 体内に残された鉛弾なまりだまを筋肉が押し戻し、不必要な異物とばかりに吹き捨てた。軽い硬音をかなで、弾丸が路面へと散らばる。

「これで治る」

 も平然と片付ける〈〉。

 実際、傷口きずぐちは塞がりつつあった。

「あ……貴女あなたは、一体?」

 驚異的な回復力を目の当たりにして、ブリュンヒルドは唖然とする。

 いくらなんでも異常過ぎる。

 数多あまたの〈怪物〉をかんがみても、それは特異な体質に思えた。

『ええい! また貴様か!』

 辺りに響く激昂!

 その出所を展望に探しつつ〈〉は素直に答える。

「うん、私だ」

『クソッ……だが、まあいい。ものは考えようだ』

 包囲網がジャキリと銃口を向けた!

「クッ?」

 絶体絶命の窮地にブリュンヒルドは身構え、恐怖心を甦らせたマリーが〈〉の腰へとしがみつく。

『貴様には、おとなしく捕まってもらうとするか……そこの戦乙女ブリュンヒルドとやらと共にな』

「貴様という男はッ!」

 ブリュンヒルドの怒り!

 何故二人ふたりが、こんなにも緊迫しているのか……その理由は解らなかった。

 だが──怯える頭を優しく撫でる──可哀想なまでに怯える幼女の姿は、一年前いちねんまえ自分・・と重なった。

 フランケンシュタイン城から逃亡し、行く先々で暴力に怯えた日々と……。

 だから〈〉は、へとうのだ。

「マリーをいじめた・・・・のは、誰だ?」

『何だと? 何を言っている?』

「誰だ?」

 頸動脈に埋め込まれた電極が、パリッと小さな帯電を咲かせた。

「この者達です!」

 限界に達したブリュンヒルドの憤慨ふんがい

「この〈完璧なる軍隊フォルコメン・アルメーコーア〉なる再生死体アンデッド達──そして、それを率いる狂人科学者マッドサイエンティスト〝ウォルフガング・ゲルハルト〟! 彼等はみずからの悪行あくぎょう隠蔽いんぺいするため、マリーを口封くちふうじに殺そうとしたのです!」

「そうか。解った」

 脚にすがりつく幼女ともだちを大切に抱き上げ、戦乙女ヴァルキューレへと預ける。

「な……何を?」

 ブリュンヒルドの戸惑いには答えないまま、〈〉は敵陣へと力強い一歩いっぽを踏み刻んだ!

「私は、誰かが傷付くのはイヤだ」

 電極がさらに強い青光あおびかりを踊らせる。

「誰かを傷付けるのもイヤだ」

 迷い無く踏み込む!

 首筋に小躍りする蛇は、次第に身体中をまとわり呑む大蛇とふくれた!

「だけど──」

 沸々と込み上げてくる激しい感情がなのかも理解せぬまま、〈〉はおのれゆだねる!

「──マリーを悲しませるのは、もっとイヤだ!」

 青き化身と成りて地を蹴った!

 駿足!

 次の瞬間には科学兵士ウィッセンチャフト・ソルダットの懐へと潜り入り、たくましい拳で腹をブチ抜いていた!

 ただの拳ではない!

 電流ほとばし雷拳らいけんだ!

 それは太い杭と突き刺さり、同時に放電を発して内部から喰らい尽くす!

 凄まじい電圧の処刑によって、ガクリと事切れる兵士ソルダット

 その脱力的な亡骸なきがらは、まるで〝糸の切れた人形オモチャ〟だ!

 すぐさま他の科学兵士ウィッセンチャフト・ソルダット達が敵の姿を捕らえるも、発砲の瞬間にはすでにいない!

 瞬間移動テレポーテーションごとく消えると、次なる獲物の前に出現し、圧倒的なパワーでほうむる!

 続け様に、次なるにえ

 普段の重々しい挙動が嘘であったかのように〈〉は地をすべり距離を詰めた!

「フンッ!」

 つらぬく雷拳!

 返り血とも潤滑油オイルとも取れるドス黒さを、その身に浴びる!

 そして、また一体いったい人形デクが感電死した!

「あ……貴女あなたは……いったい?」

 あまりにも苛烈過ぎる戦いぶりには、さすがの戦乙女ブリュンヒルドも慄然とする。

 獅子奮迅し し ふんじんたる戦いぶりながらも、それは先の戦乙女ブリュンヒルドとは質が異なっていた。

 優美なる舞を彷彿ほうふつさせるブリュンヒルドの戦いに対して、〈〉のそれ・・は鬼気迫るほど激しく荒々しい!

 まるで戦神せんじん

 いな殺戮の鬼神・・・・・だ!

 脚へとしがみつく幼い震えをかばなだめつつ、彼女は危惧きぐすらいだいていた──もしも、あの矛先が人類へ向けられたら……と。

(その時……私は、貴女あなた殺せる・・・でしょうか……)




 電光まとう殺戮兵器をモニター越しに観察し、さしものウォルフガングですら戦慄を覚える。

「これは……まさか〈イオンクラフト効果〉か!」

 放電によって大気中の電子へと干渉し、同極電荷間──すなわち〝正電荷と正電荷〟及び〝負電荷と負電荷〟間──に斥力せきりょくを発生させる浮遊理論!

 つまり、現状の〈〉は飛んでいる・・・・・のだ!

 それも異常ともいえる瞬発力を秘めて!

 理論上では可能とはいえ、あの巨躯きょくで現実化させるには尋常ならざる電気が必要となる!

 認めなければならない!

 まさに〝恐るべき電気の怪物〟である事実を!

「な……何だ?」

 心底に淀み涌く黒いもや……。

「何だ!」

 それは次第にかさを増して、彼の根底すら呑み始めた。

 まるで、世に蔓延まんえんする魔気ダークエーテルのように……。

「何なのだ! この〈怪物・・〉は!」

 それが〝恐怖〟と呼ばれる感情である事を、彼の自尊心は認めようとはしなかった。




「オオオオオォォォーーーーッ!」

 猛る!

「ゥガアアアァァァーーーーッ!」

 猛り叫ぶ!

 初めておのれの戦闘能力を発現した〈〉は、あたかも暴力の衝動に酔うかのごとく破壊し続けた!

 はたして、そこに理性・・はあったのだろうか……。

「ゥアゥアゥアアアァァァーーーーッ!」

 電光の野人は吼え狂う!

 それは、魔獣たる咆哮ほうこうか──あるいは、人間ひとたらん慟哭どうこくか────。

 ブリュンヒルドの目には、憐れな存在にしか映らない。

 ひたすらに憐れで哀しい虚像であった。

 だから、彼女は無自覚な一滴ひとしずくを頬へこぼした。



 

 死罰の狂宴きょうえんは、ひたすらに続く。


 総てのが沈黙するまで…………。

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