ともだち Chapter.4
「わあ! すごーい!」
出店と見物客が
今日は月一回のバザーだ。
「ねえ、ブリュド? あっちいってみよ?」
「マリー、人混みで勝手に動き回ってはいけません! 迷子になったら、どうするんです! それから、私は〝ブリュド〟ではありません! 私の名は〝ブリュンヒルド〟です!」
同伴保護者の役目として、ブリュンヒルドは釘を刺した。
白いブラウスには胸に銀色の羽根飾りをアクセントと
鎧兜を脱ぎ捨て清楚な服装を
もっとも、その繊細な華美は
「もう、ブリュドったら細かいの……」
「当然です。
「あ! あっち、おもしろそー♪」
「──って、マリー?」
こういう時の子供は、好奇心の
「マリー! 御待ちなさい!」
慌てて追うも、雑踏に揉まれて見失う。
「クッ……こんな事なら、着替えなければ良かった」
流動する芋洗いに女児の姿を探しつつ、自己弁護の愚痴を
しかしながら、従来の衣装では一層動き
これは単なる責任逃避だ。
「まったく……どうして私が、こんな……」
現状に至る経緯を
「バザー?」
「そうよ」と、切り株へと腰掛けたマリーは、楽観的に足をプラプラ遊ばせる。「このダルムシュタットでは、兵隊さんたちの『パレード』が毎月開かれるの。今月のは三日後。その時は、街の人たちでバザーもやるのよ? とってもにぎやかなんだから」
「そうか、ありがとう」
「初めて知ったから?」
「うん」
斧が音高く叩き割った。
そんな会話を
(あの老人も、そうですが……こんな小さな子供までがなついている? 本当に
ブリュンヒルドによる観察は、毎日
彼女なりに、この〈
はたして〝危険な怪物〟なのか〝友人たる存在〟なのか……を。
暗黙の注視である。
「ホントにスゴいのよ? 街中にお店がいっぱい出て、とってもにぎやかなんだから」
「そうか、それはスゴい」
「でもね? わたし、行ったことがないの」
「ないのか?」
「うん。だって、お母さんは病気だし、おじいちゃんは無理だし……子供だけじゃ危ないからって、出してもらえないの」
つまらなそうに足をプラプラと遊ばせた。
「そうか」
消沈を悟ったか悟らずか──〈
そして、
「でね? 今回のは、お姉ちゃんと行きたいの」
「そうか、私と行きたいか」
許容的な返事に、少女の顔がパアッと輝く。
「一緒に行ってくれるの?」
「ううん、行かない」
曇った。
「なんでよ!」
「私は街へ行ってはいけない」
「平気だってば! わたしが守ってあげるもん!」
「そうか、ありがとう」
「じゃあ、一緒に行ってくれる?」
「いかない」
「お姉ちゃんのケチ!」
「私は、ケチなのか?」
「そうよ! ケチよ!」
「そうか、ありがとう」
「ケチケチケチケチ!」
「うん、ケチ」
絶対に
「……行って差し上げたらどうです?」
予想外の助け船に〈
「行かない」
「……やはり容姿を気にしているのですか?」
「うん」
「村人達を畏怖させてしまうからですか?」
「『いふ』は知らない。でも、怖がらせてしまう」
「それを『畏怖』と言うのですよ」
「そうか、ありがとう」
「多少の変装で
「うん、たぶん」
「でしたら……」
「ダメ、行かない」
予想以上に頑固な側面を知った。
ブリュンヒルドは、またも軽く
「ですが、ここまで
チラ見に
と、ようやく〈
「ブリュンヒルドは、マリーをバザーに連れて行った方がいいと思うか?」
「ええ。それは、まあ……これだけ行きたがっているのですし……」
「そうか」
「マリー、バザー行くといい」
「え?」少女の顔が晴れやかに染まっていく。「じゃあ、お姉ちゃん一緒に行ってくれるの?」
「ううん、行かない」
「……え?」「……は?」
意図が汲めない返答に、マリーとブリュンヒルドは
そんな機微にも御構い無しで〈
「ブリュンヒルドが連れて行ってくれる」
「言ってませんけどッ?」
人の脚が樹林と
身近な冒険心だ。
「わあ! すごい! こっちも! わあ!」
マリーは
と、正面からの無造作な
「いた!」
ドサリと尻餅に倒れる。
「……何処見て歩いてんだ? このクソガキ!」
「あ、ご……ごめんなさい……」
「ゴメンで済んだら〈
「あ……あの……わ……わたし……」
怯えて泣きそうになるのを、芯の強さでグッと
此処ダルムシュタットが〈領主怪物〉を倒して〝
そうした噂を聞き付け、わざわざデッド遭遇の危険を
その中には、こうした暴力的な人種も存在していた。
これは〈
周囲は不穏な雰囲気を共有しながらも、誰
かといって、これを薄情と非難するのは無責任でもあろう。
皆、
「見ろよ、コレ! 御気に入りのズボンが汚れちまったじゃねえか!」
「ご……ごめんなさ……」
「とりあえず親の所へ連れていってもらうか?」
「あの……お母さん、病気で……」
「知った事じゃねぇんだよ! んな事は!」
「ヒッ!」
虎のように
大嘘の言い掛かりだ。
マリーは飲食物など持っていなかったのだから。
金銭を
それでも助けの声は上がらない。
少女に同情する気持ちは、皆同じだ。
それでも、やはり暴力の怖さには屈してしまう。
それもまた
「わ……たし……わたし……」
年齢には重過ぎる責任にパニックとなり、マリーは泣き出しそうになった。
その時──「そのぐらいにしておいた方が
「ああ? 何だテメエは?」
「私は、
「カッコつけてんじゃねえぞ! ああっ?」
「一般論を言っているだけだが?」
正視に刻む
その堂々と屈せぬ風格に、
「テメエ、寄るんじゃねえ!」
格の違いを感受して、後ろ手にジャックナイフの刃を隠し出す。
(目の前まで来たら、軽く
「……あまり賢明なやり方ではないな」
「──ッ?」
耳元で
いつの間にやらハリー・クラーヴァルは、三下の脇を擦れ違っていた。
「テメェ? いつの間に!」
ゾッとした感覚に振り向くも、
「大丈夫かい?」
柔らかな
「う……うん」
マリーは戸惑いながらも、差し出された手を取った。
「テ……テメェ! シカトぶっこいてんじゃねぇ!」
背後から
が、余裕で見切ったハリーは、
切っ先は頬を撫でるかのように、
威嚇の牙にすらならない。
「
「テメェ!」
返し
しかし、今度はハリーも
何故か?
我が身を盾としたからである。
その腕に
「クッ!」
そこから
「へッ……ヘヘッ……」ただのラッキーでしかない
「お……お兄ちゃん、ち……血が!」
「ただの
動揺するマリーへと、ハリー・クラーヴァルは安心を
事実、彼自身は、まったく焦燥を感じていない。
平然とした表情にも多少の
さりとも、これは仕方がない。
痛覚を始めとした体感や身体能力的な側面は常人と変わらないのだから。
不安そうなマリーを雑踏の近くで立たせると、彼は静かに相手へと向き直った。
「さて、これで
「うう……っ!」
再び正面対峙する貫禄に呑まれ、
人混みに囲われた
「……クソッタレが!」
厄介な事だがプライドが邪魔をした。
本心で言えば、すぐにでも逃げ出したいところである。捨て台詞のひとつと
だが、プライドが邪魔をした。
それが事実上『負け犬の遠吠え』でしかない事を自覚しているからだ。
暴力に
実力に
「彼女への非礼を
「うるせえ!」
追い詰められた心理が
もっとも、噛みつく相手は、静かなる
ジャックナイフ片手に突っ込む
一方でハリー・クラーヴァルは動じもせず、棒立ちに待つだけ。
臆した様子ではない。
むしろ逆に、内包した自信に依存するかのような無防備であった。
が、それが立証される流れは断ち消えた。
人混みから駆け入った細身の影が、足払いに突進を
「うおっ?」
バランスを崩したところで、間髪入れずにナイフを叩き落とす手刀!
舞を
「痛ててててっ!」
ブラウス姿の美女であった。
ロングスカートを
「私の目が光っている以上、マリーに危害は加えさせません!」
「ブリュド!」
女児の瞳が安堵から輝く。
「マリー、だから言ったのです! 私から離れてはいけないと!」
「テメェ!
「……まずは吐く言葉が違うのではないか?」
「イデデデデデッ!」
「あのような
「イデエッ! う……腕が折れちまう!」
「折っても構わん」
「な……何?」
ギョッとして肩越しに
「弱者は暴力に泣き寝入りしていればいい──そもそもは貴様が
この女、本気だ──そう感受した
「わ……悪かった! 俺が悪かった! もう暴力は振るわねえ!」
「……
「ホ……ホントだ! だから勘弁してくれ!」
「言い掛かりも……だ」
「しねぇ! しねぇよ! アダダダダッ!」
「いいだろう。だが、
「ブリュド!」
「まったく……少しは
「うん……うん……」
スカートに顔を泣き
その様子を見届け、人知れず雑踏へと去ろうとするハリー。
「
「何かね?」
「いえ、
「気にする事はない。ただ、放っておけない性分なだけさ」
ロングスカートにしがみつくマリーが、
「あの……ケガは? だいじょうぶ?」
「ケガ? 何の事だい?」
優しい
パックリと刻まれたはずの
「え? だって?」
戸惑う少女へ、ハリーは優しい笑みで答えた。
「私は手品が好きなんだよ」
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