ともだち Chapter.3
ゆっくりと周囲を展望し、状況把握に
「……何があった?」
静かに低い美声が、誰に言うとでもなく
答える者はいない。
「ぅ……ぁぁ……
羽根兜から零れた
「大丈夫、大丈夫。痛いけど、痛くない」
「ハァハァ……な……何を?」
「母親がこう言うと、子供は〝痛み〟を我慢できる。街の公園で見た。人間は不思議だ」
「……早……く御逃げなさい……
「そうか、ありがとう」
「な……何を?」
「心配してくれた」
その間抜けた様子に、ウォルフガングが
「貴様、何者だ!」
問い掛けに応じるべく、
「……知らない」
「な……何?」
嘘は言っていない。
素直な返答だ。
事実、これは彼女にとって命題でもあるのだから。
自分が
だが、
「フン……何処の馬の骨だか知らんが──」
「私には〝馬の骨〟は使われていない。うん、それは確かだ」
「黙れ!」
別段〈
ただ無知
さりながらウォルフガングにしてみれば、
常識人の視点からすれば、無理からぬ事ではあるが……。
(それにしても……)
ウォルフガングは持ち前の観察眼で、上から下まで〈
感情に左右されながらも、一方では理知的な分析を
(コイツは
包囲網の
「フン……まあ、いい。貴様が
ゴーグル越しの眼が、一斉に不気味な赤を
悪夢の
一転した雰囲気を感じ取り、〈
これから浴びせられる残忍な攻撃を知らぬままに。
「いけない!」
痛みを押して身を動かすブリュンヒルド!
(巻き込んでは、いけない! 無関係な者を巻き込んでは!)
必死な想いで〈
直後、
「ダメェェェーーーーッ!」
射程外へと
「あ……ああ……そんな……」
結果として救われたのは、またも自分だ。
そして、見ず知らずの彼女を巻き込んだのも自分。
勇猛なる戦士の魂を〈英霊〉として〈
そして、その地に
〈戦乙女〉〈神界の聖戦士〉などと呼べば聞こえはいいが、実質は〈死神〉と
だからこそ、ブリュンヒルドは苦悩してきた。
そんな宿命を
しかし──「また、私のせいで……」──零れ落ちる
自分と関わった者は死ぬ。
かつて神話時代に愛した
今度は
見ず知らずながらも、身を
「
深い失望が心を
流れる涙のままに顔を伏せた。
が、次の瞬間!
「ば……馬鹿な?」
ウォルフガングの驚愕に、ブリュンヒルドは顔を上げた。
喰らいつかんとする
やがて次第に電光は弱まり、完全に消え失せた。
その
何が起きたのか……ブリュンヒルドに解るはずもなかった。
科学者たるウォルフガングが指摘するまでは!
「吸収しただと? あれほどの電撃を!」
「うん、ありがとう」
「な……何?」
「電気をくれた」
何事も無かったかのように、邪気無く答える〈
「ふざけるな! くれてやった覚えは無い!」
「そうか、ごめん。いま、返す」
淡白に結論付くと、右拳に意識を集中した!
体内から涌き出る電流が活性力を
「ふんっ!」
大地を殴り付つけた!
渾身の拳圧に地面が砕け割れ、そこを起点として放射状に衝撃が走る!
それは同時に、無数の電撃竜を
先刻までの〝青い
電竜は地表を割り進み、余すことなく包囲網を喰らい抜ける!
過剰な高電圧を浴び、次々と機能停止に
体内から煙を吐いて、悲鳴を上げるでもなく崩れ倒れた!
「こ……これは! 貴様、これは!」
その
「電気、返した。じゃあ、さようなら」
一応『別れの挨拶』を置いて、地を蹴る!
乱入時と同等の勢いが、今度は逆方向へと効果を発揮した!
「ああぁぁぁーーっ?」
あまりに力強い跳躍!
無理もない。
滞空は御手の物であるものの、彼女と〈
ブリュンヒルドを始めとした〈
それに対して〈
「ク……クソッ!」
とりあえず雑木林で〈
「あ……有難う」
片膝着きに顔を
「うん、ありがとう」
「
「ありがとうと言ってくれた。だから、ありがとう」
突飛な理由が返ってきた。
どうにも調子が狂う相手だ……あの〝高慢な将校〟でなくとも。
「痛むか?」
「いいえ、平気です。それよりも、
「知らない」
先刻と同じ返答であった。
さりとも、嘘では無いのであろう。
それは
「何故、私を?」
「うん」
真顔で
沈黙が続く。
「あの?」
「何だ?」
「ですから、何故、私を?」
「うん」
「あの? 御返答頂けませんか?」
「まだ質問されていない」
その言葉に、ブリュンヒルドは思い当たった──「何故、私を?」──この後に続く文脈を、彼女は待っていたらしい。
徹底した
改めて質問を
「
「痛そうだったから」
ようやくにして望んだ回答が返ってきた。
想像していたよりもシンプルではあったが……。
「……それだけの理由ですか?」
「うん」
「たったそれだけの理由で、あのような危険を冒したのですか?」
「危険は知らない。でも、誰かが傷付くのは嫌」
肩へと駆け登った
小動物になつかれる様に、ブリュンヒルドは思う。
(
そうは推察するものの
左上腕と左手首、右
何よりも生理的な
長い前髪を垂らし隠しているものの、右顔面は表皮がないまま筋肉繊維が
正常に機能する左顔面が聡明な美貌にあるせいで、左右非対称な
端的に言えば、
命の恩人へ注ぐべき感情ではないが……。
その心根が純粋であるからこそ、余計に得体が知れなくなる。
ブリュンヒルドは密かに意識を集中した。
この〈
(これは?)
先刻の〈
内在する〝感情の波動〟は稀薄である。
潜在している〝生命の波動〟は、比にならないほど強烈だ。稲光のように激しく、荒々しく、緩急的な〝
(やはり、彼女は──)
仮に〈怪物〉だとしても、彼女が〝
何よりも眼前で小動物からなつかれる無垢さは、到底〝邪悪〟には見えなかった。
「くすぐったい」
「歩けるか?」
「え……ええ」
「そうか。じゃあ、行こう」
のそりと起き上がる巨体。
「行く? どちらへです?」
「オマエの家。送る」
「……在りません。そのような場所は」
寂しくも渇いた苦笑で首を振る。
この
帰るべき場所は、永遠の黒雲に閉ざされたのだから……。
「家、無いのか?」
「ええ」
そして、ややあってから
「そうか。じゃあ、行こう」
「はい?」
数秒前のデジャヴを覚える
「行く……って、私の話を聞いてましたか?」
「うん」
「私には帰る家など無いのですよ?」
「うん」
「では、何処へ連れて行こうと言うのです?」
「アンファーレンの所」
簡潔に言い残して〈
「ど……どなたです? それは?」
聞こえていないのか、大きな背中が掻き分ける枝に消える。
「ま……待って下さい!」
ブリュンヒルドは慌てて武具を拾い、後を追い駆けた。
足場の悪い獣道を〈
この時、何故追ったのか──それはブリュンヒルド自身にも分からない。
行く
しかしながら〈怪物〉に恩恵を
にも
この〈
信用に足る相手だと感じたからであろうか?
相手は〈怪物〉──
そして、自分は〈
大いなる〈
では、何故?
(これは監視です……そう、彼女が
ややあってブリュンヒルドは、先行する〈
「
「無い」
「御冗談を? この世に〝名前〟の無い者など在りません」
「そうか。ありがとう」
「何がです?」
「教えてくれた」
「はい?」
どうやら「ありがとう」は、彼女の
しかし、それが
どうにも苦手な相性かもしれない。
「ま……まあ、いいでしょう。それで、
「無い」
振り出しへ戻った。
「では、私は
質問に足を止めた〈
そして、馴染みある候補を思い浮かべた。
「〝娘さん〟」
「……それは〝名前〟ではありません」
「〝お姉ちゃん〟でもいい」
「……御断りします」
「ただいま」
ようやく帰った〈
「おお、娘さん! 無事で良かった!」
「うん」
盲目の手を優しく引き、元居た席へと連れ戻す。
「少々遅く感じたのでな、心配しておったのじゃが……いやはや、本当に無事で良かった」
「うん、ごめんなさい」
「いやいや、無事ならばそれで──おや、珍しい。お客さんかい?」
閉ざされし闇に
「突然に来訪して申し訳ありません。私は〝ブリュンヒルド〟という者で、そちらの〈
穏便
「ふむ?」
白い
真っ暗な視界に浮かび上がる白く
と、唐突に〈
「
「ふむ?」
撫でる
「食事も無い」
「ほう? だから、連れて来たのかい?」
「うん」
「そうかい、そうかい」
何故だか喜ぶかのように納得する老人。
が、〈
「勝手に連れて来た……ダメだったか?」
「ダメなもんかい!」シュンと沈む抑揚に、老人はわざと明るく声を張った。「娘さんは、放っておけなかったんじゃろう?」
「うん」
「だったら、泊めてあげなさい。食事も構わんよ。娘さんが『してあげたい』と思う通りに……な」
「うん、ありがとう」
嬉しそうな
盲目の老人と〈怪物〉──まるで〝
しかしながら、
(まさか? 人間と〈怪物〉が和解? 到底、信じ
だが、
これは、どういう事なのであろうか?
そんな彼女の困惑を
「そうかい、そうかい……娘さんに〝友達〟が出来たかい……」
「あ、いえ……私は……」
しどろもどろになる
直後〈
「違う。拾った」
「違いますけどッ?」
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