いつもそこにあるもの

夢空

第1話

「――でさ浩二、亜希斗あきとったらLINEでその時なんて返事したと思う?」


「知らねーよ。ったく、何で二人っきりでお前のノロケ話なんぞ聞かにゃならんのだ。そういうのは女子としてろ女子と!」


「ひっどーい! こういうのを話すと嫉妬してくる子もいたりして面倒なの。その点、あんたなら変なことにならなくて気楽なわけよ」


「うわ……うざってぇ」


 夏休みも近づく夕暮れの帰り道、俺達は二人で帰路についていた。いつもなら俺とりん、そして亜希斗と三人で帰るのだが、珍しく今日は亜希斗に用事があるということで一人欠けてしまった。

 そして今、俺は聞きたくもない鈴と亜希斗のノロケ話を延々と聞かされている……。


 俺達は幼馴染でいつも一緒だった。幼稚園、小学生、中学生、そして高校生となった今も変わらず、俺達の関係は続いている。半年くらい前にこいつらが付き合い始めたと聞いた時はそれはもう驚いたが、二人はそれからも俺を邪険にすることなく、こうやって一緒に通学の行き帰りをしている。


「まあうまくやれてるんなら良かったよ。亜希斗のやつ、あれでナイーブと言うか気難しいとこあるからな。お前みたいな無神経と付き合って、良く半年も持ってるもんだ」


「だってそこはもう気心知れてる仲じゃない? 付き合ってるって言ったって言うほど何かが大きく変わったわけじゃないのよ。そうね、意思表明ってのが近いかも」


 鈴の言うことも分かる。俺だって亜希斗や鈴のほとんどを知ってるつもりだ。隠し事をしてもすぐにバレる。でもそれはバレてもいいことだけだ。きっと俺達はお互いに知らない秘密を持っている。少なくとも俺は……。


「あんたもさ、彼女作ってみなよ。もう高校生なんだからさ。あ、何ならあたしが紹介したげよっか?」


「冗談。お前からの紹介なんて死んでも御免だな。そいつと付き合ったが最後、俺のあることないことが全部お前に筒抜けになるんだろ? プライバシーも何もあったもんじゃねえや」


「ちぇ。バレたか」


 そう言って鈴は笑いながら小さく舌を出した。油断も隙もないなコイツ……。

 すると、鈴の表情がすっと変わった。困ったような、引け目を感じていると言うかそんな顔だ。


「でもね、ちょっと安心してる自分もいるの。亜希斗と浩二と私、こうやって三人で今も一緒にいられてることに。浩二に彼女ができたら、何だかこの関係が壊れちゃうような気がしてさ……」


「つまりお前は、俺の青春時代にずっと独り身でいろと、そう言ってるわけだ」


「違うって! だから彼女作りなって言ってんじゃん!」


「でも、今の関係が壊れるかもしれないんだろ?」


「……うん、覚悟してる。だって、私達二人が幸せになってるのに、浩二が犠牲になってるなんて絶対におかしいじゃん。私は浩二にもちゃんと幸せになってもらいたい」


 深刻な顔で鈴がこっちを見つめてくる。その顔が何だか無性にムカついたので、俺は右手の中指と親指を限界まで引き絞り、その額にデコピンを食らわした。バシンという小気味良い音が響き、鈴の頭が大きく仰け反った。

 鈴は頭を元に戻すと、涙目になって叫ぶ。


「い……――ッたーーーい!!! いきなり何すんのよこのバカ!」


「アホ。こっちの都合も考えずに持論をまくし立てんな。大体、彼女を作る作らないは俺の勝手だろうが。お前がとやかく言って作れるもんでもないし、今は作るつもりもない。お前が気にする必要なんざ、さらさら無いんだよ」


「そ、そう? そっかー、えへへ」


「なに気色悪い顔で笑ってんだよ?」


「だってさ、いつかは無くなっちゃうかもだけど、まだしばらくはこうして三人でいれるってことだよね! うん、それは何より嬉しいかも!」


 両手を胸の前で握り、鈴がスキップを始めた。その表情に、もうさっきみたいな憂いは全く見えない。本当にコロコロと表情が変わるやつだ。


 そうして俺達は駅の前に着いた。鈴は改札をくぐったが、俺はその場に立ち止まる。それに気付いた鈴が怪訝けげんそうな顔でこっちを見た。


「どうしたの? 早く来なさいよ」


「悪い、ちょっと用事を思い出した。先に帰っててくれ」


「そう? じゃあまた明日ね!」


 そう言って鈴は手を振り、駅のホームに駆けていって見えなくなった。そして、俺は自分が安堵していることに気付いた。


 そうだ、これでいい。俺はあいつの一番じゃない。もしかしたら二番ですらないかもしれない。けど、あいつらがどんな結末になったって、それをきっと俺が見届けなくちゃならない。だからこんな気持ちは、ずっとしまっておかなくちゃならないんだ。


 俺は踵を返してスマホを出し、辺りを検索する。どこか人気がなくて開けていて、星が良く見える所がいい。

 何だか無性に一人で星を見上げたくなったのだ。どんな時でも在り方を変えない星々は、まるで今の俺達みたいに思えたのかもしれない。

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