一番の恋・二番目の存在

岡崎 晃

一番の恋・二番目の存在

氷上ひがみくんはわたしの1番の親友だよ!」

「どうしたんだ急に?」


夕暮れ時、俺とあずさは2人でいつも通りの高校での帰り道のこと。唐突に前を歩いていた梓が振り向いてそんなことを言ってきた。


「いやー、わたしって友達多いじゃん?」

「ぼっちの俺に対して喧嘩売ってんのか?」

「違うよ!? てか氷上くん、まだわたし以外に友達いなかったんだ……」


可哀想なものを見る目でこちらを見てくる。たしかに、友達と言えるような関係にあるのは現状梓ただ一人だけ。それも運が良かったようなもので、親同士が友達で子供の時からずっと一緒に過ごしてきた。

まあ、幼馴染というものだろうか。


「別に、友達なんて沢山いても困るだけだけだろ」

「困るほどの友達の数が氷上くんにいた記憶がないんだけど」


……何も言えない。


「だからさ、もしわたしに彼氏とかできたらどうすんのさー」


そんな何気ない言葉に、俺の心臓は驚くほど激しく鳴り響いた。


「––––お前にできるわけないだろ」

「えーひどいなー」


俺はそれを隠すように嘘を吐く。

できるわけがないなんて本当は思っていない。逆に、今までいなかったことが奇跡かと思っているほどだ。

彼女は自分でも言っている通り、友達が多い。男女分け隔てなく接することができる彼女の周りにはたくさんの人がいて、きっと彼女に恋愛感情を持っている人もたくさんいるだろう。

そして、その中の一人に俺も含まれている。

我ながら無謀な恋だと理解している。こんな冴えない俺と梓が釣り合うわけがない。

告白する勇気なんて俺にはない。

それに、確信はないけれど、梓にはきっと一番の人がいる。


「そもそも、お前の好きなやつなんて誰かいるの?」


だから、こんな風に逃げ腰で彼女に質問してしまう。


「むー、失敬な。わたしにだって好きな人くらいいるんだから」


頰を小さく膨らませながら不機嫌そうに前を歩いて行った。

俺は置いていかれないようにその後を付いていこうとするが、足に力が入らなかった。まるで地面に固定されているかのように錯覚してしまうほどだ。

知っていた。彼女には一番である存在がいると。しかし、こうもはっきりと伝えられると、想像以上に心が苦しくなった。体に力は入らず、その場から動くことができない。

親友として一番だと梓は言うが、きっと彼氏ができたら俺は親友としては一番であっても、彼女の一番になる事は出来ない。


いや、もうこの時点できっとなれないのだ。


「氷上くん?」


前を歩いていた梓が一歩も動かない俺をみて声をかけてくる。


でも、それでも、俺は彼女のことが好きで、彼女の一番になれなくても、二番目の存在になれればいい。告白して壊れてしまう可能性が少しでもあるなら、ずっと幼馴染として、親友として梓の隣にいたい。


「すまん。考え事してた」


必死にごまかして表情に笑顔を浮かべる。どうにか足を動かして前に進む。

この気持ちをごまかし続ければ、いつかきっと苦しまなくなる。


嘘をつくのは得意だから大丈夫。


今は耐えていくしかない。


一番になれなくたっていいじゃないか。


「氷上くん」


名前を呼ばれるたびに跳ねる心臓も。


「氷上くん」


ついついにやけてしまいそうになる表情も。


時間が経てば何も起こらなくなる。


「氷上くんってば!」

「……!」


気づけば、目の前に梓が立っていた。

落ち着け。いつも通り。いつも通りに接すれば親友として、彼女の二番目の存在になれる。そうすれば満足だ。


満足なんだ。


満足しなくちゃいけないんだ。


「梓」


二番目で––––。


「なに?」


––––良いわけがない。


「好きだ」


俺の告白に、梓は目を見開いた。

我ながらタイミングもクソもない最低な告白だ。

いや、俺にはこれくらいがちょうど良いのかもしれない。

彼女にとっての一番への想いを邪魔することなく終われるのだから。


「本気?」

「ああ」

「うれしい」

「それなら良かった」

「わたしも」

「そうだよな。ごめんな、振られるとわかっててもこの気持ちを伝えたいと……思っ……て……。 え?」


真っ赤な顔でこちらを見つめる梓。


「今なんて……」

「わたしも、氷上くんが好き」

「え、なん、え? 好きな人がいるって……」

「氷上くんだよ。ずっと前から」


そんなことを言われ、俺はどうすれば良いのかわからなかった。

ワタワタしている俺に、梓は何も言わずに歩き始めた。後ろ姿からでもわかるほどに、彼女の顔は耳まで真っ赤に染まっていた。


俺は今度こそ置いていかれないようにその後ろを……いや、その隣を歩いた。


俺にとって一番の存在である梓の隣を、夕日に照らされながら歩いた。











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