一位になんかなりたくない

紫月 真夜

安定の二位

 ――三月。

 学年末テストの点数が返却されたり、成績表をもらったりする忙しい一か月。私は、それらを貰う度に安堵のため息を漏らした。「一位にならなくて良かった」の気持ちが込められたそのため息は、誰にもその真意を悟られることなく宙に消えていった。

 普通の人なら「一位」を目指すのだろう。だが、私は違う。一位なんて、無価値なものだ。なんの為にもならない、空虚な数字。


 今まで、そう思って生きてきたのに。

「お前、いつも二位狙ってるんだって? じゃあ、俺が奪ってやるよ。俺はやればできる子だからな」

 いつの間にか、私の定位置と化していた「二位」をあいつに奪われていた。そう、私の考え方を前以上に捻じ曲げたやつに。


 そもそも、私がこんな考え方になってしまったのは、私の実の兄が優秀すぎたからだ。私の兄は生徒会長で、百人中百人は振り向くような見た目だ。それだけではない。成績は学年首位、ピアノやギターが弾けて、料理も得意。これだけ優秀な兄がいれば、両親が私に目を向けないのも当然だろう。たまに私に話しかけてきたかと思えば「もっと頑張りなさい」や「お兄ちゃんみたいになれないのね」などの呆れの感情をストレートにぶつけられる。それは、テストや体育祭などで一位をとっても変わらなかった。けれど、二位の時だけは違った。何故かは分からないけれど「惜しかったわね、もうちょっとよ」などと励ましてもらえた。私は「私」を見てもらうためだけに二位という順位を守っていた。

 二位を奪おうとしているあいつは、昔から私が大嫌いなようだった。いつも私の友達を奪って、私の手柄を自分の手柄にして、そうやって私を追い詰めてきたのがあいつだ。彼のせいで、私はひとりになって、そのせいで勉強する時間が増えて、けれど親からの反応は何も変わらなくて。そんな負の連鎖から私を救ってくれたのが「二」という数字だったのに。


 前のテスト以上に勉強しないと。あいつに二位から引き摺りおろされる前に。

 休み時間も授業中も勉強することに必死になっていた私は、あいつの私を嘲笑うような表情に気付けなかった。


 *


 あの日からテストまで、時には寝ることや食べることも忘れ夢中で勉強した。隈や肌荒れなど体にも影響したが、私にとってはどうでも良かった。


 ――これで二位になれるのなら、どうだっていい。

 その思いだけで、テストも乗り越えた。そして、今日はテストの成績表が返される日。つまり、自分の順位が分かってしまう日だった。

 いつもより頑張って、けど軽く手を抜いて。だから、今回も二位になれる。

 そうやって余裕ぶった気持ちでいた事がいけなかったのか。成績表を返されて……そこからの記憶が曖昧で、気付いたら手にはくしゃくしゃにされた成績表が握られていた。

 ――二位になれなかったんだ。

 私の成績表には「一位」という残酷な数字が印刷されていた。

 どこで間違えたのだろう。もしかしたら、あいつは私を煽って一位にさせようとしたのでは、と今更どうしようもないことを考えてみて、けれど心は落ち着かなくて。時が出来るだけゆっくり進んで欲しいと願っても時計の針が遅くなることは無く、いつの間にか授業も部活も終わってしまっていた。


 また失望される。震えたり、怯えたりしながらおぼつかない足取りで家へ帰り、母に成績表を見せに行く。「やっぱりあんたには無理なのね」との言葉を覚悟して。「ごめんなさい」と言いながら部屋へ駆け込み、引きこもることを覚悟して。


「お母さん、これ、今回の学年末の成績表」

 視線はなるべく母の足元を見て、けれど姿勢は良くして。母に怒られ慣れてるからこそ分かる、一番グチグチ言われない姿勢になって母の言葉を待つ。

 数時間にも感じる無言の時間が続いた後、母が突然言葉を口にした。


「まあ良いんじゃない。頑張ったわね」

 思わず視線を上げてみると、いつもの呆れた顔ではなく、裏の無いあたたかい微笑みで私を見つめる母がいた。


 *


 どうしようもない運命もある。けれど、努力したら、挑戦し続けたら、その運命を変えられるかも知れない。

 今日学んだ、一番大切なこと。これからは、自分の運命に抗える自分になろう。そう心に誓った。

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一位になんかなりたくない 紫月 真夜 @maya_Moon_

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