第51話 7/25 人が夢を見ると書いて儚い読む

 「ところで、忠兵衛殿は今、どこで何をしておられる」

 「忠兵衛でしたら、この江戸におりまする」

 「ほぉー、そうか、で何処におられるのか」

 「別宅で御座います」

 「そうか、久しぶりじゃな。済まぬが、籠を呼んで頂けぬか。今から、立ち寄ってみるとしますかな」

 「それは、忠兵衛も喜びましょう。しかし、在宅してるかは定かではありません」

 「構いませぬ、なるようになれ、じゃよ、く・く・く・く」


 店主の木下諭吉は、丁稚に籠の用立てを命じた。暫くして籠が来ると、いそいそと天海は、籠に乗り、忠兵衛の江戸別宅へと向かった。


 「ご在宅か、忠兵衛殿、天海で御座る」


 なぜかとても懐かしい声に忠兵衛は、急ぎ、玄関へと向かった。


 「これはこれは、天海様。よう興しになりましたな、さぁ、どうぞ、どうぞ」


 忠兵衛は、オランダ様式の居間に、天海を招き入れた。


 「ほんに、久しぶりじゃな、忠兵衛殿」

 「左様で御座いますな」

 「会わぬのに、色々な頼みごとにお応え頂き、有り難く思うておりまする」

 「元を正せば、私の思いつきで、光秀様を巻き込んだようなもので御座います。そのようなお気づかは…」

 「忝ない」

 「して、今日は何用で御座いましょうか」

 「用という用は御座いません。今しがたそなたの江戸の店に少々頼みごとを致したおり、忠兵衛殿がこの江戸に居られると聞かせれ、懐かしさもあり、伺ったまでのこと」

 「左様で御座いますか。して、頼みごととは」

 「ほんに、思いつきでな、この江戸を散策し、おなごが余りにも少ないことに気づき申してな」

 「人足や職人たちで、江戸は活気に溢れておりますが確かにおなごは、少のう御座いますな」

 「それと、私の店とどう関係致すのでしょうか」

 「そこよ、そこ。この江戸は活気に溢れ、喜ばしいが地方に目を向けると、貧困に悩む村も多いのが実情。そこで、苦しむ村から、おなごを雇入れ、この江戸で所帯でも持つ者が現れれば、この活気は、この地に深く根付くのではあるまいかと」

 「それは、よいお考えでありますな。ならば、口入れ屋に申し付け、大坂近郊の貧困な村にも当たらせておきましょう」

 「それは、有難い。ですが、女郎を買うような真似だけは避けとう御座る。忠兵衛殿の裏表の稼業をもってして、そこの所に目配せ頂ければ、有難いのじゃが…」

 「承知致しました。目の届く範囲で宜しければ」

 「忝ない」

 「何のこれしき。当方も、おなごが増えれば、色々と商売にも繋がりますから」

 「やはり、そう思われるか。私も店主にそう申した」

 「そうで御座いましたか、あはははは」

 「忠兵衛殿は今日、明日、ご予定はおありかな」

 「いや、御座いませぬが」

 「ならば、頼みごとついでじゃが、今宵、泊めて頂けぬか」

 「それは、それは、どうぞ、どうぞ」

 「忝ない。ここへ来たは良いが、城へ帰るとなる些か億劫に成り申してな」

 「明日、籠を用立てましょう」

 「済まぬのう、何から何まで」


 忠兵衛は、付き人に明日の籠の手配を命じた。


 「では、今宵は酒盛りと参りましょうか、般若湯ではなく」

 「おお、それは、有難い。心ゆくまで、飲ませて頂くと致しますか」

 「そうなさいませ」


 天海と越後忠兵衛は、久々の酒宴にを愉しんだ。


 「のう、忠兵衛殿、最近は何をなされておるのじゃ」

 「道楽という道楽は、一通り、こなしました。その道楽に飽きてきたおり、面白い小娘に出くわしましてな」

 「ほう、小娘とな…、まだまだ、お盛んのようで」

 「いやいや、そちらの方は、もう、鳴かず飛ばずでして…」

 「では、どのように、なされておるのですか、その小娘と」

 「金に物を言わせて、見受けし、その店で一番の花魁に育て上げようと思いましてな」

 「花魁で御座いますか…それは面白い」

 「只の花魁では詰まらない、よって、オランダからの品に気になる物が御座いまして、それを使おうと」

 「はてさて、何で御座るかな、その品とは…」

 「貞操帯で御座います」


 「貞操帯…、おお、存じておりまする。何やらの書籍にそのような器具があったと

記憶しておりまする。実物は見たことはありませぬが」

 「では、是非、一度、足をお運びになられば良いでしょう、手配はさせて頂きますゆえに」

 「いやいや、ひと目もありまする。仮にも僧侶の我が身ですからな」

 「それは、勿体無い…」

 「花魁と言えば、そう簡単に成れますまい。如何様な仕掛けをご用意なさたのです」

 「そこはそれよ、で御座いますよ」

 「はてさて」


(詳細は「この世の花に魅せられて、今はあの世で生き候」を、是非、ご覧下さい)


 「幕府の重鎮におられるお方を前に申し上げにくいことですが、各大名、旗本でも資金繰りに喘いでいるところは少なくありません。その方々に、金数を用立てて商売に致しております。その借りの返済を緩めることと、引き換えにその小娘を御贔屓下さるように、お願い致しております」

 「なるほど、大名、旗本が日参する女郎ですか…。しかし、中には強者もおりますでしょう」

 「そこが、面白いので御座います。私への憎さがその小娘に向かう。いざ、事を成し遂げようと試みるも、叶わぬこと。よく、出来ておりますぞ、オランダの貞操帯なるものは」

 「ほぉー、そうで御座るか、何やら、私も興味が湧いて参りましたな」

 「そうでしょ、そうでしょ、是非、百聞一は見にしかずですぞ、お試しに成りませぬか、お忍びで」

 「いやいや、遠慮申し上げまする。しかし、その貞操帯やらは、一度、手にして見たいものですな」

 「次に来られることあらば、真新しいものをご用意致しましょうか…、お城にお届けする手も…」

 「ああ、良い。またの機会に拝見せて頂ければそれで充分で御座いますよ、く・く・く・く・く」

 「左様で御座いますか…、では、次回、お城を出られる事があれば、事前に諭吉にお知らせ下され、ご用意致しておきます故」

 「そうして頂こうか。これで、ひとつ愉しみが増え申したわ」

 「どうですか、上様と情を交わした者が、万が一にも他の男と結ばれぬように、御用立て致しましょうか」

 「ほんに、そなたは、生粋の商売人で御座るな」

 「これは、ご無礼なことを」

 「構いませぬは、く・く・く・く・く」

 「差し出がましい事を申し上げて宜しいでしょうか」

 「構いませぬ、何なりと」

 「金貸しをしておりますと、その藩の内情が手に取るように分かるのですよ」 

 「ほぉー、それは面白いですな。直様、そこへ探偵を忍ばせましょう。良き、目の付け所、忝ない」

 「恐れ多いことを」

 「忠兵衛殿は、これからどうなされますかな」

 「やりたいことは、やり尽くしましたわ」

 「それで、如何致すのです」

 「小娘を花魁に育てる、は表の口上。裏の快楽は、身分高き者たちを、この掌で

思う存分転がし、その者たちの喜怒哀楽を思うがままに牛耳るのが、楽しみかと…。

これはまた、申し訳御座いません」

 「良いわ、良いわ。心ゆくまで、楽しみなされよ。幕府に歯を剥くより、花魁にうつつを抜かすはこれも我ら幕府の安泰を示すようなものよ」

 「そうおっしゃって下されば、私も気が楽に…」

 「閻魔と呼ばれた男は成長して、命を奪うより、心を操る魅力に目覚めたようで御座いますな」 

 「お口の悪いのは、お父様と変わりませぬな」

 「許せ、許せ。そなたには、感謝することはあれど、憎むなどあり申さぬ故に」

 「有り難く、受け取っておきましょう」

 「そうして、下され、く・く・く・く・く」

 「私は、お迎えがいつ来ても、可笑しくありません。思い残すことなど…、おお、唯一上げるとするなら異国探訪でしょうか。文化、食、女人を堪能できればと」

 「そのようなことなら、明日にでも行えるであろう」

 「この歳で長い船旅など、退屈過ぎて耐えられませぬわ」

 「忠兵衛殿らしい、お考えよな」

 「天海殿こそ、この先、如何なされるのかな」

 「私は、父上と家康様が目指された、戦なき、平安な世を構築してゆくのみですよ」

 「崇高な志で御座いますなぁ」

 「そもそも、死の商人と揶揄されても可笑しくないそなたが、真逆の安静を望み、父上を引き込んだのでは」

 「左様でしたな」

 「それこそが我ら親子が忠兵衛殿とこのように縁を築くことに成り申しておりまする」

 「喜ばしいことです。しかし、善人では有りませぬぞ」

 「存じて、おりますぞ」

 「ふ・ふ・ふ・ふ。武器商人での儲けは、何れ、頭打ちするか、何より、自らの命を競合相手とやり取りせねばなりません。家康様も命を狙われ、見えぬ相手に怯えられたのと同様に、強がっていた私も命拾いした時には…。それに異国への好奇心もありましたから」

 「国内で争い事が頻繁に起きているようでは、異国に攻められれば、国を売る者も…。商売どころか、この国の存在が危うくなりますからな」

 「その通りで御座います。まぁ、私の描いたこの世の在り方が、今まさに姿を現そうとしております。これも家康様と天海殿の父上、光秀様のお陰」

 「それを言うなら、お互い様と言うことに…」

 「ふふふふ。で、天海殿は如何なされます」

 「おお、そうで御座いましたな」

 「家康様の遺言の補足ですかな」

 「遺言の補足とは…」

 「家康様の遺骸は、家康様の遺言通り、久能山の廟所に埋葬致しました、この時は密かにね。質素で良い、ただ大坂の秀吉に睨みを効かせる場所に、と言い残された。我らにとっても急なことであり、何ら準備も出来ず、その意に即した。影武者の恵最が死去すれば、その久能山に一年ほど仮置きし、思う所に目処がつき次第、盛大に移すつもりです」

 「手間の掛かることを…」

 「密かと言えど、幾人かは知り得る事。家康様の意を無下には出来ず苦渋の行いですよ。家光様の威厳も高まってきておる。恵最の役目も、まもなく終えることになりましょう」

 「人は欲を掻くもの、恵最なる者も目を離せませぬな」

 「忠兵衛殿もそう、思われるか」

 「と、言うことは」

 「もう、手は打っておりまする」

 「左様で」

 「ただ、人は思うようには、育ってくれませぬ。その死角を埋める手立ては済ませておるが…はてさて」

 「いつまでも傍にて伝授出来ぬもどかしさ、ですかな」

 「こればかりは何とも…」

 「そのような時は、なるようになれと、手放すことです。道筋さへ整えておれば、自ずと思うように動くものですよ」

 「そう、願いたいものですな」

 「何を弱気な」

 「遺憾遺憾。愚痴が…」

 「私で良ければ、いつでも聞きますぞ。ただ、聞けるのも、そう長くはありませぬがね。寄る年波には勝てぬ、ですよ」

 「そうですな。父上も比叡山に立て籠もり音沙汰が御座いませぬ。今は仏と向き合い己の寿命を受け入れる準備をしておられるとのこと」

 「左様で御座いますか…。命尽きるまでに今一度、お目に掛かれれば宜しいのですが、ほれ、もう、長旅にこの体がついて行きませぬでな」

 「無理を為さらず、道楽を愉しまれることですよ。目や体は繋がらなけれど、心は羨ましく思う程、繋がっておられまするゆえ」

 「そのような…、勿体ない。いけませんなぁ、最近、情に脆くなりましたわ」

 「良いことではありませぬか。他力本願ですよ、心穏やかにですよ」

 「そのようですな。まぁ、仏様もこの私の所業には目を見開いて裁きにかかられましょうけど、身から出た錆と諦めておりまする」

 「そのような弱気で如何致す。悪行は悪行よ。それを悔いるかで仏様は判断なされると存じます」

 「では、私も経とやらを学びましょうかな」

 「是非、そうなされるが良い。捨てる神あれば拾う神あり、ですからな」

 「仏様は救われても神は捨てると…」

 「これは参りましたなぁ。僻みぽく…いや、弱音とも取れますなぁ。じゃ、こう致しましょう。後日、忠兵衛殿の道楽に付きあわせてくだされ」

 「本当に宜しいのですか?」

 「ああ、一緒に忠兵衛殿の道楽を満喫致しましょう」

 「約束致しましたよ。ああ、これで生きる楽しみが増えましたわ」

 「それは良かった。では、時が来れば諭吉さんに繋ぎをお願い致しますよ」

 「首を長ーくしてお待ちしておりまする」

 「はい、期待してお待ち下され」

 「ああ、その日が待ち遠しい」

 「私もですよ、忠兵衛殿」

 天海は、越後忠兵衛との束の間の会話を心の土産として、帰城し、 恵最の動向に睨みを聞かせながら、江戸の町づくりに専念した。

 江戸城は、藤堂高虎らによって、堀の設計が行われた。

 天海は、実務的な作業工程とは異なる、思想や宗教的な面で設計に関わっていた。

 江戸城の工事は寛永17年(1640年)に終わる。

 その途中で他の設計者が、次々と亡くなる中で天海は、命を繋ぎ留め、江戸の都市計画の初期から完成まで、五十年近く携わった。

 天海は、江戸の町づくりに際して、東に隅田川、西に東海道、北に富士山、南に江戸湾があり、 四神相応に適うと考えた。

 四神相応とは、東に川が流れ、西に低い山や道が走り、南に湖や海があり、北に高い山がある土地は 栄えると考えられたものだった。

 天海は、東に隅田川、西に東海道、北に富士山、南に江戸湾があったことから、

水路の構想、構築に力を注いだ。

(注釈になるが、富士山は、実際には北から112度 ずれているが、当時の江戸の人々は、富士山を敢えて北と見立てていた。江戸城の大手門の向きがずれているのも、

富士山を「北」と見做したものだった。)


 天海は、江戸城に「の」の字型の構造を用いた。

 城の内部を渦郭式という「の」の字型の構造に、城を取り囲む掘を螺旋状の「の」の字型に。「の」の字型の構造は、城を中心に時計回りで町が拡大していくことを意図していた。


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