第46話 6/05(差替) 今宵は得体の知れない日になるようで。

 「行を行うにあたって、変貌した天海が本物か見極める立会人が必要だ、ご用意してくだされ、と」

 「危険な賭けですね」

 「そうですね、我等に無関係な者が立会人になれば、入れ替わりも難しくなるでしょうから」

 「して、天海様にはお考えがあってのことなのでしょ?」

 「勿論。さて、家康様が誰にするか、と思案されるのを、迷惑をかけては申し訳ないと言う素振りを見せながら、立会人の指名を誘導されたのです」

 「ほぉ、誰を指名されたのですか」

 「服部半蔵殿ですよ」

 「半蔵様…、半蔵様は探偵で多忙では?」

 「多忙と言っても、手先の持ち寄った情報を熟知し、関わる役職者に伝えるだけの役割で、自らが動くことは皆無に近い状態だったのです。もう、戦国の世ではありませぬゆえにな」

 「なるほど…それで」

 「思案される家康様に半蔵殿では如何か、と尋ねられた。それに家康様が異論を挟む余地はなく、即決でしたよ」

 「ふむふむ、それで」

 「警護の名目で傍に控えさせておいた半蔵殿を父上は、半蔵殿、お聞きの通り、そなたに立会人を頼みたい、と呼ばれた。その声が終わるのを待てぬように、どこからか、半蔵殿がお二人の前に現れたのです」

 「何やら企んでおられる様子、対応が早すぎませぬか」

 「お気づきか、その通りです。当然、父上は、半蔵殿との手はずを事前に済まされていた」

 「道理で」

 「ただ、半蔵殿の反応があまりにも早く、父上は焦ったと、後で申されておったがな」

 「半蔵殿は、何故に、勇み足のような行動に出られたのでしょう?普段では、見かけぬ手抜かりですが」

 「それは、ね…く・く・く・く」

 「何ですか、気味の悪い」

 「父上は半蔵殿に、こう持ちかけられたのですよ。半蔵殿の願いを叶えて信ぜよう、と」

 「半蔵殿の願い?」

 「ほれ、天下泰平の世になれば、俳人として全国行脚の旅に出たいというものですよ」

 「あ~、松尾芭蕉とかと名乗られてですね」

 「そうそう、長男の光慶、私ですな、と入れ替わるに当たって立会人を受けられるようにと。さすれば、私が行に入っているとされる間、気ままに俳句の書や全国の諸事情なりを読みあさりなさいませ。旅に出られるのも良かろう、とね」

 「それが、待ち通しくて、勇み足を…。半蔵殿も稚児のような可愛い所が御ざりましたか」

 「まぁ、そう言うではない。命を削る思いで今までの時を過ごしてきたのだから、それはそれは、嬉しいはずですよ」

 「それで、それからどうなったのですか?」

 「家康様の不安は、行に入る天海の体調のみならず、天海が不在となる間の江戸の町の構築、幕府の政策に関してでした。父上は、江戸の町づくりに大きく関わっておられましたかね」

 「確かに、一刻も早く進めたいこと。それは、老い先短い家康様も不安になられるはず」

 「これ、事実でも、軽々しく言うではない」

 「これは、失礼致しました」

 「まぁ、良いわ。勿論、そのような不安はあって然り。ぬかりなどありません」

 「覚えておきなされ。物事を推し進める際は、先々までを考え、起こり得る不都合な事を抽出し、事前に対処しておくこと。これを行うか、行わいかでは、人望の評価に繋がります。そなたが動く時も、後先を配慮し、動かれよ」

 「習得することが、多すぎませぬか」

 「そなたが、上に立つ者として、遅れを取っておると言うことです。卑下してる時などありませぬぞ、無理にでも会得し、混乱を招かぬように心掛けなされよ」

 「大儀な場に身を置いた私の使命ですな」

 「御意。支配する者とされる者とでは、立場も責務も違う。誰にでもなれぬものにならば、それを真摯に受け止めて、邁進するしか、己の立場を守る術はありませぬ故にな」

 「宿命として受け止めて、粛々と邁進致しまする」

 「その心がけを忘れぬようにな」

 「承知」

 「父上は、家康様の不安を事前に読み取られ、手を打たれておりました」

 「どのようにですか、私にも学ぶべきこと、多いはず」

 「ほぉー、前向きですな、宜しい、宜しい」

 「また、からかわれるのですか」

 「いやいや、頼もしく存じて上げまする」

 「はいはい…。、で?」

 「父上は、他の部署と折衝、均衡を要する案件と、指示書のみで進められるものに分けられたのです」

 「なるほど」

 「そして、父上は、家康様にこう申されたのです」

 「家康様の心痛、お察し申す」

 「言うてみぃ」

 「私が留守に致す間の不安で御座いましょう」

 「分かるなら、どう致すか言うてみぃ」

 「ご心配はいり申さぬ、で御座います」

 「ふざけよって」

 「江戸幕府の政権を揺るぎないものにするための仕組み、そして、繁栄を確信できると町づくりに関しては、抜かりなく」

 「ふん、そうか。それで、どれほど離れる」

 「秘伝書には、三年~一年とありまする」

 「そんなにか…。、それはまずいぞ」

 「はい、ですから、必要なところのみを吟味し、検討した結果、三ヶ月で行うことを選び申しました」

 「それでも、三ヶ月か」

 「その間、法律や行政面の事は、事前に話し合い、もう既に、金地院崇伝に任せておりまする」

 「それは、どのようなものよ」

 「詳細は、決まり次第、ご検討頂きますが、大まかに申せば、武家の在り方を示唆したもので御座います」

 「ほぉー、武家の在り方か」

 「これからの武士は、剣術や戦闘に長けるものではなく、領内の繁栄を導く、指導者とならなばなりませぬ。とは言っても、武士の尊厳をも保たなければ、なりませぬ。そこで、武士たる心構えを新たに設けて、示唆するものです」   

 「諸大名の統制を謳うものじゃな」

 「そうで御座います。そこには、再び戦国の世にならぬよう、大名の勝手な振る舞いを防ぎ、江戸幕府に逆らえぬように厳しいお達しを含ませたものに致します」

 「分かりやすく、言ってくれぬか、それで何を致す」

 「御意」

 「まずは、諸大名の力が増大し、悪戯心を沸かせぬように新規築城、無断での城の補修の禁止を謡い、更に、幕府の許可なく、大名同士の婚姻の禁止を」

 「それは、秀吉が行ったもの。儂が破ったがな」

 「それが、関ヶ原へと結ばり申した。故に、これらを徹底的に禁じ、逆らえば、

きつーい、お灸を据えて、やろうと言うもので御座います」

 「ふむ」

 「狙いは、大名の軍事力を削ぐことです。婚姻禁止は、大名同士の連帯を警戒してのこと。更には、参勤交代と称して、大名が自分の領地と江戸とを一年交代で往復させることを義務付け、人質として、大名の妻子を江戸住まいにさせます」

 「ふむ、ふむ」

 「これは、天下泰平になれど、主従関係を明確にし、将軍に対して忠誠心を示させることで、反逆の目を削ぐ目的が。しかし、参勤交代は、財力を減らさせることを目的とせず、飽く迄も忠誠心を促すために、施行するものです。財力を奪う目的にすれば、不平不満も積もりましょう。自ら不穏な動きを助長するような事にならぬように配慮が必要になりますから、意味を履き間違えないようにお願い致します」

 「手緩くはないか」

 「手緩い方が良いのです。締め付けるだけでは、統制など夢のまた夢になりかねませぬぞ。各藩がそれなりに潤わなければ、要らぬ争いの元に」

 「そうじゃな。藩の自立あっての幕府の統制も上手くいく、か」

 「御意」

 「それぞれの藩が潤わなければ、幕府の安定も望ませぬ。魚は自由に泳がせるが一番。但し、江戸幕府と言う池須でね」

 「相分かった」

 「これを武家諸法度として、大名に徹底させます。その草案を金地院崇伝に任せておりまする」

 「しかし、江戸の町は如何する、これはそなたの領分じゃろ」

 「はい、そこも抜かりなく。関東一円の天台宗の僧をまとめ、比叡山の二の舞に

ならぬように、統制強化を行います。江戸の町は千都の都・平安京と同様の四神相応の地。家康様が気になさる秀吉の怨念から逃れ、繁栄できますように、江戸城を中心に、鬼門に当たる位置に浅草寺や寛永寺を配置するなど、風水の力を最大に発揮致して、魑魅魍魎からも、この町を守れるように致します」

 「そうして、くれ。そうでなければ、秀吉の霊に脅かされ、枕を高くして、眠れぬ故にな」

 「ほんに、家康様は、心配性で御座いますな」

 「それでこそ、今に至っておるは」

 「御意」

 「更にひとつ家康様にお願いが御座います」

 「なにか?」

 「城下町に商人による江戸城に似せた櫓を店として作らせます。作った者への褒美として、会ってやって下され」

 「商人とか…。それは容易い事よ、既に忠兵衛に会っておるからな」

 「御意。会うと言っても正月や能を嗜まれるときに、江戸の繁栄に尽力しておると招いてやって欲しいのです。さすれば、商人も尽力致しましょう。それに、将軍に会ったとなれば、我が家の名誉。それは子にも継がれましょう。徳川家への思いもおのずと良き方向に。多くの金を吐き出させるには必要かと」

 「分かった」

 「さらに」

 「まだ、あるのか」

 「はい。天守閣は要らないかと」

 「城の象徴を失くせと言うか」

 「安泰の世に、敵を監視するようなものは不要かと。その金数を他の必要なものへ回しとう御座います」

 「そうじゃな、滅多に登らぬ天守閣は要らぬか」

 「御意。これらも既に金地院に伝えてあります」

 「相分かった、そなたがおらぬ間の事は、既に手を打ってあると言うことじゃな」

 「御意」

 「滞りなくか、良し良し、好きにせい」

 「では、お言葉に甘えて、早速、旅立ちたく存じます」

 「気が早いな」

 「善は急げと、申すではありませぬか」

 「良し、良し、好きにせい」

 「それでは、立会人と一緒に」

 「好きにせい」 

 「では、半蔵殿に私の警護と、不正がないかを見届けて頂けますゆえ、半蔵殿の配下の伴の者も数人、お預かりしたく…」

 「分かった、分かった、好きにせい」

 「では、早速、行に参ります。暫くの間、寂しくなるでしょうが、健吾であられますように」

 「何を言うか、小五月蝿い者がおらぬ間に、好き勝手に、羽を伸ばして、時を過ごすわ」

 「さぁ、半蔵殿、家康様のお許しがでましたぞ、では、参りましょうか」

 「はっ」


 天海と半蔵は、即座に江戸城を後にした。


 半蔵は、陸路で伊賀上野に立ち寄り、里の者に、江戸の町作りと言う新たな職を与えるためと、立会人の調達に向かった。

 天海と付き人の仮面の男、光慶は、江戸湾に向かった。

 それは、海路で大坂の堺港へ向かい、堺から陸路で比叡山に向かう手はずとなっていたからだ。

 この海路は、堺商人の越後忠兵衛の表の顔である商いのひとつの海運業に便乗するものだった。

 忠兵衛は、江戸の繁栄を見越して、堺と江戸の海路を構築し、双方の海山物や民芸品を卸、商売としていた。

 また、この海路での移動は、豊臣の残党と言うより、反家康への輩からの警戒を案じて、道中の刺客からの危険を回避するものだった。


 航路は、何かと目立ち始めた天海の警戒心をよそに、平穏なものとなった。

 忠兵衛の図らいで、堺に着いた天海らは、旅の疲れを癒して、翌朝には、馬で比叡山へと向かった。

 その際の道中は、忠兵衛ら闇の会が用立てた、護衛の者に守られると言う、至に尽くせりの旅となった。


 一方、服部半蔵は、伊賀上野の里で、忍びの修行に勤しむ若手から、板前の腕を磨いている者を二名、屈強な者を五名、調達し、急ぎ、比叡山に向かっていた。


 「父上、もう直ぐで御座いますな」

 「ああ、やっと、着き申すな」


 その時だった。


 木陰から数人の見知らぬ男たちが、突如現れた。

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