第44話 5/15 妄想、奇想、四方山話の如く

 

 「聞いて頂きます。天海様が申されたのは、「如何に私が変わろうと驚きにならぬように、お願い申す」のような含み言葉を投げられたのでしょう。さすれば、家康様自ら、天海の修行後に思いを馳せられる。それは、天海殿が押し付けられたものではなく、家康様自らのお考え。思いを馳せ、言葉に出されたことの多くは、どのように天海様が変わるかのお楽しみとなったのでしょう。家康様の猜疑心を好奇心に、天海様は変えられたのですね」

 「でかしましたぞ。御明算。く・く・く・く・く」

 「何と申しますか、光慶殿が発せられる言葉に嫌味のような含みをこの胸の奥にずしりと、感じまする」

 「申し訳ないことよなぁ。まぁ、大儀じゃ、大儀じゃ」

 「お勝手なことを」

 「そう感じられるだけでも、我、言霊がそなたに通じておること。通じておらなければ、さらりと、受け流され、機微に裁に、このように喰ってこられまいて。喰ってこられるだけ、そなたは、知らず知らずの内に、言霊の持つ力を理解しれておるという、証ですよ」

 「そのようなもので御座いますかねぇ」


 半信半疑のお福を天海は、温かく受け入れていた。お福もまた、天海に見下げられているのではなく、得体の知れぬ何かを、自分に伝えようとしているものと、いつしか思えるようになっていた。


 「で、光秀こと天海様は、どのように家康様に申されたのですか?」

 「お福の言った通りですよ。敢えて、不安気な趣を醸し出され、おどおどと、こう言われた。この場が家康様との今生の別れとなるやも知れませぬ、とね」

 「ほぉ、まず、家康様に腹心でもある天海様を失うかもしれない、という、不安や寂しさを与えられたのですね」

 「いいですねぇ、その通りです。このひと言で、茶番の舞台が、真実味を帯び、凍りついたのですよ。そこには、見過ごすような小さな傷でも、破傷風となり死する、と言う含みが込められていたのです」

 「言霊とは、念じる力が込められると、発した言葉に、喜怒哀楽を帯びさせる事が出来るのです」

 「魔耶可視の術ですね」

 「少し違うが、そのようなものですかな。ほれ、病も気から、気の持ち様で、お気を確かに、とか、気と言うものは思わぬ力を発揮するものなのです。それを熟知し、込められた言霊は、人の心に訴えかけ、その訴えかけ方によっては、不安や決起を促すのですよ」

 「それが、文に託されたのが、文攻撃なのですね」

 「御意。そなたが苛立ったり、感心したりしつつ、私の話を聞き続けるのも、私の発する言霊の中に、他人事と、そなた自身に関わる事が含まれておるからで、それを聞き分けようと、言葉の表も裏も聞き取ろうとする道程を考える仕組みをそなたの頭が、備えようと頑張っておる。それが、克明に感じ取れまする」

 「私自身の変わりようは、分かりませぬが、言葉の一言、一言に反応している気が致しまする」

 「それが、言霊の成せる技なのです」


 お福は、ここへ来る前と、ここに来てからの違いを探っていた。ここに来るまでは、言葉など気にも止めず、聴こえてくるもの。それが、天海と話し始めてから、ひと言が、幾通りにも聞こえる不思議な感覚になっていたことに気づいた。


 「さて、茶番から不安の舞台への転換を成し遂げられた父上は、その不安の舞台の主人公となられ、家康様を摩訶不思議な舞台へと誘われたのです。それも至って容易いな方法でね」

 「お待ちくだされ、そこからは私に語らせて頂けませぬか」


 お福は、何かに憑依されたように、強い口調で、天海こと光慶に訴えかけてきた。


 「ほぉ~、如何なされましたかな」

 「私にも分かりませぬが、光秀様の声が聞こえるのです」

 「ほぉ~、それは頼もしい限りですな。それは、言霊の残り香のようなものです。では、ご遠慮なく」

 「御意。では、…、「難行に挑むは、正直、恐ろしゅう御座います。しかし、挑まなければ、徳川政権のこの先に大きな火種を残すことになり申そう。それだけは、避けとう御座います、いや、避けねばなりませぬ。この天海、天下泰平を心より望んでおりまする。それを叶えるは、徳川政権の安定・継続は必須のこと。その為には、この身、命がどのようになろうと、後悔など、致すものでしょうか」…ああああ、また、別の声が、聞こえてきましたぞ…。う・う・うん…、これは…これは、家康、家康様の声ですぞ」

 「そうか、そうか、宜しゅう御座いますな、その調子ですぞ」

 「…」


 お福は、霊媒師の様に頭の中に浮かぶ光景を口にし始めた。


 「よくぞ申された。そなたの意気込み然とこの家康、受け止めましょうぞ」 

 「大義で御座います」

 「のう、天海よ。その難行ののち、行を受けた者がどのようになるかは、その秘伝書には記されておらぬのか」

 「残念ながら、明確には記されておりませぬ。それには、不確かながら理由が御座います」

 「それは、如何なるものか」

 「秘伝書には、付き添い人の添え書きとして、記されたもので御座いますが、そこには、こう記されております。修行の者、堂内に閉じこもること一年。その間、不備のなきように、床下や天井などに、身代わりを忍ばせることを、断じて許さず。昼夜に関わらず、複数の見張りを要し、見守ること。食事は、朝晩、定刻に差し入れる。

 膳の受け渡しの際に、中を覗き込めぬように、小窓は二重とし、厳重に修行の妨げにならぬように配慮。立会人は、なりすましでの修行達成の疑惑の排除にあらゆる手立てを惜しまず全力で対応したと、あります」

 「皆が思うは、同じじゃな。だからこそ、誰もが疑えぬように、事を進めたのじゃな。して、その結果、どうなった」

 「修行が終える前日、嗚咽と雄叫びがお堂内から聞こえ、七転八倒の物音が聞こえたそうな。立会人たちは、不安を募らせつつも、ただ、見守るしかなかった、記されています」

 「ふむ、それから、どうなった」

 「一番鶏が泣き出した頃より始まった、苦悩の叫びは、昼頃には収まり、烏が仲間を誘い、巣に戻る頃に至る。陽が落ち、辺りが薄暗くなった頃、ぎしぎしと、重い音を立て、お堂の扉がゆるりと開いたそうです」

 「ふむふむ、それで…」

 「よろよろと現れた男の着衣は、ぼろぼろにほつれ、汗と埃で、実態が分かりづらい様相だったそうな。覚束無い足取りで、お堂の階段を降りてきた男は、その場に崩れ落ちた。立会人に見守られた中、男は、数人の男たちによって戸板に乗せられ、医者のもとへ。見立ての結果は、衰弱はしているが、命の別状なし。立会人周知の中、その男は、風呂に入れられ、着替えさせられ、監視のもと、寝床につかされた。翌朝、男が目覚めるのを待って、何がお堂で行われたかを聞こうとしたが、叶わなかったそうです」

 「ほぉー、どうしたのじゃ」

 「記憶が斑であったそうな。自分が何をしたのか、お堂の中での記憶も定かではなかったそうな」

 「それでは、そなたが挑む難行の方法も皆無では…」

 「そうですね。しかし、その男は難行を遂げた。そこで私は、古文書と立会人の徒然日誌をもとに、あれこれ、思いを馳せらせ、ある結論を得たのですよ」

 「ならば、勿体ぶらずにそれを儂にも教えてくれれば…」

 「そのようなあやふやなことに、家康様を巻き込ませぬ」

 「…」

 「ですから、私が先に試みようとしておりまする」


 珍しく天海様が、声を荒げられた。


 「分かったわ、分かった。そなたに任せよう」


と、言うようなやり取りがあったようです」


 お福は、瞑想のありきたりを一気に話し切った。


 「ほぉー、お福にはそのように見えたのじゃな」

 「…と、申されますと…」

 「私も、そなたの見たもの…いや見ているものを覗かせて貰っておった」

 「そのような事が出来るのですか…。ほぉー、怖い、怖い。何か、いつも覗かれていそうで、不気味で御座いまする」

 「そのような趣向は、有りませぬわ」

 「ほ・ほ・ほ・ほ・ほ」

 「ただ、そなたに魂の鼓動を合わせて見ただけじゃ。難しいことではない。そなたが思いつくような幾つもの事柄を思い浮かべ、そなたの語る場面に合わせて、私は私で、思いを馳せただけ」

 「で、如何でしたか、私が見た絵図は」

 「大まか合っておるわ。語りが稚拙なことをおいてわな、く・く・く・く・く」

 「本に、なぜか光慶殿と話しておりますと、胸糞が悪う御座いまするわ」

 「何と、汚き言葉を発せられるのやら」


 お福は、釈然としないむかつきに、苛立ちさえ覚えていた。


 「もぁ、良かろう。初めて挑んだにしては、天晴れな出来栄え、ですな」

 「嬉しさも半減致しまする」

 「まぁ、そう言うな。胸糞をほじくったなら、許せ、く・く・く・く」


 どこまでも馬鹿にされたような扱いが、いつしか、心地よくなってきている自分に

気づいき始めたお福だった。


 「のう、お福。そなたが今、行ったのは、これからのそなたの生き様に、大きな糧を与えてくれるものになる。何か、困ったこと、気にかかる事あらば、行うが良かろう。大事、小事に関わらず、面倒がらずにな。しからば、おのずと、物事の考え方、見方、縺れた糸の解し方が、身に付きまするゆえにな」

 「そう、致しましょう」

 「そなたが行ったものは、妄想と言うものです。この妄想を心、無として、自らの利害関係を抑え、相手の気持ち、周りの環境、成就した先、しなかった先を絡めて思いを馳せるのです。そうすれば、真実が見えてきましょう。宜しいか、己の願望、欲を消し去るのですよ。寧ろ、相手の都合に重きを置き、思いを馳せれば、なぜ、そのようなことになったのか、その先、どうなるのかが見えて参りまする。見えれば、そうなるように、または、ならぬように致すには、如何致せば良いかが、見えてきまするゆえにな。見えてくれば、どの駒をどのように動かせば良いのか、あるいは、駒を動かすために必要な他の駒が、浮き出てきまする。そなたにその趣向はあるか分からぬが、将棋と同じよ」

 「生憎、将棋は指しませぬ、が言われんことは分かるような、気が致します」

 「指さぬか…まぁ、仕方あるまい。駒とは、昨日まで敵でも、今日は味方となるもの。人の心はそう簡単には行かぬが、動かしようでは味方に仕立てられると言うことじゃよ。く・く・く・く、味方に仕立てると言っても、敵のまま動かし、相手側に不具合を起こさせることも含めてだがな。その主だった手法が、噂や風潮ですよ」

 「それは、私には叶えかねぬ事で御座います」

 「卑下することはない、何事も経験が人を育てますゆえな」

 「経験ですか?」

 「そうです。経験と言っても、難しく考えることは、ありませぬぞ。お福、自らが経験するには越したことがありませぬが、そのようなことをしておったら、身が持たぬゆえにな」

 「ならば…」

 「ほれ、他が振り見て、我が振り直せ、と申すではないか。その為にも、他の者の行動や、世間の出来事に大いに関心を持ち、その行いに注意を払い、吟味すること。

そして、何故、そのようになったのかに思いを馳せ、その要因を探り、原因を突き止めよ。原因が解かれば、推し進めるべきこと、または、回避すべき不具合を探るのです。そこで、あの時、こうしていれば、しなければを事実の中と、私ならどう対処するかを考え、導きたいこれからの出来事に結びつけるのです」

 「それが、妄想…ですか」

 「妄想は、幾度もやり直せる。怪我も失態も気にせずにおれる。妄想ですら、事が進まぬ時は、足りぬ駒を探り、手に入れる手立てを考えれば良いのじゃよ」

 「私に出来ますかな…」

 「心配は要らぬ。こうして話しておる内に、そなたの頭の中に私の思いが注入され、ひと晩寝れば、そなたの身になっておるわ」

 「そうであれば、この上もないこと」

 「信じるが良い、父上が築き上げた思考の匠を」

 「あっ、はい」

 「お福、学ぶことの実感が沸かぬではないか」

 「何もかもが、摩訶不思議な事。ましてや、その妄想がどのように役立つかの実感が…」

 「仕方あるまいて。今日の今日ですからな。何故、この術を説くのに時を掛けるかは、全て、徳川政権下での天下泰平のためよ」

 「益々、分かりませぬ…」

 「おなごには単刀直入に伝える方が良いのかな」

 「出来ますれば」

 「天下泰平への道のりを、一歩踏み出したばかり。これからも多くの月日を重ねなければならぬ。しかし、私とて、そう長くは生きられまい。そこで託すに値する者として、父上はそなたを選ばれた。父上なりの洞察力がそうさせたのであろう。私もこうしてそなたに会い時を過ごしておると、父上の判断に異議など御座らん」



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