第30話 12/05 後ろの正面、だ~れ。七面鳥。

 器量、才能ともに家光を上回っていた忠長。当時、家康は、秀忠に将軍職を継がせたことに悩んでいた。最も大きな要因は、関ヶ原の大事な合戦に遅れたこと。家康は、忠長が秀忠の子ではなく、お江与の子であるとの疑いの目を持っていた。秀忠の血筋ではない粗暴さはあらゆる危うさを引き寄せる。お江与による忠長への寵愛が過ぎる程、その疑いの目は動かぬものとなっていったのです。事実、本多正信や井伊直政に相談を持ちかけている。その結果、それぞれが違った後継者を推薦し、困惑の極みに。後継者としての約束事を決めておかなければ、後々、揉め事を誘発し、政権争いの勃発も懸念される。内部抗争など論外だ。家康は将来を苦慮していた。誰もが納得する取り決めを急がねば。そんな折、大きな影響を家康に与えたのが春日局だった。春日局の願いであり、儒教の教えにも影響されたのか余程の不適格者じゃない限り、年長者が跡取りと定めるに至ったので御座います。ここにお江与の夢は、儚くも終焉を迎えることになった。

 おきた、おぬい、と言う女の子を授かる。しかし、秀吉の命で離縁。またもや秀吉の命で18歳の時、豊臣秀勝と再婚。完子(さだこ)を授かるが、秀勝は病死。またもや秀吉の命により、22歳で徳川秀忠と再々婚。千姫、珠姫、勝姫、初姫、竹千代、国松、和子(まさこ)。まさに、婚姻と出産の人生だった。北条政子を手本に秀忠に側室を認めず、自ら尼将軍を目指していたお江ことお江与は1626(寛永三)年、永眠に逝いた。


 時間を巻き戻そう。

 名高き武将を数多く失った豊臣勢。豊臣秀頼の正室であり、家康との繋がりもある千姫も奪われた。残るは、徳川秀忠の正室となったお江のみ。お江は、豊臣秀勝との間に生れた完子(さだこ)を徳川秀忠との婚姻のため、秀吉に無理矢理、姉、淀に預けられさせる。お江は内密に、淀に手紙を届けている。そこには、意地を張らず、家康からの条件の全てを快諾し、大人しく徳川に身を委ねるように。さすれば、秀頼と共に命だけは助かるように尽力する。と、記されていた。その申し出を淀は、誰にも知らせず、不問に期した。それは、秀吉の家臣であった家康に命乞いするなど、考える余地さへなかったからだ。何より、如何なる手立てを行おうが、家康が豊臣の血を

残すとは考えらないでいた。更に、敗北が確実になった今の淀には、心労からくる躁鬱に苦しみで冷静な判断などできるものではなかった。

 お江は、豊臣家や姉を助けたい訳ではなかった。ただ、秀吉の元で気楽に過ごす淀を跪かせたかっただった。そこには、姉妹でありながら複雑な因縁がふたりを引き裂く秘密があったのです。それは、出生にあり、それを物語るものが滋賀県に残されています滋賀県長浜市にある徳勝寺。ここには、淀、お江与の父、浅井長政の墓がある。長政には三人の女の子がおり、長井三姉妹と呼ばれ、その子を期したものがある。そこには、次女のお初の方、三女のお督の方(お江与)の名は記されているが、長女、淀の名が記されてはいない。浅井一族に淀の位牌はおろか、名もないのである。それは、淀の父が浅井長政ではなかったからです。信長が、長井家を訪れた時に遡る。お市と織田信長は、一晩中、親密な関係にあった。それは、浅井三代記に記されている。それを裏付けるものがある。滋賀県湖北町にある小谷寺。ここには、お市が浅井長政に嫁ぐ前に、信長から贈られた愛を司る、愛染明王が残されている。お市は、長政に嫁いだあとも、毎日のようにこの仏様を拝んでいたと伝えられている。淀が信長の子であれば、お江与にとっては、父、長政を死に追いやった憎き、仇の子となるのです。女の確執が成長と共に生まれていても可笑しくない。お江与にすれば浅井家を継ぐのは、実質長女の自分。姉で長女であっても決して淀ではないと言う自負があった。徳川対豊臣の大坂の陣は、お江与と淀にとっては、父を殺された復讐、浅井家対織田家の戦いでもあったので御座います。


 松平忠直の部隊は、徳川の部隊に煮え湯を飲ませた真田幸村を討ち取った。


 「我ら真田を討ち取ったり。次なるは、秀頼の首なり。皆の者、参るぞ、大坂城へ」


 真田を倒した勢いで、松平軍勢は一気に大坂城へと向かった。


 「秀頼様、ご報告致します」「殿、殿」「ご報告致します」。豊臣勢の重臣のもとには、訃報が相次いでいた。それに淀は苛立っていた。


 「ええい、もうよいは…、こうなれば籠城あるのみじゃ」

 「今のこの城では無理なことで御座います」

 「あの狸親父に屈しろと言うのか…ならん、ならぬは」

 「母上、気を鎮められよ」

 「何を落ち着いたことを言っておる」


 うおぉーうおぉー。その時、天守閣の外が俄かに騒がしくなった。


 「何事じゃ…如何致した」

 「ご・ご報告致します…松平の軍勢が城内に攻め入って来ておりまする。勢い凄まじく、援軍が来るのも間も無くかと」


 淀殿は、半狂乱の如く振り乱し、場は益々、混乱した。その場を仕切りなおさせたのは、秀頼だった。


 「母上、鎮まりなされよ、見苦しゅう御座いますぞ」


 日頃、穏やかな秀頼からは想像もできない恫喝だった。それが、功を制し、場はひと時の鎮静を得た。


 「まずは身の安泰を」

 「おお、そうじゃ、そうじゃ、一刻もはやく、身の安全を」

 「ならば、山里丸がよろしいかと」

 「おおお、それは良い、そこに一刻も早く、淀殿、秀頼様をお連れ到せよ。急げ、急ぐのじゃ」


 勢いに勝る徳川軍、松平忠直軍勢は、前田利常軍勢の加勢を得て、大坂城本丸の占拠を成し遂げた。徳川方にも多くの人的損失がでた。仕掛けた以上、絶対に後退できない戦いだった。豊臣の強固な抵抗にも、忠直、利常の抜群の武功がものを言い、経験、統制の有無が勝敗を決した。

 激戦の裏では、豊臣方の和解、減刑の手立てが取られていた。豊臣方の大谷治長は、家康が豊臣秀頼の正室となっていた徳川秀忠の娘、千姫の救出に尽力していることを知ると千姫を無事に引き渡す代わりに、秀頼と淀殿の助命嘆願を申し出ていた。その申し出に、「まずは、千姫を無事に引き渡してのことよ」と、結論を出さずして裏では坂崎に救出の命を出し、千姫の奪還を成し遂げる。深謀遠慮の計略家である家康が、治長の助命嘆願をそうおいそれと受け入れるはずがなかった。治長にとっては、土台無理な筧であることは十分承知のこと。しかし、打つ手があるならば打つのが定石。打てば、響くこともある。今回は、打つ時期と相手が悪かった。「打つ手なしか…これもまた定めよな…」。一方、秀頼と淀殿を警護していた者たちは、攻めりくる敵に成す術がなく、焦っていた。兎もにも角にも身の安全を、と考え天守閣の本丸の北側にある蔵である山里丸に、秀頼、淀殿を避難させることにした。

 淀殿は、警護の家臣数名と薙刀を扱える世話係の侍女を二人と共に山里丸に辿り着いた。小窓から僅かな日差しが差し込むだけの薄暗い蔵の中へ。


 「秀頼は…秀頼は如何致した」

 「確かにおられませぬな…」


 そこへ、家臣が飛び込んできた。


 「秀頼様、急ぎの事有り、しばし遅れなさると」

 「なんぞえ、このような時に…」


 秀頼は、淀殿の警護の後を少し離れて、着いていた。そこへ、数名の男が現れ、瞬く間に警護の者は、投げ飛ばされ、気絶した。秀頼は、ある居間に連れて行かれていた。麩の裏から声がした。


 「ご無礼を許しなされ」


 その声に聞き及びがあった。


 「真田殿か…いやいや、真田殿は…」


 麩が静かに開いた。


 「紛れもなく真田幸村で御座います。ほれ、足もちゃんと」


 秀頼は呆気にとられていた。幸村の隣には、秀忠に顔も背丈も年も似た影武者がいた。


 「刻限が御座いませんぬ、この者と、お召し物を交換して下され、急がれよ、徳川勢は迫っておりまする」


 呆然と立ち尽くす秀頼は、子供のように真田の家臣によって、着替えさせられた。

着替えさせられた着衣は、末端の足軽の格好だった。気づけば、真田一行もまた同じ格好だった。幸村は、影武者に何やら耳打ちをして、家臣の警護のもと、山里丸と呼ばれる蔵へと向かわされた。


 「秀頼様、いや、秀。いまから、そなたは、足軽の秀じゃ。宜しいな」

 「一体何を…」

 「詳しく話している時は御座いまぬ。ここは、この幸村を信じてくだされ。いや、信じなされ」

 「…」

 「秀は殿でも豊臣家臣でもありませぬ、雇われた足軽。そう演じてくだされ。何を致すにも命あってのことですぞ。死ぬるはいつでも、できまする。しかし、命を生かすのは今しか御座いませんぬゆえにな」


 そう言うと幸村は、連れて行けという合図を家臣にだした。それを受け、家臣は、あたふたする秀頼を半ば強引にその場から連れ出し、内密に設けられた抜け穴を通り、辿り着いた先は、天守閣と山里丸の中間地点の大きな岩の物陰だった。


 「しばし、ご不自由、ご無礼が続きますが、これも豊臣のためと堪えてくだされ」


 その頃、城から火の手が上がった。火元のひとつは台所だった。火を放ったのは、徳川と内通していた者だった。その男の名は、豊臣家の台所頭、大角与左衛門。徳川方は豊臣家の直臣にも内通を呼びかけていた。それに答えた一人が、大角与左衛門だった。与左衛門は、逆心の見返りに、御旗本へ召し出してもらいたい、と願い出ていた。のちに家康は、自らが主導して、逆心させておきながら、「太閤様の恩を得たる奴なのに、恩知らずの不届き者で憎い奴」、だと言い放っている。その他にも、秀頼の数人の大名が、赦免が得られるのではと考え徳川に寝返り、城に火を放っていた。

 幸村らによって、非難する途中に秀頼は、家臣である大名が城に火を放とうとしていた場面に出くわしてしまった。秀頼は、窮地の中、戦う家臣への思いも手伝って、

「この虚け者が」と、怒涛と渾身の蹴りをその大名の背後から浴びせた。大名は、格子を突き破り、屋根瓦を跳ね城下へと散った。そんなこともあり、自暴自棄になった秀頼は、考えることも、動くことも躊躇い、幸村らにされるままの状態になっていた。炎上する炎は、山里丸にも、夕日が滲みよるように映ってた。

 遅れて着いた秀頼は、一言も発せず、うろうろ、落ち着きのない行動を繰り返していた。それを見て、淀殿は、緊迫感を怒りに変換させた。遅れて来た秀頼に苛立ちを覚えていた淀殿にとって、落ち着きのなさが、不甲斐なく映り、怒りが爆発した。「おちつかれ…」そこまで言って、淀殿は黙ってしまった。暗い蔵の中、炎に染まった日差しが秀頼の顔を映し出した。それを見て、淀殿は、絶句した。年格好は、似ているが別人だと、直感した。淀殿は、すぐに状況を飲み込んだ。


 「どこぞの者が、秀頼を助けてくれたのじゃな…そうか、そうか。ならば、わらわに出来ることは、この全てを闇に葬ることぞ」


 淀殿は、心の中でそう言い聞かせると、暗闇に消えた。


 「ヴ、ぐぐぐ…」

 「淀殿様、淀殿様、如何なされた」


 侍女は、唸り声のする方向へ目を凝らすと、自害した淀殿の姿が目に入った。


 「淀殿様、淀殿様…」


 意識が遠のく淀殿を侍女は、抱き起こした。


 「さ、騒ぐでない…世話になった…、そなたは生きて、生きて、おなごの幸せを…、幸せを…」


 そう言うと、侍女の手の中で、淀殿は息を引き取った。侍女は、涙を流しつ、淀殿の着衣の乱れを丁寧に直した。山里丸の外では、城が燃えていると騒いでいた。家臣たちは、徳川方との戦いで、消火できないでいた。それ以上に、目の前の敵と戦おうともしなかった。戦況は決していた、徳川方の勝利に。その徳川方の慌ただしさもまだ、収まっていなかった。


 「秀頼はみつかったか…」

 「秀頼は、何処に…」


 山里丸の外では、徳川方の家臣が、秀頼を探し回っていた。それを待っていたかのように幸村の家臣は、影武者の秀頼の背後に近づいた。秀頼を着替えさせた時、秀頼の懐刀を盗み、隠し持っていた。そっと、秀頼の影武者に近づいた幸村の家臣・猿飛佐助は、背後に覆いかぶさるように抱きつくと、刀を影武者の腹に突き立てた。前のめりになった影武者に、もう独りの幸村の家臣が「御免」そう言うと同時に、介錯の如く、影武者の首に、刀を振り落とした。ぼたっ、ごろん、ごろん。影武者の首は、胴を離れ、侍女の足元に転がっていった。「ぎやー」。猿飛佐助は、淀殿の付き人たちに表に出るように促した。女たちが、外へ出るのと同時に、秀頼の顔に火のついた布切れを放った。目的は、顔の詳細を判別出来なくするためだった。勿論、刀は秀頼の手に握らせたのは言うまでもない。


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