第4話

 四十八願安奈は一人では歩けない。常に車椅子で移動しなければなるまい。

 言い換えれば、躰が不自由の人間である。

 先天的なる病気でもなければ、後天的なる事故の所為でもあるまい。彼女の話によると、或る日突然、自分で立てなくなり、そして歩けなくようになったらしい。そのわけについて、詳しく聞かなかった。本人でさえ分からないかもしれないし、それに、友人とはいうものの、何もかも話すのはやはり正常ではないと思う。

 世間知らずたる僕だってこれくらいの空気は読める。

 ともあれ。

 僕の仕事について話そう。

 仕事。

 仕事という言葉、もとい概念、物理学にもあるが、ここで話すのは、人間のように社会性のある動物が集団の中で存続できるために起こす行為である。社会で生きる以上、同類、あるいは同族との摩擦は避けられず、必ずどこかで齟齬が生じる。客観的な視点から見れば、エネルギーが過剰するときの発散には有効なので、一切合切否定するのはやはり早計だと、思わざるを得ない。

 が、臨界状態というものがある。限界を超えれば、状態は崩す。新生なるものの方がより存続しやすく印象があるかもしれないが、自然界の中でそういうことは滅多にない。既存するもの、あるいは現存するものは、今は存在するという意味だけで、いつかは消滅するとまでは言わないが、最終はやはり、別の形へと変換するのだろう。

 崩すとは、別に終わることではなく、変わるだけである。

 僕の仕事は、物事を変換させることである。

 職業名にすれば、変換師である。

 実体のあるものといい、抽象的な気持ちといい、一つのものが僕の手によって別の形へと変換し、変形し、変貌し、やがて変質し、変化ことになる。報酬はもらえるから、一応仕事としては成立するが、範囲はあまりにも広すぎ、内容が曖昧模糊になってしまって、具体的なものを言えないので、仕事の変体と言い換えることもできるであろう。

 あるいは、変態と言うべきかもしれない。まあ、形や状態の変化より、性的な意味でこの言葉を捉えるのは、今時世の中の傾向であるが。それもそれで、時代の変容とでも言うべきかもしれない。僕の所業ではないが。

 戯言はともかくとして。

 今、どうして友人の持病を治すことができなかったかを聞きたい人が、多かれ少なかれ、いると思う。残念ながら、僕は超能力者ではない。魔法使い、あるいは錬金術師だって、呪文か原料云々が必要となるし、残念ながら、変換師たる僕にとって、理由もなく原因を問わずものを変えるなんて、到底為す術のないことである。それに、肝心要たる本人からそういう依頼が全然なかったので、なおさらである。

 本人が要求していないのに、勝手に人の領域に踏み込み、中にあるものを変更するような真似は、野暮である以前に、かなり失礼なことである。有り体に言えば、迷惑だ。有り難くもなく、ただの迷惑である。 

 僕は変換師であっても、変質者ではないのである。そして、友情の名義で人に迷惑をかけるやつ、いろんな意味で最低だと思う。そういった迷惑で変に感動したりする人、もしくはそのようなことで感動したい人もいるようだが。

 今回の依頼人も、そういう悩みを抱いているらしい。

 

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