第3話

 「ダメです」マルが口を尖らしながら言う。「そんな量の少ない食事をするなんて、躰、もたないよ。赤井先生って、もしかして、今ダイエット中?そんな必要全然ないと思うけど」

 「空腹が一番落ち着くんだ」僕が答える。「そのうち食べたくなるから、大丈夫」

 「食事したいときちゃんと言ってね。あたし、作ってあげるから」

 「お料理、できるよね」 

 「そりゃそうでしょう。躰が不自由でない限り、手料理くらい、誰だってできると思うよ。残るのは、そうですね、旨いかどうか、あるいは、食べられるかどうかの問題だけかな」

 「君の場合は、どっちなんだろう」

 「あたし、料理について、自信あります」

 「どっちの?」

 マルは無言になって、僕を睨む。

 「悪い、ちょっと意地悪しちゃった」

 「あっ、本当だ」急に表情が緩むマル。「当たった」

 「何が?」

 「前から薄々と感じたけれど、赤井先生は相手が無言になるときすぐ謝るような人間かなって。これで検証済みです」両手で親指を立てる仕草をするマル。

 「僕はこれから、そうされたら決して謝れないと誓い、あるいは、さっきのはその瞬間に限られることで、今日この場でしか起こるまいことなら、どうする?」

 「別に、どうもしません」言いながら頭にある猫耳の装飾をいじるマル。「後者の場合なら、素直に喜びます」猫耳が軽く動いた。電池でも入れてるかな。

 「わけの分からないことを言う」僕が呟く。

 「喜ぶことにわけなんかいりません」マルはにっこりと口元を綻ばす。「そういうものなんです、感情が」

 翌日、仕事の休み時間に付近の店で食事をするとき、奇しくもなく、猫耳に作業服たる彼女と出合った。

 ともあれ。

 「マルちゃん、前から聞きたかったけれど、君のその格好って、趣味なのか?」

 「あっ、これなんですか?見てる通り、制服ですけど」

 「それはわかる」

 「この格好は、別に嫌じゃないけれど、趣味とはさすがに言えませんね」

 じゃあ本能で着てたというわけか。まあ人間のファッションセンスとは元来そういうものであるが。

 僕はすでに温くなった牛乳を飲み干す。

 「僕、これから仕事に戻るけど、君は?」

 「あたしは人探しを」僕と同じように席から立ち上がり、ダボダボした作業服を整理するマル。「これも、一応お仕事ですね」

 「そっか。じゃあ僕はこれで。お仕事、順調に済むように」

 「ありがとうございます」

 僕は店を後にした。

 外へ一歩を踏み出すところ、呟きを聞き取れた。

 「きかないですね、やっぱり」

 と。

 何が効かないのかな。

 多分わかったとしても、役に立つことは何もできないだろうと思いながら、仕事場へ向かった。

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