第86話まるで実家のような安心感
愚かでマヌケで
そんなわけで、今は三田村と朝倉がロマンチックな展望プールで
「よしっ、見つけた……! 化け物の胴体がちょうど山道に接していますね! あの場所から突っ込みます!」
と、笹野原は言うや否やアクセルを強く踏み、赤くて強そうなドクロマークボタンを押した。
チェーンソーのソーチェン部分がギャリギャリと肉を切り破り、車体が無理やり化け物の体の中へと押し込まれていく。
……チェーンソーは主に木を切るための刃物のはずである。
だが、このイカれた車についた巨大チェーンソーはゾンビを切り裂くためだけにあるものなので、『肉っぽいカテゴリー』にあるのなら化け物の腹を切ることも可能であるようだった。
チェーンソーの音が止んでしばらくした後に、蒔田がつぶやく。
「何とかなった……のか……?」
笹野原はそれに頷きながら、
「おじさんが言ったことが正しいのなら、助かったはずですよ。
窓が完全に血と肉でぐちゃぐちゃに塗りつぶされているので、この車は洗車に出すか何かで拭くかしないとロクに運転することも難しくなっちゃいましたけど……」
「さ、最強の盾はどうなったんだ……?」
「無事だといいですねえ蒔田さん。車から出て確認しないとなんとも言えないですけど」
と、言いながら笹野原はシートベルトを外し、車のドアを開けた。
周囲をきょろきょろと見回し、首をかしげる。
「この中は……ショッピング……モール?」
と、笹野原は首を傾げた。
「バケモノの体の中なんだろ? 内臓とかはないのか?」
蒔田がそういいながら車から出てくる。
他の二人もおっかなびっくり車から出てきている所だった。
「……私の記憶が確かなら、ここら一帯の景色は『私がデッドマンズコンフリクト3と一緒に作った別のゾンビゲーのステージと同一のもの』であるように見えます。コレ……明らかにサウザンドリーフ3の舞台ですよ」
「サウザンドリーフ……名前くらいは聞いたことがあるが、あれってゾンビゲーだったか?」
確か、心を病んだ奴だけが行くことのできる地獄みたいな場所でワイワイやる話だったような……と蒔田が首をかしげる。笹野原はそれに頷いた。
「ゾンビゲーじゃないですね。
でも、ごく普通の生身の人間が火炎放射器や鉄パイプを使って化け物をボコボコに出来るとても素敵なゲームだと思います。
うーん、それにしても変なの。こんなに大きな世界がさっきの大きさの化け物に入り切るとは思えないんだけど……」
と、笹野原は首をかしげる。そして研究員のほうを見ながら、
「……おじさんの世界の『出来損ないの神の体』の体内って、和ゲーのアメリカにあるって設定のショッピングモールみたいな構造をしているんです?」
「その複雑すぎる言葉の意味は良く分からんが、これは古代の神の体の内部に当たる」
研究員はそう言って顔を伏せる。
「……かつて、私たちの祖先は疫病や怪物、異常気象のはびこるこの土地で生き抜くために、強力な守護者を……神を作ろうとした。
神の名の下に人々の力をまとめ上げ、自然のエネルギーを制御して、人間にとって安全な世界を作ろうとしたんだ。
古代魔術が繁栄していたのもその時代だ。
最終的に、古代人たちはごく一部であるが安全な場所を作ることに成功した。
それがこの『神』だ。
『神』の内部においては人間以外のすべての存在が都合よく無害化され、たとえ化け物や疫病であっても、この中では人間を害することはできない……私が読んだ記録が正しければそういうことになる」
「随分と都合のいい話ですね。それじゃあ人間はずっとこの中に引きこもっていればよかったんじゃないですか?」
笹野原が首をかしげる。
「なんで古代の話で終わってしまったんでしょう」
「出来損ないの神だと言っただろう?
この神は絶えまなく物質を破壊し、食い続けなければこの巨体を維持できないんだ。
当時の神は最終的に食えるものがなくなって飢えて死んだ……古代の文献にはそう書かれていたな。
私の研究所に化け物どもが入ってこなかったのも、多分私があの研究所で試していたあらゆる古代魔術のどれかが『効いた』んだろう。
今となっては誰も神を信じなくなり、物事は道徳ではなく合理性に基づいて判断するべきというテクノクラート至上主義がこの世界を覆いつくしてしまっている。
結果、『大多数の幸せと生き残りのために少数を犠牲にしろ』という考えがごく普通の人々の間でも支持されるようになっていた」
支持されるようになっていた、と研究員は言うが、その表情は暗い。
「その結果、核の徴用なども始まってしまったわけだが……この場所まで敵が追いかけてこないところを見ると、バケモノどもはいまだに神の命令を聞いているらしいな。
人間の側はとっくに自分が作った神のことなんか忘れているというのに、なんとも皮肉な話だ」
と、研究員は樽のような胴を撫でながら話し続ける。
「……今この世界は、主なインフラや日常生活を守っていた現代魔術を制御するための機関が完全に破壊されて、現代魔術が使用不能な状態にある。
だから私やほかの職員たちは、あの研究所で外部との連絡を取ることも、水道水を飲むことも出来なかったんだ。
あの研究所で扱っていた古代魔術のおかげで化け物が入ってくる心配だけはなかったが、自家発魔機に頼りながら備蓄の防災用品を消費していた状態だった」
「翻訳魔法は今現にこうして機能しているっぽいが?」
横やりを入れたのは蒔田だ。研究員は顔を伏せながら、
「……今更隠しても仕方ないな。
翻訳魔法は古代魔術だ。だから今も機能している。
この世界に住む多くの人間は古代魔術のことなど知らずに生きているから、翻訳魔法も現代魔術の一種だと疑いなく思っている人間も多いがな」
研究員が周囲を見ながらそう言った。
「ところで、お前たちにとって、『これ』はなじみのある光景なのか?」
「はい。まるで実家のような安心感です」
「……ならば、このテロを起こしたのはお前たちの世界に関係のある人間かもしれんな。人権を脅かされた異世界人の核によるテロか……?」
「そもそも、オッサンはこれがどうしてテロだと思うんだ?」
蒔田が言葉を続ける。
「これもまた今更隠しても仕方のない話だと思うから白状するが、この世界は、おそらくお前たちの世界にいた『魔獣』のレギスという存在と、俺たちの世界にいた熊野寺という男が結託して、レギスの牢獄の中で異世界創造魔法で作りまくったゲームの世界がいくつも組み合わさったもの……であるように俺は見える。
アレはあくまで罪人が罪を償うために魔力を集めることを目的として作られた空間と魔法で、レギスにはその流れ自体に逆らうような言動は見られなかった。
テロだと断言出来るようなことは何も起きていなかったように見えたぞ。
これは不測の事故によって起きた災害ではないのか?」
「魔獣レギスは……この世界への恨みを持っていなかったと?」
と、研究員は驚いた風に口にする。それに首を振りながら答えたのは笹野原だった。
「はい。そんな言動もそぶりもほとんど見せませんでした。
とてもやさしい人だったし、恋人? との思い出をとても大事にしていて、自分から率先して何かを壊そうとするような意思はなかったように見えました」
「……そうだったのか……」
「おじさんは、変な人ですね」
笹野原は首をかしげる。
「異世界人の私をいきなり解剖しようとしたり、協力してくれたり。一体何のためにこんなことを?」
「……私の目的は"真相"の究明だ。
私は父母を喪い、我が子にいたっては二度も喪い、ただただように任せて生きてきた。
予期せぬ災害によって周囲との連絡も取れなくなり、混乱しつつもいつも通りの暮らしをしようとして、お前さんを解剖しようとしていたワケだが……あの瞳が金になり果ててしまった白い髪の娘を見て、考えが変わった。今はどう考えても予期せぬ事態が起きている。
こんなにひどいことが起きているんだ、どうせ私も長生きはできないだろうが、せめて何が起きたのかだけは知りたい……今はそれだけの気持ちで動いている」
「それだけ……ですか?」
「ああ、それだけだとも」
「それだけの気持ちで、赤の他人に等しい私たちについて行こうって気になったんですか?」
「ああ、そうだとも」
と、しばしにらみ合う笹野原と研究員。
「──その男を信じすぎるのも危険だと思うぞ」
会話に割って入ったのは開発者だ。彼は研究員を睨みつけながら、
「神話の時代の、それも神の姿をお前は何故知っている? 何故古代史にそこまで詳しい? イチ研究員の領分を超えている。古代魔術師の血を引く王族しか知らぬことのはずだぞ」
「……そういうお前さんも、怪しいもんだな」
研究員が静かに応じる。
「『古代魔術師の血を引く王族しか知らぬこと』の内容を、お前なんかがなぜ知っているんだ? そもそも『魔導器』さえも古代魔術の産物のはずだ。お前さんは彼女をどこから手に入れたんだ?」
「彼女? 俺は一度も魔導器の外見について話したおぼえはないが?」
「……」
「……」
お互いに仇のようににらみ合う両者の気配を察して、蒔田が疲れたようなため息をついた。
「──なるほど、今は誰がどんな風に話し合ってもラチがあかず、まるで俺が大嫌いな人狼ゲームのような状況だということはよく分かった。
それならまず……俺はこのショッピングモールでメガネを探しに行きたい」
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