第85話日本産カオス系ホラゲはしょっちゅうグロい異形を神扱いするカルトを作るよね

 無人の市街地を舞台にして、一国の軍隊にも匹敵するバケモノたちからの逃避行が始まった。

 主だった手持ちの武器は、車にくっついている対ゾンビ用チェーンソー、動く原理がよく分からない魔法の銃、そしてバールの三つだが、これらのアイテムは対軍隊の装備を相手に戦うことを想定されていない。せいぜいがゾンビを相手に無双ごっこするので関の山だ。


「なんだなんだ、一体なにがどうなっているんだ!?」

「蒔田さん、まずは車に乗ってください!

 はるかぜゾンビです、つまりゾンビヘリコプターです! もーっ、なんでゾンビ縛りで嫌いな敵ばっかり出てくるのー!!」


 笹野原は悲鳴交じりに車の運転席に乗り込み、蒔田が助手席でシートベルトを締めたのを確認するや否や即座に加速した。

 ゲーム仕様の車なので、難しい操作がいらないところだけは有難い。(あるいは、蒔田が先ほど言っていた『補完』の力が働いているのかもしれないが……)




 『敵』が発生した場所は、笹野原たちからは少し離れているはずだった。イチ民間人の笹野原には何キロ離れているとかいう正確な推測は立てられないが、何となく一キロ二キロ程度は離れているように思える。


 こちらは路上にガレキが散らばる市街地を走り抜けなければならないため、あまり素早く動くことが出来ないのが辛かった。


 それでも加速性能の良い車で走っているので、元自衛隊員(つまり人間)のゾンビ兵や小型のゴブリンからは逃げ切ることが出来そうだ。しかし、はるかぜゾンビは笹野原たちの車よりも速いようで、じわじわとこちらに向かってきている。


「うぇっ……!? 上の板が邪魔であんまりよく見えないけど、もしかして追いつかれそうになってます!? えっ、えっ、ヘリって車より速いんですか!?」

「現在の一般的なヘリコプターの最高速度は時速270キロメートル前後で、新幹線より若干遅い程度のスピードだと言われているな。学生時代にJAX〇のホームページで見たことがある」


 周囲が見えていないせいか、逆に冷静に現状を述べる蒔田。


「全速力でまっすぐに逃げられるならまだしも、障害物を避けながら走っている状態では追いつかれても仕方ないかもしれんな」

「マジですか……!!」


 終わりじゃん、と、笹野原は生唾を飲んだ。

 と、ガタガタ揺れる車の中で、魔法銃を構えて後方を見やっていた中年男性もとい研究員が、焦った風の声を上げた。


「──おいっ! 上に縛り付けてあるデカい板みたいな荷物を投棄とうきしてもいいか!? 狙撃しようにも荷物が邪魔で視界が悪すぎてかなわん!」

「……それしかないのなら構いませんけど、投棄したら倒せそうな数の敵なんですか!? 相手は生体ミサイルやら生体機関銃やらを装備した『軍隊』ですよ!」

「……。……うーむ」


 研究員は言い置いて、しばらく無言で敵の数を目視してカウントする。そしてカッと口を開いて、


「……なら無理だ! 私のバードモンキーウォッチングで鍛えた視力が確かなら、連中は四十匹は下らない! 今私にできることは何もないので諸君らがなんとかしてくれたまえ!!」

「マジかよ……」


 と、助手席の蒔田がうんざりした声を上げる後ろで、後方席の開発者が後ろを見ながら首をかしげる。


「それと、なんだかはるかぜゾンビ? とかいうヤツだけではなくて、尾のある船のような生き物が霧から湧いてきて空を飛んでいるが……あれは無視しても大丈夫なやつなのか!?」


 その言葉に、車を運転していた笹野原は息をつめた。


「尾のある船……?」


 ──兄がやっていたゲームなので正確な情報はほとんど忘れてしまったている。だが、『尾のある船のような生き物』が出てくる敵はそれでも笹野原の記憶に焼き付いていた。プレイ画面を傍目で見ているだけでわかるほど、あまりにも強すぎたからである。



「……。……その生き物は無視していいヤツじゃなくて、全然弱くないめちゃヤバい敵ですね……」


 全速力を出しながら、笹野原はため息をつく。

 笹野原の記憶が確かなら、『船』のレーザーの射程は千メートルだったはずだった。

 ヤツは確か、戦場にいたら「終わった」と兄が呟いていた超強い敵で、強力なレーザーを武器としている。


(市街地じゃなくて山間部にしか出ない敵だったはずだけど、この滅茶苦茶な世界ではそんなの関係ないんだな、終わったな……)


 障害物だらけの地形に邪魔されているせいで、笹野原の運転する車もあまり速く走ることが出来ていない。

 バックミラーごしに確認すれば、空中を飛ぶ敵が赤い光を発して、今まさにレーザーを発射しようとしているところだった。


 ──スーパーカー(笑)程度では、『船』の射程外に逃げ切ることが出来なかったということだろうか……。


(立て看板なんかに気を取られず、早めにこのエリアを立ち去るべきだったんだ……!)


 笹野原は後悔に下唇をかんだ。

 敵が出現した場所が近すぎたのも敗因かもしれない。


 ゲームならゲームオーバーになったあとにいくらでも反省会をしてやり直せばいいが、あいにく人生には残機が一機しかない。それがとても残念だった。

 もう覚悟を決めるしかない。

 笹野原は息を詰めて、レーザーに焼き殺される時を待った。


 ……。


 ……。……。


 ……来なかった。


 レーザーが発射されたような閃光が一瞬目を焼いたものの、車は相変わらず走り続けている。


「……あれっ……?」


 笹野原は目を瞬いた。

 相変わらず車は走り続けている。

 進行方向上に大きな家屋が倒れていたので、笹野原はあわててハンドルを切ってそれを避けた。

 ……状況が分からない。


(今、何が起きたの?)


 光でかすんだ目を片手でこすりながら何度も考える。


(ものすごくヤバい敵にレーザーで襲われたはずなのに……無事だなんて……)


「攻撃を受けたのに、なぜか無事だったってことか……?」


 笹野原の思考を読んだように、蒔田が言う。

 彼はしばらく真剣な様子で考え込んでいたが、やがて興奮した様子で口を開く。


「なんてことだ、これってつまり……。

 テキストウインドウが最強の盾になったんだ!」

「た、盾?」

「そうだ、盾になったんだ!

 これは凄い発見だぞ、俺は常々ゲームの世界に転生する系のアニメの主人公が『ステータス』って呟くと出てくるテキストウインドウを盾として運用したらどうなるのだろうかと常々疑問に思っていたんだが、その謎が今解明されたんだ! これは凄いぞ素晴らしいぞ! このことを知ったら業界は震撼するに違いない!」

「……よく分かりませんが、蒔田さんが楽しそうで良かったです……」


 蒔田は大興奮しているが、笹野原は反応薄めに呟くしかない。

 車の後ろには「助かったのか」とつぶやく開発者と、小さな声で乾いた笑い声をあげている研究員がいる。

 おそらくだが、この車は現在進行形でレーザーを発射する空中要塞やゾンビヘリから攻撃を受けているはずだが、『盾』のおかげで何のダメージもなく走り抜けることが出来ていた。


「……変な話だけど、まあいいのかしら……。

 それにしても、最強の盾を縛り付けている即席ロープは普通の布のハズですけど、そっちもビクともしていないのは何だか変な話ですね」

「いかにもあのテキストウイウンドウに守られている感じがするな。

 早く色々試してみたい……あの板を激しく叩くと空を飛べるのかもしれないし、なんか上手い具合にバグを発見したら現実世界でセーブ可能なんて離れ業も可能になるのかもしれない。あの板を使って敵を殴りつけまくるとどうなるのかっていうのもめちゃくちゃに気になってきたぞ!!」


 大興奮しながら『板』に対する今後の展望を激しくまくしたてる蒔田と、その話を全部聞き流して必死に車を操作して逃亡を図る笹野原。


(それにしても、一体どうしたら……)


 後方からの攻撃を気にしなくて済むのはありがたいが、決して楽観視できる状況ではないのも事実だった。

 どこに行けば助かるのか。そもそも助かる道はないのか。それさえも全く分からない。

 ゲームの設定どおりにモンスターたちが動いているのなら、彼らはこちらが隠れていたって『人間の生命反応』をもとに自分たちを見つけ出し、殺しにかかってくるという状況だ。


(また違うゲームの世界を探してさまようしかないのかしら……PCが見つかるメドも経ってないし、この世界の人たちが集まっていそうな場所も分からないレベルで世界がぐちゃぐちゃなのに、一体いつまでこんなことをしたらいいの……!)


 ……と、笹野原が苦吟くぎんしていた次の瞬間に、進行方向上の遠方に見えた緑の山が土砂崩れのような音を立てて大きく崩れた。


「あれは……っ!?」


 笹野原は目を見張った。

 山の中から、赤い血管の張り巡らされた巨大な内臓のような(そうとしか表現しようのない)ものが出現したからだ。


「ラストイビルデーモン……!?」


 笹野原は小さく叫ぶ。

 かつて、デッドマンズコンフリクト3の世界で出会った管理者のなれの果て。

 大きさが全然違うし、熊野寺の顔どころか色んな人や動物の顔までついているのだが、色とシルエットがそっくりだったので思い出してしまったのだ。

 山のように巨大な肉の塊に、細い手足が現在進行形で生えてきており、それがぐしゃりと地表の山林を、民家を鷲掴みにしている。


「なんてことだ、あれは……!」


 と、笹野原と同じものを見ていた研究員が息をのむ。

 肉の塊からは長細い手足が伸び、周囲の地形をかきむしっていた。

 まるでゲームのステージを壊し、その下にある何かを露出させようとしているように見える……ゲームのステージ(と、笹野原が認識している地表部分)とその下では、色合いが全く違った。『下』にはとても自然物とは思えない色合いの地表がある。


「おじさん、あれがなんだか分かるんですか? あれは一体何なんですか……?」

「……あれを直接見たのは私も初めてだ。

 なにしろ本当に大昔の、記録が断片という形でしか残っていない神話の時代の存在だからな。核をイケニエに使った原始的な古代魔術の産物のはずだが……」


 研究員はしばし逡巡したのち、意を決した風に顔を上げる。


「──やむを得ん、このまま山道に入り込んで、なんとかしてあの化け物の中に突っ込め!

 これはただの魔術災害ではない。

 すでにこの世は古代の神の体として再構成される過程にあり、お前たちが異世界に戻るにせよ、我々とともに生きるにせよ、あの出来損ないの神の懐に入る以外に身を守る術はおそらくないぞ!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る