第67話〽︎何があったか聞いてくれ

 笹野原が運転する赤い悪魔は、相変わらずCurumagedonのゾンビを無慈悲にき殺し続けている。


 そんな車の中、目を覚ました男は寝起きだということを感じさせない勢いで喋り始めた。瞳孔が開きっぱなしで、端的に形容すると目がイッているのでは……と、笹野原は内心ドン引きしている。


「──僕の名前はアマニャヲピィンミフルーヴェニンムーゴルルィョポーニョャャグャグョだ!! 僕は瀕死の重傷を負っていたハズだが、どうやら君たちに助けられたようだな!!

 ありがとう、ありがとう!! ワケあって見知らぬ地で動く死体に追われまくり死ぬところだったのだが、非常に、非常に、助かった! 以後!! 見知りおいてくれ!!」

「……なんなんですか、この声が大きい人は……」


 と、車を運転している笹野原はため息交じりにつぶやいた。

 彼女がルームミラー越しに男を観察すると、男は若いが相当な白髪交じりで、目の下のクマがかなり大きい上に、目線も怪しいことが分かる。

 顔立ちの整った怪人物という例えがしっくりくるな……と笹野原が考えかけた時、彼女の記憶にない姿のゾンビが出てきたので、慌ててハンドルを切ってそれを避けた。


(いけない、運転に集中しないと!)


 笹野原はキッと前を見据えてハンドルと眼前の景色に意識を集中させる。

 そんな彼女に構うことなく、男は不快そうに周囲をキョロキョロと見回したかと思うと、更に不快げに顔をゆがめた。


「一体何だこの状況は!」


 後部座席に座っている彼は、隣に恰幅かっぷくのいい中年男性である研究員、反対側の隣にはゾンビ(絶命済)に挟まれる形になっており、とてもとても狭い思いをしている。

 男は隣に座っている(というか、座らせられている)ゾンビとたっぷり五秒は見つめ合ったあと、またもや大声を張り上げてこう言った。


「……死んでいるじゃないか!!」

「まあ、その通りだな」


 男の言葉に助手席に座っている蒔田が答える。

 笹野原は運転、研究員は魔法銃を使って車に迫りくる飛行型の敵を撃退するのに忙しいので、必然的に蒔田が相手をせざるを得なかったのだ。


「この死体は、君らの仲間か!?」

「いや違……」

「もっと大きな声で頼む!!」

「違う!! 仲間じゃない、むしろ敵だ!!」


 蒔田も男と同じくらい大きな声を張り上げる。男はウム、とうなずくと、


「やはりな! それじゃあコイツは外にいる連中と同じか! コイツ、邪魔だからドアから捨てていいか!?」

「いや、ドアを開けると危ないからそのままにして欲し……って、ちょっと待てえ!!」


 蒔田は叫んだ。

 眼鏡がないせいで後部座席の様子はよく見えないが、バムッという音で車のドアが開けられたと判断したからだ。


「──死体! 邪魔だ、出て行けェっ!!」


 ……と、白髪まじりの彼は誰の許可を取ることもなく車のドアをこじ開けたかと思うと、隣にいたゾンビの死体を投棄とうきしてしまった。

 車内は広くなったものの、元々『今ドアを開けると危険だから』という理由で捨てることのできなかったゾンビである。

 案の定、開いてしまったドアの入り口からバサバサと音を立てて美しい女型のバケモノが入りこんできた。


「え!? わわっ、ヤバいの入ってきちゃった!」


 笹野原が慌てた声を上げる。

 デンジャラスデイブのエリアから付きまとってきている、羽の生えた女型のモンスター群の中の一匹だった。女は美しい口元を耳の下までパカッと開けて、『宇宙から来た化け物』という設定にふさわしい大口を開ける。口の中は牙とよだれでいっぱいだった。


 あわや脳漿のうしょう血飛沫ちしぶき各種浸出液かくしゅしんしゅつえきが大盤振る舞いのオールデッドエンドコース待ったなしかと思われたが、研究員の男が「わー、わーっ!! 馬鹿ーーーーっ! 早くドアを閉じろ!!」と叫びながら魔法銃で撃退してくれたため、なんとかことなきをえた。


「──うむ! これでスッキリ! 万・事・解・決ッ!!」


 バムン、と音を立てて車のドアが閉じられる。

 男は誰にも謝ることなく、なんでもない風にドアを閉めてシートに座りなおした後、ドン引きする車内の面々をぐるりと見まわして、光り輝くカード状の物体を懐から取り出しこう言った。


「──改めて、僕は神聖魔術科学王国国王陛下直属開発部門スタッフ! その名もアマニャヲピィンミフルーヴェニンムーゴルルィョポーニョャャグャグョだ!! 以後!! 見知りおいてくれ!!」

「……国王陛下直属開発部門ってどこだよ……」


 と、研究員が自分の耳を両手で押しふさぎながらうめきごえを上げる。一番大声の被害を受けているのは彼だった。


 異世界人であるこの研究員にもわからないのであれば、蒔田や笹野原にもわかろうはずもない。

 研究員は少し考えるそぶりを見せた後に言葉を付け足す。



「どこだかは分からない……だが、この男が言っていることは嘘ではないと私は思う。身分証は確かに本物だし、魔術技術開発者という人種は総じて声が大きい傾向があるからな。連中はいつもデカい騒音の中で仕事をしていると聞くし」

「その通り!!」


 アマニャヲピ以下略もとい白髪の多い目のイッた開発者は、大きな仕振しぶりで頷いた。


「なにせ僕の部署では開発用の専用魔術溶接機やら魔術カッターやら魔術エンジンやらが、そんじょそこらでバカデカい音を立てているからな!!

 騒音に曝露ばくろすることによって内耳の蝸牛神経かぎゅうしんけいが障害されてしまうのだ! 職業性難聴は我々魔術技術開発者にとって避けようもない宿命だな! ワハハ、ワハハハ!!」

「難聴になるレベルの騒音ならぜひ耳栓をしましょう……私たちの世界ではそうしていますよ……」


 と、笹野原が疲れた様子でつぶやくが、開発者には全く聞こえている様子がない。


「ところで、君たちには非常に申し訳ないのだが、僕の状況を説明させていただいてもいいだろうか!!

 ひいては一曲歌おうかと思うのだろうが、よろしいかな!? よろしいなっ!?」

「え……えっ?」


 と、思わず問い返した笹野原を無視して開発者はニコリと笑みを浮かべる。


「それでは歌うとしよう!

 準備はいいか!? モチロンだとも!!

 それじゃあ歌おうイッチニーサンハイッ!!!!」


 ……と、開発者は誰の許可を取ることもなく、誰もリクエストをしていないのに歌を歌い出そうとする男。しかし……。



「──ッ! ウグウッ!? い、一体なにをするんだ! 痛いじゃないか!?」

「うるさいさっさと本題に入れ!!」


 唐突に始まるかとおもわれた男の歌は、唐突な蒔田のグーのパンチによって中断されてしまった。

 男はピンピンしているから、蒔田は一応相当な手加減をしたようだ。


「蒔田さん蒔田さん、暴力はだめですよ」

「……それはそうかもしれないが……」

「ていうか、よく今一発で当てられましたね。眼鏡がないのに平気だったんですか?」

「そりゃこんなに大きな声を出されちゃあなぁ」

「声で狙いをつけたんですね、凄いです。でもやっぱりいきなりグーでパンチは駄目ですよ」

「確かに……今のはやりすぎたな。おいアマナントカ。変人相手とはいえ申し訳ないことをしたな」

「いいぞ女! この蛮族を何とかしてくれっ!」


 会話の主導権が笹野原にあると気付いたらしき開発者が、笹野原に助けを求める。


「コイツ、大人しそうな顔して意外と狂暴だぞ!!」

「……蒔田さんは元・百貫ひゃっかんデブハッカーと呼ばれていた超不良ですよ、大人しいわけがないです……」


 笹野原がため息をつきながらそういう横で、蒔田は助手席から後部座先の開発者に向かって威嚇いかくを続けている。


「お前の声はデカいうえに話が長いんだ。もうすこし真面目にまとめろ」

「嫌だ、いつ死ぬかも分からないんだぞ!? オマケに残業に次ぐ残業のせいで、気持ちもすっかりギザギザハートだ!酒もないんだからせめて歌を、せめて歌を歌わせてくr」

「ま・と・め・ろ!!!!」


 蒔田は笹野原にパスコードの変更を迫った時以上の剣幕で開発者に迫った。

 開発者は悲しそうな顔をしたが蒔田の殺気はゆるむことがない。

 生きるか死ぬかの瀬戸際に立たされているかもしれない今という時に、素人の長時間即興カラオケなど聞かされたらたまったものではないからだろう。


「……仕方ないなあ!!」


 と、開発者はフンッと勢いのあるため息をつくなり、すぅと真剣な顔になった。

 そして蒔田をにらみ返しながら開く。


「──……君たちは白い髪をした金色の目の、女の子をみなかったか?」


 先ほどまでとは打って変わって、静かで落ち着いた声だった。


「彼女の名前はEVT2、つまりは試作機の二代目に当たる」

「白い髪に、金色の目……?」


 と、蒔田は目を細める。開発者はため息をついた。


「……その反応を見る限り、どうやら見かけたことがあるんだな? この場所にはいないのか? ……それから、さっきも言ったように僕は職業柄耳が聞こえにくくなっているんだ。気持ち大きな声で話してくれ」

「わかった」


 と、蒔田は頷き、大きめの声で話を続ける。


「お前の言うEVT2……白い髪の女の子は今ここにはいない。少し前まで一緒に居たんだが、目を離した拍子にどこかへ消えてしまったんだ」

自発的じはつてきに動いていたのか!? なんということだ……はやく捕獲しなくてはならないのに……!」


 開発者は苛立たしげに頭をかいた。そして言いにくそうな様子で蒔田を見ながら口を開く。


「申し訳ないが君達、彼女を探すのを手伝ってほしい」

「確約はしかねる。

 こちらも丁度彼女の行方を探していたところだったから、探すこと自体は構わない。

 ……だが、敵が味方かもわからない今の状態で協力を約束するわけにもいかないという事情がある。そもそもお前、一体どうして彼女を追っている?」

「……それ、どうしても言わなきゃダメか?」

「言わなきゃダメだ。

 夕を危険なことに巻き込みたくない。お前が危険な情報を隠している可能性がある以上、無責任に協力を確約することは出来ないぞ」


 蒔田はそう言って、運転席にいる笹野原に目を転じた。


 ──彼女は一見いつもと変わらない様子で、運転を続けている。

 車は狩場での回復を終えて、次の目的地である西の病院に向かっている最中だった。

 蒔田は自分を不安にさせまいと明るく振舞い、目的地へと急いでいる様子の彼女のことが、なぜか心配でならない。


(なんとなくいつもの夕よりも気持ちが落ちているように見えるんだが……よく分からんな。どうにも不安だ)


 開発者が目覚める前の笹野原の話ぶりがいつもの彼女らしくなかったことも、蒔田が不安に思っている原因の一つだろう。

 わざわざ人を落ち込ませるような暗い話やつらい話を、普段の彼女はほとんどしないからだ。

 ──なんとなく、蒔田は以前の笹野原が姿を借りていたゲームのキャラクター、セラ・ハーヴィーを思い出す。セラと同様、笹野原も自身の感情を抑え込む傾向がありすぎるのではないかと思った。そして、ひょっとしたら今それが破たんしそうになっているのではないか、とも。


 彼女の不安を解消するためにもう少し話をしたいが、今の彼女は運転中だし、なによりこんなゾンビのひしめくクソのような場所ではどう考えてもそれどころではない。


 早く元の世界に戻って、日常の中で彼女と向き合いたかった。



「──アマニャナントカさん……だったか? 説明がないなら、お前とは安全な場所に着き次第お別れだ。仲間を頼るなりなんなりして、EVT2の女の子とやらを探すんだな」


 蒔田は笹野原から開発者に目を戻して断言した。


「というか、国家の直属機関なんだろ?なぜ仲間に協力を求めないんだ。考えれば考えるほど怪しいぞ、お前」

「……分かったよ。話せばいいんだろう。……。……説明の前に、ちょっと頭の中で整理させてくれ」


 長くなるぞと言い置いて、開発者は観念した風にため息をついた。




【本編を読み進めるうえで何の参考にもならない登場人物紹介】


■ 開発者

 白髪痩躯はくはつそうくという異相いそうの持ち主。マッドサイエンティスト。大義よりも私欲を優先する男。進歩・革新・目新しさといった言葉が大好きで、古臭くてありがちな娯楽系の物語は中身を全部飛ばしてオチだけ見る主義を貫き通している。声がデカくやりたい放題やる姿は年配者の開発者たちからは「元気がいいのう~」とまさかの好評を博しているという。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る