第50話悪漢と卑劣漢と悪役令嬢


 美しい薄紫色の空の下、辺り一帯の景色は無残にも破壊はかいされている。

 大量のガレキや砂利じゃりが散らばり、大きな地割れさえも起こっていた。




「――ぐぁあああっ!!」


 管理者の攻撃をかわし続けていた三田村はついにその場に倒れてしまい、追い付いてきた管理者に背中を踏まれて苦しげな声を上げた。


「……フン、今度は逆の立場になってしまったなあ。

 あんなに威勢よく食って掛かってきた割に、実に無様な最後だと思わないか?」


 管理者がそう言って三田村を嗤う。

 三田村は地に押しつぶされた格好になりながらも、顔を上げて管理者を見上げ、挑発するような笑みを浮かべてこう言った。


「あいっかわらず、エラそうな口ぶりだよなあ……熊野寺」

「うん? その顔は……まだやる気なのか。勝負はもうついている。お前は死ぬんだぞ?」

「だからって、あきらめるわけにはいかないんだよ……」


 そういいつつ、三田村は内心自分自身の生存をあきらめつつあった。


(発動するのが妙に遅いとはいえ、魔法なんてモノをバカスカ使う怪物が相手じゃあなあ……。

 仕事じゃ散々悪漢呼ばわりされてきた俺の命運も、ここまでかな)


 と、三田村は自嘲じちょうする。

 ……しかし、自分の命をあきらめなければならないとしても、管理者に抵抗することはあきらめるわけにいかなかった。


(俺が今死にそうな状況だってことは、エリカちゃんたちにも見えているはず……。

 あの子供が目を覚ましさえすれば、他のゲームの世界に移動することもできるだろう。

 俺が時間を稼いでいる間に、なるべく遠く、安全なところまで逃げてくれればいいが……)


 

 ──そう。

 彼ら彼女らのためにも、当初の目的、時間稼ぎだけは続けなければならなかった。



「……なあ、熊野寺。俺を殺す前に、気になっていた質問に答えてほしいんだが……アンタ、直接人を殺せないルールがあったはずだろ? なぜ今更それを破る?」


 声を少しだけ穏やかな調子に変えて、管理者との会話を……時間稼ぎをこころみる。


「え? ルールもなにも……『殺してはならない』というのは『あの子』に課せられたものだ。私ではない」


 そう言って、管理者は肩をすくめる。

 ……質問などに答えず、問答無用で三田村を殺しにかかってくるかと思われたが、意外にも会話に乗ってきた。

 長い間一人で居たせいで、人との接触に今まで飢えていたのかもしれない。


「あの子? ……あの子ってのは、あの異世界の、褐色かっしょくの肌の子供のことか?」

「褐色……? ああー。現実世界ではそんな見た目だったねえ。

『どうせなら綺麗な女がいいなあ』と私が思ったものだから、異世界では私好みの姿に変えてもらっていたんだよ」

「そんな事ができるのか?」


 と、首をかしげる三田村に、管理者は得意げにうなずく。


「ああ。ここは便利な世界なんだ。他人の見た目も、スマホの壁紙みたいに変えられるんだよ。

 だから最初は『どうせならさらってきた人間を全員美少女に変えてやろう』と思ったのだけれど、どーやっても自分の意志が残っている人間は駄目でなあ」


 管理者はそう言って苦笑する。


「『その人間が一番親近感を持っているキャラクターの姿』にしか、変えられないんだ。

 まあ、それでも結果的に美形が多くなったから、文句はないのだけれどね。

 だけどそれが分かった時、心があるやつは実に面倒で扱いにくいと思ったよ」

「……つまり、あの子供には、心というか……自分の意志がなかったってことか?」


 三田村が不思議そうに問うと、管理者は曖昧あいまいな表情でうなずいた。


「うーん、そういうことになるのかなあ。

 初めて会った時のあの子供は、涙を流してブルブル震えて、自分の記憶が消えていくことに酷く怯えてもいたよ。

 心神喪失しんしんそうしつ状態っていうのかなあ……正直面倒な子供だなあと思った。

 だから姿も変えたんだ。あの子の持っていた魔法の知識は欲しかったけれど、男だってところは気に入らなかったし。

 最初は新宿や渋谷在住の漫画家や小説家が異世界転移魔法に引っかかってニュースになってしまったから、ある時期からゲーマーに条件を絞ったんだ。有名人が死ねば騒ぎになるが、ゲーマーは目立たないやつが多いだろう? 死んでもさしたる騒ぎになりにくく、なおかつ思い入れのあるキャラクターは私好みの美男美女である可能性が高い」

「……。……その『あの子』っていうのは、どうして人を殺せないルールがある?」


 三田村は「お前最低だな」と言いたくなったのを我慢して、会話の続行を選んだ。



「うん? 本人から聞いていないのかい?

 罪人だからだよ。殺せば刑期が伸びてしまう。刑期が伸びれば元の世界には戻れない。だからあの子は、人を殺せない」


 管理者は質問にスルスルと答え続けた。人間との会話が久しぶりだからだろうか、妙にしゃべりたがっているような雰囲気がある。


「あの子はほとんどの記憶を失ってしまっても、それだけは覚えていたんだ。いちばん大事な情報だからだろうな」

「なるほど」

「だけどこの異世界は、人の命を奪わなければ維持できない。

 維持できなければあの子自身も死んでしまう……。

 はじめてみた時の彼は、見るも無残むざんな姿だったよ。ほとんどの記憶も、自分の生命力も失って……それでも刑期と魔法に関する記憶だけは失わないように、必死に自分を守っていた。

 手を差し伸べたら、あっさり懐いてくれたね。ちょっと優しくするだけで、魔法の情報だって面白いほど手に入った!」


 そう言って、管理者は当時を懐かしむように目を細めて微笑んだ。

 その姿は自分の夢にっているようにも見える。


「すばらしい日々だったよ。ああ……当時に戻りたいなあ。

 いつまでもこの異世界で遊んでいたかったのに、就職してブラック企業に入ってからは人生が真っ暗になってしまったんだ。

 その挙げ句に殺されて死んでしまうなんて、私はなんて」

「……やっぱり言うの我慢出来ねえわ。お前、最悪だ」


 三田村は管理者に踏みつけられた格好のまま、んで吐き出すようにつぶやいた。


「え? なんだって?」


 管理者は三田村の言葉がよく聞こえなかったらしく、不思議そうに首を傾げる。

 三田村は怒りを押し殺した目で管理者を見上げ、静かに言う。


「俺たちは大人だろうがよ……。

 汚いことをやるのは別にいい。俺だって、仕事じゃ人を出し抜いて汚いことばっかやってるしな。綺麗なことしかしてない人間のほうがむしろ少ないだろうよ。

 だけど……なんでその汚いことを、そんな嬉しそうに、自慢気に話せるんだ?」

「魔法が使えるようになったことを自慢して、何が悪いんだ?」

「ああ悪いね、反吐へどが出る。

 要はアンタ、無防備むぼうびで気の毒な子供をだまして遊んでいたんだろ?

 その遊びを利用して、動画配信で一旗揚ひとはたあげようとしたら失敗して、世の中はクソだって恨みだして、それでも遊びだけは続けるために、大勢人間を殺し始めることにしたってわけだ」

「違う、私は殺していない!」

「間接的に殺しているだろうがよ!!

 こんな話が『あの日は良かった』って自慢できるような内容か? そんなにかがやかしい話か?」


 三田村がそう言うと、管理者はウッと息をつめたがすぐに反論の為に口を開く。


「か、輝かしくはないかもしれない。

 が、でも、しかし、私は確かにあの時幸せだったんだ。ありのままの自分でいられて、のびのびと才能を発揮できたんだ。しかしその幸せはすぐに奪われた。結局私のような無能な人間は、社会に居場所を与えてもらえない。だから私は、やむを得ず、あくまで社会に追い詰められたからこんな事件を」

「言い訳ばっかだなアンタ。

 結局アンタは自分が殺した人間のことよりも、『自分は間違ってない』『自分だってこんなに辛かったんだ』って主張が先に来る幼稚な奴なんじゃねえか。

 ……アンタ大人だろうがよ。いい大人が、なにを現実の見えてねえガキみてえなことやってるんだよ!!」

「うるさい、うるさい!!」


 管理者は甲高い怒声を上げるなり、力任せにバールで三田村の頭を殴りつけた。


「が……っ!!」


 三田村は苦吟くぎんした。間違いなく致命傷だと思った。

 しかし……激痛はあったが、三田村は『まだ生きていた』。


(……あれ? 俺、なんでまだ意識があるんだ……?)


 うめきながらも内心混乱している三田村をよそに、管理者は激怒した風に三田村を見下ろしている。


「さっきからペラペラペラペラと舌疾したどいヤツだ……もういい、殺してやる。どいつもこいつも俺の苦悩を分かろうともしない。

 気の毒な子供、だと? アイツは魔法が使える分、私より恵まれていたじゃないか。

 お前も……そんなに立派な口を叩くということは、さぞや恵まれた人生を送ってきたのだろうな。

 一番、気の毒で、あわれなのはこの私だろう。

 なんの才能も実力もなく、未来に夢ももてないままに、苦しいだけの日々を過ごしていたのだからな。

 ──お前のような恵まれたやつに、軽蔑されるようないわれはない!!」


 管理者はそう叫ぶなり、またもや三田村に向かって大きくバールを振りかぶった。


 ……が、その瞬間。


 ばちゃあああっと、管理者の頭に何かが思い切り落ちてきた。


「……あ……?」


 管理者は間抜けな声を上げて、棒立ちになる。その姿は頭からびしょ濡れになっていた。それだけではない。水には細かい砂が大量に入っていたらしく、管理者は一拍遅れて不快げに目をしぱしぱさせている。


「な、何だ今のは!!」


 管理者が激怒して振り返ると、そこには一人の少女が……朝倉エリカのアバターである、悪役令嬢エリザベートが立っていた。


「あーらァ!! せっかくのいい男が、ソルデム3A輸液のせいで濡れネズミじゃないのお!」



 人を小馬鹿にするような笑顔は、まさに悪役令嬢そのものだ。


「地面までれちゃって、まるでおらししたみたいになっちゃってるわよお? 恥ずかしいわねえ。いい大人がこんな不意打ちも避けられないなんて、ほーんと恥ずかしいわあ!!」


 そう言って朝倉は高笑いする。そんな彼女を、管理者は思い切り睨みつけた。まだ目がかすんでいるらしく、何度も目をこすってはいるが。


「……お前が、やったのか……」

「エリカちゃん駄目だ! 君の手に負えるようなヤツじゃ……ぐうっ!!」


 三田村は慌てて起き上がろうとしたが、バールで殴られたダメージが抜けていないのか、苦痛に顔を歪めた後再び地面に突っ伏してしまう。

 朝倉はそれを一瞬心配げな目でみやりながらも、すぐに目線を管理者に戻した。そしてわざとらしいまでに悪役然と微笑んで見せる。


「──そうよお、私がやったの。

 だってどうせ、私達ココでみーんな死んじゃうんでしょう? どうせ死ぬなら、砂利入りの輸液を頭からぶっかけるくらいいいじゃない。いたちの最後っ屁ってヤツよ。

 人気ユーテューヴァー様(苦笑)? ってヤツも案外大したことないのね。貧相な中身にお似合いの外見にしてやったわ。ほんと、いい気味だこと」

「砂利? それで目が霞んだのか……クソッ、リアルの女はこういう陰湿なことをするから嫌いだ」


 管理者はそうつぶやいたかと思うと、一歩、二歩と踏み込んで、朝倉の胸ぐらを思い切り掴んだ。

 それを見て、三田村がこの世の終わりを見たような顔になる。


「あ……あ゛あ゛あ゛ーっ!! 熊野寺てめえっ、俺でも触ったことが無いのに、エリカちゃんのドコ触って」

「三田村さんは黙ってなさい!! ワザとこうしたのよ……てやっ!!」


 朝倉はそう叫ぶなり、管理者の口に何かを思い切り突っ込んだ。


「もがっ!? むぐ、ぐ……」


 管理者は思わず頭を振って抵抗しようとしたが、出来ない。朝倉は挑発的に笑った。


「抵抗は無駄よ。さっき散々人狼村の村人で練習した後なんだからね……どう? おいしいでしょう?」


 と、朝倉が婉然えんぜんと微笑んで首を傾げると、管理者は目を見開き、信じられないような顔になってうなずいた。


「お、おいしい……」

「でしょう?」

「一体なんなんだよこの展開は……」

「ほら三田村さん! ボサっとしてないで、今よ!」

「え? なに? え?」

「足元をよく見なさい馬鹿っ!」

「え……あー! なるほどねえ!」


 三田村は朝倉……と、管理者の足元を見て納得した風にうなずいたかと思うと、倒れたままの格好で手を伸ばし、思い切り彼らの足元にあったものを引っ張った。

 ……地面にいてあったシーツである。


「うわあっ!?」


 予想していなかった足場攻撃を受け、管理者は盛大にその場にすっ転んだ。

 そのすきを突いて朝倉は三田村に駆け寄り、容赦なく彼の口にも薬草を突っ込んでいく。


「もがが!」

「おいしいでしょう?」

「……んぐっ。いや、普通に青臭いよこれ。痛みが消えて楽にはなったけど」

「文句言わない!」


 と、朝倉は三田村の頬をぴしゃりとたた……こうとしたが出来ず、目に涙をためてグシャリと顔を歪め、三田村の顔に額を寄せた。



「三田村さん、生きててよかった……!」

「ごめん……おかげで命拾いしたよ」


 三田村は苦笑交じりにそう言って、彼女の背をとまどいがちに軽くなでた。


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