第49話圧勝できる、ワケがない。

「らぁッ!!」


 三田村さんは先手必勝とばかりに体ごと管理者に殴りかかった。

 彼の拳が綺麗に管理者のほほに入る。


「がぁ……っ!!」


 と、管理者は体制を立て直すことにさえ失敗してひざを折り、地面に四ついになって激しくせき込んでしまう。


「はっ……いくらつえー体を乗っ取ったって、中身がシロウトじゃどうしようもねえなァ!!」


 と、言いざまに、三田村さんは管理者の背を容赦なく踏みつけた。

 管理者は反抗的な目つきで三田村さんをにらみあげたが、二発目の踵が背中に入ると、「ぐっ!」と苦し気な声を上げて顔を伏せてしまう。


 ……管理者が乗っ取っているとはいえ蒔田さんの体である。お願いなので、少しは手加減してほしいのだけれども……。


 私がそう思いながらも仲裁ちゅうさいに入りかねていると、三田村さんはやけにせいせいした笑顔で、指の骨をぽきぽきと鳴らしつつこちらを見た。



「あー、ちょっとは気が晴れたな。まさか管理者に会えるとは思ってなかったわ。

 ねー夕ちゃん、俺もう個人的な小目標は達成できたし、元の世界に帰っていいかな?」

「あと一時間半くらいしたら自動的に元の世界に戻る時間が来るので、もうちょっとだけ待っていてくださいよ……」


 私はため息交じりにバイタルウォッチを確認しつつそう言った。


「分かってるよ、冗談冗談。……で、どうする?」


 という三田村さんの問いに、私は真剣な顔になる。


「蒔田さんに回復薬を打ち込めば、蒔田さんの自我が戻って、一緒に元の世界に戻れる状態になると思うんです。

 これから私が静脈注射を行うので、三田村さんは彼が動けないように抑えていてください。特に腕のあたりを」

「はいよー、りょーかい」


 と、三田村さんは得心したようにうなずいた。

 彼が「どっこいせ」と足元にいる管理者の体を起こそう……と、する前に、急にあたり一帯が暗くなった。


「えっ……?」


 私と三田村さんが思わず顔を上げると、周囲には特徴的な色合いをした図形の数々が浮かんでいた。

 さきほどまで、まるで雨か雪のように空をひらひらと舞い落ちていたはずの図形たちだ。

 それらが妙に大きく、鋭い形に変形していおり、しかもそれらの先端がすべてこちらに向いているという状態である。図形から落ちた影のせいで、周囲が暗くなっていたのだ。



「……マズいっ!!」


 危険を察知した三田村さんが素早く跳躍ちょうやくしたかと思うと、私を抱き込みつつその場から逃げる。さきほどまで私たちがいたはずの場所から、凄まじい破壊音が響いた。


「な……なんだなんだ今のは!」


 三田村さんは私を雑に抱き上げた格好のまま、混乱気味に周囲を見ている。

 周囲の景色の一部だったはずのものが、武器に変わって私たちに襲い掛かってきた……こんなことが出来るのは、この場には一人しかいない。


「管理者の魔法の力ですかね……でも何で?

 この異世界で魔法を使うには、代償が必要なはずなのに。そんな無制限に仕えるようなものではなかったはず!!」


 私もわけがわからない気持ちになって首を振る。


 ──そんなことを言っている間にも、少し離れた場所で倒れていたはずの管理者が立ち上がり、自分についたほこりを手で払っている。

 その顔には、傷一つ見当たらない。


「もう立ち直ってるなんて……さっき三田村さんに勢いよく殴られたのに」

「回復魔法とかがあるのかもねー。

 しかしマズいな……俺、あんな化け物とやりあって、お注射できるレベルの行動不能状態にまで追い込まなきゃならないわけか……?」


 さすがの三田村さんも焦りをにじませた表情で管理者をにらんでいる。

 その目線の先で、管理者はわらった。


「君らには分からないのか……この世界には今、急速に力があふれつつあるんだ。

 もはや何の制限も、代償切れも気にする必要はない。魔法の知識さえ習得していれば、ここでは好きなように遊べるんだ」


 と、言いざまに、上空に巨大な水で出来た槍を出現させて、私たちに向かって打ち込んできた。


「おわあああっ!?」


 三田村さんがまたも私をかばいながら避ける。どおん、と地割れにも似た思い轟音ごうおんが響いた。


「ってえ……」


 槍の直撃はなんとか避けたが、地面が割れた際に飛び出してきた破片のせいで、三田村さんがひたいうで裂傷れっしょうを負ってしまっている。


「三田村さん!」

「大丈夫大丈夫。

 アイツの魔法? みたいなのって、武器が出てきてからこっちに飛んでくるまでにかなりのタイムラグがあるね。厳しいが、全く対応できないってわけでもなさそうだ……いててて」

「腕を貸してください、回復薬を打ちます!」

「いやいや、こんくらいどうってことねーよ、俺は不動産屋だからな。

 こっちはいいから、夕ちゃんはエリカちゃんたちの蘇生を頼む。……こんな状況で意識が戻らないままでいられちゃあ、いくらなんでも心配すぎるでしょ」

「……わかりました。この場は頼みます、三田村さん!!」


 と、私は頷いて、朝倉さんとアナタ君が倒れている場所に向かって駆けだした。

 管理者が反射的に私を止めようとしたが、それは三田村さんによって防がれる。



「……おい待てよ魔法使い。

 オメーが通っていい道は、そっちじゃねーぞォ……」


 頭から血を流した恰好かっこうのまま、三田村さんがそういって小さく笑っているのが見えた。







 ということで、本日二度目の業務外医療行為の開始である。


(うわあああああ、血管細い! 分かりにくいっ!

 採血で絶対当たりたくないタイプの女の人の腕だよおおおお!!)


 私は手早く朝倉さんの血管を確認しつつ、泣きたい気持ちになっていた。

 限界病棟で勤務している都合上、ド修羅場の中での注射には慣れ切っている。

 だが、若い女性の注射には正直苦手意識があるのだ。やりやすい人も多いのだが、やりにくい人の腕は本っっ当にやりにくい。

 病棟の採血では二度連続失敗してしまい、ベテランの健診センター上がりの先輩に代わってもらったこと、数知れず……。


「うー……あ、なんとか入った。いけるね、いけた……よしよしよし」


 私は苦戦しつつも朝倉さんとアナタくんに回復薬を打ち込みおえた。

 アナタ君は異世界の世界の都合で、今は女性キャラクターの姿になってしまっている。

 少年相手の採血なんかやったことがないので、女性姿でむしろよかった……。



 さて、先に目を覚ましたのは朝倉さんだった。


「……ん、うーん」

「朝倉さん!! よかった、無事で……」

「ぇ……あー……これはいったい、どういう状況なの?」


 朝倉さんは寝起きの人間特有のボヤボヤした表情のまま、周囲の景色を見回している。


「要点だけかいつまんで説明しますが、割とピンチです。

 クラッシュバグを起こすことに成功はしたみたいなんですが、ちょっと私たちは暴れすぎちゃったみたいで、管理者・熊野寺によって、別のステージに引きずり込まれてしまったみたいなんです」

「熊野寺ぁ? アイツ、死んじゃったんじゃなかったの?」

「死んじゃってます。今の彼はどうも、残留思念的な何からしいです。

 死にかけの蒔田さんの体を乗っ取って、今好き放題やってます……あんな感じでね」


 そう言って、私は少し離れたところで管理者の攻撃から逃げ回っている三田村さんを指さした。


「え……あれって、三田村さん!?」


 ぼやぼやしていた朝倉さんの目が、ぱっと焦りと驚きで見開いた。私は苦い気持ちで頷く。


「そうです。三田村さんは、朝倉さんとアナタ君が立ち直るまでの時間稼ぎをしてくれています。

 管理者のヤツ、どうもこの世界で暴れすぎた私たちが邪魔みたいで、殺そうとしてきているんですよ」

「……それ、おかしくない? 確か管理者って、この世界に迷い込んできた人間を直接殺せないルールみたいなのがなかったっけ」

「あ」


 朝倉さんの言葉に、私は思わず目を見開いた。


「……圧倒的バールのインパクトと、管理者を挑発することに頭を使いすぎちゃって、すべてを忘れ去ってしまっていました……。

 確かにそうでしたね……なんであの人、私たちを殺せるんだろう……」

「考えるのは後にしましょう。あれじゃ三田村さんが死んじゃうわ」


 手早く話題を切り上げるなり、朝倉さんは立ち上がった。


「私もあっちに行ってくる。三田村さんだけでは危ないわ……貴女はこの子が起きるのをここで待っていて」

「そんな。エリカさんじゃ戦力になりませんよ」


 私も立ち上がろうとしたが、それは朝倉さんに止められる。


「……大丈夫。運動は苦手だけど、何もできないわけではないの。この点滴栄養剤っぽいのとシーツ、もう使うアテはないわよね。もらっていくわよ?」

「ええ? あ、はい。分かりました、持っていってもらって大丈夫です」


 私がそう言って頷くと、ふいに朝倉さんは「ちなみに」と、心配そうな様子で私を見る。


「……蒔田さんは、もう管理者に乗っ取られて、助からない状態なの?」

「いえ。まだ望みはあります。

 仮死状態の蒔田さんの体に回復薬を静注すれば、蒔田さんの意識が戻って、管理者をはじき出せるかもしれないんです」


 私がそう言うと、朝倉さんは何事か考えるように一瞬目を伏せる。だがすぐに私を見た。


「大体の状況は分かったわ。……注射は無理だけど、薬草は持っていこうかしらね」

「薬草じゃ効果が薄いかもしれないんですが」

「試す価値はあるわよ。……ちなみに熊野寺は、挑発には乗りやすかった?」

「割と。あのヒトあお耐性たいせいないです」

「了解よ。あとは私に任せなさい。

 ……その子の蘇生が遅れているのが気になるわ。気を付けてみてあげていて」


 と、朝倉さんは私の返事を待たずに黒いスカートをひるがえし、小走りに三田村さんと管理者のいる場所へと駆けて行った。


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