第26話『核』の秘密とセラの秘密
「――さて。技術的な話は置いておいて、ここからは完全にファンタジー領域の話をするぞ。
例の動画をみたかぎり、管理者が明言していた彼自身が持つ特殊能力は、大きく分けて三つあるらしいということがわかっている」
蒔田は真剣な顔になり、指を三本立ててみせる。
「一つ、『異世界を魔法の力で創造できる』
二つ、『異世界と自分が作った異世界を行き来する魔法を使える』
三つ、『ただしその魔法には代償とよばれるエネルギー資源が必要であり、彼はその代償を集めるための能力も持っている』
……この三つだな。
今言ったように、この『異世界』というやつは、どうやらゼロから産み出だせるようなものではなく、『代償』……つまり魔力のようなものと、『詳しい設計図』が必要になるらしい。
動画によれば、管理者はこの設計図づくりに一番苦労した。なにせ一つの世界を作り上げようというレベルの情報が詰まった設計図が必要なんだぞ?
そんなこと、そんじょそこらの小説にも脚本にも出来ていないのに、だ」
「ははっ、そりゃそうだな」
そんなもんを書き始めたらキリねーだろうし、と付け足しながら三田村は笑う。蒔田はそれに苦笑を返しながら話を続ける。
「管理者はいろいろな書物やデータが『設計図』に使えないかどうか試したようだ。
出版された超人気ファンタジー小説を使っても駄目、世界史の教科書を使ってみても駄目……という、様々な試行錯誤を経て、管理者は『新しい世界を作り上げることが出来るレベルまで書き込まれた文字情報』を発見した」
「それが、商業ゲームに関して書かれた情報……ってことなの?
それもリアルタイムでネットに繋がって情報が変わったりしないタイプの、ソフト一本だけで世界が完結しているタイプのコンシューマーゲーム」
「そういうことだ」
蒔田はうなずく。
「まあ完全にソフト一本だけで世界が完結している必要はなくて、時折パッチが当たる程度なら問題なく魔法は発動するみたいだが」
「うーん、そういうものなの、ねえ……?」
私は蒔田の言葉尻を引き取った。そして首をかしげながら、
「……いいえ、やっぱり分からないわ。
それ、変な話だと思う。だって小説じゃ駄目だったんでしょう? でもゲームのデータだって、世界を作るために必要な情報が全部そろっているとは考えられないわ。足りていない情報は沢山あるわよ。酸素の有無とか地面の土の種類とか、食べ物の味とか」
「俺もそこは変だと思ったが、実験の結果、ゲームの情報を使った異世界創造魔法だけが成功したというのが現実だ。
なぜ人気ファンタジー小説では失敗して、ゲームの攻略wikiやブログではうまく行ったのか……俺にも全く分からん。考えようにもヒントが足りない。動画で言及されていない何かがあるんだろうな」
蒔田はそういってため息をついた。私も彼の「分からない」という意見には同調するしかないので、うなずきかけて、ハッと顔を上げた。
「ちょっとまって蒔田さん、wikiやブログが『設計図』になるの?
私、てっきりゲームの元になってるプログラムで書かれたデータが『設計図』になるのかと思っていたけれど」
「いや、あくまで人間に読むことが出来る文字に限られる」
蒔田は続ける。
「いわゆる自然言語。人々によって日常生活で使われる言語……というやつだな。これは魔法自体のルールというより、管理者に扱える範囲が自然言語までだからのようだ。
管理者はコンピュータ技術を多少は知っているようだがあまり詳しくないし、外国語にも詳しくないと言っていた。つまり、『設計図』に使えるのは日本語で書かれた文章ベースのデータに限られる」
蒔田は説明疲れした風にため息をつくと、余力を振り絞るように声を張る。
「……ということで、管理者が目を付けたのが『ゲームの攻略ブログ』『ゲームの特に設定の説明に注力した二次創作サイト』といった存在たちだった。愛されているゲームであるほど、そのゲームを語りたがる人間は多い。彼らが語る文字情報は、そのまま一つの世界を作り上げるほどの『設計図』として流用できる……と、管理者は考え、実際に成功したようだな」
「なるほどねえ。バグまで起こせちゃうんだから、相当ゲーム寄りの異世界だとは思っていたけれど……」
と、言いながら、私は疲労し切った頭を振る。会議室の天井を見上げると、シャンデリアともデザイナーズ家電とも呼べない幾何学図形の照明がぶら下がっていた。
「……あの異世界はゲームみたいな世界だったのに、でもプログラム言語じゃなくて自然言語によって作られた世界なのね。バグは起きるのに」
「独自のルールがあるんだろう。魔法なんか俺にも専門外だから分からんよ」
「うーん摩訶不思議だわ」
私はそう言いながらシャンデリアもどきから目を離して首を
「それにしても『代償』って、なんだか穏やかじゃない言葉ね。魔法を使うためのMP(マジックポイント)みたいなものが必要なのかしら。それとも管理者自身の血が必要とか?」
「最悪人命もありうるぞ」
うんざりした様子でそういったのは、三田村だった。
「『とにかく殺せるだけ殺せ』……って、管理者は偉そうに言ってたろ? 実際アイツの言うとおりなんだよ。
あの世界……俺は五回くらい行ったけど、人を殺せば殺すほど、帰還できる時間が短縮されるんだ。で、
「こ、殺すと短縮……? そんな話、私は知らなかったわ……」
私は目を丸くした。蒔田も同じような表情で、
「俺も知らなかった」
と、首を傾げている。
「あんたら、管理者と話したこと無いの?」
三田村は呆れた顔で肩をすくめた。
「ないわね。私、一度目はワケがわからないうちに元の世界に戻ってたし、二回目は核の子と一緒に最初はのんびり過ごして、後半は核の子を殺そうとする連中から逃げ回っていたから……管理者を見かけても、会話する余裕なんかなくて」
「俺も会話は出来ていないな。
「なんだいそりゃ」
三田村が笑う。蒔田は大真面目に説明した。
「身も心もバケモノになってたんだよ。ひょっとしたら、『代償』が足りない状態になるとバケモノみたいになってしまうヤツなのかもしれないぞ。『管理者』ってのは」
「そりゃ本人に聞いてみないと分からない話だねえ。しかし、そうか……」
二人共ヤツとは話せなかったのか、と三田村はひとりごちる。その顔を、私は不思議な気持ちで見上げた。
「……ん? どうした、エリカちゃん」
三田村はすぐに私の目線に気づいて首を傾げていた。どうもこの男はサラっとエリカちゃんという呼び名を定着させようとしているみたいだ。私は許可した覚えはないのだけれど。
「いや……そうだったのね、って納得したのよ。三田村さん、理由があってあっちの世界で無差別に人を殺していたのね……」
「そそ。俺、こっちで忙しいからあんな場所で遊んでる暇ないからさ。さっさと帰るためにあっちじゃ割り切って……って、タンマ。なんでエリカちゃん、あっちの世界での俺を知ってる雰囲気なの?」
がばっと三田村に疑いの目を向けられて、私は思わず顔を
「……」
「おーい、無視ですかー? って、何震えてんのエリカちゃん」
「三田村、やめてやれ。そいつは尋常ではないレベルで怖がりなんだ」
私の様子を見かねた蒔田が助け舟を出した。
「殺されるのを恐れるあまり、俺相手に使えもしない魔法のステッキで戦闘を挑んできたんだぞ」
「こんなほっそい体で? だははっ、ウケるー」
「ちょっ……やめてってば、腕を
私は思わず声を上げた。
さっきから三田村のボディタッチが激しい。……怖いので、正直勘弁してほしかった。
「おおー、元気になった。よかったよかった。元気が一番」
「あのねえ、私たちほぼ初対面なのよ!? 気軽にさわらないでよね!」
「わーったわーった、思い出したら気をつけておくからさ」
「なによそれ!!」
「んじゃ、俺はちょっと熊野寺の……管理者の家の担当に連絡入れるわ。多分まだ寝てるけどな。でもまあ、金の話だし……なんとかなるっしょ」
そう言いながら三田村は私からあっさり手を話し、スマホをポチポチさせ始めた。
「なんなのよ、もう!」
「……それにしても、『核』っていうのは、一体何なんだろうな」
と、呟いた。
「セラの体は、正直日本の女の子とは思えないほど強力になっていた。反動を無視してマシンガンを乱射したり、疾走するトレーラーの上で立っていることができていたり……アイツだけ、体に更に特異な変化が起きていた」
「そういえば、そこはあんまり分かってないわね」
私も思わず首を傾げる。蒔田はそれに頷き返しながら、
「動画で『核』についての言及が一切なかったからな。とっかかりがつかめなかったんだ。そもそもなんで毎回異世界転移がおきるたびに、一人必ず『核』と呼ばれる人間がいるのかもよく分からん。『核』自体も設計図の一部……なのか?」
「かもねえ」
「ヒントがないから全く分からんな。……そういえば、君は前回の核のこと知り合っていたと言うが、一体どんな子だったんだ? セラと共通しているようなところがあれば、それが『核』に必要な要素や条件なのかもしれない」
蒔田はそう言って首を傾げ、「さあ話してくれ」と私に
「どんな、って……明るくて優しい子だったわよ。メガバンクの前線で働いてる子でね、支店長にド詰めされて、最近は鬱気味だって笑ってたけど……でも、本当に優しくて、強い子だとも思ったわ。あの子といると、不思議と自分も元気になれる……そんな感じの子だったの。バイタリティがあるっていうのかしらね」
「そのへんは、セラと似ているかもしれないな。……アイツも馬鹿みたいに元気だった」
「言われてみれば、たしかにそうね。あの子も一緒にいるとなんだか元気になれるような子だったわ」
そう言って、私は目線を
「君はその『核』の子とどんな話をしたか覚えているか?」
「うーん、そうね……くだらない話ばかりだったと思うわ。
二人共同じ乙女ゲームが好きだって話で盛り上がって、でも最近はゲームをする余裕なんかなくて、毎日寝る時間もないくらいつらい仕事ばっかりだって話もして……じゃあこのゲームを反映した異世界で、しばらくのんびり遊ぶのもいいかもねなんて話をしたわ。趣味で二次創作の小説サイトを作ってるって言ってたかなあ……ちょっと変わった子なのよ。小説よりゲームで説明されていない大量の『設定』を作り込むのがめちゃくちゃ好きで、バックアップも買いたてのスマホにとっていたから、それを見せてもらったり……って……」
言いながら、私は思わず目を見開いた。
……大量の『設定』?
あの異世界を作るのに必要なのは『代償』と、それからなんだった?
「……朝倉、その子が作っていたサイトの名前、覚えているか?」
蒔田も気がついたのだろう、緊張した様子で自分のスマホを開き、私に尋ねる。
「……忘れるわけがないわ。親友が何よりも大事にしていた場所だもの。サーバーがまだ生きてるから、今でもたまに行っていて……」
私は震える唇で、親友が運営していたサイトの名前を口にした。蒔田は素早くサイト名を入力して、取り扱っているゲーム名は、相互リンクだったやつは覚えているか、と立て続けに私に聞いてくる。
私はその質問に答えながらも、ぼんやりと核だった彼女の運営していたサイトの内容を思い出していた。
――正直言って、どこにでもあるサイトだったと思う。大手とはいえない
だけど、彼女のサイトの情報の
「これは……すさまじいな。ゲームの登場人物だけでなく、文化や地形まで作り込んでいたのか……」
スマホに映る文字の
「こんな大量のデータのバックアップをスマホにも保存していたのか。これならあるいは、管理者の望む『設計図』にもなりうるのかもしれない……」
「で、でも、セラはそんな話してなかったわよ? あの子は創作なんかする子じゃないでしょ?」
と、私は言い募る。
あの子はただのゲーム好きで、何かを書いたり発表したりする趣味があるようには見えなかったからだ。
だが、私の言葉に蒔田は静かに首を振り、ポケットからスマホを……セラのスマホを取り出し、私に画面を見せてきた。
「なにこれ……攻略サイト?」
「……デドコン3の攻略ブログだ。それだけではなく、バグの仕様、事前にリリースされた情報と完パケ品の違いまで徹底的に調べ上げられている。正直一人で作ることが出来るような分量じゃないが、文体にブレがないところをみると、たった一人で運営されているらしい」
「なるほど? ……えっと、それで……コレが何?」
話の流れが見えなくて、私は困惑ぎみに目を瞬く。
「セラはネットリテラシー皆無のセキュリティガバ太郎でな……スマホを軽く調べてみたら、メモ帳に
「……。……それで?」
「このデドコン3の攻略ブログは、ブログサービスを使っているから管理ページへのログインも簡単なんだ。ここをタップして……メモ帳にあったパスワードとユーザー名を入れてみたら、ほら」
「え、嘘、ログインできた!?」
「そういうことだ。つまりこれは、セラが作った攻略ブログなんだ」
「え……えっ!? 作ったって、これを!? こんな気持ち悪い文章量を!?」
「そうだ。何年前かは知らないが、彼女は異様な執念をかけて、大好きなゾンビゲーの攻略情報サイトを作っていたんだ。デドコン3だけじゃないぞ……見てみろ、各作品に対して情報密度・この更新頻度だぞ? 正直人間業じゃない。そしてセラも……バックアップのテキストデータをこのアンドロイドに……というかアンドロイドに挿したSDカードに保存していた。君の『核』だった友人とほぼ同じことをしている」
「……これって、ひょっとしてこれも、異世界を作るための『設計図』になりうる……?」
私の震えを隠せない言葉に、蒔田はますます厳しい顔になった。
「……魔法とやらの仕組みは全然分からんが、おそらく……なる。と思う。
周囲を自然と前向きにさせるほどの精神的な体力の高さと、一つの世界をまるごと作り上げることが出来るほどの膨大な情報量……これらが核に必要な条件であった可能性が高いな」
「これが『設計図』……あ、でも、あのトレーラーを巨大化させる前に起こったクラッシュバグは!? あれはこのブログを元にしたというだけでは説明がつかなくない?」
私はふと脳裏をよぎった疑問を口にする。蒔田は死んだ目で首を傾げながら、
「説明がつかないのは事実だが……分からん。自然言語と魔法の力で作られた異世界の仕組みなんて、俺にも、全く、分からん」
「一体なんなのよあのイカレ異世界はーっ!!」
「管理者の家になにかヒントがあればいいんだがな……」
頭を机にガンガンとぶつける私の方を、蒔田が慰めるようにたたく。
「魔法の秘密なんてものはこの際死ぬほどどうでもいいが、セラはなんとしても取り戻す必要がある。
そのためにも『核』の帰還条件か……それがないなら『核』を権限を他に移譲するとか、そういうことが出来るヒントが管理者のサーバーにあるといいんだが……」
そう言いながら、蒔田は真剣な表情になり、机の上のスマホを固く握りしめる。セラのスマホを。彼女の名前が、灰色に表示された画面を。
「『設計図』は、おそらくスマホやノートPCのような電子端末という形でまるごと必要なんだろうな。……これもまた推測だが、こちらにスマホがあるからこそ、セラはまだ
ここまで活路が見えてきたんだ、馬鹿みたいに明るくて粘り強かったアイツと同じように、俺もまだ諦めるわけにはいかない……」
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