第14話未来の恋のための約束および壁ドン(そういう意味じゃないヤツ)
「あと三時間で時間切れか……」
と、難しい顔をして考え込んでいた桐生さんが口を開く。
「セラ、このゲームに詳しい君に聞きたいんだが、
一体どうするのが最善だと思う?
せっかくレベルを上げた地獄の軍勢や武器類を置いていくのは残念だが、俺はこのままこのゲームは見捨てて、乙女ゲーの世界とやらに避難するのもいいかとは思う」
「ううん、どうしましょう……」
そう言いながら、私は少し考え込んだ。
気持ちが落ち着いたおかげで、思考も整理できている。
「……乙女ゲーの世界に行くのは簡単です。
ただ、そうした場合『バッドエンド』を迎えたこのデドコン3の世界はゲーム終了状態に固定されてしまって、もう二度と戻ってこられなくなる可能性があります」
「それもそうね。
エンディングを迎えたことで、また最初に……ニューゲームの状態に戻る可能性もあるけれど」
「はい、もちろんその可能性もあります」
エリザベートの言葉に私は頷く。
「ただ、確実にデドコン3の世界を救えるタイミングは今しかないと思うんです。
次にこの世界に来たときには、もう気化爆弾エンドの後で二度と街は再生しなかった……ということもありえますし。
エンディングフラグを踏んでしまったプレイヤー『アナタ』も、できれば見捨てたくありませんしね」
そう言って私は桐生さんとエリザベートに強い目線を向けた。
「なので、提案させてください。私達で、エンディングを書き換えませんか?」
「書き換える?」
桐生さんが首をかしげた。私は彼に頷きながら、
「はい。
気化爆弾がコンフィシティに投下される前に、私達で『トラックエンディング』のフラグを踏むんです。
そうしたら『気化爆弾で全滅するバッドエンディング』はキャンセルされるかもしれないと思って」
「……キャンセルされなかった場合はどうするの?」
エリザベートが恐る恐ると言った様子で聞いてくる。
恐ろしい想像に身震いをしながら、私は声をしぼり出した。
「……その場合は、三時間以内に『アナタ』がいるであろう場所にたどり着けず、『アナタ』の救出を諦めざるをえないかもしれません。
トラックエンディングが始まらなかったら、すぐにどこか適当な乙女ゲーの世界に逃げましょう」
「なるほど……まあ、挑戦してみる価値はあるな」
と、桐生さんが同意した。
「救える命をわざわざ見捨てるのも目覚めが悪い。
何も禍根を残すことなく元の世界に戻りたいしな……やれるだけのことはやってみよう」
「……それもそうね。わかったわ」
そう言って、エリザベートが緊張した様子で笑う。
「確かに、助かるかもしれない人を見捨てちゃいけないのは当然のことだわ。
……前回の異世界転移では人を殺して当然みたいな顔をしている人達がたくさんいて、だから私も、死にたくなかったら他の人を見捨てるしかないって思いこんでしまっていたけれど、でも、やっぱり違うと思うわ。
……この世界で出会えたのが貴方たちで……本当に良かった」
「ガッチガチに緊張した顔でよかったなんて言われてもなあ」
彼女の緊張を解きほぐそうと、私は努めて軽口を叩いた。
「大丈夫ですよエリザベートさん。
そう難しいことをするわけじゃありません。ちょっとトラックでゾンビを踏み潰すドライブに出かけるだけですよ。
本当に駄目そうだったら……残念だけど、『アナタ』の救出を諦めるしかないのも事実ですしね。
それにしても、次に転移する乙女ゲー、どこにしましょうかねえ。
どこを選んでもきっと桐生さんクラスのイケメンが一杯いますよ、目の保養ですよー」
私がすこしおどけた口調でそう言うと、エリザベートは小さく笑って、桐生さんは苦笑気味に私の頭をごくごく軽くコンと叩いた。
☆
それから私たちは話し合い、三十分ほどかけてトラックエンディングに向けて資材と地獄の軍勢の装備を調整することになった。
エリザベートは喧嘩どころか運動そのものが苦手らしく、あまり戦力にならないのでセーフハウスでお留守番だ。
地獄の軍勢が見張っているし、少し留守にするくらいなら安全だという判断である。
そして、私と桐生さんは地獄の軍勢複数名とともに住宅街の最後のエリアに繰り出した。
中ボスである鉄砲店の店主を寄ってたかってボコボコにして隠し持っていたグレネードランチャーを奪い取り、今現在は射撃練習場で延々とランチャーを殖やす作業をしているところだった。
「あーあ、お酒が飲みたいなあ」
「さっき吐くほど飲んでいただろ」
私の言葉に桐生さんが苦笑するが、私は「あんなの飲んだうちに入りません」と首を振るしかない。
「あれ、ぜーんぜんダメでした。
風味はお酒そっくりなんだけど、全然酔っ払わなかったんです」
と、ため息をつく。
「本物のお酒が飲みたいなあ。
怖いことなんか全部忘れて、早くおうちのお布団で寝たいなー」
「……怖いのか?」
と、桐生さんが増やしたランチャーを私に渡しながら首をかしげる。
私は少しムッとしながらうなずいた。
「怖いですよ。
怖いに決まっているじゃないですか。
あと数時間で死ぬかもしれない世界で、大きな賭けにでようとしているんですよ? 本当は全部投げ出して、布団の中で丸まっていたいです。
……でも、そうはいかないから」
私はランチャーを荷台に積み上げながら、重いため息をつく。
そんな私を見て何を思ったのか、桐生さんがこう言った。
「……君は強いな」
「そんな。強くなんてないです」
私はそう言って首を振る。
「……もし私が強いように見えるなら、それはきっと桐生さんの錯覚です。
本当の私は全然強くなんかないし、自分の決断が間違っているんじゃないかって不安で不安で仕方がないし、それでも強くないなりに精いっぱい虚勢を張っているだけで」
「もし虚勢を張っているのでしかなかったのだとしても、俺はこの世界で何度も君に救われたよ」
桐生さんの言葉に私は目を見開いた。
それでも作業の手は止めない。
殖やしすぎてしまったランチャーを、シーツをロープのようにして地獄の軍勢の体に縛り付けていく。
その作業を終えた私は、桐生さんの方を見てこういった。
「……救われた、だなんて。ずいぶんと大袈裟なことを言いますね」
「君はもう忘れているのかもしれないが、俺たちは最初から今に至るまで絶望的な状況にしか身を置いていない。
それでも俺が正気を失わずに済んでいるのは、君がいてくれたからだ」
「……桐生さんは私と会わなくても正気なんか失わないで、冷静な行動がとれていたんじゃないかなって気がしますけど」
「エリザベートを尋問しようと言っていた時の俺を思い出しても、君はそう思えるのか?」
「うっ……それは……」
私は思わず目を伏せる。
──確かに、あの時の桐生さんは完全に冷静さを失っていた。
「……まあ、だから、俺が何が言いたいのかというとだな」
と、桐生さんは頭を掻きながら言う。
なんとなく恥ずかしそうというか、気まずそうな様子に見える。
「ゾンビゲー廃人である君以上に今の状況を正しく理解して判断ができる人間はいない。
だから、君が考えた結果が正しくても間違っていても、俺たちは全力で君をサポートするということだ。
こんな異常な世界にいるんだ、君が怖いと思うのは無理もないが、怖がりすぎる必要はどこにもない。
だから……大丈夫だ。やっていこう」
そういって、桐生さんは私の頭にポンと手を置いた。
決して口説こうとするような意味あいではなく、何とかして私を励まそうとしているような雰囲気が伝わってくる。
(出会った時にも思ったけど、桐生さんの手、やっぱりあったかいな……)
私は目を瞬きながら、桐生さんの掌越しの体温を感じていた。
そのあたたかさに思わず安心してしまったからだろうか、私は少し考え事をする余裕が出てきたようだった。
……桐生さんの喋り方についてだ。
技術的に不正確なことを指摘せずにはいられなくて、どことなく不器用で真面目過ぎる感じの喋り方をする人……気絶する前にも思ったことだけれども、やっぱり桐生さんとはどこかで絶対に会ったことがある。
いや、『聞いたことがある』。
そんなことをつらつら考えているうちに、私は一つの『正解』に思いが至った。
「……あの、桐生さん」
「どうした?」
「私、不意に思い出したんですけど」
「ああ」
「桐生さんって、ゲームクリエイターなんですよね? █宿で働いている」
「……その通りだ」
桐生さんが不思議そうにしながらもうなずいている。
なぜ今そんなことを聞くのだろうと思っているのだろう。私は彼の目を見ながら、
「私、桐生さんの喋り方に妙に覚えがあったんです。
ちょっと形式ばった感じが特徴的で、どこかで聞いたことがあるなーって。
それで、さっきもちょっと話しましたけど、私は友達とみんなでゲラゲラ笑いながら乙女ゲームをやるのが好きなんです」
「ああ」
「もちろん虹夢学園も」
「……」
「今、不意に思い出したことがあるんです。
私の友達、桐生総一郎の大ファンで、『桐生さんのモデルになったって噂のゲームクリエイターが出ている動画がある!』って大興奮して動画を見せてくれたことがあるんです。
桐生さん、一・二年くらい前に、乙女ゲームクリエイターが人狼をやる動画に出ていた事がありますよね?」
私の質問に桐生さんは何も言わない。
目を見開いたまま固まってしまっている。どうやら図星みたいだった。
私は桐生さんの耳元に口を寄せて、「ひょっとして、桐生さんの本当の名前って……」と、その動画に出ていたクリエイターの名前を言ってみる。
「……正解だ」
彼はつぶやいて、がっくり肩を落として動かなくなる。
……のかと思いきや、羞恥で真っ赤な顔をして壁をドンドン殴り始めた。
射撃練習場がぐらぐら揺れている。
馬鹿力で殴り続けているものだから、壊れそうな勢いだ。名前がバレたのがよほど恥ずかしかったらしい。
恥ずかしがる桐生さんを見て私まで恥ずかしくなってしまい、思わず乾いた笑い声をあげた。
「……まさかとは思ったけど、正解を言っちゃうなんて自分でも思いもしませんでした。
そうか、桐生さん、やっぱり虹夢学園を作った人だったんですね。
桐生総一郎のモデルになったって噂も本当なんですか?」
「ち、違う! 俺はあのゲームと無関係だ!! 俺が引き受けてるのはあくまでプログラミングの部分だけで、シナリオとかイラストなんかは俺は完全に無関係で、キャラクターメイキングの部分とかは専門の部署の連中が勝手にやったことで……!!」
「でも虹夢学園に関わっているんですね。
凄いです、感激しました。好きなゲームを作った人に実際に会えるなんて初めてですよ、私!」
「うっ……!!」
桐生さんは私の顔を見てひるんだ顔をした。
まさか感激されるとは思っていなかったらしい。
「……その、乙女ゲーだぞ?」
「そうですね」
「乙女ゲーを男が作ってるのって、どうなんだ?」
「カッコいいと思います!」
「カ、カッコいい……?」
桐生さんは「コイツ何を言ってるんだ」みたいな顔で私を見ている。
私は思わず首を傾げた。
「乙女ゲークリエイターも立派な仕事だと思いますけど……。
桐生さん、自分の仕事があまり好きじゃないんですか?」
「……不本意な仕事ではあるな。
ほかに働き口がないからやっているだけというか」
桐生さんはそう言いながら気まずそうに目を逸らす。私は目を瞬かせながら首を傾げた。
「不本意……あっ、もしかしてVRゲームが作りたかったんですか?
FOVとかハプティックフィードバック? とか、なんだかすごく詳しい話をしていましたよね?」
「あー……あれは興味があったから最近調べてみたことがあったってだけで、別に専門家ってわけじゃないんだ。
プライベートでデモもどきの作品を作ってはみたことはあるが、実際にゲームとしての完成品を表に出したことはない。
……自分が作ったものを、自分の力で完成させて、自分の名前で世に出すってことは……とても勇気が要るし、大変なことだからな」
「へー……でも虹夢学園を作っているんですよね。
あんなに大きくてみんなに愛されているゲームに関わっているなんて、私はやっぱり桐生さんのことすごいって思います。
……あっ、そうだ。
桐生さん。帰ったら色紙にサイン書いてくれませんか? 虹夢をやってる他の友達に自慢したいです!」
「はあああ!?」
私の言葉に、桐生さんが今度こそ「こいつ何を言っているんだ」とばかりに思い切り嫌そうな顔をして私を見た。
なので、私は慌てて自分の言葉を撤回する。
「ごめんなさい!
嫌だったらいいんです。その……無事にこの変な世界から脱出できた時の楽しみがあったら頑張れそうな気がするなーって思っただけなんです。
でも、これってよく考えたら桐生さんにとっては恥ずかしくて嫌なことでしたよね。変なお願いしちゃってごめんなさい。忘れて下さ」
「いや、書く」
「えっ?」
「……有名人でも何でもない一般人の俺のサインなんてつまらんもので君が元気になるのなら、いくらでも書いてやる。
だから、絶対に皆でここを生きて出よう。約束だぞ、セラ」
「……はいっ!!」
桐生さんの言葉に、私は思わず感極まって頷き、桐生さんに飛びついた。
桐生さんは一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに苦笑しながら私の背中をポンポンと叩く。
……周囲には馬鹿みたいに大きなランチャーをいくつも背負った地獄の軍勢たちが立ち並んでこちらを見ているが、そんなの気にしていられない。
――絶対に生きて帰るんだ。
私の中にあった身動きの取れなくなるような恐怖は、いつの間にか消えていた。
【本編を読み進めるうえで何の参考にもならない登場人物紹介】
■ 人狼ゲーム
一時期あらゆるクリエイターやゲームプレイヤーを一か所に集め、ネット上の生放送でぶっつけ本番の人狼ゲームをやらせる謎ブームがあった。桐生さんはおそらくそれに巻き込まれたものと思われる。本人としては恥ずかしすぎる思い出のため、何とかして動画を削除してもらいたいらしいが、どんな手を使っても上手くいかないらしい。
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