第13話デッドエンドへのタイムリミット

 ズン、ズン……と立て続けに不気味な音が響き、部屋全体が何度も揺れた。


「な、なに、外で何が起きているの……?」


 エリザベートが不安げに周囲を見回す。

 このセーフハウスは地下にある強固なシェルターだ。

 滅多なことでは崩落ほうらくしない。……だが、怖いものは怖いのだろう。

 一拍遅れてまた似たような音が響くと、彼女はビクリと身をすくませて自分で自分の肩を抱きかかえてしまった。

 私はそんな彼女を落ち着かせようと背中をなでつつ、周囲の音に耳を澄ませる。


 ……爆撃ばくげきだろうか?


 まるでこの街が爆撃を受けているような音と振動が、先程からたえまなく続いているように感じた。


(爆撃なんてイベント、このゲームではそう何度もなかったはず……って、まさか!!)


 不吉な連想からとある可能性に思いが至り、私は目を見開いた。


「……お、おい!? セラっ! どこに行くんだ!!」


 私は桐生さんの声に答える余裕さえもなくし、赤い扉の隣りにあるレバーにとりついて、それを思い切り引き下げた。

 ゴウン、と重い音を立ててドアが開く。

 地上へと伸びている薄暗い通路の中、私は金属製の階段をカンカンカンと勢い良く駆け上がった。

 地下から地上へと続く細長い階段には、敵の影一つ見当たらない。

 セーフハウスに入れてもらえず外で待機していた地獄の軍勢たちが、地上の入り口に集まってきていた暴化ゾンビをボコボコに倒し続けていてくれているらしかった。


 階段を駆け上りきって、地上に出る。

 外に出た次の瞬間に、私は身をすくませた。



 ――――アフターバーナー特有の轟音に圧倒されたのだ。



「……戦闘機か!」


 と、私の後を追いかけて出てきた桐生さんが叫ぶ。

 何機もの戦闘機が曇り空を切り裂いて、コンフィシティのあらゆる部分に空対地くうたいちミサイルを撃っている最中だったのだ。

 地上のほうぼうから黒煙こくえんが上がっている。


「危険すぎる、戻るぞ!!」


 桐生さんは有無を言わさず私の首根っこをひっつかんで抱き上げて、私をセーフハウスの入り口へと引き戻す。

 私が呆然としているうちに桐生さんによってレバーがゴウンと引き上げられ、

 私たちは再び密閉された安全地帯へと戻っていた。


「――……今のは何だったんだ? セラ、今何が起きているのかわかるか?」


 桐生さんはセーフハウスに戻るやいなや私を下ろし、首を傾げて私を見おろす。


「……私の想像が正しければ、考えうる限りもっとも最悪な現象が起きています」


 桐生さんをまっすぐ見上げ、私は硬い声でそういった。


「誰か……私達三人とは違う人間が、『エンディングフラグ』をんでしまったんです。

 それで、予定外のエンディングが始まってしまったんだと思います」

「エンディングフラグ……」


 桐生さんがすうっと目を細める。


「そうか、そういう可能性もあったな……完全に失念していた……」


 桐生さんが舌打ちしている後ろでは、状況の全く読めないエリザベートが「どういうこと?」と首を傾げていた。


「ええと、よくわからないのだけれど……別のプレイヤーがこのゲームを最後まで進めてくれたってこと?

 それっていいことなんじゃないかしら。『エンディング後に何が起こるか』ってことを検証する手間が省けたってことよね?」

「残念ながら問題大アリなんですよ、エリザベートさん。

 こんな風に街が攻撃されるエンディングシナリオは……一つしか思い浮かびません。

 全員が死ぬ『バッドエンド』です」

「うえっ!? そうなの!?」

「……そのバッドエンドというのはまさか、ゾンビゲーにお約束の核爆発エンディングじゃないだろうな?」


 と言って、桐生さんが嫌そうにガシガシと頭をかく。


「そのまさかですよ、桐生さん。厳密には核じゃありませんけどね……」


 私はそう答えつつも苦い顔になる。


「シナリオ通りにことが進んでいるなら、今の爆撃は政府による『滅菌めっきん作戦』の第一段階のはずです」

「滅菌って、すごいネーミングね……」

「でしょう? 

 滅菌には『高圧蒸気滅菌オートクレーブ』『火炎滅菌』『乾熱滅菌』『EOG(酸化エチレンガス)滅菌』『ガンマ線滅菌』などがあるんですけど、今回の作戦はさだめし『火炎滅菌』といったところに相当するんですかね……よくわかりませんが。


 とにかく、ゲーム通りに話が進んでいるなら、この後に何度か戦闘機による爆撃があります。

 そして最終的におよそ『三時間後』……このコンフィシティは燃料気化爆弾ねんりょうきかばくだん絨毯爆撃じゅうたんばくげきによって地図上から消え去るんです。

 これは主人公が救助の要請に失敗したエンディングなので、一人残らず、ここで死にます」

「最悪だな……」


 と、ため息をつく桐生さんの後ろでは、エリザベートが真っ白な顔になって気絶しそうになっている。

 私もできればまた気絶したい心境だ。今の状況はどう考えても危険すぎる。


「デドコンだけじゃなくて多くのホラゲーもそうなんですけど、一周目ではほぼ絶対にハッピーエンドに到達できない仕様なんですよ。

 だから、こうなってしまうことも本当は事前に予測しておくべきでした。

 できればもっと平和裏に進むエンディングフラグを踏みたかったなぁ……」

「他にはどんなエンディングがあるんだ?」


 桐生さんが首を傾げる。


「『トラックエンディング』が一番いいと思っていました。

 アウトブレイクが深刻化したコンフィシティを放置して、主人公と生存者たちが軍用の3トントラックに乗って別の街に逃げ出すエンディングもあったんですよ」

「ほう」

「事件の真相は何も明らかにならないので、ランク自体は低いんです。

 でも、そっちのほうが死者が少ない分、よりハッピーエンドに近いんですよね……少なくとも気化爆弾エンディングよりはマシだったんですけど……」


 私がそういい終わるなり、室内に重苦しい沈黙が垂れ込めた。



「……あの、一つ提案させてもらってもいい?」


 と、衝撃から立ち直ったエリザベートがおずおずと手を挙げる。


「いますぐにこのゲームから出て、別のゲームに移動するの。

 そこで体制を立て直すっていうのはどうかしら」

「そういえば、スマホでそんなことができるって話だったな。

 それもいいかもしれん」


 エリザベートの提案に桐生さんが賛意を示し、ポケットからスマホを出して私に渡してくる。

(私の服にはポケットがないので、桐生さんが持っていてくれたのだ)


「セラ。スマホの電源を入れて、アプリを開いてみて頂戴ちょうだい

「……本当に大丈夫です?

 呪いのアプリとかじゃありませんか?」

「大丈夫よ。……『前回』はノートパソコンだったけど……できることは同じはず」


 エリザベートにそう言われ、私は恐る恐るスマホの電源を入れ、無題のアプリをタップした。


「アプリを使って、滞在ゲームの変更ができるはずなの」


 エリザベートがよこから画面をのそき込み、しなやかな指で画面をなぞる。

『無題』のアプリを開くと、そこにはキャラクター名の一覧とそれぞれのキャラクターが滞在しているゲームのタイトルが表示されていた。

 桐生さんもスマホをのぞき込み、興味深そうに目を細めていた。


「……なるほど。


『セラ・ハーヴィー(核)……デッドマンズ・コンフリクト3』

『桐生総一朗……デッドマンズ・コンフリクト3』

『エリザベート・フォン・オルデンブルク……デッドマンズ・コンフリクト3』


 ……こんな風に表示されているわけか。

 で、このゲーム名をタップすると選択リストが出てきて……選択リストから他のゲーム名を選んで、一番下にある『決定』を押せば、その場所に行けるって寸法か。このアプリ、そんなにコンピュータ周りに詳しくないやつが作ったようだな。

 かなり雑なつくりになってる。


 俺たち以外にデドコン3に滞在している他のプレイヤーは……一人しかいないな。バッドエンディングフラグを踏みやがったのはコイツか」


 桐生さんがスマホを覗き込んできて、『アナタ』という名前を指差した。


「『アナタ』ってキャラクター……ちょっと誰だか分からないですね。

 ひょっとして貴方あなたって意味かなあ」

「かもしれんな。プレイヤーキャラに名前がついてないタイプのゲームのキャラクターなのかもしれん」


 他にも現実世界から巻き込まれたらしい人間たちの名前が十名ほどある。

 どれもこれも、ゲームキャラクターの名前を借りていたが。


「元の人間の名前じゃなくて、姿を借りているゲームキャラクターの名前が出てくるんだな」

「ええ。前もそんなシステムだったわ」


 エリザベートがそう答える。

 色々な話をしながらも、私はキャラクター名『アナタ』の横にある滞在ゲームをタップしてみた。

 すると、桐生さんが試したときと同様に、他ゲームのタイトル選択リストが出てくる。


「……あれ、『アナタ』の滞在ゲームは灰色になって変更できなくなってる。

 他のキャラクターはちゃんと選択リストから他のゲームが選べるのに」

「マズいな、バッドエンディングを踏んで死にかけているからか……?」


桐生さんが厳しい表情になる。

私の背中にも冷たい汗が流れた。


「ねえ桐生さん……ひょっとして、この『アナタ』は本当に死んでいる可能性もありますか?

ストーリー進行上は死んでいないはずなんですけど」

「……死んではいないはずだ、多分。

 君に会う前に俺の目の前で食われたヤツは、ここに名前さえ載っていない。

 死んだ奴は名前が出てこない仕様なんだと思う」

「そうですか……なら、助けるなら早めに助けないといけませんね……」


 と、言いながらも、嫌な予感がして仕方ない。

 本当に助けられるだろうか? イレギュラーなことばかりが起きているこの世界で?

 ……分からない。さっさと乙女ゲームの世界に逃げた方がいいのかもしれなかった。



「ちなみにセラ、これらのゲームに見覚えはあるかしら?」


 エリザベートがそう言って、スマホの画面を指差した。


「ええと、全部あります。好きなゲームばっかりですね。死ぬほどやりこんだものばっかりだ」

「やっぱりそういうものなのね。前回核だった子も同じことを言っていたわ……」


 出てきたゲーム名を見つめながら、エリザベートが一瞬悲しそうな表情になる。

 ……が、すぐに呆れた表情に変わった。


「ていうか、貴女おかしいんじゃないの? なんで死ぬほどやりこんだゲームがこんなにあるのよ」

「ゲーム廃人なんです」

「……しかもほとんどがゾンビゲーじゃない……こんなに生き残ってる人間がいるのが奇跡みたいなラインナップだわ。マトモな世界に行けそうなの、乙女ゲーぐらいしかないじゃない」

「仕方ないじゃないですか。人生の楽しみが乙女ゲーとゾンビゲーと飲酒しかなかったんですから」


 私はため息交じりに肩をすくめる。


「……しかしこの一覧の中に、桐生総一郎が出てくる虹夢学園はないみたいですね……あのスマホの乙女ゲーも死ぬほどやりこんだんだけどなあ」

「それ、いわゆるソシャゲってやつよね?

 ソシャゲの世界に入ったことは今までないわ。

 PCでもファミコンでもいいけど、とにかくコンシューマーゲームだけなのよ」

「へえええ、なんでなんですかねえ」


 私とエリザベートがそんな話をしていると、桐生さんがフンと鼻を鳴らした。


「虹夢学園のコードは大部分がサーバー側で、プレイヤーの手元クライアントサイドにはない構造になっている。

 ゲームの世界を飲み込んで再構成するようなバケモノが仮に実在するとして、そう簡単に取り込まれて再現されてたまるものか」

「……」

「……」

「なんだ?」

「いや……桐生さん、その見た目といい今の言いっぷりといい、妙に虹夢学園のことを知っているなーって思って」

「違う。関係ない。俺はあんなゲームとは無関係だ」

「……。……」

「そんな目で見るな」


 桐生さんにツッコミを入れているとキリがないので、私とエリザベートで話をすすめる。


「しかし参りましたね。

 これらのゲームタイトルの中で安全な世界というと……乙女ゲーの世界しかないのか」

「何か問題があるというの?」


 と、エリザベートが小首を傾げる。


「大アリですよ。乙女ゲーは友達とゲラゲラ笑いながらやったことしかないから、やりこみはしたし、軽くブログに書いたりもしたけれど、もうあまり詳細を覚えていないんです……一発で思った通りにクリアできるかどうか」

「え……? 何言ってんの……?」


 エリザベートが愕然とした顔になった。


「乙女ゲーを……みんなでワイワイやる……?」

「やりませんか?」

「やらないわよ。さては貴女、乙女ゲーに関しては真面目に遊ばないパリピだったのね?

 あのねセラ、大事なことを教えてあげる。乙女ゲーをやっている時はね、一人で誰にも邪魔されず自由でなければいけないのよ。静かで、満たされていて……」


 エリザベートがなんだか某漫画の孤独の美食が好きな某輸入雑貨商みたいなことを言いだしている。

 そして私はと言うと、桐生さんやエリザベートとくだらない話をしているうちに、だんだん気持ちが落ち着いてきた。


 ……大丈夫だ。まだ慌てるような時間じゃない。





【本編を読み進めるうえで何の参考にもならない登場人物紹介】


■ パリピ

 パーティーピープルを若者風に略した言葉。ここ五年くらい流行っていたが、最近は廃れて聞かなくなってしまった言葉だ。女同士でナイトプールだのハロウィンだの寒そうなサンタコスで六本木ヒルズに大集合したりだの、イン████ム映えする写真を撮ることを何よりも大事にする人々のことをパリピと呼ぶ。(男女一緒に騒ぐパリピもいるが、セラはほぼ女しかいない看護大学に在籍していたので男女合同パリピの集まりにはあまり出たことがない)

 パリピな女の子達にオタク趣味は全くないかと思いきや、授業中に漫画を教室で回し読みしたりもするし、「二次元にしかいい男がいない……」としょっちゅうため息をついたりもするし、乙女ゲームをみんなでゲラゲラ笑いながらやったりもする。ゾンビゲーはやらない。

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