セカンド
杜侍音
セカンド
「よく来た水の勇者よ……! クラスアップが望みかね?」
ここは光の教会。
首都“センタール”にあるこの施設は、才ある者を勇者だと認定し冒険へと旅立たせる場所でもあり、死んだ時に聖なる祝福を受けて復活する場所でもある。
全勇者はこの施設なしでは生きていけない。
そして、教会で出来る機能の一つであるのが“クラスアップ”
役職をより強いものに転職したり、属性を強化したり──簡単に言えば、とにかく強くなれる。
そして僕、水を操る魔法剣士──“水の勇者”は役職レベルがMAXになったので、この教会を訪れた。
もっと強い力を手に入れて、世に住まう人々のため、愛すべき故郷を守るため、魔王を倒さなければならない。
そのためにクラスアップは必須なんだ……!
「よろしくお願いします!」
「うむ。元気が良い青年だ。それでは始めよう、クラスアップ!」
聖なる力が僕の身体を包み込む。
体内に秘められた魔力が活発になっていくのが分かる。隠された力が覚醒することが感覚で分かる。
「──クラスアップ完了だ」
司祭様にそう言われて、クラスアップの儀式は終了した。
力は漲ってはいるが、特段何か変わったところはない。
「……司祭様? 僕はどんな力を手に入れたのでしょうか?」
「武器を出してみれば分かる」
水の勇者の時は、心に呼びかければ水の剣が手元に現れた。
以前と同じように、心に強く呼びかけてみる。
「出でよ……! 僕の二番目の力──セカンド!」
魔力が僕の手元に集中し始める。
光が集まり、形を成していく。
「これが、僕の新しい力……!」
現れたのは──ラバーカップだった。
「え、これが僕の新しい力……?」
「そうだ、ラバーカップだ」
「いや、これってトイレの詰まりを直すやつですよね」
「スッポンという愛称もあるな」
「いやいや……。いやいやいやいや! これどういうことですか⁉︎ 何で僕の新しい力がこれなんですか⁉︎」
どう見てもラバーカップ。どの角度から見てもラバーカップ。
何か変わった力があるとも思えないラバーカップ。ごく普通のラバーカップ。
「こ、これで魔王を倒しに行けということですか⁉︎」
「それは最新のラバーカップだ。どんな詰まりものでも流すことが出来るぞい」
「出来るぞい、じゃなくて! 僕の冒険が詰んじゃったよ⁉︎ 司祭様、僕に水の力を与えてくださった時言いましたよね⁉︎ 覚えてますか⁉︎」
「あぁ、覚えているとも。どんな脅威がその身にかかろうとも、君ならば華麗に流すことが出来ると。その通りの武器じゃないか」
「どこが⁉︎ あれ、待って……。流すってもしかしてトイレを流す方⁉︎ それで水の力だったのですか⁉︎ 脅威ってトイレ詰まり⁉︎」
「水圧では限界が来たようだ。そのラバーカップで世界のトイレ詰まりを直すんだ!」
「嘘ですよね⁉︎」
「何ガタガタ言ってんのよ。私が次に控えているんだから退きなさいよ」
僕の背後からそのような文句が飛んで来た。
声に振り向くと、そこにいたのは、赤髪の女の子。
灼熱の炎を操る魔法使いだ。
強大な火力で敵を焼き払うことが出来る彼女は、この世界で一二を争うほど有名な魔法使い。
弱冠17歳で、魔王の幹部を一人仕留めたという実力の持ち主。
しかし、幹部を仕留めるくらいの魔法を使う彼女だが、派手に使うものだから、よく魔力切れになることが多い。
何度か共同でクエストをこなしていた時にそのことを知った。
彼女もきっと魔法使いの役職レベルをMAXにして、この光の教会を訪れたのだろう。
「さぁ司祭様! 私をクラスアップしなさい! そして私は無尽蔵の魔力を手に入れて、魔王を倒してみせる!」
「それではクラスアップ!」
炎の魔法使いもまた、光に包まれる。
「何だろ……嫌な予感しかしない……」
「ほい、クラスアップ完了じゃ」
「ふっふっふっ、これで私は賢者へとクラスアップしたのね! さぁ、私の秘められた二番目の力──セカンドを解き放ってみせるわ!」
と、彼女は力を解き放つ!
現れたのは圧倒的な魔力が溢れる炎──ではなく、着火ライターだった。
「え、何よこれ」
「着火ライターじゃ」
「着火ライターですね……」
しばし沈黙。
「はぁぁあ⁉︎ 私の火の魔法は⁉︎ どんなに力込めても、着火ライター出てくるだけなんですけどぉ⁉︎」
「良かったじゃないか。噂で聞いていたよ。派手に魔力を使う小娘がいると。これで無駄なく効率的に火が出せるじゃろ」
「こんな小さい火だけどね⁉︎ それに燃料尽きたら終わりだし!」
「それは買い替えなさい」
「お金取るの⁉︎」
「ま、まぁまぁ落ち着いてください!」
荒ぶる彼女をとりあえず僕が宥める。
頭から火が出せそうなくらい、顔を真っ赤にして怒り狂う。
「これからの役職名はチャッカウーマンと名乗りなさい」
「それ上手いこと言えたと思ってんの⁉︎」
「お、落ち着いてぇ!」
「そんなに感情剥き出しじゃ、せっかくの可愛い顔が台無しだよベイベー」
「はぁ⁉︎ 誰よ⁉︎」
次に現れたのは金髪の男性。高貴な鎧を身に付けている。お値段が高そうだ。
彼は風使いのランサー。
まぁ、説明するほどでもないが、風と槍を操る。
彼は世界で一二を争うほど有名な貴族の一人息子である。
言葉に軽い印象を受けるだろうが、実力は確か。
一万を超える魔物の軍勢を一人で殲滅した経歴がある。眉唾物ではない、僕がこの目で見た事実だ。
「二人はどうやら二番目の力──セカンドに恵まれなかったようだねぇ。さ、司祭様。僕をクラスアップしてください」
「うむ、クラスアップ!」
ランサーの彼も光に包まれる。
「……もう展開が読めるんですけど」
「僕もまぁ、そうだろうなと思います」
むしろ僕たちは彼がクラスアップするのを止めてあげればよかった。
「ほい、クラスアップ完了」
三回目になると、あっさりと完了する。
「出でよ! セカンド!」
出てきたのは、槍でもなく風の魔法でもない。
扇風機だった。
「「やっぱり……!」」
「ほい、これがお前の新たな力じゃ」
「せ、扇風機を生み出すことが僕のセカンドだと⁉︎ これでどうやって戦えと⁉︎」
ガックリとうなだれる貴族の息子。
「あれ……でも見て⁉︎ あの扇風機、普通じゃないわ⁉︎」
チャッカウーマンが何かに気付き、現れた扇風機を指差し、注目を集める。
「あー! あ、あれは羽なし扇風機だ⁉︎ 真ん中に穴が開いてる扇風機だー⁉︎」
「し、しかもあれ、冷風だけじゃない! 温風も出る扇風機よ! 年中使えるわよ!」
僕とチャッカウーマンが貴族の息子を何とか励まそうとする。
「でも、コンセントに繋がないと意味がないじゃないか!」
「「あ……」」
無意味に終わった。
「司祭様! 元の力に戻してくださいませんか⁉︎」
「そうよ! このままじゃ私たち戦えないわ!」
「僕たちは魔王を倒さないといけないんです! 魔法が使えないんじゃ、意味がない!」
「阿呆かガキ共‼︎」
突如、司祭様が大声を出すので、僕たちは怯んで喋るのを止めた。
「これらは全て人類が積み上げてきた技術と科学の結晶だ。それを、やれ戦えないだの、やれ無意味だのと、愚かなことを言いよって……。嘆かわしい。よいか、技術と科学は人類が生み出した、いわば立派な魔法なのだ。どう戦うかは、魔力に頼りきったお前らのその小さな脳みそで考えぃ。以上解散!」
司祭様は教会の奥へと帰っていった。
取り残された僕ら三人はただその場で立ち尽くすしかなかった。
◇ ◇ ◇
二年後──
闇に覆われた大地の中央に立つ魔王城。
その最深部、魔王と三人の勇者による人類の未来を決める戦いが繰り広げられていた。
「〈
貴族の息子は羽なし扇風機で上から殴りかかる。ダメージを与え、追加効果で魔王の首を拘束する。
『グワァァ! はなせぇい!』
「捕まえたよ! 後はよろしく!」
「分かってるわよ! さぁ、私の力をとくと見なさい! 〈根性焼きツイン〉‼︎」
チャッカウーマンは二本の着火ライターで、魔王の目を焼き潰す。
「トドメを刺しなさい!」
「みんなありがとう! 世界を回り身に付けた力で魔王を倒す! 〈ヘドロスタンプ〉‼︎」
僕は世界各地の詰まりもので汚れたラバーカップで、魔王の鼻を攻撃した。
『グワァァァァァアア‼︎ クサイィ、キタナイィィ‼︎』
そして、魔王は悶え、倒れた。
──こうして世界に平和が訪れた。
人類を救った彼等の名は、英雄として永遠に歴史に刻まれることだろう。
「って、こんな戦いで名前載るなんて嫌ぁぁ‼︎」
チャッカウーマンの叫びは大陸中に響き渡ったのだった。
セカンド 杜侍音 @nekousagi
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