『2番目』の母馬の仔が見た風船

アほリ

『2番目』の母馬の仔が見た風船

 ひひーーーん。


 ひひーーーん。




 ここは、とある競走馬育成牧場。


 この牧場から、競馬で数々の連戦練磨の名馬が産まれ育ってきた。


 母馬の『ジュジュ』は、産まれてきた子馬と空を見上げていた。


 「なあに、あの空に飛んでいる赤い丸い鳥さんは?」


 「あれはねえ、鳥さんじゃないの。あれはねえ、『風船』というのよ。」


 「『ふうせん』?」


 「そうよ、風船。人間がねぇ、小さいゴムの袋に軽い空気を入れて膨らませて飛ばすの。

 そりゃぁ、まるで大きなタンポポの綿毛みたいにね。」


 「ふーん。」


 子馬は、鼻をヒクヒクさせて向こうの山脈の峰々へフワフワと飛んでいく赤い風船を視界から見えなくなるまで見上げていた。


 「私ね、まだ競走馬で現役でね、競馬場で走っていた頃にね・・・でっかいレースでね、何度も見たわ。風船のいっぱいの束を。」


 母馬のジュジュは、目をキラキラと輝かせて子馬に言った。


 「風船いっぱいの束?」


 「そうよ。それは、まるで大きなカラフルに咲き誇る見事な花みたいでねぇ・・・

 風に揺れると、お互いが触れて「ぽーーん、ぽーーん」って音がするの。」


 「ぽーん。ぽーん。何だか不思議だねぇ・・・それで?それで!?」


 子馬は母馬のジュジュに顔を近づけて、興味気味に母馬に身を乗り出した。


 「でもねぇ。風船ってねぇ、蹄で踏むと怒ってそりゃ、天と地がひっくり返る位に物凄くドデカイ音をたてて大爆発するからね!!」


 「ひひーーーん!!」


 子馬は、母馬のジュジュ大袈裟な身振りで言い聞かせるものだから、ビックリして跳ね回った。


 「ごめんごめん坊や。でも本当に風船にチョッカイすると怒って大爆発するのは本当よ。

 風船って、意識を持ってる大きな花だわ・・・」


 母馬は、そこまで言うと目を細めた。


 ・・・母ちゃんの言ってる『風船』って、どんなもんだろ・・・?!


 ・・・食べたらどんな味をするんかなあ・・・?!


 ・・・風船・・・


 ・・・風船・・・


 子馬は、雲ひとつない青空を見上げて、母馬の言っている『風船』というものに思いを馳せていた。


 「ねえ坊や、私わね。現役の競走馬時代に、何度も大レースに出走したけど・・・何時も『2着』だったの。

 何時私に先着してるのが、あんたのパパよ。

 そうよ。今は私と同じ引退して、父種牡馬になってるわよ。パパはねぇ。

 そのパパはねぇ、レースに勝っては騎乗していた騎手と調教した厩務員と馬主と一緒に『口取り』というセレモニーをされてね。

 そのバックで、そりゃいっぱいのカラフルな風船を飛ばされたもんだよ。

 あの風船は、勝ったパパを祝福する為に飛ばされた風船なの。

 私はそのパパ体験が羨ましくてね、何時かは私も大レースに勝って私の為に、風船を飛ばして貰いたいから・・・でもどうしても、パパが立ち塞がって・・・

 どうしても、私は風船に戯れたかったの。

 どうしても、風船の花の様なゴムの匂いを嗅ぎたかったの。

 だからパパと私との因縁を・・・私がたどり着けなかった『風船』への道へ・・・あんたに捧げるわ。

 いい?大きくなって競走馬になったら、私の代わりに大レースに勝って、『風船』の洗礼を受けなさいよ・・・」


 子馬は見た。


 その時、母馬の目から一筋の涙が溢れていたことを・・・


 ・・・母ちゃん・・・



 やがて、時は流れた。



 「ひひーーーーーーん!!ひひーーーーーーん!!ママぁーーー!!ママぁーーー!!」


 「坊やぁーーーー!!私から遠く離れてもめげないでぇーーーー!!立派な競走馬になって、『風船』にたどり着くのよーーー!!」


 子馬は、牧場の厩務員に母馬と離されてる事になった。


 子馬が競走馬になる試練が始まったのだ。


 一緒に放牧されている、他のライバルの子馬からのいじめも、


 蹄鉄や鞍等の馬装を装着される事の、違和感も、


 実際に騎手が跨がられる訓練の重みも、


 そして騎手が乗せられて走らされたり、鞭を入れられる恐怖感も、


 ゲートに入ってそこから走る事の閉塞感も・・・


 これは母馬に聞かされた、『風船』にたどり着く為だと、歯を食い縛って耐え抜いた。


 ・・・ママもパパも、この試練を通り抜けてきたんだ・・・


 ・・・見たい・・・逢いたい・・・


 ・・・パパが見た『風船』に・・・


 ・・・ママの代わりに見る『風船』に・・・


 やがて子馬は、セリにかけられて落札した馬主に『サンシロー』という馬名が付けられ、今後の競走馬として暮らす為の新たな『家』となる厩舎に入れられた。


 「は・・・始めまして・・・ぼ、僕は頑張って勝ちまくって、大レースに勝って『風船』を見るのが目標に頑張ります!!」


 「ひひーーーーーーん!!何だよ『風船』を見るって!!」


 「ひひーーーーーーん!!マジウケルー!!」


 案の定、厩舎の他の馬達に嘲笑われ一瞬で孤立した。


 ・・・なんだいなんだい・・・!!


 ・・・『風船』が目標で何が悪いんだ・・・!!


 ・・・なにくそ・・・!!



 しかし、現実はそんなに甘くは無かった・・・


 「勝てない・・・」


 「また勝てなかった・・・」


 「また負けた・・・」


 「もう!!何で僕は勝てないんだぁーーーー!!」


 サンシローは新馬から負け続き、未勝利のレースが幾度も続いた。


 サンシローは『良血』で評価させたオッズ人気も、負け続けるとあれよあれよの下がり、6戦も出走すると最低人気扱いとなっしまっていた。


 「勝てない・・・」


 「また勝てない!!」


 「今度はシンガリ惨敗だ!!もうやだ!!」


 スランプに陥ったサンシローは、段々競馬の意欲が削がれていったある日。


 サンシローは、10戦目にして遂に勝った。


 無論、馬券は高配当になった。


 「母ちゃん、勝ったよ!!

 『風船』!!『風船』だ!!」


 満面の笑みを浮かべ、期待に胸を膨らませてターフから口取りのウイニングサークルへ行ったサンシローに、疑問が起きた。


 「あれ?僕、勝ったのに・・・『風船』は?」


 サンシローが、辺りをキョロキョロと見渡しても、祝いの風船を飛ばす気配が無く困惑したサンシローの鼻面を厩務員が撫でながら、こう呟いた。


 「サンシロー・・・よく頑張った。死んだ母馬へ捧げる勝利だよ。」


 ・・・!!


 サンシローは絶句した。


 ・・・死んだ・・・!!


 ・・・母ちゃんが死んだ・・・!!


 ・・・僕に『風船』の素晴しさを教えてくれた、愛する母ちゃんが死んだ・・・!!



 「ひひーーーーーーん!!ひひーーーーーーん!!」


 「どうしたんだ?!サンシロー!!」


 サンシローは嘆きの余り、口取りの場で取り乱して嘶き暴れた。


 「ひひーーーーーーん!!ひひーーーーーーん!!」


 「どう!どう!どう!どう!どう!落ち着け!落ち着け!サンシロー!」



 最愛の母馬を失ったサンシローに、更に追い打ちをかけるように不幸が訪れた。


 「痛い・・・脚が・・・!!」

 

 サンシローは、調教中の追い切り途中でバランスを崩した。


 「サンシロー・・・骨折だな。」


  ・・・えっ・・・!?


 サンシローの頭はまっ白になった。


 ・・・『風船』へ夢が・・・遠退いていく・・・


 傷心のままサンシローは片脚の治療に勤しみ、1年が過ぎた。


「ママ・・・僕は何とかしてでも・・・」


 サンシローの執念が実って競馬に戻った。


 しかし全く勝てず、激しいスランプに陥ったサンシローに、厩舎と馬主から冷たい宣告を受けた。



 競走馬引退。



 「ひひん!!やっと『風船』野郎が去った!!」


 「ひひひーん!!さっさと馬刺しになっちまえ!!」


 厩舎の他のライバル達の嘲笑う声が、絶望の淵のサンシローの心に突き刺さった。



 幸いにもサンシローは、乗馬クラブに買われた。


 良血だった事が救いだったのだ。


 ・・・益々『風船』に遠退いていく・・・


 ・・・天国のママ・・・ごめんね・・・


 ・・・僕がこんなに駄目な馬で・・・



 「サンシロー、君!パレードに参加するんだってね!!良かったね!!」


 ある日の事、サンシローの世話をしている乗馬クラブのスタッフに、蹄鉄を変えて貰ってる時に声をかけられた。


 ・・・パレード・・・って何・・・?



 どーーーーーん!!


 どーーーーーん!!



 サンシローは、乗馬クラブの他の馬達と共に街のお祭りに来ていた。


 「サンシロー!!パレードの時に、これ・・・付ける事になったから。フワフワ動くけど驚かないでね。」


 乗馬スタッフは、カラフルな風船の束をサンシローの馬装にいっぱい結んだ。


 ・・・風船・・・


 ・・・これが『風船』・・・!!


 目の前に、悲願だった、1度お目にかかっりたかった『風船』が揺れているのを見て、目から大粒の涙が溢れた。


 ・・・ママ・・・これが『風船』なんだね・・・!!


 


 ♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪



 軽快なマーチを先頭の鼓笛隊が演奏しながらねり歩き、華やかにパレードが始まった。


 乗馬スタッフを背に、身体中の馬装に紐で結ばれたいっぱいの風船の束をフワフワと揺らしてサンシローは満面の笑みを浮かべてパレードの列を歩いた。



 ぽーん、ぽーん、ぽーん、ぽーん、ぽーん、ぽーん。



 サンシローが歩く度に、太陽の光にキラキラと輝く風船と風船が触れて軽やかなダンスを踊っていた。


 サンシローの鼻に、花の様な風船のゴムの匂いが漂ってきた。


 ・・・ママ・・・!!


 ・・・これが『風船』なんだね・・・!!


 ・・・競走馬としてパパやママを越えられなかったけど、僕・・・とっても今幸せなんだ・・・!!


 ・・・僕、まるで『風船』になったみたいだよ・・・!!



 ・・・僕は、ママの『優しさ』で膨らまして貰った『風船』なんだ・・・





 ~『2番目』の母馬の仔が見た風船~


 ~fin~


 



  







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