第4話
「ようこそいらっしゃいませ。博士はまだ仕事中なので、よければ、そちらの休憩室で少しお待ちくださいませんか」
金髪青眼の秘書さんらしい人物は頷く。
唇は微動もしなかった。まるでテレビよく出る宇宙人のように。
まあ音声は彼女から発したわけではないから。
「勝手に生身の人間の吹き替えをするな。読唇術なんかともかくとして、カオスくん、お前、読心術まで身につけたわけ?だとしたら色々面倒なことになるなあ。お前が色々知りすぎたから」
「そんなに真剣な顔しなくとも。君が俺に知らせたくないことがあるくらいは読心術を使うまでもなく、ちゃんと顔に書いてるぞ、江口。俺はそれを知ろうともしない所以は、君には君の理由でそう判断していただろうと推測したからさ。推測ーーこれこそが読心術の正体、と俺はそう捉えている。推測である限りそれは全てを把握するわけではない。本物の読心術があたら、多分それは別世界、あるいは別次元の住民だちができることだろうーー映画や漫画、あと小説みてえな媒体を介して。よくあるだろう、一人称の物語。そういうのを読むとき一層真実味が帯びるだろう。感情移入って奴かな。まあ心の思うことが覗きられるのは気持ちの良いこととは言えんが、どうだろう、別に彼らはただただ覗くだけ、何もしない。言い換えれば、何をどうもできない。彼らは俺たちの世界に干渉できないと同じように、きっと俺たちも彼らの世界を何らかの形で観賞していて、あるいは鑑賞していて、そして何の直接的な影響もできないだろう。感傷的な話になるけど」
深淵を覗くとき、深淵もまたこちらを覗いている、みたいな物言いね。
それは果たして感傷的な話と言えるだろうか。干渉できないと言うものの、心の中が覗きられるだけならまだしも、いざそれを知ることになると、さすがに良い気分ではいられないと思う。感傷どころか感衝さえになる。
二度と歓笑できないくらい。
というわけで。
「巫山戯たつもりて話題を振ったがいきなり真面目過ぎてどう反応すべきなのかよくわからなくなった。悪かった、カオス、お前の十八番の独身術の話をしよう」
「それもそれで感傷的な話になるだね。それに、今は独身ではないから、数少ない得意なこと一つが無くなるなんて、尚更悲しいけど」
「やっぱ読心術の話に戻ろう。さっきのあれは推測と言うのならいくら何でも具体的過ぎない?」
「その程度のこと君だって簡単にできるだろう。違う、ほら、よく見てみ、全部顔に書いてるぞ。顔色を伺うことは社会人としての常識だろう」
『巫山戯るな、そんなわけあるか』と言い返したいところ、秘書さんの顔を目の当たりにする。僕は普段、相手が美人であるほど視線を顔に向けない節があるから。
ああ、なるほど。『顔に書いてる』の意味をようやくわかる。
正確な言い方をすると、『目に書いてる』、もとい『目の前にある空間に書いてる』ということである。
ちなみに今絵文字の笑顔を表示している。本人が真顔で。しかもかなり解像度の高い奴。
ギャル文字も上達しそう、この人。
「これも弐口博士の研究成果の一つかね。言いたいことを文字に変換して、それからメガネみたいな装置を使って空間に投影するーー視覚情報へと変換したから、交換も処理もほぼ一瞬で終わる。喋ると聞く時間が省略されて、本当に効率の良いものだ。ビルをツインタワーに偽装するときもこれと同じような技術を利用したわけね」と、思わず感心した。
普及したら楽しそう、日常生活皆コメ付きしまくるだ。
それもそれで揉め事が増やしそうな気もするが。
「ツインタワーの件は本当に一本取られたね。なにせ下見したときただ遠くに見ただけで、実際に近寄らなかったから。まるで蜃気楼みてえなもんだね。まあ、こちらのお嬢さんが使ってる装置の場合だが、別に瞬時転換云々する必要なく、普段よく使う言葉や言い回しなど事前に入力すれば良い。あとは視線の動きで選択するだけのことだーーゲームで技を使うみたいに。昔あの物理学者が使用した意思伝達装置とは類似する仕組みだね。スティーブン・キングでしだっけ?」
「確かにそちらも文字で意思伝達するけど、違う。そっちはホラー小説家だ。物理学者の方はスティーブン・ホーキングだ」
「あれっ?そっちはiPhoneを開発したスティーブンじゃなかったっけ?」
「それはスティーブだ。ったく、ほんっとうお前の中ではカオスだだけだな。特に名前に関して、僕よりもいい加減なものだ」
「なんなら君は有序と改名してもいいぞ。江口有序、なんか微妙なニュアンスがするね、色々と」
「僕の名前を変更するな。そして勝手に変な意味をつけるな」
「今までのエロ東で良いというわけか。わかった」
「今までのエロ東で良いわけあるか。人の名字を水に流すな。というか、流す水さえ残ってねえじゃん」
「我田引水もいいどころだね、君は」
「やかましいわ」
隣に立っっている秘書さんの顔の前に微笑むような絵文字が表示されている。
微笑ましいことした覚えは全然ないが。
そしてなぜか今回限って一番シンプルな『:)』である。
ちなみにさっきのやりとり最中、派手のは結構出たのである。暗々裏にコメ職人さんでもやっているかと疑えるくらい。
『では、失礼します。お二人ともこれからごゆっくりしてください☆』と、秘書さんが表情変わらず(絵文字の方が豊かすぎたせいかもしれない)ここを後にした。
さそく休憩室へ足を運ぶ。
細長い廊下をくぐる。
途中でガラスを通して外の風景を眺める。感想は『高いなあ』しかなかった。
自動扉は人の体の輪郭に合わせるように開き。
それから、
「これはこれは。一番会いたかった人に会えるとは。やはり来る甲斐があったというわけですね。もう今日で天国に行っても良いくらいな気分ですわ。極楽極楽」
と、一番聞きたくなかった声を聞かされた。
まさに聞いても見ても地獄。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます