次女
戸松秋茄子
本編
姉とは瓜二つの姉妹だった。少し癖のある髪。口元から覗く八重歯。くりっとした大きな目。年子なので背格好も似ており、親戚にも見分けがつかないくらいだった。
それでも、朝陽はことあるごとに自分が二番目であることを思い知らされてきた。たとえば、姉だけが先に小学校に入学したとき、姉との背比べやかけっこで負けたとき、姉だけが「お姉ちゃん」と呼ばれるとき。そんなとき、たった一歳の違いが、決定的な壁のように思えてくる。自分は一生、姉の後ろを歩いていくしかないのかもしれない。そんなことをよく思った。
「考えすぎだって」と友達は言う。でも、朝陽にはそうは思えなかった。
はじめて姉の身長を追い越したのは中学三年生のときだった。その頃にはもう、姉と間違われることはほとんどなくなっていた。髪型も仕草も口調も、姉とはまるで違っていた。朝陽は朝陽としての道を歩きはじめた。そのはずなのに、なぜだろう。そのことにどこか釈然としない自分がいる。
「兄弟ってそういうものなんじゃない」
そう言ったのは、恋人の智也だ。姉妹の幼馴染で、すぐ近所に住んでいた。
「一緒にされるとうっとうしいけど、離れ離れになると少し寂しい」
智也は知った風に言う。兄弟なんていないくせに。
「寂しい?」
「そ。だから、朝陽も小夢ちゃんと同じ高校目指してるんだろ」
「そんなんじゃないよ」
「じゃあ、どういうんだよ」
「知らない」
朝陽は姉と同じ高校に進学した。智也とは別々の高校になった。それからしばらくして、智也の浮気が発覚した。相手は姉だった。どっちが二番だったのかはわからない。ろくに話も聞かないまま別れた。それからしばらく姉とは口を利かなかった。
やがて、姉は東京の大学に進学した。その後を追うようにして、朝陽も一年後に上京した。大学は別々だが、部屋は一緒だった。姉と仲直りしたのはその頃のことだった。相変わらず、背格好が似ていたのでよく服の貸し借りをした。それで、たまに姉と間違われることがあった。
「君が一番だから」
ある日、部屋に乗り込んで来た姉の恋人にそう言われた。姉と間違われているらしい。しかし、言いあぐねているうちに、姉の恋人はどんどんヒートアップしていった。
「本当さ。もう一人とはすぐ別れる。だから……」姉の恋人は言った。「結婚しよう」
その後、朝陽はなんとか事情を説明して、追い返した。
「お姉ちゃん、あの人とまだ付き合ってるの」
帰って来た姉に尋ねてみた。
「別れたけど」
「どうして」
「二股よ、二股」姉は言った。「舐められたもんよね」
「へえ、それって、お姉ちゃんが一番目だったの? それとも二番目?」
「何それ」
「なんでもない」
それから、姉とは朝陽が就職するまで一緒に暮らした。生活が別々になると、どちらが一番とか二番とかは過去の話になった。いまはもう顔を合せても互いを比較することはない。姉には姉の、朝陽には朝陽の人生があった。ときおり、そのことがどこか寂しく思えてくる。
「ほらな。俺の言った通り」
再会した智也にそんなことを言われた。そうなのかもしれない。だから、朝陽は姉に電話をかける。顔を合せて食事をし、近況を報告し合う。
寂しい、なんて口が裂けても言えないけれど。
次女 戸松秋茄子 @Tomatsu_A_Tick
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