第32話  雷 (没32)

     『  雷  』             (没32)

 地震、雷、火事、親父。かつて怖いものの代名詞として名を馳せた面々だけれども、今や『狩り』の標的として恰好の対象にされる時世となったオヤジは、コギャルとの援交に現を抜かす腑抜けに成り下がって、怖いもののグループから真っ先に脱落した。

 阪神大震災の例を挙げるまでもなく、地震は何と言っても被害の規模が甚大になる点で圧倒的に怖いが、頻度を考えると少しだけ胸をなで下ろすことができる。

 恐らく世人が最も恐れるのは火事だろう。早急に気づけば被害は少なくて済むが、最悪の場合は家財の焼失だけでなく人命の損失という、正に取り返しのつかない事態になる。仮にそれが自分たちの不注意に因るものでないとしたら(現実に放火は火災原因の中でも常に上位を占める卑劣極まりない犯罪だが)、一体その憤りをどこにぶつけたらいいのか、たまたま助かった者すら自らの幸運を手放しでは喜べない。

 ところで、雷は? 幼い頃、稲妻が光ると「お臍を取られる」と言って身を低くした。当時は落雷で停電になると復旧までにかなりの時間が掛かり、暗闇をロウソクで過ごさなければならなかったが、親の不安をよそに子供心には普段と違う状況に何かワクワクするものを感じていた。そして実際に雷で被害を受けた経験がない為に、優柔不断で執念深い火炎と違って、一本気で竹を割った性格の稲光や雷鳴には、お化け屋敷のニセ幽霊のように一旦見抜いてしまえば別に怖くはない、とさほど悪い印象を持っていなかった。

 ところが二年前、わが家のすぐ近くの電柱に雷が落ちて電気製品や電話に数十万円の損害を被ってからは(雷でも保険が下りると後日知ったけど)神出鬼没の雷に神経を尖らせて雷を悪魔の手先と厭うようになった。

 そして先日の夜、妻と外で食事をしていると一天にわかにかき曇り、どしゃ降りの雨と雷が鳴りだした。私たちは「また落ちてたりして?」などと冗談を言いながらわが家に辿り着いたが、電気を点けて出たはずの部屋が暗い。夫婦の眼は、?から『!』へ・・。

 今回は二か所に落ちて、近所も軒並み停電になった。降り続く雨の中で難航する復旧作業に、果たしてどれほどの損害を被っているだろう?と想像するとますます暗鬱になり、「なぜ雷は細々と暮らしている善良な小市民をイジメルのか、一体どれだけイタブれば気が済むのか!」と、烈火のごとく激昂しても一向に明かりは灯らない。

 結局わが家の被害がダントツで、再び後始末の雑用に何日も取られた上に、今回こそは絶対に取り返してやる!と意気ごんだ損害の補填も思いのままにならないとは・・。またも予定外の大出費に再燃した私の怒りは、次に雷の野郎が近くに現れた時は必ずや『デビル・ビーム』に変身して、請求書と共に恨みの一撃を雷に見舞っている事だろう!

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