第31話 呆気ない別れ (没31)
『呆 気 な い 別 れ』 (没31)
人間であろうとペットであろうと、『死』について書くという事は過去の事実を冷静に復習しなくてはならない為、当人にとっては進んで書きたい題材ではない。しかし父の場合に心の記録として残しておかなければ、と思ったように今回もペンを取る事にした。
わが家の居候が死んだ。それも実に呆気ない別れだった。その日の昼前、いつもと違うと妻が気づいて獣医まで車を走らせた。検査の結果、肝臓の数値が異常に高いと言われたが、私ほど不摂生もしていない居候の肝臓が数時間後に死を招くほど悪いとは・・。
わが家の居候は子供が全ての管理を引き受ける、という約束の下で飼っていた為に私は極力関わらないようにしていた。それゆえ居候と私との関係もどちらかと言えばクールなもので、お互いが自分の気の向いた時に付き合う程度だった。当然何かあれば私よりも遥かに子供や妻の方になついた分、居候との別れで受けた衝撃や痛手も、彼らにとっては私以上のものだったに違いない。特に妻は子供たちが家を出て行ってからは、わが子のように溺愛していた点で所謂『ペット・ロス』に罹りはしないか・・と危惧している。
十三才と言えば人間に換算すると七十を越す年齢らしく、確かに若い頃のパワーはなくなっていたが、それでも私たちが外出先から戻った時に迎えてくれる歓声とジャンプは中々のものだった。ところが昨日まで食欲も旺盛だった居候が一向に回復する様子を見せず、遅い時間になるにつれて益々尋常でなくなる状況に、人間ならば急患を頼めるし救急車も呼べるだろうが(飼い主の心理としては人間と全く同じ心境なのだが)、動物ゆえに手の打ちようがないと思えて、とにかく明朝まで持ち堪えてくれる事を願った。
私が仕事を終えて部屋に戻り、妻が風呂から出て髪を乾かした後再び妻と交代して私が風呂に入っている間に、愛犬は妻の膝の上で死んでいった。
恐らく居候は苦しい中を妻が用事から解放されて自分のかたわらに座れる時間になるまで待っていたに相違なく、それは人の臨終と同様にペットにとっても、一番愛してくれた人の許で静かに息を引き取ることが最も幸せな最期と気づいていたのだろう。
妻は夜を徹して側にいたが、翌日、市の火葬場で焼いてもらって骨を少し家に持ち帰った後、子供たちが使っていた本棚の片隅に在りし日の写真と共に置いた。ひっそりと静まり返った部屋で、かつてのはしゃぎ回る姿やワガママぶりを思い起こして、出会いが運命ならば別れも運命か・・と悟った。
思えば、わが家の居候は家族に殆ど迷惑を掛けない最期を遂げた事で、見事に居候の名を返上して、犬の天国から突然の別離に周章する私たちを見つめている事だろう。そう、彼は決して無能な居候などではなく、『ムック』という名前を持つ忠犬だった・・・。
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