第28話 父の威信 (没28)
『 父 の 威 信 』 (没28)
以前私は、子供には「厳格な父と優しい母」が必要だ、と主張した。
私が子供の頃は、大方の父は家族を養うために仕事に出て、母は家庭を守り子供を育てるという役割分担の時代だった。家族に対して父親は口数は少ないものの、側にいると顔色を窺わなければならない煙たい存在だったけど、一家を一人で支える父は偉い!という暗黙の敬意が家庭内に満ちていた。それゆえ一家の主に転勤が決まれば残りの者は付いて行かざるを得なく、低学年と高学年で別の小学校に通った私は中学生になると一年毎に転校し、大学生の姉は何と大学までも変えるという、現在では想像もできない事態を私たちはごく当然の事と認識していた。
しかし徐々に家庭に様々な電気製品が侵入して、母が家事から解放されると母親も生活の維持や向上のために働くようになり、現代では家事と仕事の両方をこなす母親の権力が増大すると同時に父の威信はますます減少衰退して、チマタには穏やかで物分かりの良さそうな父親が溢れている。
私はかつての専制君主的で頑固一徹の父親像を礼讃しているのではない。時代がどんなに変わっても父親の本質は変わらないはずなのに、子を持つ資格もなく父としての自覚もない今の父親は、自らの怠慢で家族からの敬意と威信を放棄している。
幼い頃はさんざん子供と遊んだくせに、子供が自我を見せ始めると途端に子供の行動や考え方を「分からん」の一言で片付け、とにかく話し合えば互いの意図が分かるだけでもプラスなのに、「どうせ言っても聞かん」と決めつけて、先ず話し合う事を避ける。さらに干渉しない事が現代の風潮と勝手に解釈して、父は父の責任から逃げている。
子供は家庭のルールから社会のルールを学ぶが、それを教えるのは母以上に現実の厳しさを知っている父親の務めである。そして、父が威信を取り戻せば世の中の事件のいくつかは確実に防げると思えるけど、それは決して難しい事ではない。父が誰に公言しても恥ずかしくない人生を送り、常にモラルを重んじて正道を歩む様を見せていれば、桃李の下に蹊ができるように自ずと家族からの信頼を得て威信は回復するに違いない。
私には父と遊んだ記憶がほとんどない。お酒を飲める年頃になっても父と盃を交わして人生の何たるかを話した事はない。けれども人生の節目では必ず父の意図を理解できたし、生涯威信のあった父を敬愛している。
恐らく母と子の関係は何十年経っても変わらないはずだけど、父と息子の関係は子供が独り立ちして社会や結婚という父と同じ土俵に立った時点で変わる。久しぶりの一家団欒でオヤジの独断を昔の話と笑い飛ばして息子と酒を酌み交わせば、仮に没価値父のイシンは回復しなくとも男同士イシン伝心の一助にはなる、と私は期待しているのだが・・。
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