天然少女は付き合いたい
玄月黒金
第1話
夕方のマクド〇ルドで制服姿の女子高生二人組がだべっていた。今は七月。暑い盛りだが、店内はクーラーが効いて少し寒いくらいだ。
「ちひろ~わたし中村君にフラれちゃったよ~。彼女いるし、君はそもそもタイプじゃないって」
情けない声で幼馴染に泣きついているのは内田美由。ショートカットに眼鏡が似合う少女だ。
「確かに美由ってバ……じゃなくて筋金入りの天然だものね。ちなみに、彼女って私の事よ。二週間くらい前に隼人君から告白されたの」
「いやーそれ程でも……ってちひろが中村君の彼女⁈まーでも、相手がちひろなら納得かな。すごくお似合いのカップルじゃん。ほら、中村君はちひろの男子版みたいな感じだしさ」
嫌味を言われたのに気付かない美由だった。
「うーん、そうかな?そういえば、私今まで告白されたことはあるけど、したことはなかったな」
瀬戸ちひろは容姿端麗、成績優秀、性格よしで、三拍子見事にそろっている。まさしく引く手数多なのだ。ただし幼馴染の扱いはやや雑である。
「ちひろってさ、頼まれたら断れない質だよね。で、告られると断れずに付き合っちゃって、ものの数か月で分かれてーの繰り返しじゃん」
「せっかく勇気を出して気持ちを伝えてくれたのに断るなんて、なんだか申し訳なくて……」
人が良すぎるのも問題である。ちひろが本当に申し訳なさそうに返すものだから、逆にいたたまれなくなっている美由であった。
「でも、そういう事はもうやめようって決めたの。だから、彼には近いうちに別れを切り出そうと思って。これも美由のおかげよ」
憑き物が落ちたような清々しい笑顔を浮かべた。何年たってもこの笑顔はまぶしすぎる、と心の中で叫ぶ美由。そしてちひろの親友でよかったと改めて思うのだった。
「わたしが勧めたゲーム、気に入ってくれたんだ、うれしー」
「こんな世界があるなんて夢にも思わなかったわ!日向くんはちょーカワイイし、晶様にはホント痺れるし!煩わしい現実から離れて、無条件にキュンキュンさせてくれるのよ!」
気分が上がるのに比例して、声のボリュームも大きくなったちひろを、美由が慌てて落ち着かせる。
「ちひろ、落ち着いて、どうどう。キャラ崩れすぎだってば」
しばらく背中をさすってやると、ちひろはクールダウンした。
「もう大丈夫よ。私の事はいいとして、杉田湊くんはどうかしら」
「あのねー、相手は誰でもいいってわけじゃないんだよ」
杉田湊は中村隼人と同じ、バスケ部に所属している。エースは中村だが、彼もレギュラーメンバーである。しかもキャプテンなのだ。しかし中村が活躍しすぎて、彼はすっかり霞んでしまっている。
だが、その甘いルックスに加えて気が利く所から、かなり人気がある。校内でも中村の次にモテる。
「まあそう言わないで、昼休みに図書室に行ってみて。一番奥の、窓際の隅の席にいると思うわ。美由と杉田君は気が合うと思うの」
彼女のアドバイスはいつも的確だ。ちひろの助言を聞けば大概はうまく事が運ぶ。
「……分かった」
半信半疑で美由は頷いた。
**
次の日。四時間授業を受け、皆が待ちに待った昼休み。仲がいい者同士で集まり、にぎやかに弁当を食べ始める。その中でも一際盛り上がっている女子のグループがいた。
「昨日のあのバラエティー番組面白かったよね」
「あはは、それな。あたし爆笑してたわー。」
いささか大きすぎる笑い声は、にぎやかではなくうるさいと言われても仕方ない。しかも食べながら話すものだから周りは辟易していた。
その輪に美由が加わわるなり、彼女は爆弾を投下した。
「わたしも見てたよ。確かにあれ面白いよね。でも最近内容がマンネリ化してる気がするんだよねー。あと、昨日のはちょっと下品すぎたかなーって」
一帯の空気が凍り付く。もちろん、美由本人に悪気などない。ただ思ったことを言っただけである。
美由は何事もなかったかのように席に戻った。しかし一分後には席を立ち、教室を出ていった。先の発言に悪気はなかったものの、その後女子グループから向けられる冷たい視線にいたたまれなくなったからである。
暇つぶしにちひろのところへ行こうかと考えた美由だが、ふと昨日のやり取りを思い出した。
「図書室に行くんだった。危ない危ないすっかり忘れてたよ」
図書室に入ると、昨日の記憶を辿りつつ奥の窓際を探す。
「あ、ほんとにいた」
そこは夏日が照り付けており、周りに人影はない。そもそも、図書室に来ている人間が少なかった。
杉田湊と思しき人物は、分厚く大きい本に夢中でかじりついていた。
美由が近づいても全く気付かない。声がかけづらかったため、美由は静かに後ろに回り込み、様子を窺った。
まだ杉田は後ろから覗き込む人影に気付かず、夢中でページをめくっている。大きな本の内側に隠した漫画を。
めくった次のページは、ちょうど男同士で熱烈なキスを交わしているシーンだった。思わず、美由の口から、はーと、間抜けな声が漏れた。
杉田は反射的にびくっと肩を震わせた。そして、恐る恐る振り返る。
「意外だな~。杉田君こういうの、好きだったんですね」
彼の瞳に、真顔で立っている美由が映る。
「えー、これはそのー友達から借りて、家まで待てなかったというかー」
パニックになり、口をぱくぱくさせる杉田。美由はこの状況を面白がっていた。恐慌状態の杉田を眺めて、焦ってる顔も可愛い、などと思っている始末である。
「二年の杉田湊くんだよね」
「はい」
「バスケ部だよね」
「はい」
矢継ぎ早に質問する美由。
「男同士でじゃれあってるの見て、萌える?」
「はい」
頭が真っ白だった杉田は、見事にお粗末な誘導尋問に引っかかった。
一瞬の後に、自分が墓穴を掘ったことを理解し、みるみる彼の顔から血の気が引いていく。次に何を言われるのかと身構えた杉田だが、続く美由の言葉は意外なものだった。
「同士だ!」
「は?」
美由は手を差し出し、深く頭を下げる。
「良かったら……私と友達になってください」
天然少女は付き合いたい 玄月黒金 @hosimiyaruna
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