第21話 これは、僕の恩返しなんだ

 約束の場所では、「彼女」が待っていた。桃色のセーターを着て、その髪を三つ編みにしている女の子(根岸さん曰く、僕と同い年らしい)。


 彼女は、僕達の登場に驚いた。


「あ、あんた達は?」


 僕達は、彼女に自分の事を話した。

 彼女(名前は、「桂木桃子」と言うらしい)は、その話にほくそえんだ。


「ふーん、なるほどね。『あんた』もそうなんだ」


「う、うん。自分の好きなキャラに自我が宿って」


「『君の彼氏』は、何処にいるんだい?」


 六道君は、彼女の目を見つめた。


 彼女は、その眼差しに顔を赤らめた。


「リアルのくせにイケメンね。あたしの彼よりも格好良いんじゃないの?」


 彼女は、何やら「ぼそぼそ」と呟いた。


 六道君は、その様子を睨んだ。


「ごめん、時間が無いんだ。彼の所に早く案内してくれる?」


 桂木さんの表情が変わった(凄く怖い)。


「良いわよ。ただし、後悔しないでね」


 彼女は「ニヤリ」と笑って、彼氏の所に僕達を案内した。


「こいつが、あたしの彼氏よ」


 僕達は、彼女の指差す先に目をやった。


「この人が」


「君の彼氏?」


「でも」


 僕は、少女の彼氏に目を見開いた。その人は(年齢的には、僕と同じくらいだろう)、確かに人間だった。「スヤスヤ」と眠る顔はもちろん、その頭に生えている髪も。みんな、僕達の知る「人間の特徴」と変わりなかった。時折笑う顔も、実に人間らしい。だが……。


 僕は不安な顔で、桂木さんに視線を戻した。


「彼はどうして、病院のベッドに寝ているの?」


 彼女の目が潤んだ。


「最初はね、普通の人間だったんだよ? 元が『二次元の人』とは、思えないくらい。他の誰よりも人間らしかった」


 六道君は、彼女の横顔を睨んだ。


「その彼がどうしてこうなったの?」


 桂木さんは、その質問に苛立った。


「彼が二人目の彼氏だから、よ」


「二人の彼氏?」と、僕は呟いた。「まさか!」


「そうよ! あたしは、一人目の彼氏を見殺しにしている。もしかしたら助けられたかも知れないのに、その方法がぜんぜん分からなくて。あたしは」


「なるほど。で、辿り着いた先が『これ』か」


 桂木さんは、彼の顔を睨んだ。


「悪い?」


「いや。でも、『正しい』とは思えない。自分の彼氏がこうなっているんじゃ」


 僕は、桂木さんの顔を見つめた。


「どうやって、彼をこっちの世界に留めたの?」


 彼女の頬に涙が伝った。


「入れ物をぶっ壊したのよ」


「え?」と、僕は驚いた。「入れ物をぶっ壊した?」


「彼の自我が宿ったパソコンを、ね。机のスタンドで思い切り。まさか、こいつが出て来るなんて夢にも思わなかった」


「彼は、いつからこうなっているの?」


「四日前よ」


「四日前?」


「そう、四日前の夜に倒れた。家の奴らは、みんな驚いていたわ。『あたしの彼氏が倒れた』って。あたしは、頭の中が真っ白になった」


 僕は、ベッドの少年に視線を戻した。


「彼は、目覚めるの?」


「分からない。ここの医者は、『もう二度と目覚めないだろう』って言っていたけど。あたしは、くっ。あたしは、自分の事が悔しくなった。一人目の彼氏は助けられず、二人目も……隆二の事もこうして。だから」


「SNSに上げたんだね? 自分の気持ちを紛らわすために」


 彼女の顔が暗くなった。


「世間の奴らは、アホばっかりだからね。『そうでもしない』と悔しいでしょう。あたしだけがリア充じゃないなんて」


「リア充は、そんなに多くないよ?」


「え?」


「僕の知る限りじゃ、ね。『自分だけがリア充じゃない』って言うのは、君の単なる思い込みだよ。世間の桃色は、そんなに多くない」


 桂木さんは僕の励ましに呆れたが、やがて「プッ」と笑い出した。


「あんたって、かなり変わっているわね?」


「う、そ、そう?」


「ええ。でも」


 嫌いではない、と、彼女は笑った。


「隣のイケメンよりも面白いし。ねぇ、今度一緒にお茶しようよ? あんたの彼女も連れてさ。あんたとは、もっと話がしたいし。同じ境遇の者として」


「桂木さん……」


 僕は、誘いの返事をしばらく考えた。


「分かった。その時は必ず、僕の彼女を連れてくる」


 彼女は、僕の返事に微笑んだ。


「約束よ!」


 僕は、隣の彼に目をやった。「今日はもう、帰ろう」と言う合図だ。僕は彼の承諾にうなずくと、彼と連れ立って病室の中から出て行った。


 桂木さんは、僕の背中に叫んだ。


「片瀬!」


 僕は、彼女の声(呼び捨てには驚いたが)に振り返った。


「なに?」


「後悔の無いように」


 胸が熱くなった。


「うん!」


 僕はまた、隣の彼と連れ立って歩き出した。


 六道君は横目で、僕の顔を見た。


「あの事を言わなくて良かったの?」


「うん」が、僕の答えだった。「それを知ったらたぶん、彼女はもっと傷付いちゃうから」


「……片瀬は、やっぱり優しいね。俺なら」


 六道君は、正面の景色に向き直った。


「これからどうするの?」


 無言の返事。


「また、一から探す? それとも」


「いや」


 僕は、自分の気持ちを落ち着かせた。その答えが朧気ながら見えた心を。僕は両手の拳を握ると、真面目な顔で彼の目を見つめた。


「頼みがある」


「なんだい?」


「今夜だけで良い。理穂子さんを、みんなの事を預かって欲しいんだ」


 彼の顔が強ばった。


「『預かって欲しい』って、まさか!」


「……うん、明日の朝、僕があの三人に驚いちゃうからね。『どうして、自分の部屋に美少女がいるんだ?』と。そうなったら」


 六道君は、僕の両肩を掴んだ。


「片瀬は、それで良いの?」


「うん」


「他の方法がまだ、あるかも知れないのに?」


「うん、今の状況を考えても。ほら? 『最後の希望』もハズレだったし、これ以上……。僕は、あの三人に救われたからね。僕の荒れた心を、これは、僕の恩返しなんだ。今の自分に精一杯できる、彼女達の心を守りたかったのも」


「自分のためじゃないんだね?」


 僕は、隣の彼に謝った。


「ごめん。みんなには、あんなに手伝って貰ったのに。僕のワガママで」


 彼は、僕の謝罪に俯いた。


「片瀬」


「ん?」


「ごめん」


「どうして、謝るの?」


 彼は、その質問に答えなかった。


「片瀬」


 彼は、僕に握手を求めた。


「記憶が無くなっても、くっ。俺達は、ずっと親友だよ?」


 僕は、その握手に応えた。


「うん」


 僕達は並んで、僕の家に帰った。


 僕は、自分の部屋に行った。


 理穂子さんは、僕の帰りを喜んだ。「おかえりなさい」と。天道寺さんやこころちゃんも、僕の「ただいま」に喜んだ。


「お帰りなさい」


「おかえり、スーちゃん」


 僕は、三人の前に立った。


「帰って早々なんですが。三人に朗報です。なんと」


「なに?」


 僕は、胸の動悸を必死に抑えた。


「他の方法が見付かったんです!」


「え?」と、三つの声が重なった。「他の方法が見付かった?」


 僕は、その声にうなずいた。


「はい」


 三人の目が輝いた。「進くん!」


 理穂子さんは、僕の嘘に涙を流した。こころちゃんも、嬉しそうな顔で「これでまた、スーちゃんと一緒に遊べるね!」と喜んだ。


 天道寺さんは、その空気に混ざらなかった。


「片瀬君」


「はい?」


「その方法って、どうやるの?」


 理穂子さんも、「わたし達にも手伝える事ですか?」と訊いて来た。


 僕は、二人の質問に首を振った。


「うんう。これは、僕一人でやらないといけない」


 二人の……いや、三人の顔が固まった。「え?」


 こころちゃんは、画面の縁をバンバンと叩いた。


「どうして? なんで? スーちゃんが一人でないとできないの?」


 僕は、彼女の思いに「ごめん」と謝った。


「ありがとう、こころちゃん。でも」


 これは、僕が一人でやらないとダメなんだ。これからの僕に託すためにも。それに……。


「みんなの迷惑になっちゃうからね。それは僕としても、うん。凄く嫌なんだ。自分が一人でできる事は、自分の手で責任を取りたい」


 三人は、僕の言葉に俯いた。「そう」


 天道寺さんは、僕の目に視線を向けた。とても悲しげな顔で。彼女は……たぶん、僕の言葉から何かを察したのだろう。僕が「はい」と答えるのも聞かず、僕の目をただじっと眺め続けた。「それが『君の答え』なのね?」


「はい」


 彼女は、僕の返事にムッとした。「バカ……」


 僕は、その「バカ」を聞かなかった。


「話の方はもう、してあります。今夜は、六道君の家に泊まって下さい。理穂子さんと天道寺さんは明日、僕が迎えに行きますから」

 二人(天道寺さんは、渋々)は、僕のお願いにうなずいた。


「ええ」


「分かりました」


 僕は「彼」の待つ玄関まで、三人の事を連れて行った。


「待たせてごめんね」


「いや」


 六道君は、僕の手から荷物を受け取った。


「片瀬」


「ん?」


「みんなには、僕の方から言って置くよ」


「うん」


 僕は、彼の厚意に頭を下げた。「最後まで本当にありがとう」


 彼は、両目の涙を拭った。


「また、明日」


「うん。また、明日」


 僕は、彼の背中を見送った。


「さようなら、僕の親友」


 僕は家の中に戻って、今日の晩ご飯を食べた。


 それからの事は、あまり良く覚えてない。家の風呂から上がった所は、覚えているけど。それ以降は、ほとんど覚えていなかった。僕はベッドの中に入ると、あの時に先生から教わった事を実践して、それから夢の中にゆっくりと墜ちて行った。

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