第20話 最後の希望

 僕の求める情報は、なかなか見付からなかった。あれから一週間が経っても、くっ! 僕の友達も色んな人から情報を集めてくれているが、そのどれもが妄想や冗談ばかりで、情報らしい情報は何一つ得られていなかった。

 

 男子達は悔しげな顔で、机の上に突っ伏した。


「わるぃ、進」


「俺達、ぜんぜん役に立てなかった」


 僕は、彼らの謝罪に首を振った。


「そんな事! 僕は、みんなの事を感謝している。こんな僕の為に」


「進……」


 僕達は暗い顔で、互いの顔を見合った。


「この月も後半戦か。進、理穂子ちゃん達に何か変わった様子はある?」


「い、いや、特に。僕の事は……その、心配していたけど」


「ふーん、そうか」


「愛されているね」


「羨ましい」


「俺の所にも、そんな彼女が現れないかな? 清楚で、可憐で、大人しくて」


「おお、神よ。すべての理想は、次元の果てに」


 男子達は、自分達の冗談(たぶん、僕を元気付けるために)を笑い合った。


 僕は、彼らの事を「励まそう」と思った。「今の厚意にお返ししよう」と思って。だがそうしようとした種雲間、近くの女子達から「片瀬くん!」と話し掛けられてしまった。


 僕は冷たい目で、その女子達(井口さん、友永さん、宮本さん)に視線を移した。

「なに?」

 

 女子達は一瞬、僕の声に怯んだ。


「あ、あの、これ」


 井口さんは、僕に一冊のファイルを渡した。


「オカルト関係のサイトで見付けて。私達……その、そう言うジャンルが好きだから」


 僕は、ファイルの一ページ目を捲った。


「召喚の儀式?」


「うん。片瀬君の彼女、理穂子さんだっけ? 彼女が今、二次元の世界にいるんなら」


「『それを呼び出せば良いじゃないか?』って、こっちの世界に。そうすれば」


「片瀬君の記憶が消える事もないでしょう? たぶん」


 彼女は、僕の反応を伺った。


「どうかな?」


 僕は、彼女に微笑んだ。


「ありがとう」


「え?」


「僕の為にこんな、詳しい資料を見付けてくれて。凄く嬉しい!」


 彼女達は、僕の言葉に驚いた。


「そ、そう」


「それは」


 彼女達の顔が赤くなった。


 僕は、その表情に首を傾げた。


「どうしたの?」


「え? あ、うん、その」


「片瀬くんが笑った顔を初めて見たから。女子わたし達に」

 

 僕は、その答えにキョトンとした。


「そうだっけ?」


「そ、そうだよ! 片瀬くんは」


 いつもムッとしているし、と、井口さんは呟いた。


女子わたし達の態度にムカつくのは、分かるけど」

 

 僕は、その言葉に眉を寄せた。彼女の言わんとする事は……納得はできないけど、理解はできる。誰だって「醜い人間」よりも「美しい人間」の方が好きだ。自分の好みに合うように。だからこそ、彼らは必死で「自分の容姿」を磨こうとする。自分の立場を守る為に、そして、より良い異性を得る為に。

 毎日、血の滲むような努力をしているのだ。「これが現実だ」と言わんばかりに、自分の心を奮い立たせて。僕は、その世界に混ざれなかった。自分の容姿レベルがあまりにも低すぎて。そこに混ざろうと思っても、その先客から「お前は来るな!」と追い出されてしまうのだ。

 

 僕は、自分の容姿を恨んだ。こんな容姿で生まれてきた自分を。だが……。


「確かに、でも、もう良いんだ」


「え?」


「周りの女子から何と言われようと。僕は、僕以外の人にはなれないからね。それで気持ち悪がれたら仕方ない。素直に諦めるよ。『今までオシャレをサボっていた自分が悪いんだ』って。周りの女子は、誰も悪くない」


「片瀬くん」


 三人は、呼吸を整えた(どうして?)。


「私達は……その、ここにいる私達は、片瀬くんお事を嫌っていないよ?」


「う、うん! ただその、『変な人だな』と思っていただけで。特に気持ち悪いとは」


 僕はまた、三人の言葉にキョトンとした。


「そ、そうなの?」


「う、うん」


 僕は間抜けな顔で、右手のファイルを握った。「アハハハ」


 男子達は、その光景にニヤリとした。


「とにかく」


「仲間が増えて良かったな? 進」


「浮気するなよ?」

 

 僕は、彼らの冗談にムッとした。


「そんな事、するわけがないだろう? 僕が」


「確かに」


「進には、そんな度胸は無いからな」


 僕は彼らの煽りに苛立ったが、女子達の笑いもあって、不本意ながらもその怒りを引っ込めた。「ふんっ!」


 男子達は、僕の怒りを宥めた。


「まあまあ、そう怒るなよ?」


「せっかく『突破口?』が見付かったんだからさ。今は、そっちの方に集中しようぜ?」


 僕は、右手のファイルに視線を移した。何だかこう、上手く言いくるめられた感はあるが……仕方ない。今は彼らの言う通り、その突破口に希望を抱くしかなかった。


 僕は、資料の中身を丁寧に読んだ。


「何処か広い場所に魔方陣を描けば良いんだね? それと」


「あ! 道具の方は、揃っているから」


「私達、小学校の頃からやっているし!」


 僕は、その話に仰天した。


「小学校の頃からって」


 周りの友達も、それに「ひぇええ」と驚いた。


「プロがいる」


「こいつは、思ったよりガチだ」


 六道君は、女子達の経歴に微笑んだ。


「心強い味方だね。これは、かなり期待できそうだ」


 女子達は、彼の言葉(流石は、イケメンだ)を喜んだ。「えへへへ」


 六道君は、僕に視線を戻した。


「片瀬、君は資料それに載っている内容を一つ一つ試してくれ。ネットの方は、俺が一人で調べる。残りの人は」


「今までと同じ、『それっぽい奴』に聞きまくれば良いんだな?」


 六道君は、女子達に視線を移した。


「君には、片瀬のサポートをお願いしても良い?」


「もちろん!」


「一週間で、オカルトの世界に引っ張り込んでやるわ!」


 僕は、今の一言に苦笑した。「お、お手柔らかに」


 井口さんは、僕の苦笑に微笑んだ。


「片瀬くん?」


「なに?」


「明日の午前二時、町の中央公園に集合ね。準備の方は、私達がしておくから。君の彼女達も一緒に連れて行くように」


「う、うん、分かった。どうぞよろしくお願いします」



 僕は、女子達との約束を守った。鞄の中に理穂子さん達(こころちゃんも、六道君から一時的に返して貰った)を入れて。僕は女子達の姿を見付けると……何故か手を振られたが、不安な顔でその前に歩み寄った。


「こ、こんばんは」


 女子達は、僕の挨拶を喜んだ。


「ふふふ、オカルトの世界にようこそ。あの三人は、ちゃんと持って来た?」


「う、うん」


 僕は鞄の中からパソコンとスマホ、加えてオーディオプレーヤーを取り出した。


 女子達は、僕から「それら」を受け取った。


「ふふふ。それじゃ、みんな」


「うん! 儀式の始まりだね!」


 女子達は、魔方陣の中心に理穂子さん達を置いた。


 僕は、その光景に息を呑んだ。奇妙な呪文から始まり、「神の舞い?」で締められた儀式に。僕は不安な気持ちで、目の前の女子達に話し掛けた。


「あ、あのー?」


 女子達は、僕の声に応えなかった。


「うううっ、悔しい」


「今日の悪魔は、いつもと違う」


「神様が味方しているのかな?」


 彼女達は、僕に視線を移した。


「片瀬くん!」


「は、はい」


 井口さんは、僕に頭を下げた。


「ごめんなさい」


 残りの二人も、僕に頭を下げた。


「今回は……その、無理だった!」


「いつもなら上手く行くのに」


 二人は真剣な顔で、僕の目を見つめた。


 僕は、三人の謝罪(諸々のツッコミは、入れなかった)に首を振った。


「う、うんう。そんな事は、ないよ! 僕は」


 胸が熱くなった。


「協力して貰っただけでも嬉しい。僕は、凄く感謝しているんだ。こんな僕の、大事なワガママに付き合ってくれて」


 僕は、彼女達の顔を見渡した。


「儀式の方はまだ、有るんだよね? あの資料を読み限り」


「う、うん」


「なら、次の儀式を試そう。時間の方も迫っているし。今の僕には、そうする事しかできないから」


 僕は周りの「片瀬くん」を無視して、次の儀式を「お願いします」と頼んだ。次の儀式は、その翌日(正確には、翌日の深夜)に行われた。それから「その次の儀式」も。僕は僅かな可能性に信じて、彼女達の儀式(周りの女子達からは、『変な目?』で見られたが)に参加し続けた。だが、「くっ!」

 

 僕は、地面の上に座り込んだ。「現実」と言うモノは、やはり甘いモノではない。「それはある!」と信じ続けた僕達は、その希望を一つも叶えられずにいた。

 

 僕は、両目の涙を拭った。一方の女子達は……状況の異常性がそうさせたのか、理穂子さん達と仲良くなっていた。


「うう、何がオカルトよ」と、井口さん。他の二人も、「このままじゃ、理穂子ちゃん達が消えちゃう」と泣きじゃくった。

 

 女子達は悔しげな顔で、二次元の彼女達に謝った。


「ごめんね、みんな」


「ごめんね」


 三人は、彼女達の謝罪に首を振った。


「謝らないで下さい。わたし達は」


「ぜんぜん怒っていない。それどころか」


「みんなには、感謝しているんです。こんなわたし達の為に」


「だから、気を落とさなくても良いのよ?」


 こころちゃん(パソコンの画面と同期させている)は、周りの女子達に向かって「ニコッ」と笑った。「みんな、元気出して! ワタシは、すごく元気だから」


 井口さんは、その声に胸を痛めた(と思う)。


「こころちゃん」


 僕は、周りの全員を見渡した。


「僕は、絶対に諦めないよ。二次元の女の子に自我が宿ったんだ。僕達の常識を超えて。なら、それを助ける方法も! 僕達の常識を超えたモノに違いない。神秘の力に似た、うん! 僕は、みんなの力を信じるよ。これまで協力してくれた、凄く大切で温かな力を」

 

 女子達の目が潤んだ。


「……片瀬くん」


 僕は、その声にうなずいた。


「まだ、一週間ある。その間に」


 他の方法を必ず見付けてみせるのだ! たとえ、最悪の事になったとしても。 絶対に!僕はその思いで、他の方法を必死に探し続けた。一日、また一日と。


 その方法が見付かったのは、それから四日ほど経った時だった。

 

 僕は、根岸香菜の話に驚いた。


「地元の中学生が上げていた?」


「うん、SNSのコメント欄に。て言うか」


「うん?」


「かた、うっ。アンタは、そう言うアプリを見ないの?」


 僕は、右の頬を掻いた。


「ああうん、特に載せる理由も無いし。自分の個人情報を知られるのも」


 根岸(その取り巻きも含む)さんは、僕の答えに溜め息をついた。


「やっぱり、アンタは『アンタ』だね。中身がどんなに変わっても」


「安定の片瀬クオリティー」


 僕はその「クオリティー」に苛立ったが、隣の六道君は、真面目な顔で「とにかく」と咳払いした。「その女子生徒が言っていたんだね? 『自分の彼氏が現実世界こっちに来た』と?」

 

 女子達の顔が赤くなった(やっぱり、イケメンだ)。


「う、うん」


「凄くウザい感じの子だったけど。今回の話と妙に重なるって言うか。うん」


「とにかく合えば、『分かる』と思うよ? 色々とね」


「場所の方は、あたしらが設定しておいたからさ。それをどうするからは、アンタ次第」


「あとの事は、私らの責任じゃないね」


 僕は、自分の周りを見渡した。僕の為に協力してくれた人達の顔を。僕は「それ」にうなずいて、正面の女子達に頭を下げた。


「ありがとう」


 僕は、彼女達に微笑んだ。


 根岸さんは、その顔に驚いた。


「善い笑顔かおだね、アンタ。以前のア、うん。片瀬くんは、気持ち悪かったけど。今のアンタは、格好良い。好きな人の為に一生懸命なアンタを見ていると。だから」

 

 彼女の顔が赤くなった(どうして?)。


「諦めるな!」


「え?」


「幕内さんの事を。もし、幕内さんの事を忘れたら……あたしがアンタの事をぶん殴ってやる! 幕内さんの事を思い出すまで」

 

 僕はその言葉に驚いたが、やがて「分かった」とうなずいた。


「その時は、よろしくお願いします」


 彼女の顔がまた、赤くなった。


 男子達は、僕の横腹を突いた。


「ふふふ、モテモテですね? 進くん」


「浮気は、いけませんよぉ?」


 僕は、彼らの言葉にポカンとした。


「別に浮気なんかしないよ? 浮気する必要なんてないんだから」


 女子達は(オカルト趣味の皆さんだ)は、その言葉に赤くなった(だから、どうして?)。


「か、片瀬くんってさ」


「う、うん。儀式の時も思ったけど」


「半端なく一途だよね? 理穂子ちゃん以外の女子が見えていないって言うか」


「同じ女子としては、ちょっと羨ましいかも」


 女子達は、「アハハハ」と笑い合った。


 僕は、その声に首を傾げた。「彼女達は、どうして笑っているのだろう?」と。別に面白い事を言ったわけでもないのに。

 僕は三人の笑顔をしばらく見ていたが、隣の彼から「片瀬」と話し掛けられると、それまでの気持ちを忘れて、彼の顔に視線を移した。

 

 六道君は、俺の目を見つめた。


「俺も一緒について行く。君の相談に乗った見返りとして。それくらいの役得は、あってもいいだろう?」


 僕も、相手の目を見つめ返した。


 僕は、その願いにうなずいた。


「もちろん! 六道君には、色々とお世話になったからね。断るわけがないよ!」


 僕達は根岸さんから約束の場所を聞くと……学校が放課後になるのを待ってからだが、「最後の希望」に賭けて、約束の場所へと向かった。

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