第19話 大切な人の自我を守るために

「これで良いの?」


「ああ、それで良い」


 彼は、パソコンの彼女に話し掛けた。


「幕内さん」


「はい」と、彼女は応えた。「何ですか?」


 生徒達は、その光景に驚いた。僕が初めて「彼女達と出会った時」と同じように。彼らは間抜けな顔で、二人の顔を交互に見続けた。


「アニメのキャラが喋った? それも、六道君の声に応えて」


 彼らは互いの顔を見合ったが、例の峰岸香菜が「ふん! どうせ」と嘲笑うと、今までの空気を忘れて、パソコンの画面に視線を戻した。

 

 女子達はまた、画面の彼女を嘲笑った。


「ゲームソフトか何かでしょう? 相手の声に応える。片瀬くんって、そう言うゲームが好きだったんだ」


 教室の中に「うわぁ」の空気が広がった。


「気持ち悪い」


「最近は、『ちょっとだけマシになった』と思ったけど」


「やっぱり、片瀬君は、片瀬君だね」


 女子達は(一部の男子も含めて)、僕の趣味を罵った。


 僕はその光景に苛立ったが……どうやら、僕以上に苛立つ人がいたようだ。


 理穂子さんは周りの生徒達を見渡すと、その一人一人を睨み付けるように「うるさい」と怒鳴った。


「あなた達に何が分かるって言うんですか? 進くんの」


 女子達は、彼女の怒声に押し黙った。その雰囲気に押されて。彼女達は男子の一人に「お、おい」と話し掛けられても、その口を決して開こうとはしなかった。

 

 理穂子さんは、彼らに向かって叫んだ。


「わたしは、彼の事が好きです! 世界中の誰よりも! わたしは!」


 彼女は、「僕の美点?」を話し続けた。僕がどれだけ素晴らしい人間なのかを、聞いているこっちが恥ずかしくなるくらいに。彼女は「それ」を話し終えると、今度は切なげな顔で女子達の顔を見渡した。


「あなた達は、誰かを好きになった事はありますか? 相手の事を想って、相手の為に『何かしたい』と思った事はありますか?」


 女子達は、「それ」に応えなかった。


 理穂子さんはまた、彼女達の顔を睨んだ。


「相手に求めるだけの恋は、くっ! そんなモノは、恋じゃありません。それは、単なるワガママです。自分の理想を押し付けるだけの恋は」


 女子達は、彼女の言葉に俯いた。


 理穂子さんは、その光景に微笑んだ。


「進くんは、わたしの為に変わろうとしてくれた。自分のできる範囲で、少しずつ。わたしは、その想いが嬉しかった。こんな二次元の」


「理穂子さん」


 僕は、画面の彼女に微笑んだ。


「二次元とかは、関係ない。君には、こころがあるんだから。恋愛は、心でするモノでしょう?」

 

 彼女の目が潤んだ。「はい」

 

 僕達は、互いの目を見合った。

 

 周りの生徒達は……何だろう? その様子に何も応えない。僕の顔をじっと眺めている人はいるが、それ以外は机の上に目を落としていたり、気まずそうな顔で近くの友達に目をやったりしていた。

 

 先生は、その光景に咳払いした。


「とまあ、片瀬の本気が分かった所で。実は」


 先生は、生徒達に自分の顔を話し始めた。自分もかつて、僕と同じような境遇であった事を。そして……これは彼女達にとって酷だったが、「彼女達の自我がもうじき消えてしまう事」を。包み隠さず、すべての真実を話し続けた。


 理穂子さんは、その真実に青ざめた。その近くにいた彼女達も。三人は不安な顔で、近くの僕に話し掛けた。


「進くん」、「片瀬君」、「スーちゃん」


 僕は、それらの声に謝った。


「ごめん、その」


 天道寺さんは、僕の謝罪に首を振った。


「謝らなくて良い。君もずっと、辛かったんでしょう?」


「……はい」


 こころちゃんは、僕にそっと話し掛けた。


「ねぇ、スーちゃん」


「ん?」


「ワタシ達、何もしなかったら消えちゃうんだよね? ワタシの中にある」

 こころが、とは、彼女は言わなかった。


「嫌だよぉ。せっかくみんなと出会えたのに。お別れなんてぇ」


「こころちゃん」


 僕はスピーカーの正面に触れようとしたが、僕よりも先に「彼」が「それ」を行ってしまった。


 彼はスピーカーの正面から指を離すとすぐ、真面目な顔で教室の生徒達に視線を移した。


「そうだね。だから、みんなにも手伝って欲しい」


 生徒達は、彼の言葉に顔を上げた。


「手伝う?」


 六道君は、彼らの疑問にうなずいた。


「このまま行けば……『他の方法が見付からなかったら』だけど、片瀬はその記憶を失ってしまう。彼女達と過ごした日々を、そして、それ以前から抱いていた想いも。みんな」


 みんなの顔が暗くなった。アレだけ罵っていた女子達も、今は何故か僕の事をじっと見つめている。その視線を決して逸らさないように、無言で今の状況を哀れんでいた(と思う)。


 六道君は、両手の拳を握った。


「こんなのって辛過ぎるだろう? 自分の好きな人と死に別れるより、これは」


「おい」


 男子達(正確には、僕の友達)は、彼の前に歩み寄った。


「今までの話は、本当に嘘じゃないのか?」


「嘘じゃない」が、彼の答えだった。「今まで話した事は、全部本当だ。何の誤魔化しもなく」


「そうか」


 男子達は、僕に視線を向けた。


「進」


「な、なに?」


 彼らは「ニヤリ」と笑って、僕の首に腕を回したり、左右の足を蹴り付けたりした。


「この野郎!」


「一人だけリア充になりやがって!」


「俺らにも、『それを分けろ』って言うんだ!」


 僕は、彼らの言葉に胸を打たれた。


「みんな」


 男子達は、六道君に視線を戻した。


「で? 俺らは、何をすりゃ良いんだ?」


 六道君は、その質問に微笑んだ。


現実世界リアルでの情報収集。ネットの方は、俺と片瀬で調べるから。君達は、それらしい趣味の人に」


「なるほど! 片っ端から聞いて回れば良いんだな? 『お前の二次元おんなには、自我こころが宿っているか?』って」


「そう言う事。二次元の彼女達に自我が宿る条件は……物凄い運が必要だけど、その相手から強く想われる事だ。『現実の世界にもし、彼女達がいれば』ってね。それを満たす相手はたぶん、いや! 案外、多いかも知れない。周りの人に知られていないだけで、本当は」


 六道君は、周りの男子達を見渡した。


「まあいい。今はとにかく、問題の解決に集中しよう。みんなも良いね?」


「ああ」


「当然!」


「女の為に頑張るのは」


「男の性だよな?」


 男子達はまた、僕の背中を蹴ったり、両方の肩を殴ったりした。


 僕は、その痛みに苛立った。「う、ううっ」


 男子達は、僕の唸りを無視した。


「よし! それじゃ、早速」


「今日の昼休みから調べようぜ!」


「俺は、一組の方に行ってみる。あそこは、その手の事で有名な奴がいるからな」


「俺は、三組」


「俺は、五組」


「俺は、部活の後輩を当たってみる」


 僕は、みんなの厚意に胸を打たれた。


「みんな」


 目頭が熱くなった。声の方も何だか、出しづらくなって。僕は、男子達に頭を下げた。


「ありが、とう」


 彼らはまた、僕の背中を叩いた。


「まだ、何も始まっていないだろう?」


「そうだ! 俺らはまだ、お前の大事な人達を助けていない」


「そう言うのは、三人の事を守ってから言おうぜ?」


 僕は、彼らの言葉にうなずいた。


「うん! 僕は絶対、三人の事を守ってみせる! たとえ、自分の命が無くなっても!」


 僕達は、互いの顔を見合った。


 他の生徒達(特に女子達)は、その様子をただ眺めつづけた。


「ね、ねぇ?」


「うっ、なによ?」


「い、いや。うーん」


 女子達は複雑な顔で(僕の見る限り)、周りの女子達と何やら目配せし始めた。


 僕達は「それ」を無視して、今日の昼休みをひたすらに待ち続けた。昼休みの時間は、あっという間に過ぎた。それこそ、午後の授業をすっかり忘れてしまう程に。僕達は憂鬱な気持ちで教室に戻ると、これまた憂鬱な気持ちで午後の授業を受けはじめた。午後の授業は、それから約二時間後に終わった。

 

 僕は鞄の中に必要な道具を入れると、その鞄を背負って、六道君の席に向かった。

 

 彼は、自分の席から立ち上がった。


「さて、行こうか?」


 僕は、彼の誘いにうなずかなかった。


「部活の方は……その、『ネット』の方は僕一人でもできるから」


「うん。でも、気を遣わなくても良いよ? 俺も好きでやっている事だし」


「それでも!」


 彼は僕の声に驚いたが、やがて「分かったよ」と微笑んだ。


「俺のできる範囲で手伝う。その方が」


「うん」


 僕は、彼に頭を下げた。


「ごめん」


「謝らなくて良い。君は」


 彼は、教室の扉に向かって歩き出した。


「それじゃ」


「うん、また明日」


 僕は、彼の背中を見送った。


「僕も帰ろう」


 僕は教室の中から出て、自分の家に帰った。大事な人の自我こころを守るために。僕は部屋の中に入ると、パソコンの画面を点けて、自分の求める情報を探しはじめた。

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