第44話 JAL
3年前、最愛の母が他界した。
母は、人に迷惑をかけない人だった。
最期の時も、葬儀やお墓はいらないからと
献体登録をしていた。
母の遺体は、日本大学歯学部へと送られた。
3年経って、合同の慰霊法要が築地本願寺であるというので
アキレス腱を切って以来初めて、飛行機で上京した。
電車にすら乗っていない。
まだ、階段を降りるのが、1段ずつだし、早く歩けない。
東京は、駅でも空港でも結構歩く。
不安もあって、ステッキ(杖)を持って行くことにした。
赤い花柄のかわいいやつ。
と言っても、ダ〇ソーで買った物だ。
ステッキは150円、ストラップが100円。
安い買い物だ。
長く使うわけではないし、これくらいでいい。
今は、こんな安価な物でも色んなデザインの物があって、
十分に使える。
普通に買った折り畳みの杖も含めて、3本持っている。
折り畳みの物は、少し長くて歩きにくい。
それで、赤いのにした。
羽田に向かう便は、JALとANAがある。
ちょっとした恩があって、私は、ずっとJAL一本だ。
席は、通路側。
窓側には、若い女性のお客さん。
杖は、立てて身体の正面で持っていた。
2人のCAさんがやってきた。
「ステッキは、上の棚に入れて頂けませんか。」
「預かってもらうわけにはいきませんか。」
「お預かりは出来ませんので」
仕方なく、彼女たちに渡したが、取り出す時はどうするのだと不安だった。
私の身長だと、上の棚に普通の荷物を入れても手が届かないのだ。
杖は、もっと届かないはずだ。
到着すると、人々は、通路に立って荷物を取り出そうとする。
私も立ち上がって扉を何とか開けた。
しかし、その中には手が届かない。
隣の女性が、
「私が」
と言って手を伸ばしたが、自分の荷物さえ取れなかった。
「ごめんなさい、私のも取れない。」
申し訳なさそうに言う。
いえいえい、あなたのせいではないですから。
後方の背の高い男性が、手を伸ばして、彼女の荷物と私の杖を取ってくれた。
「ありがとうございます。」
助かった。
どう見ても私の身長では、棚から取り出せないのに
CAさんは、何の配慮もないのだと思った。
さて、帰りはどうするか。
姉二人と、立派な法要に参列し、
3姉妹でゆっくり食事しながら話をして、
私は、最終便で帰る。
最終便だからか、乗客は少なく、
私の席は3人掛けだったが、隣の2人は、他の席に移動したので1人になった。
杖を足元に倒して自分の足で踏んだ。
これでいいだろう、誰の迷惑にもならないし、転がることもない。
しかし、CAさんやってきて、
「安全のため、上の棚に収納して頂けませんか。」
と言う。
「来る時、そうしたんですけど、手が届かなくて、取り出せなかったんですよ。」
「スタッフに取るように伝えますから、安心して下さい。」
にこやかに言う。
ちょうど真ん中の席なので、目の前には、スタッフが待機するので、
まあいいかと思った。
到着時、CAさんがすぐにやってきた。
棚の扉を開けるも、杖は一番奥に転がり込んでいる。
手を伸ばすも届かない。
足をかけるバーに乗って、手を伸ばす。
届かない。
CAさんでも届かないじゃないか。
それなのに、上に入れろって、酷だよ。
と心の中で叫ぶ。
後方からやって来る乗客を気にしながら、悪戦苦闘して取り出してくれた。
飛行機に乗る度にこれでは、辛すぎる。
ケガをしている人だけでなく、足腰が弱っている高齢者など杖を使う人はいるだろう。
そういう人は、立ち上がる時に杖が必要だ。
手から放せは、そもそも無理なのだ。
後日、JALのお客様窓口にメールを送った。
柔軟な対応は出来ないのか、と。
1日おいて丁寧な返信があった。
読んで、涙が出て来た。
悔しいやら、悲しいやら。
それには、
行きの便のスタッフの対応は、間違ってはいないが、
私の不安に気づかなかったことは問題なので、
指導する
安全のため、手元には置けない
不安なことがあれば、言ってもらえれば対応する
というような内容だった。
「サービスの向上に努めたい」とあった。
サービスってなんだ?
客の立場に立って、客が何を求めているかを察知し、
押し付けでもおせっかいでもない気使いをすることではないか。
言わなくても分かれ、とは言わない。
見て分かることもあるだろう。
想像力がない。
いや、想像する気がない。
私もケガをして、初めて車椅子や杖を使う人の不自由さや不安、不便さを理解出来た。
頭でこうだろうと思っていても、当事者になったら、
そうなのかと驚くことも、分かることもある。
私は、杖がなくても歩けるようになれそうだが、
杖が必要な人はたくさんいる。
手助けして欲しいわけではない。
少しだけ配慮して欲しいそれだけなのだ。
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