少女と神様の瞬き

シノマ

第1話

 春になると毎年のように三月三日を楽しみに待っている少女がいる。この少女には、七月七日の七夕の日にしか会えない彦星と織姫みたいに、三月三日の日にしか会えない人がいる。人と表現するには、曖昧な気はするが少女は人と認識していた。


 今日十歳になった三月三日、少女はその人に会うために、朝早くに家を出てある神社に向かった。


 鳥居を通る前に一礼した後真ん中を歩かないよう気をつけながら端を歩き拝殿に辿り着く。


「かりんちゃーん、あーそーぼー」


 しかし、拝殿からは誰も出て来ない。少女が辺りを見回しても人の気配すらない。どんどん気持ちが落ち込んでいく。


「いやいや、右、左見てなんで後ろ見ないのよ!!」


「あ、かりんちゃんだ。約束通り今年もきたよー」


 後ろを振り向くと、白いワンピースを着ていて、金色の髪の毛を風になびかせている、かりんと呼ばれた女の子が立っていた。

 かりんと呼ばれるこの人物は、少女は気づいていないが、この神社に住んでいる神様なのである。


「よく来たわね。最近じゃ貴方しか参拝しに来ないから暇を持て余しちゃって」


「毎日来ている事知ってるんだね。三月三日だけじゃなくて毎日顔を見せてくれればいいのに」


「前に言わなかった? 私これでも神様だから本来、人間に姿を見せてはいけないのよ。毎日来て掃除とか参拝してくれている貴方にだけ、特別に三月三日の日だけ会っているんだから」


「かりんちゃんの言ってること難しくてわからないけど神様になりたいって事は分かったよ」


「なにもわかってなーーーい!!」


 ニコニコ笑っている少女に、かりんは呆れ、諦めたような目で見つめていた。


「いつも思っていたんだけど、来てくれるのは有難いし、私も退屈しないで済むんだけど、今日貴方誕生日でしょ? 家族で過ごさなくていいのって」


「お母さんも、お父さんも仕事で夜遅くまで帰って来ないからね、かりんちゃんに会うまではいつも一人だったんだ」


 少女は、悲しむ様子もなく、さっきまでの笑顔で喋る。そんな少女の姿を見たかりんは、いたたまれなくなり、今まで隠していた事を言葉に出す。


「そ、そうだ。今日三月三日でしょ。神様の世界にも一年に一度、祭りがあってね今日がその日だから、今から行こう」


「そうなの!! 行こう!! でも、今まで三月三日に祭りがあるなんて知らなかったよー。前に来た時に、教えてくれればよかったのに」

 

「私、祭りとか苦手なの……。そんな事より早く行くわよ」


 かりんは、少女の手を掴み拝殿の裏にある山に入っていく。木々が生い茂り、進んでいくと辺りが段々と暗くなる、そんな山道であった。何も知らない子供が迷い込んだのなら泣き崩れてしまうだろう。少女も例外ではない、かりんがいなければ、間違いなく泣いていた。かりんもそれが分かっていたのであろう、少女の手を離さないように、強く握っている。


 ある程度登っていくと、一つの大きな岩が道を塞ぐように立ちふさがっていた。


「ここが入り口な訳なんだけど、人間である貴方がこのまま入ると、他の神様たちに攫われる可能性もあるわけ。そこで私の持ち物でもあるこれを付けて入れば問題解決。これさえ外さなきゃ、人間って事はバレないはず……」


 そう言って、かりんは右手に狐のお面、左手に赤いリボンを持ち、「どっち付けたい?」と尋ねた。


「うーん……どっちも!!」


「え? 二つとも付けるの? 一つでもいいのに」


「だって、狐さんのお面はかっこいいし、リボンもあまり付けた事ないからどっちも付けたい」


「まぁ、付けたいならいいけど。こっちおいで、リボン結んであげる」


 器用な手つきで、少女のロングヘアの髪型がポニーテールになっていく。狐のお面も頭にかぶり、ようやく準備完了だ。


 二人は大きな岩の前まで行き、かりんは手をかざした後、人間では発声不可能な言葉を使った。

 すると、さっきまでいた薄暗い山道ではなく、明るく騒がしい、周り一面屋台が広がる場所に移動していて、さすがの少女も驚いている。


「わー……。かりんちゃんって本当に神様なの?……」


「私、毎年言ってたわよね?」


「すごい、すごい!! 神様と友達だったんだ」


 はしゃぎながら、かりんの周りをぐるぐると回る。あまりのはしゃぎぶりに周りの神様達から、視線を向けられて顔が紅くなっていくかりん。彼女は、注目されるのが苦手なのである。


「入り口ではしゃぐと迷惑になるでしょ。早く行くわよ」


 早歩きで屋台の方に向かう、かりん。


「待ってよー、かりんちゃーん」


 その後を追いかける少女。


 二人は神様の祭り、もとい、神々の宴に入って行った。


 人間の祭りみたいに、神様の祭りも賑わいがすごかった。沢山の神様がいてその中には、かりんみたいに人型の神様もいれば、人の姿ではない異形な姿の神様もいる。


「かりんちゃん! かりんちゃん! 神様ってこんなにいるんだね。私、神様って一人だけだと思ってたよ」


「あまり神様、神様連呼しないの。人間だってバレちゃうじゃない」


 周りに聞こえないように、少女の耳元で囁く。


「ごめんね、静かにする」


「よろしい。さ、行くわよ」


 二人は、屋台を見て回っていると、少女が「金魚すくいやろ」と言って来たので金魚すくいの屋台に向かう。店の店主も神様なのだろう、見た目が人魚の姿をしていて、宙を浮いていた。

 お金を払おうとしたけど少女はお金を持っていなかったので、かりんが代わりにお金を払う。


「ごめんねかりんちゃん、お金持って来てなくて……」


「いいから、今日は私が奢るわよ。金魚すくい頑張ってね」


「うん!! 頑張る」


 ガッツポーズをして、金魚をすくう紙──ポイを水面に浸けて一匹の金魚に狙いを定める。少女は水の抵抗を受けないように、ポイを平行に動かす。狙っている金魚の下にポイを移動させたら、金魚をのせ、斜めに引き上げて器に移した。見事少女は金魚をすくったのだ。


「貴方……金魚すくい上手いわね……」


「あんまりやった事なかったけど、知識として知ってたからすくえたよ」


 彼女の器用さに唖然とするかりん。後何匹すくうつもりなんだろうと見ていると、少女は店主にポイを渡し「この子だけ貰うね」と言った。


「もういいの? まだ紙破れてないから後何匹かは、すくえたんじゃない?」


「いいの、いいの。この金魚さんは、あの子にすくってあげようと思っただけだから」


 少女の指差す方を見てみると、生まれたばかりの神様なのだろう、少女より身長が低い男の子がいて、羨ましそうにこちらを見ていた。


「あの子ね、ずっと金魚すくいやっていたのに一匹も釣れなかったんだ。それでも何度もやっている姿に、諦めないですごいなって思ったの」


 少女は小さき神様に近づき金魚を渡し、頭を撫でる。その姿は、まるで姉弟のようだ。少女は彼に手を振りながらこちらに戻ってきた。


「あの子すごい喜んでくれてたよ。よかった」


「それは、よかったわね。あの子も喜んでくれてたし。それで、次行きたい屋台ある?」


「うーんと、もうすこしで昼の時間だし何か食べ物買おうよ」


「もうそんな時間! 楽しいと時間が過ぎるのは、早いわね」


 時刻は、十一時三十分。二人は、食べ物の屋台を見つける度に、片っ端から買っていった。焼きそば、たこ焼き、フランクフルト、他諸々。

 少女もかりんも、手には大量のビニール袋を持っている。


「かりんちゃん、こんなに食べられるの?」


「食べられるわよ。もし残っても、私へのお供え物としてもできるしね」


「なら、安心だ! 残しても、かりんちゃんの為になるなら」


「そうそう。さて、どこで食べるかだけど、いい所があるからそこ行こう。付いてきて」


「はーい」


 二人は一旦、祭り会場から離れた、丘に向かった。


 そこにあったのは、辺り一面を覆い尽くすような大きな桜の木であった。三月の月始にも関わらず、花びらが春風に乗るように咲き乱れていて、散っていく。


「ここ、すごいね……。桜がもう咲いてるよ……」


「もう咲いている、と言うよりこの桜はね、散っても散ってもすぐにまた咲くのよ。枯れる事が出来ない桜……」


 かりんの説明を聞いていないかのように、相槌一つしないで少女は口を開けながらその桜を見続けていた。


「桜は食べながらでも見れるでしょ。準備準備」


 かりんが手をパチパチとして少女の意識をこっちに戻す。


「そうだね。お腹も空いてきたし桜は食べながら見よう。お花見だー」


 かりんはどこから取り出したのか、ビニールシートを出し地面に敷いた。そこに、手に持っていたビニール袋を置き、買ってきた食べ物を二人で並べる。


「並べ終わったわね。さ、食べましょうか」


「うん。いただきまーす」


 二人は買ってきた食べ物を食べる。少女は焼きそばから、かりんはたこ焼きから食べ始めた。二人とも美味しそうに食べる。


「美味しいね、かりんちゃん」


「そうね。誰かと食べてるからかしら?」


「きっとそうだよ」


 無邪気な笑顔で笑う少女に、かりんもにんまりする。


「そういえば、貴方この祭りに来た時、神様いっぱいいるねとか言ってたわね」


「言ったような、言ってないような……」


「言ってたのよ。その質問に答えようと思って。神ってね人の願いの数だけ生まれるのよ」


「人の願いの数だけいるんだ。素敵だね」


「たしかに素敵ね。でも、人の願いの数生まれる一方で、人に認知されない神はね、消えるのよ。私も本当は消えるはずだったの、でもね貴方が来てくれた……」


 顔が暗くなるかりん。少女はそんな、かりんに近づきギューッと抱きしめた。


「かりんちゃんは消えないよ。だって私が絶対に忘れないから」


 少女の嘘、偽りない言葉だった。


「ありがと。でも恥ずかしいから離して」


「かりんちゃん、照れてる!! 可愛い」


「別に照れてなわよ!! そんなことより、早く食べて祭りに戻りましょ」


「うん。もっと遊びたいしね」


 二人とも、無理のない程度に食べて祭りに向かう。言うまでもないが全部食べきれなかったので残った物は、かりんのお供え物になった。


 気づいたら空には赤い夕日が登っていて、少女を返さないといけない時間になっていた。


「そろそろ帰らないといけない時間ね。祭り楽しかった?」


「うん、楽しかった。また来年も来ようね」


「そうね。貴方と一緒なら行ってもいいかもね」


「やったー、約束だよ。」


「えぇ、さぁ帰りましょう」


 二人は来た時と同じように手を繋ぎ神社に帰っていく。山道も、朝来た時よりさらに暗くなっているが少女は怖がることなく無事に拝殿前まで戻ってこれた。


「とうちゃーく!!」


「無事戻ってこれたわね。一応言っておくけどこの事は他言無用ね。他の神達にバレたら私がどうなるか……。それに貴方も周りから変な目で見られるから気をつけるのよ」


「大丈夫だよ。誰にも言わないから。また明日もお参りと掃除しに行くからね」


「ありがとう。姿は見せられないけど、待ってるから」


「うん!! また明日ね」


「えぇ、また明日……」


 かりんは、帰る少女の姿を見えなくなるまで寂しそうに見つめている。


「早く、また三月三日にならないかな……」


 ポツリと呟き、ふわっとそこには何もいなかったかのように消えた。


 次の日、雨が降り注いでいた。春時雨だろうか。少女は雨の日だろうが毎日来ることを知っていたので、かりんは、参道を見つめ続ける。だけど、少女は来なかった。こんな事は少女が始めて、この神社に来てから初めてのことなので、かりんは心配したが雨だから来なかったと、自分に言い聞かせ今日を終えた。


 その次の日は、晴れだったがやはり少女は来ない。何日、何十日、何ヶ月待ち続けたが少女は、一日も来る事はなかった。それでも、かりんは待ち続けた三月三日なら、絶対に来てくれると信じて。


 かりんが少女に何があったのか知ったのは、三月三日のことだった。

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少女と神様の瞬き シノマ @Mokubosi

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