第3話 α:休戦協定

 真っ暗だ・・・

 視覚は何も捉えていなかった。ただその反面で、俺の聴覚は、微かに鳴り響く声を確かに感じていた。

「・・スラ!」

この声は・・・

「・・・アスラ!」

 俺の名前を呼んでいる。

「起きなさい、アスラ!」

 それではっとなった。

「愛花・・・か?」

 少しづつ目が開いていき、やがて俺はそんお少女の姿を確認した。

「残念。愛花じゃなくて、アシアよ。」

 頭に団子を乗せた少女は答えた。あとそういえばメイド服だった。

「ってことはここは・・・」

「そう、あんたの部屋よ。アスラ。」

 なるほど、そういうことか。大体何をする気かは理解したよ。

「相変わらずいい膝だな。」

「・・・ふんっ!」

「いってぇ、何しやがる!」

「キモかったから・・・」

「でもお前、俺のこと好きなんだろ?」

「それとこれは別よ。」

 そうなのか・・・っていうか床かてえな。

 じゃあ、そろそろ本題に入るか。

「こんなことしたってことは、居場所分かってるんだよな?」

もしNOって答えたら今度は俺が無理矢理にでもキスしてやる。

「うん。」

 それを聞いて安心した。流石にそこまで馬鹿じゃなかったか・・・というかよくこんな方法思い付いたな。俺は今、少し関心している。参謀として少し悔しいとも感じている。ちょっと手荒な気もするがこれ以上無い名案だ。なにせ、ここでならアシアの言うことはほぼ絶対になるからだ。

「前、アスラのお父さんが連れて来た捕虜のこと覚えてる?」

 ああ、そういやそんなことあったな。確か、街に近い山を根城にしていた山賊だったか・・・

「アスラ、詞弥ちゃんに逃げられた後に言ってたよね?詞弥がシヴァだった時、その父親がアスラのお父さんに殺されたって。だからシヴァにとってアスラは親の仇みたいなものだって。」

「ってことはその父親ってのが今回の山賊の頭なのか?」

「まだはっきりはしてないけど、多分そうかなって・・・」

 でも、話も噛み合っているし、あながち間違っていない気もする。そうだとしたら、俺があっちで再開してすぐの詞弥に対する見解は正しかったのだろう。

「今あいつは牢屋か?」

「多分捕虜として捕らえていたと思う。でも・・・」

「お父様の配下ってことか。」

「そう、それが問題なの。」

 確かにな、この前捕らえたばかりの捕虜を何の理由も無く開放して欲しいというのは、いくら娘の願いでも難しいだろう。

「何か良い策無い?」

「ちょっと待てよ。」

 すきを盗んで連れ出すか?いや、それだと今後会うのに困る。じゃあ・・・

「なあアシア、もう一人くらい側近欲しくないか?」

「あ~ん。」


地下牢。

一面コンクリートと鉄格子で囲まれたこの場所では街の罪人や、外から攻めて来た敵を収容している。その中でも、今俺が訪ねてきているのは数所少ない女牢で、第一皇女の騎士ともなると、入るのは容易かった。

目当ての人物にはなかなか会えない。重苦しい雰囲気の中を奥へと突き進んでいると、

「おい、お前。」

 誰かが俺を引き止めた。

「なんだ、今俺は人を探しで忙し・・・」

「やっぱりか・・・」

本当にここにいたんだな。

 そこには、腰のあたりまで髪を伸ばした詞弥(ここではシヴァと呼ぶべきか・・・)の姿があった。

「凄い格好だな。」

 ワイルドと言えば聞こえが良いかもしれないが、実際、胸を隠しているのはさらしだけで腰から足首にかけて麻で織ったような灰がかったスカート状の物にも、所々に穴やほつれがあって、正直危ない格好だ。 

「でしょ・・・だからあんまりジロジロ見ないでもらえる?」

「あ、すまない。」

 顔をそらした。

「はあ、やっぱり夢じゃなかったんだね・・・」

 シヴァが呟く。

 そう言えば、前にあっちの世界で再会した時、詞弥は今までが夢だったという風なことを言っていた。

「なら、夢じゃないならどうしてこんなことに・・・さっきも、家にいたのに急にふらっとして、気付いたら牢屋の中だったし・・・」

 それは俺がアシアとキスしたからだけど・・・

「だから、そのへんのことを話しようと思ってさっきも家を訪ねたんだけど・・・まあ訳あってこっちの世界に・・・」

 その話は後にして、とりあえずここに来た目的を果たさねばならないな。

「とりあえずここから出るぞ。」

「えっ、でもどうやって・・・」

「俺がこっちの国で何をしているかは知ってるよな?」

「あ、確かお姫様の騎士・・・」

 それでハッとしたような顔をした。

「この世界が夢じゃないってことは、あなたは私の父の・・・」

「やったのは俺の父だ。それに、争いを収集するには犠牲も出る。それも族長ともなると真っ先に狙われるだろう。それに、調べたところによると、他に犠牲者は出ていないみたいだ。皆んなこの場所に集められている。」

「でも、皆んなの自由は奪われているのよ。」

 本来、戦と言うのはそういうものなのだから仕方がない。勝って得られるものがあるならば、負けて失うものも当然あるのだ。だから必死になって戦う。そういうものなのだ。

 だが今回は少し特例になる。国としてではなく、俺ら個人の都合でだが・・・

「そこで提案がある。それに応じればシヴァ自身も他の人達も自由にしてやれる。うちの国民として歓迎しよう。」

「で、何をすればいいの?」

「多分シヴァが得意なことだよ。」

 俺は提案の中身を具体的に語った・・・


「あの娘まだ来ないの?」

再び俺の部屋。今度は膝枕ではなく、普通の椅子に座っている。

「服が少々粗末っていうか露出が激しかったから、今新しい服をウェスタさんに合わせてもらってる。」

「やらしい目で見てたんだ~」

「見てない。」

 たまたま視界に入っただけで、別に見ようとして見たわけじゃない。

「あの娘身長高いし、スタイル良さそうだな・・・」

「胸はお前の方があるぞ。」

「えっ、ほんと?」

 それに関しては確信がある。

「っていうか今のセリフは酷いよ。同じ女子として幻滅よ。」

 ついボロが・・・

「すまん、あいつには言わないでくれ。」

「私言うから、ちゃんと謝りなさい。」

「知らぬが仏ってことわざもあるだろ。」

「違うよ、あんたが反省することに意味がある・・・」

 コンコンコン・・・

「きたきたきた。」

「アシアお前興奮し過ぎだ。」

「失礼します・・・」

 なんと言うべきだろう。そこにいたのは鉄格子の向こう側に居た人物とは別人のようで、なんというか・・・

「めちゃ可愛いい~」

 というアシアの言葉は女子の定型文で、俺はどちらかと言うとシヴァのそのポニーテールの騎士姿をかっこいいと思った。

そんな中、一番動揺していたのは、ドアに入るなりアシアに抱きつかれたシヴァで、彼女の頭上にははっきりと見えるくらいのクエスチョンマークが浮かんでいた。

「も、もしかしてあなた・・・」

「うん、そう。私もあなたと同じ。あっちではあなたとそこのアスラまたの名を敦也の先輩に当たる、ここペテルギアの皇女、アシア=ペテルギア、またの名を阿賀野愛花よ。」

 皇女殿下は意気揚々と自己紹介をした。

「じゃああなたが仕えている・・・?」

 シヴァは俺に問いかけるような視線を送ってきたので軽く頷いた。

 するとシヴァは視線をアシアに戻し、話を始めた。

「あなた、敦也君のことスキなんでしょ。」

 それに対してアシアは頷く。

「ならどうしてこんなことを・・・それなら私のことは放って置いて二人仲良くしていれば良かったじゃない。」

 確かに、俺も同じことをアシアに対して思っていたが、どうもアシアはそれを望まないらしい。

「最初に言っておくわ。」

 今度はアシアが口を開く。

「私が好きになったのはここにいるこいつだけど、」

 そう言って俺を指差す。

「でも、正確に言うと、私が好きになったのはアスラという男よ。」

 何を言うかと思えばそんなことかよ。俺はどこにいても俺だぞ。シヴァみたいに人格が変わったりしていればまだしも、俺はいつ何時でもこのままだ。

「それってでも敦也君でしょ。」

「違うわよ、全然。」

「じゃあ言ってみてよ。」

 俺、ここにいて良いのかな・・・

「毒舌だけど、なんだかんだで優しいところ。」

 なんだかんだってなんだ。

「それは私に対してもよ。」

「私のことを色々考えて理解してくれること。」

「私に対してもそうよ。私が胸で悩んでた時マッサージしてくれた。」

 それは多分言っちゃいけないやつだ。だって多分・・・

「アスラ、もうそんなことまでしたの?」

「いや、あれは半ば強制的に・・・」

 シヴァの鋭い眼光が視界に映った。

「はい、揉みました。それはもう、相手がヘトヘトになるくらいは・・・」

「ヘトヘト!?」

ああ、ダメだ。ここにいては身が持たない。

「ちょっと外の空気吸ってくる。」

「ああ、ちょっと待ってよ!!」

「そうよ、あなたにも関係のあることよ。」

 というかもろ俺の話だな。でも、というかだからこそ待たねえよ。

「あっ。」

「ちょ、」

 バタン・・・ 

 俺がいてもややこしくなるだけだし、とりあえずあのことは女子二人で結論を出してもらうことにしよう。

「ふう・・・」

「おつかれのようですね、アスラ様。」

 いつもの様に廊下にはお手伝いのウェスタさんが・・・なぜにチャイナドレス・・・メイドの次はそれか・・・ 

「あれ、そんな服ありましたっけ?」

「ええ、ここではあまり見ないですね。」

 ここ?それはどのくらいの範囲で見てのここなのだろう。まさかこの人・・・

「今日の朝、四時くらいです。この棟にアシアが来たらしいですけど、どうして止めなかったんですか?その上後押しするようなことまで・・・」

 この人は本来、俺達のキスを未然に防ぐべく朝早くからここを巡回しているというのに。

「そうですね・・・簡単に言うなら、あなた達の行く末を見てみたくなった、でしょうか。」

 行く末・・・か。

「あなたは、俺達の中で起きている現象についてどれくらい知っているんですか。」

「それについてはお答え出来ません。」

出来ないってことはやっぱり知ってるのか。

「ですが、これだけは知っておいてください。あなたは、あなた達はいずれ選択しなければならないということを・・・」

 選択・・・いったい何を選択するんだ?

「私に言えるのはそれだけです。それでは・・・」

 それだけ言って、ウェスタさんは自分の部屋へと去っていった。

 いったい誰が、何が俺達をこんなふうにしてしまったのだろうか。少なからずウェスタさんは何らかの形でそのことに関係している。今分かるのはそれだけか・・・とりあえず今は打つ手も無いし、なるようにするしかないな。

 ガチャ・・・

「アスラ。」

 アシアがドアから顔を出して呼んだ。

「話はまとまったか?」

「うん。」

「で、どう決まった?」

「ちょ、ちょっと・・・」

 アシアに押されたシヴァが前に出てくる。

「・・・あのね、とりあえず保留にしようかなって。」

 保留?

「まだ、何がどうなっているのかはっきりしないし、とりあえずキスで世界を移動出来るってことだけしか今は分からないから・・・今まで通り過ごそうかなって・・・」

「ってことで決めたの。」

 入れ替わってアシアが喋る。

「一週間交代でこことあっちの生活をすることに!」

 なるほど・・・何も分からない以上、現状を維持する他ないよな。

「駄目・・・かな?」

「ううん。いいと思う。賛成だ。」

「よしっ!じゃあ、今日から数えて一週間はこっちね。」

 そうと決まればまずやらなければならないことがある。

「二人とも、そろそろ式の時間だ。講堂に行くぞ。」

「うん。」

「おう!」

 

『これより、臨時ではありますが、アシア=ペテルギア皇女殿下専任騎士の就任式を始めさせていただきます。司会は参謀のアスラ=シウリスが務めさせていただきます。』

 講堂内はざわめいている。なにせ国民全員を招いての就任式だ。おまけにこの前まで千人騎士兼参謀だった俺が、騎士を降り、新しく騎士になるのがこないだ攻めて来た山賊の頭の娘ときた。そう考えれば無理もない。

 壇上にはアシア、シヴァ、それからアシアの父、つまり皇帝がいる。もちろんこのことは皇帝にも知らせてあるのだが、今でも本当に承認してくれたのか不安になる。自分でも思うくらいめちゃくちゃな条件だった。

『それでは、シヴァ=プロキオンは前へ。』

 でも多分、緩んだ表情を見る限り問題はないのだろう。あれ、俺が就任したときよりご機嫌な気がするのは気のせいだろうか?

『なんじ、我が剣となり我が・・・』

 そう言えば俺もあれやられたんだよな。あいつドジだから、本当に剣で切られるかもしれないとドキドキしていたのを思い出す。

 まあ、そんな大惨事は起きることなく、無事に儀式が終わり講堂内には拍手の音が響いた。

 でもおそらく、メインはここからだ。シヴァが壇上中央に立ち、マイクを片手に胸を撫で下ろした。

『この度、私が専任騎士として就任するにあたり、その背景について少しお話させていただきます。』

 そう、今からシヴァには、仲間の自由をこの国民達に約束させるという役目を果たしてもらわなければならない。

『私、今日の朝まで牢屋の中にいました。それは、私がつい最近まで山賊で、この国を襲ったからです。』

 その途端、ブーイングの波が立ち始める。

『ですがそれは、ただただ生きるために食料を求めてのことです。だからといって、他人の物を盗むという行為が許されるとは思いません。』

「そうだ!」という声がはびこる。俺はただ、祈るのみだった。なんとか言いくるめてくれ。

『そんな時、皇女殿下は私にチャンスを与えてくれました。それが騎士として一生殿下に尽くすと言うことでした。それに加え、ありがたいことに、私が尽くしている限り、他の仲間達もこの国の国民同様に扱っていただけるともおっしゃりました。』

 あと少しだ、押し切れ。

『ですのでここで誓います。私、シヴァ=プロキオンは、今より一生を皇女殿下に、この国に捧げます。だから誓ってください。彼らを差別しないことを。』

 シヴァの差し出した手の方向から山賊の仲間がぞろぞろと出てきて、頭を下げた。

『よろしくお願いします。』

全て言い切った後、拍手をしたのは三分の一。やはりこういうものは時間を掛けて少しずつ進んでいくしかないのだろう。そういう意味では今の段階での三分の一は大したものだ。

その後は、アシアや皇帝がなんとかその場を収集させ、就任式は終わりとなった。

後で親父から聞いたのだが、親父はシヴァに父親を切ったことを謝ったらしい、でもその時、珍しいことにシヴァはキレたりすることなく、むしろ亡き父の代わりに頭を下げたらしい。

それには俺も驚いたのだが、きっとこの短時間の中で、彼女なりに色々考えて、成長したのだろう。

何はともあれこうして、俺達三人は行動を共にすることになった・・・

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