深山小灰蝶【上】
於梶は、表向き大人しやかな顔を取り繕って、その実興味津々、一段下がった場所で平伏している女の姿及び一挙手一投足を見守っていた。
とはいっても彼女は別に於梶に平伏している訳ではない。
於梶が大きめの団扇で風を送っている男ー於梶の主君であり愛人でもある、また今春征夷大将軍となった徳川家当主家康ーに、その世子、江戸右大将の妻が礼を取っているだけだ。
於梶よりもずっと年上の筈だが、小柄なせいか随分と若くーいや、子供っぽく幼く見えると於梶は批判的に評した。
既に子を四人ー正確には五人ーも産んだ女とはとてもではないが、見えない。
そして今話題、というか問題となっているのも、この女人が昨年出産し、今回もわざわざ伏見まで伴って来た姫君の事だった。
「お初殿の頼みとあらば、無碍に断る訳にもいかなかった訳ではあるが」
穏やかのんびりといった口調は、大抵いつも通り。
だが何処か面白がっているらしいのは、於梶には充分聞き取れる。
「しかし嫁御は本当にそれで良いのか?いや、納得して姫を連れて参ってはおるのだろうが……幼い者を早くに外に出すのはそなたが嫌がるなどと、秀忠は妙に渋っておったぞ」
「……そのような……」
色白の頬がさっと朱に染まるのを於梶は面白くなく感じる。
いや正確には。
嫁と呼びながら、目の前の女人の貌やら華奢な身に遠慮のない目線をくれている主君が一段と鼻の下を伸ばすのが面白くない。
「姫達のことは、御父上様と旦那様にお任せしております。きっと良いように取り計らって下さると……お約束して下さいましたもの」
「うむ、無論じゃ。儂にとっては大事な孫達ぞ」
「はい」
円らな瞳で一心に舅を見つめてくるのは何か訴えたいことがあるのだろう。
そう於梶は察しているが、主君の方はというと一層だらしなく笑みを拡げるだけだ。
「……姉は、姫を養女とするだけでなく、いずれは京極家に嫁取りたいと申しております。姉ならば姫を大切に育ててくれるでしょうし、姫も……生涯、親と離れることなく暮らせるのです」
「うむ。儂には異存はないぞ?京極家は名門であるし、関ヶ原の折りには世話にもなった。無論、内儀の初殿はそなたの姉御、幾重にも縁深い家柄である故、更なる強き絆を結ぶは徳川にとっても損はない」
懸命に言い連ねる嫁を実際愛しくも思っているのだろう、優しげにからかう口調で主君は応じた。
於梶もこの主君は意外と人情に篤く単純なところがあると知っている。
「儂に異存はないが。姫の父は秀忠なのだからな」
厳しさは口調にも表情にも皆無であったが、江戸右大将の妻はぴくりと身を震わせて、征夷大将軍の前に身を伏せた。
「旦那様も、承知して下さいました」
「だが未だ、心から納得はしておらぬようだぞ?儂の元へも何故このような話を持ち込んだのか、などと文句を付けてきよった。そなたが伏見に行きたいと申して聞かなかったのも全て儂のせい、だそうだ」
「……申し訳、ありませぬ」
小娘のような女人は色白の顔を一層愛らしく桃色に染め、一方、於梶は微妙な不安と不快感を高めながらも、手を動かし続けるだけでなく、愛想良い笑みと眼差しも絶やさない。
主君は今は世嗣の北の方を注視しているが、背中にも目があるのではないかと時折思ってしまうような、敏い人だ。
更に、女が反目し合ったり余計な感情を抱くのを許さない。
「お千の祝言が済み次第、早々にそなたを江戸へ送り返すよう申してきたぞ。……それも毎日のように文を寄越しおって。普段は機嫌伺いの文すら書かぬ物臭者の癖に」
「……」
江戸からわざわざ娘に付き従って出向いて来た女人が小さな身体をますます縮めて恐縮している様子に、主君は息子への文句、というよりもぼやきを止めた。
元々本気ではなく、久し振りに会った嫁との交流のつもりか、単純に常々心中では抱いているらしい継嗣への気遣いや懸念の表れだったのかもしれない。
「済まぬなぁ。何時まで経っても、秀忠は頑固な我が儘者じゃ。そちも随分気苦労であろう」
「いえ、そんな」
明らかに和らぎ優しさと慈しみも込められた主君の声音に、右大将の北の方は素早く顔を上げて瞳を瞬かせるだけでなく懸命に頭を振った。
なかなかに察しが良い所があるらしいと於梶は評価したものの、紅潮した頬と生き生きと輝く瞳にー正確には息子の嫁の顔や仕草などに主君が一層興を覚え、熱心さをよりあからさまにするのにー胸焼けのような感覚が強まるのを感じた。
「旦那様、いえ、右大将様は御父上様に孝順な御方にございまする。又、妻である私にも、とても思い遣り深く接して下さいます。とても、良い御方です」
「……まこと、そちは心映えの良い、優しい嫁じゃ」
おそらく感嘆を示すーだが何に対する感慨なのかは分からない、と於梶は慎重に思ったー嘆息を吐いて、主君は優しい穏やかな笑みを浮かべた。
幼い子達に向ける表情に近い。
「いいえ。不束で……お恥ずかしゅうございます」
「そなたの心持ちは、儂には分かっておる。儂や秀忠の為に、わざわざ遠路はるばる来てくれたのであろう?そなたも、そなたの姫達も、まこと、徳川の為に良く働いてくれている」
「そんな」
「だが、無理はするでないぞ」
幾分、於梶の手の動きは緩やかになっていたらしい。
僅かに主君が、目前の嫁には分からぬように不興の気配を伝えてくるのに、於梶は慌てて手指に力を込めた。
於梶は現在、主君の寵を得てはいるが競争相手は名と顔が分かる者だけでも十指に余る程存在するし、それ以外の、主君の気紛れによって今後発掘されて迎え入れられる女の存在は、それこそ星の数程居るだろう。
決して、奉公を疎かに出来る程に、己の立場や地位に胡座をかいては居られない。
「そなたは大事な徳川家の嫁じゃ。……姉上方の事で、あまり心を痛めてはならぬぞ」
「……はい」
「そなたが病を得てしまっては、秀忠は正気ではおられぬであろうからな」
まあ、あまり細かい事は気にせずゆるりと姫達と過ごすが良い、と告げて、主君は、舅に諫められたと感じたに違いない、しゅんと萎れた様子も一層愛らしい右大将の北の方を下がらせた。
「……相変わらず可愛いおなごだ。誠、秀忠めは果報者よ」
「はい」
独り言だったのかもしれないが、於梶は団扇を扇ぐ手の向きを変えつつ、淑やかに応じた。
時に主君は、女の利発さを好みはするが、あくまでもそれは主君や家中にとって役立つ賢明さであって、寧ろ忍従をものともしない温和さ、従順さを望んでいると知っている。
また。
主君が「可愛い」などと表現する対象は、女ではなく、娘や孫達、つまりは愛玩する、しかも己の血を分けた存在だけだ。
ーと、於梶は今迄思っていたし、信じてもいたから、少し驚くだけでなく動転もしていた。
「於梶。その方、右大将内室が伏見滞在中は不自由無きよう、心掛けてくれ」
「はい」
「他の者では気が利かぬ。やはりその方でなくては。良いな」
さり気なく嬉しい世辞を言われて、於梶は不安を宥め心からの笑みを返した。
「無論、否やはございませぬ、上様」
「よし」
にこやかに主君も頷き返し、だがすぐに於梶にとっては快くない言葉を口にする。
「今年は目出度い事続きだ。儂の征夷大将軍拝命に、お千の嫁入り。秋には万がまた子を産む。万の子が男児であれば、今度こそ秀忠にくれてやっても良いかもしれぬな。やはり赤子の頃より手許に置いた方が情も移るであろう」
「……」
「出来れば、万の子が産まれる迄、お江も伏見に留めておきたいが。秀忠が承知するかどうか。全く、狭量な奴だ」
「……」
何と応じて良いか分からず、穏やかな笑みを保っているだけだったが、於梶の推測通り、そうした応対で正解であったらしい。
主君は上機嫌で、於梶にも良く休むように、との労いの言葉を掛けて出て行った。
表へ赴くのか、あるいは先程言及した側室の元を訪れるのか、もしくは幼い御子達の顔を見に行ったのかもしれない。
主君の命に従い、於梶が江戸右大将御内室と姫君達の泊所となっている寝殿を訪れたのは翌日。
北の方や姫君達が城に慣れ、落ち着く迄間を置くつもりだったのが、嫁との対面時には休むようになどと掛けた言葉とは裏腹に、主君が既にびっしりと公家や大名達との会見や宴、あるいは茶の湯の席の予定を組んで報せて来たからだった。
無論、それらを江戸から遠路はるばるやって来た女人に伝えるのは、世話係及び介添え役を命じられた於梶の任という訳だ。
主の代わりにと割り切って、慌ただし過ぎる日程について於梶が詫びると、未だ立てないようだが素早く這い回る妹姫と妹を監督している姉姫を微笑みながら見守っていた御内室は、幼い子達に向ける優しく慈しみ溢れる眼差しをそのまま於梶に向けて来た。
「御家の為に私如きで御役に立てるのならば何であろうと務めさせて頂きまする。御父上と旦那様には、計り知れぬ程のご恩を受けておりますもの。何なりと命じて下さるよう、御父上、いえ、上様にお伝え下さい」
「はい」
「それにしても、上様はますますお元気そうで安堵致しました。……旦那様もきっとお喜びになると思います」
一瞬、仄かな翳りを見せたものの、変わらず御内室は柔らかい笑みを湛えたまま、己の周囲を戯れ軽やかに駆け回る娘達から目を離さない。
ー近々、それも十日も経たぬ内に、目前の姫達を手放さねばならない心境を慮れば、全く無理はない、と於梶は思った。
と同時に、それでも夫に愛され子宝に恵まれている女人への羨ましさ、妬ましさも覚える。
幾らこの日の本で最も権勢を誇る征夷大将軍の寵を得ていようが、所詮己が身は側室に過ぎず、既に二十五という、この時代においては年増と言われる年齢になってしまっているにも関わらず子を授かっていない事を、どうしようもなく思い知らされ、身に詰まされてしまう、のだ。
特に同じ側室の身分ではあるが、己がより密に主君の傍近くに仕え、色々と務めを任されていたとの自負があった於梶には、何故己でなく、於亀や於万に子が授かったのか、非常に理不尽に感じ、かつ納得出来ずにいた。
(でも於亀殿も、御内室も三十近くになっても御子を産んでいる。私だって)
そんな風に己を奮い立たせる材料として、同僚や目前の高貴な女人の事を考えるよう心掛ける。
そうしなければ、何処までも暗く捻れいじけた心持ちへと陥ってしまいそうな昨今のやるせなさ、肩身の狭さであった。
無論、主君も、側室仲間達や女房侍女等もあからさまには何も言いはしないが、於梶自身はひしひしと、未だ子が一人もいない己の立場というものを考えざるを得ないここ数年の経過だ。
「於梶殿」
「はい、御方様」
それ迄於梶が渡した日程を記した紙に熱心に見入っていた御内室が呼び掛けて来たのに、於梶は素早く反応した。
意地でも誰にもー主君にもー己の卑屈な思いや引け目を悟らせる訳にはいかない。
御内室は姫達に注意が向いているのだろう、気付いた素振りは全くなく、変わらず無邪気な笑みをー幾分、於梶の機嫌を窺うような気色と共にー向けて来た。
「お千の嫁入り前に、一度私が大坂に赴く事は出来ませんでしょうか。出来れば、事前にお千のこと、姉に頼みたいと思っております」
「……はい」
「御父上には私の方からお願い申し上げます故、そのように心得て調えて頂きたいのです」
夢を見ているように頼りなく浮世離れしているが、それ故に一途な眼差しを御内室は大坂の方角へと漂わせる。
主君がその慎重な性根と鋭い勘働きによって懸念していたのはこの事なのだろうと、於梶は納得しつつも、面には何も出さなかった。
「承知致しました。上様にもお諮りした上で、調整致しましょう」
「どうぞよしなに」
ぼんやりおっとりと暢気なようでいて、僅かな素振り、ちょっとした頭の動かし方、微妙な目配せなども何とも優雅で洗練されている、と於梶は思った。
確かに目前の女人は、織田家そして更には豊家という、当代一の家で庇護され養育を受けてきた格別な素性なのだ。
警戒心及び猜疑心が強く一筋縄ではいかない筈の徳川家の父子がー特に謹厳で生真面目な世嗣がーこの女人に魅了されたのも無理はない。
少なくとも、三河や東国の女とは全く異なる型の女人だ。
「母上様~」
「ん~ま~」
仲良く追いかけっこなどをしていたーとはいっても妹姫はまだ歩みの方は辿々しかったから、ほぼ姉姫があやしていただけ、だろうー姫達が揃って、母親の元へ戻って来て、妹姫は膝に取り付き、姉姫は少し遠慮がちに母君の肩にもたれかかった。
「ま、どうしたの。於梶殿がいらっしゃるのに恥ずかしいですよ」
「……だって。ずっとお話してるんだもの。……御庭を一緒にお散歩するお約束なのに」
愛らしく、だがきっちりはっきりと姉姫は主張して、母君の頬に頬を寄せる。
「お千ったら。そなたはもうすぐお嫁に行くのですよ。そのように聞き分けのない事を言うものではありません」
「お嫁に行ってもお千は父上様の一の姫だもの!父上様がそう仰ったわ!自分が正しいと思ったら、ちゃんとそう言わなきゃいけないのよ!」
「……まぁ、この子ったら」
姫を咎めながらも、元々甘い母親なのだろう、御内室は姫の手を取って優しく撫でてやってから、於梶に視線を戻した。
「申し訳ありませぬ。まだまだ子供で。……まことに、これで婚家でやっていけるのかどうか、心許ありませぬ」
「婚家とはいえ、御新造様の姉上が御姑様ではないですか。何もご心配はいりませんよ」
当たり障り無く宥め、於梶は潮時と腰を上げた。
姫達はとても愛らしいし、子がない於梶ですら何時までも眺めていたいと思う程に器量も愛嬌も良かったが、於梶の立場では、暢気に構えて遊んではいられない。
少なくとも御内室の意を通す為に、色々と調整をしたり使いを出したり、あるいは主君へも伺いを立てねばならないのだ。
本殿へ戻る途中、何の気なしに振り返って見ると、姉姫と手を繋いだ御内室が、妹姫を抱いた乳母と共に縁から庭へ降りようとしている所だった。
うきうきと楽しそうな明るい笑顔を浮かべながらも、御内室も姫君も一刻に思い詰め、真剣ですらある瞳を交わし合っているのが印象に残った。
*
御内室の要請通り、御内室は姫君達を置いて一先ず一人、大坂城へ登城した。
それまで無邪気に、ある意味鷹揚かつ自儘に振る舞っていた姫君達が元気を無くしてむずがっていたとは聞いたが、於梶は関わらぬようにした。
実際、自身姫達のことを気に掛けていたのだろう、御内室はその日の内に徳川邸へと戻ったし、その様子にも特には変わりはないとの報告を受けた。
輿入れの日が近付くにつれて、於梶は御内室等が仮住まいとしている客殿へ足繁く通うのは遠慮していた。
それでも御内室の周囲には意を通じさせてた者達を侍らせていたから、日々、御内室や姫達がどのように過ごしていたかについては手に取るように把握し、主君にも報告し続けた。
一の姫を送り出した当日に、まだ幼児の四の姫の身も又、養家となる京極家へと運ばれた。
東から来た客人の心持ちはかなり酷いものだろうとは、子が居ない於梶であっても簡単に想像が付いたので、しばし客殿からは人払いをし煩わせぬように、但し世話は怠らぬように、などと仕える者達には命じていたのだが。
そんな彼女の気遣いは、主君自身によってあっさりと覆された。
賑やかな先触れと共に忙しなく押し掛けた主君を認め、客殿の主は淑やかにその場に控えたが、於梶が懸念していた通り、それ迄侍女等を人払いして一人涙に暮れていたらしい。
「おおお」などと幾分芝居がかった大袈裟な声を掛ける主君を危ぶみながらも諫められずにいたー半ば無理矢理同行させられていた於梶は、客人が体勢を整える間を与える為にと、主君よりも早く御内室に声を掛けた。
「お邪魔して申し訳ありませぬ、御方様。御方様の徒然をお慰めしようと上様共々、お伺いもせず参ってしまいました。お許し下さいませ」
「……有り難うございます」
沈んだ声音と表情のままであったが、尊い女人は淑やかに呟いて、弱々しい微笑みを浮かべた。
「お江。このように引き籠もっていては気が滅入るばかりぞ。良い良い、全てこの儂に任せよ。上方にはそちの知り人も多くいよう。徒然を慰める為に宴でも開こうか」
「……いえ、そのような」
「後藤や納屋もそちに会いたがっておるぞ。色々と積もる話もあろう」
「……はい」
於梶も良く知るようになったこの女人らしく、従順に頷いて、だが御内室は、舅御に切実な訴えの籠もった眼差しを向けた。
「あ、あのっっ御父上、お願いしたき議がございまするっ」
「ほう。何なりと申してみよ」
どっしり上座に落ち着いた主君は変わらぬ上機嫌で嫡男の嫁に微笑みかける。
無事懸案であった孫姫の大坂入りが叶った事で、大らかな心地になってもいるのだろう。
物分かりの良い舅の物言い及び態度に、御内室はあからさまにほっと安堵の息を吐いたものの、改めて身を伏せた。
「どうか、暫し、この身を此方様に置いて頂きたく存じます。ご迷惑かと思いますが、何卒」
「ほぉ?」
於梶が内心、何やら嫌な雲行きだと思い、また表向きは懸念を示して眉を顰める傍らで、主君は暢気な、ますます面白がっているような相槌とも促しとも判別付け難い声を出した。
「如何したのだ?江戸へ帰りたくないと申すのか?」
「……はい」
控えめに面を下げながらも確りと頷く御内室に、主君は興味津々といった様子を隠さず、問いを重ねた。
「ほぉぉ?そちと秀忠ときたら、膠か糊でくっつけたように梃子でも離れぬ夫婦振りであったのに、如何したのだ?もしや、秀忠の奴が、とうとう側女でも作りおったか?」
「……」
一瞬、江戸右大将御内室の華奢な身が揺れたが、しかしそれなりに覚悟や意地もあるのだろう、身をしゃんと起こして真っ直ぐ舅へ眼差しを返した。
「局達に、旦那様におなごを世話するよう申し付けて参りました」
「……ほう?」
「私では……御役に立たぬと存じます」
御内室の、思い詰め哀しく沈んだ様子に、主君もそれ迄の態度を少々後ろめたく思ったのかもしれない。
こほんと咳払いを一つしてから、穏やかに優しく諭す口調で応じた。
「左様な事は無い。そなたは良い嫁じゃ。秀忠もそなたや姫等を殊の外大切に思うておる。違うか?」
「いえ……真に有り難い事と、私も常々、感謝しておりまする」
「ならば」
「いえ。だからこそ。今、私が旦那様のお側に参る訳にはいかぬのです。私が戻れば、旦那様は……あのように誠実で御心深い御方ですから、私の身上を気遣われ、他のおなごを遠ざけておしまいになります。……それでは何時まで経っても、旦那様は若君を得る事叶いませぬ」
「む……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます