雲雀

 己が嫁いだ三年後に、母と兄が共に父によって成敗されたと聞き知り、亀姫が受けた衝撃は甚だしかった。


 だが既に他家の、しかも父の家臣の妻となった身だ。

 憐れな母と兄の為には供養位しかしてやれず、兄の娘達の行く末は気掛かりではあったが、父が引き取り世話をすると聞いて安堵した。

 兄の血を引く子達を織田家に引き取られてしまっては、泉下の母も兄も耐え難いに違いない。


 於亀は母と兄の不幸は父の盟友であるという織田信長という傲岸不遜な大名と、兄の元に嫁入ってきた織田家の姫のせいだと信じていた。

 実際、母の実家、その一族は兄の舅によって当主を殺され、今や見る陰なく落ちぶれてしまったのだ。

 ー兄嫁に悪意があったとは思えないが、母にとってはどうにも癇に触る、忌々しい嫁としか思えなかったに違いない。

 元々、母は兄を溺愛し頼りにしていたから、兄を取られてなるものかといった、幼げな意地や対抗心もあったのだろう。


 幼い頃から嫌という程聞かされた母の嘆きと繰り言を思い出し、於亀は重い溜息を吐いた。


 流石に於亀も、母のように一方的に父を責められないと理解している。

 既に於亀は戦国の世を生き抜こうと懸命に努力している城主の妻であった。


 日々の暮らしに紛れー当時、於亀は殆ど立て続けに子を身籠もり、出産していたー母と兄の無念に共感する気持ちは薄れていったが、逆に亡くなった肉親等だけでなく父や弟達生きている者達への申し訳なさは強くなった。


 己が母の一方的な言い分に引き摺られず、もっと周囲の情勢に目を向けていれば、少なくとも今のように、夫や子達を守る為に注意深くあるよう努めているのと同じだけの努力を母や兄の為に払っていれば、母を諫め、更には父との仲を修復は難しくともある程度穏やかに纏める事が出来た筈だったと気付いたのだ。


(母上は……お可哀想だけれど、あまりにも世間知らずで、素直過ぎたのだわ。今川家が正義であると一途に信じ込まれて……そのせいで、母上の目は曇らされていたのね。父上も母上を諫め導く暇すら無い程、忙しく、周囲に脅かされておられた。……領国を守備するので精一杯だったのだわ)


 於亀は母や兄と共に、常に安全な場所で守られていた。

 だから於亀はー母と、それからおそらく兄もー自分達が住む安全な城の外では常に臨戦状態であったことなど知らなかった。

 いや、知っていたとしても全く実感など無かったのだ。


 あるいはそれこそ父の妻子への思い遣りであり情愛であったろうに、と思うと、ますます於亀は申し訳無く哀しくなった。


「私がもう少し早く貴男様と出会っていれば良かったのに」

 つい閨で夫にも愚痴を言う。

 夫は可笑しそうな貌をして笑うだけだ。


「そうすれば私は……もっと賢い娘になって、父上にも母上にも孝養を尽くせたでしょうに」

「そうなのか?」

 夫が笑いながら、於亀を引き寄せるのに従った。

 出逢った当初は、まるで城か領地のように単なる褒美としてこの男に与えられた身上を呪い、新床においても罪のない男を罵ってしまったのだが。


 今は厳しい戦いを何度もー特に長篠城を囲んだ武田の大軍にも一歩も引かなかった怖ろしく忘れ難い攻城戦をー潜り抜け、家臣達や於亀を守り通してくれた夫を心から尊敬し、慕っている。


「そなたが左様に賢い姫であれば、俺の元へなぞ嫁に来なかったかもしれぬぞ」

「そのような事ございませぬ!」

 一瞬夫は最早己のことなど好きでなくなってしまったのだろうかと怖ろしくなり於亀は夫に抱き着いたが、夫はまだ笑い止まず彼女を抱き締めてくれた。


「いいや。そなたがお転婆な我が儘娘であったからこそ、徳川様は俺にそなたを下されたのだ。でなければ、そなたは、織田家か他の権門に嫁がされていたであろう」

「……」

「そなたが賢くなくて良かった♪」


 夫の言い草は非常に面白く無かったが、おそらく心からの言葉ーしかも己を惜しみ慈しんでくれている言葉ーと分かったから、於亀は怒るのは止めて夫に身を預けた。

 城主及び領主夫妻である彼女達にとって、二人きりで居られる時間はとても少ない。


 夫婦仲にも可愛い子宝にも恵まれて幸せなのだから、不幸せな姪達をなるべく気遣ってやらねば、などと思い、於亀は兄の遺児達への土産を用意して父の元へ送った。

 ついでに、顔を見たこともない異母弟達への贈り物も添えたのには、特に深い考えや思いがあった訳ではない。


 母は父の側室等を憎悪し、父の子を身籠もったのにも激怒していたが、夫を知ってから於亀はそれも致し方ない、どうしようもない事だったのだと思うようになっていた。


 それに産まれて来た弟達には全く罪はない。

 特に己の二人目の子ー兄が亡くなるより前に産まれた子だーと父の三人目の男児が同い年だと思うと、感慨深いだけでなく妙に嬉しかった。


 徳川本家との間の絆を強くするのに役立ってくれるのではないかという期待もある。


 その後も武田家と対峙する最前線に位置する長篠城では緊張が続いたし、夫は勇ましく父に従って転戦し、於亀をはらはらさせたが、同時に於亀は夫をーついでに父もー一層、誇らしく頼もしく感じた。


 ようやく武田家が完全に織田徳川同盟軍に屈したのは天正十年の事で、これで暫し安気に過ごせるかと思ったのも束の間、今度は既に天下人と黙されていた織田信長が上方で討たれ、またも於亀の周囲は騒然とした戦の空気に包まれた。


 先行きの見えない不安で落ち着かぬ月日を過ごした後、実際に対陣する程に諍っていた父と織田家の後継者、というよりも取って代わった羽柴筑前守の間に手打ちが成った時には、於亀は本心より大いに安堵した。

 長きに渡って戦乱が続けば、固まりかけていた日の本全域に戦火は拡がり、息子達迄もが戦に駆り出されるのでは、と於亀は怖れるようになっていたのだ。


 父の次男ー母が特に憎んだ、母の侍女であった側室が産んだ子ーが筑前守の養子として上方に遣られると知った際には憐れに思ったが、それより感謝の気持ちが強かった。


 於亀は夫だけでなく子達迄巻き込まれるかもしれぬと実感して初めて、生前母があれ程憎んだ織田信長の偉業を素晴らしいものと思ったし、父が頑なに同盟を守り織田に従い続けた理由も理解した。


 あるいは最前線の城の住人とならなければ、今でも於亀には分かっていなかったかもしれないが、妻子に対して冷酷なようであってそれでも父は自分達の為に尽くしてくれていたのだと心服したのだった。


 そういう訳で江戸移封の際にしみじみと父と再会した際は、非常に素直に喜びと感謝の念だけ以て相対する事が出来た。

 ー嫁入る前とは雲泥の差だと、あるいは父は内心では思ったかもしれない。

 於亀は既に息子を父の養子として差し出していたが、その件について於亀から一言あるかもしれぬと考えていたきらいもある。


「此度は夫に新たな所領を頂きまして有り難う御座いまする」

 於亀としては心から礼を言ったつもりだったのだが、父は異なる風に受け取ったらしい。

 ー確かに嫁入り前の於亀自身の態度を思い起こせば無理もないのだが。


「む。……慣れぬ地であるし、石高も不満かもしれぬが。……我等の心掛け次第で、石高など倍増する。未開墾の土地が多い故な。左様心得、信昌を助け、努めるのだぞ」

「はい。努めまする」

「む、む。暫しゆるりと滞在するが良い。姫達も参って居る故、会ってやるが良いぞ」

「ええ。ですが、先ずは弟達に会いとうございます」


 於亀の言葉に、父は目を丸くした。

 余程驚いたのだろうと少し可笑しくなってきて於亀は笑顔を返す。


「さ、左様か。……儂はてっきり」

「母上と兄上のこと、忘れた訳ではございませぬ」

 穏やかに於亀が付け加えたのに、父は途端、苦々しげな貌となる。

 あるいは失望かと見て取り、於亀は誤解されぬようにと素早く、だが心掛けて優しい口調で続けた。


「ですが私は誰も恨んでなどおりませぬ。無論、父上の事も。……寧ろ父上には申し訳無く思っております」

「……」

「私がもう少し、物分かりの良い、賢い娘であったならば、母上をお諫めし、兄上にも気を配って差し上げる事が出来ましたでしょうに。……私は随分と物知らずで、何も分かっておらぬ甘やかされた娘でございましたから」

「亀」

「どうかお許し下さいませ。父上。それから、私が父上に感謝しておりますこと、ご理解下さい」


 暫し父は無言を守ったが、やがて配下の者達と過ごしている際のように朗らかな高笑いを放った。

 家族ー亡き母や兄ーと共に居る際には決して聞けなかった声だった。


「随分と大人になったのう。亀」

「当然でございましょう。最早私は三十路を越えておりまする」

 素早く言い返してから、於亀も又笑う。


「いいえ。年のせいではありませぬ。……良き夫、良き子等に恵まれたからでございましょう。親となって、漸く父上の御心の、切れ端など理解出来るようになった気が致します」

「左様か」

「どうか今後も夫と、子達を宜しゅうお願い申し上げます」


 臣下の妻としての礼を取った於亀に、父は良い良い等と幾分湿った声を出したが、すぐにおどけた風を装う。


「成る程。娘というものは、なるべく早く嫁に出すに限るのじゃな。……まこと、斯様に佳き娘になってくれるとは。信昌にはもっと褒美をやらねば」

「ええ、是非にそうして下さいませ」


 ようやく、父との間に厳然として存在した蟠りー父母の間の溝が培ったモノーが溶けた。

 母の代わりに父と和解出来たのだとも思う。


 その後祖母や弟妹達、姪姫達とも対面し、於亀は大いに満足して夫や子等と共に新しい領国に入った。

 徳川家の本城となった江城ともそれ程遠い訳ではないし、また小競り合いなどはあるものの、大規模な全面抗争となるような敵は周囲に居ない筈であるから、これからは屡々親族とも往き来する事が可能だろうと思うと心強かった。


 於亀も父が父祖伝来の地から退き関東に入ったことで、世は固まり今や関白となった羽柴秀吉が天下人として君臨し平らかになっていくのだろうと推測していた。

 夫、子達の行く末には何の不安も怖れもないと信じていた。


 あるいは於亀はこの頃が一番、幸せだったのかもしれない。


 *


 慶長十九年。


 四人居た息子達は、一人になってしまった。

 僅か十四歳で亡くなってしまった次男の死は未だ於亀の心に突き刺さった儘であったというのに、長男と三男迄もが病を得て歿してしまったのだ。


(戦のせいでなかったのがせめてもの幸い)


 そんな風に思ってみても全く慰めにはならず、於亀はそれでも子等に先立たれ一気に老け込み気力を無くしたかのような夫を慰め、世話をしていたが、その夫も翌年亡くなった。


 嬉しかった、というより大いに慰めとなったのは、早逝した次男と同い年の弟ーしかも家督と将軍職を継いだ、今や武家の頭領と大出世した異母弟だーが、随分と長い文を何度も寄越してくれた事だった。


 そういえば秀忠は、次男の家治だけでなく他の息子達とも仲が良かったと思い出す。

 於亀自身とは、親子程に年が離れていたせいか、弟は礼儀正しい態度を崩さなかったが、それでも、あるいは父よりも弟は一定の気遣いを示してくれたような気がする。


 あるいは亡き兄達の代わりに三男の身で世嗣となり父の後を継いだことに、弟は幾分罪悪感を抱いていたのかもしれない。


 更に年が明け、父が倒れたと聞き、於亀は急ぎ領国を離れ駿府へ向かった。

 父は基本頑健なひとであるが、何と言っても高齢だ。

 風邪を引いたり、あるいは誤って転ぶだけで、身体を大いに損ねる可能性は高かった。


 娘としてー一の姫としてー少しは父の看病や世話をしたいという気持ちがあったのだが。


(……まぁ、分かっていたことなのだけれど)


 当然、隠居の身とはいえ、『大御所』としてつい最近迄この日の本に君臨していた父親だ。

 大勢の側室達や近習等、侍女達に充分良く世話されており、とうの昔に家を出て出家した於亀、改め盛徳院の出る幕など無かった。


 盛徳院は駿府では孫程の年齢の弟達や、同じく見舞いに来ていた将軍家の子達ーつまりは甥ーの相手をして、幾分賑やかに過ごした。

 子達は皆、元服した者達もしていない者達も何れも盛徳院から見ればまだまだ幼く、元気良く闊達で、時折死の影に怯えながらも弾けるような生命力を発散している。


 父とは満足に会えないが、駿府に来て良かったと盛徳院はつくづく思った。


 更に弟の妻、将軍家御台所とも隔てなく会い、言葉を交わす機会を得られたのも良かった。

 今迄も文や進物の遣り取り、短い儀礼的な会見などはあったが、一門の者として親しく会話する、などということは無かったのだ。

 孫達の将来を思えば、将軍家及び将軍家世嗣に多大な影響力を持っているであろう御台所とは、誼を通じるのが得策というものである。


 そんな一大名家としての思惑だけでなく親しくなりたいと思った動機付けは、弟の嫁は子達と同じ位明るく他者の気持ちを引き立ててくれる女人で共に過ごしていると何とも心が軽やかに安らかになる為、であったかもしれない。

 ー少なくとも出家の身には、喜ばしくも望ましい相手だ、と盛徳院は思っている。


「義姉上とは一度ゆっくりお会いしたかったのです。……旦那様も寂しそうですわ。於督様がお亡くなりになってしまって……気落ちされたご様子です」

「……でも私は秀忠殿、いえ、上様とはあまりお会いした事はないのですよ」

「あら。でも、旦那様は随分と慕っておいでですわ」


 義妹が目を丸くして言うのに、ついつい盛徳院の心も表情も和らいでいく。


「私にも姉が二人……おりましたが、姉との思い出話などすると、旦那様は羨ましそうなお貌をなさいます。本当は姉上様方にもっと甘えたかったのでしょうね」

 夢見るような眼差しを宙に漂わせる義妹にかかると、弟は随分と愛らしく素直な少年であったように思えてくるから不思議だ。


 無論、盛徳院は弟が少年の頃も今と大して変わらず真面目かつ冷静でー場合によっては父よりも酷薄ですらあったと承知していたが。


「本当は義姉上様も江戸でお暮らし頂けると宜しいのですけれど」

 ちらと義妹が上目遣いのお願い目線を向けてくるのに、盛徳院は苦笑した。


「さ。そういう訳には参らぬでしょう。私も孫達を見てやらねばなりませぬ故」

「……左様ですね」


 弟だけでなく父もこの嫁には弱くて甘いと、駿府に到着して早々、共に居会わせた際に覚っている。

 確かに徳川家の周辺には居なかった型の女人であり、父も弟も今迄随分とこの女人に心慰められ、力付けられてきたのだろうと盛徳院は思った。


 御台所と将軍家の下の息子は先に江戸へ帰されたが、弟将軍とその嫡男は最後ー父を看取るー迄、盛徳院等と共に駿府に滞在し続けた。


 父の末期の水を取り葬儀に参列して後、盛徳院は国許へ戻った。

 御台所に告げた通り、孫達の後見をし奥平家の所領を安堵するのが己に残された最後の務めだ。


(父上は最後に何を思われたのであろう。……母上や兄上のことを、僅かなりとも思い出して下さっただろうか)


 正直盛徳院には疑問であった。

 何と言っても父の生涯は長いだけでなく余りにも波瀾万丈であり過ぎた。

 正妻と嫡男とはいえ、父にとって如何程に意味が、重みがあったのかは、盛徳院には分からない。


 父はもっと、遙かに大きなものを求め、戦い続けたひとだったのだ。


 死しても尚、神として日の本を守るというのもご苦労な話としか盛徳院には思えない。

 娘としては安らかに静かに眠っていて欲しいし、人としてそうあるべきだと考えたものの。

 あるいは父にとってはこの日の本の国自体が愛情と情熱を傾ける対象ー妻子より勝る存在ーであったのかもしれない。


 無事居城へ戻ってから、盛徳院は毎朝東の空を眺めた。


 日輪が現れる処を。

 ーあるいは父が居る場所を。

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