第59話

 かくして天城院家への宿泊イベントが終了したわけだが、まだ夏休みは序盤の序盤。

 今年は昨年みたいに旅行の予定などもない。

 習い事はあるが、それを差し引いても時間はたっぷりとある。


 時間があれば、まぁ、普通はするよね。しないとか逆にあり得ないだろ。


 てなわけで、一日中ゴロゴロしようと思います。いえーい。

 

 取り敢えず邪魔されないように鍵をかけようとしたところで、勢いよく開いた扉におでこをぶつけた。

 ゴチン、そんな鈍い音がして痛みが走る。


「ーーツ…!? 痛…!?」

「夕、入るわよ。ってなんで頭を抑えてるのよ」

「お、お前がいきなり開けるからぶつけたんだよ! せめてノックくらいしろよ」


 少し…いや結構痛い。


 私はズキンズキンするおでこを抑えて、下手人である夜瑠を睨みつける。


「は、入るわよって言ったじゃない。て言うかなんでそんなところにいたのよ」

「入ってから言っても意味ないし、ここは私の部屋だからどこに居ようと私の自由だろ」

「……悪かったわ。今後気をつけるから許してちょうだい」


 流石に自分に非があると認めたのか夜瑠は素直に頭を下げた。


「分かった。今回は許すけど今後は絶対ノックしろよ」


 はぁ、と一つ溜息。

 

「で、一体何の用なんだ? 何か用があったんだろ?」

「特に用はないわ。暇だったの。夕も暇でしょ?」

「いや私はゴロゴロするのに忙しいんだけど」

「そう暇だったのね。ちょうどよかったわ。遊びましょ」

「だから…あー……分かった分かった」


 どうやら夜瑠の中ではゴロゴロすることは予定に入らないらしい。

 まぁ、こればっかりは子供には理解できないかもな。なんて心の中でマウントを取りつつ、「で、何をするんだ」と問いかけた。

 

 夜瑠は朝日や真昼と違いあまりスポーツが好きではない。だから運動ってことはないはず。


 そう思っていると、案の定。夜瑠はポケットからトランプを取り出した。


「ふーん、トランプか。またババ抜きでもやるのか?」

「ふふふ、トランプで出来る遊びがババ抜きだけだと思わないことね。今回やるのはスピードっていうゲームよ。ルールは分かるかしら?」

「分かるけど」

「え!? 何で知ってるのよ!?」


 やけに自信満々に言う夜瑠に即答すると、夜瑠の表情が崩れた。

 どうやら私がルールを知らないと思っていたらしい。いや、知らないと思ってたなら勝負を持ちかけるなよ…。


「ま、まぁいいわ。夕はこっちのカードをシャッフルしてね」

「ベッドの上でやるのかよ…」


 何の迷いもなくベッドの上に乗ってカードをシャッフルする夜瑠に呆れながら、私もベッドに腰をかけシャッフルする。


「そのくらいでいいわ。じゃあやりましょうか」

「了解。掛け声はどうする?」

「スピードで」

「分かった」


 目を合わせ、タイミングを取る。

 せーの。


「「スピード」」







「次は勝つわ、覚えてなさい!!」


 そんな言葉を残して夜瑠は部屋を出て行った。

 言葉から分かる通り、勝負は私が勝った。圧勝だった。

 と言うよりも、恐らくだが夜瑠はルールを覚えただけでやったことがなかったんじゃないかなと思う。私と対等に戦う為に。

 付け焼き刃にしても、弱すぎるレベルだったし。


 そうなると、夜瑠には少し可哀想なことをしたかもしれない。


「……まぁ、今度優しくしてあげればいいだろ…」


 いい頭の運動にもなったし、そろそろゆっくりとゴロゴロするか。

 そう思い、鍵をかけようと立ち上がる。


 と、同時にばーんと勢いよく扉が開けられた。なんかデジャヴ。


「夕ちゃん! 遊ぼう!」

「バドミントンやりましょう!」


 ズカズカと部屋に入ってきたのは、シャトルとラケットを持ったアウトドアの二人……と、そんな二人に捕まったのか死んだ目をしてる夜瑠の姿だった。

 

「いや私は用事がーー」

「え、本当ですか? でしたら非常残念ですけど…」

「夕の用事はゴロゴロすることらしいわ」

「じゃあ大丈夫だね! やろう!」

「夜瑠!?」


 思わず夜瑠を睨むと、夜瑠は鼻を鳴らし「道連れよ」と悪どい笑みを浮かべた。


 断る理由を失った以上、もう二人は止められないだろう。


「取り敢えずノックはしてくれ…」



 私は大きく溜息を吐いた。

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