一人っ子男児の俺が四つ子姉妹の一人になったわけ

第58話

「西四辻様。お迎えの方が来ました」

「僕が来てやったぞ。って夕立！？　どうした！？」

「もうそのネタいいから、くどいよ」

「え、これ僕がおかしいのか……？」

　迎えが来たのは、やけに豪華な朝食を食べた後、少ししてからだった。

　使用人に連れてこられたのは奏時一人。

　迎えに来ると言っていた父さんの姿はない。

「あれ、父さんは？　一緒じゃないの？　ていうか何でいるの？」

「父さんは車で待ってるよ。僕は個人的な用事があったから今日はついてきたんだ」

「個人的な用事？」

「あぁ、ちょっと彼女と話しておきたくてね」

　気になって問いかけるとそんな返事が返ってきた。

　おいおい、小学生にしてもう彼女とかいるのかよ……さすがイケメンは違うね。とか思ってたら奏時が慌てて「ただの友人だよ」と言葉を繋げた。心でも読めるのかお前は…。

「兄さんの…友人ですか……？」

「あぁ、友人さ。刻（きざみ）って言うんだ。会わなかったかい？　ショートカットの子だよ。そこにいる常葉ちゃんの姉なんだ。彼女、携帯を持ってなくてね。こうして直接会う機会がないと連絡が取れないんだ」

「えーと…」

「あ」

　脳裏に浮かんだのは夜に廊下で会った女性。

　言われてみれば常葉と顔の形が似ていた気がする。

「その様子だと夕立は会ったんだな」

「うん。昨日の夜に少しだけ…」

「大丈夫か？　何もされなかったか？」

　え、何。何かされる可能性あったの…？

　まさかとは思うけど、常葉並にヤバイ感じの人なのか…！？

「な、何もされなかったけど？」

「ならいいんだ……うん、よかった」

　ホッと安堵の息を漏らす奏時。

　マジでヤバイ人なの…？　そんな雰囲気はしなかったのに……いや常葉だって黙っていれば普通に可愛い女の子だし。

　やっぱ人は見かけによらないんだな。

　改めて教訓として心に刻む。

　同時に学園内で見かけたら距離を取ろうと思った。下手に触れて常葉みたいになったら嫌だし。触らぬ神に祟りなしってね。

「ーーと、あまり時間がないんだった。悪いんだけど、常葉ちゃん。刻の部屋がどこか分かるかな？」

「……」

「常葉ちゃん？」

　沈黙。

　聞こえていないわけではないのだろう。

　しかし常葉は何も答えず、代わりに後ろで控えていた使用人が「僭越ですが」と前振りを入れて答えた。

「刻様のお部屋はここから出て右にある廊下の突き当たりにございます。案内致しますので付いてきて下さい」

「そうか、ありがとう。じゃあ僕は刻に会ってくるよ。皆は荷物をまとめて待っててくれ」

　奏時は常葉に対して何も言わずに、使用人と部屋を出て行った。

　残された部屋には、気まずい空気だけが流れる。

「そ、それにしても常葉ちゃん、お姉ちゃんがいたんだね。初耳だよ」

　ここで切り出すのはやはり真昼だ。

　この空気でよく切り出せるものだ、と思わず感嘆の声が漏れる。

　しかも明らかに何か問題があった感じの姉関係の話題。

　うん私だったら絶対聞けないわ。怖くて踏み込めねぇよ。

「お姉ちゃんってどんな人なのかな……夕ちゃんは会ったみたいだけど…私知らなくて」

「……」

「今度紹介してほしいかなってーーー」

「やめてください」

「…え？」

「あ、いえ、何でもありませんわ……ごめんなさい。私、あまり姉とは仲がよろしくなくて。紹介はしたくありません」

「そうなんだね。ごめんね無理言っちゃって」

　謝りながら、此方にチラと視線を向けた真昼は、私に近づくとそっと耳打ちをした。

「常葉ちゃんの夕ちゃんと朝ちゃんへの執着。…何とかできるかもしれないよ」

　…え？

　いや、そうか！

　常葉の異常なまでの執着心。その原因が姉との仲の拗れにあるとするならば。

　二人の関係を解消すれば、彼女の暴走も止められるのではないか。

　自分から神と関わりを持たなければ、祟りを受けることはないが、利益を得ることもない。

　少々リスキーだが、常葉の執着心を無くすことが出来るのならば、祟りを含めても関わる意味は十分ある。

「今日から……いや、休み明けから本気だす」

「夕ちゃん…」

　残念なものを見る目で見てくる真昼。

　いやだってしょうがないじゃん。眠いんだもん。今日からは無理だよ…うん無理。

◇

「連日ありがとうございました。お邪魔いたしました」

「お邪魔しました」

「また学校でお会いしましょう。再会できる日を楽しみに待っておりますわ、お姉様方！」

「あ、うん」

　奏時が来てから約三十分。

　すっかり調子を取り戻した常葉に、私たちはそれぞれ強く抱きつかれる。

　てか、私の時間だけ長すぎないかな。

「夕立お姉様。休み明けから今まで関われなかった時間を一緒に穴埋めしていきましょう」

　そう思ってたら何か不穏なことを言い出した。

「あ…はは……」

　やっぱり今日から行動すべきだったか……若干後悔する私に、真昼が冷ややかな目で「だから言ったじゃん」と告げてくる。

「いつまで抱きついてるのよ」

「もう少し…このままで」

「長いわよ！」

　ナイス夜瑠。

　強引に常葉を引き剥がす夜瑠に親指を立てる。

「むぅ……」

「常葉」

　引き剥がされた常葉は頬を膨らませていたが、後ろから来た母親の声に、コホンと咳払い。慌てて表情を整えた。

「茉莉さんですね。僕は西四辻奏時と言います。妹達をありがとうございました」

「奏時さんの話は度々耳にしております。今後も刻と仲良くしてあげてください」

「はい、勿論そのつもりです。…行くよ、皆」

「皆おかえり。奏時、ちゃんと引率できたかい？」

　門を出ると、近くに止まっていた車の窓から顔を出した父が言った。

「はい、バッチリです」

「そうか。じゃあ次の社交界も期待してるよ」

「任せてください」

　乗り込み会話を続ける奏時と父を傍目に、私は窓から、出てきた門をぼんやり眺める。

「よし、車を出すよ。忘れ物はないかい、特に夜瑠」

「だから何で私なのよ！」

「まぁ夜瑠ちゃんですから」

「それフォローになってないわよ！」

　ぎゃーぎゃー騒ぐ夜瑠にそれを宥める朝日と真昼。いつもの喧騒。

　日常に戻った安心感からか眠気が一気に襲いかかる。

　遠ざかっていく天城院家から視線を離し、私はゆっくり目蓋を閉じる。

　もう限界……おやすみ。

「夕も何か言い………あっ。うん、おやすみなさい、夕ちゃん」