第55話

 シンと静まり返る室内。


 常葉は勿論、気がつけばオセロを嗜んでいた朝日と真昼の二人も手を止めてこちらに視線を向けていた。

 朝日はあちゃーと頭に手を当てながら、真昼は苦笑を溢しながら。


「な、何故夕立さんがそれを……」


 あー、はい。そうでしたね。その話をしてたのは私が朝日と入れ替わってる時でしたね。私が知ってちゃ可笑しいですよねー。


 一年以上前の話だから、いつ交わした会話なのかすっかり忘れていた。


「そうですね…………今のは無かったことにしてください」

「駄目ですわ」


 そそくさに席を立ち、部屋から出ようとしたら腕を掴まれた。

 いや何でそんなに嬉しそうにニコニコしてるんだ。

 やめろ、いつも朝日に向けてるキラキラとした目で私を見るな。ワキワキと手を動かすな。近づくなっ!


「やっと見つけましたわよ、お姉様」

「ひぃっ……ち、違う。わ、私は朝日から話を……そう! 私は朝日から話を聞いただけで……なっ、朝日?」

「苦しすぎますよ、夕ちゃん。はぁ……分かりました」


 私の視線を受けて、仕方ないですね、と朝日は「参りました。私の敗けです」と真昼に軽く頭を下げてから、こっちに歩いてきた。

 そして私の隣に立ち、常葉と対面すると頭を下げた。


「今まで黙っていてごめんなさい。そうです、水族館の時も、壁ドンの時も私と夕ちゃんは入れ替わってました」

「あ、朝日ー!?」


 てっきり一緒に言い訳を考えてくれるとばかり思っていたので、突然のカミングアウトに変な声が出た。

 

「――な、何を言って……」


 咄嗟に誤魔化そうと口を開いたが、朝日の顔を見て言葉を止める。


「常葉ちゃん、本当にごめんなさい。本当のことを言って常葉ちゃんに嫌われることを考えたら私……ずっと自分から言い出せなくて」


 今にも泣き出しそうな表情で何度も頭を下げる朝日に、私は思わず下を向いた。


 今の朝日と常葉の関係は私が作り上げたものだ。朝日が一から構築したものではない。


 初めの頃は、嫌なやつとして捉えていたかも知れないが、今ではお泊まり会をするほどの仲になった大切な友人に、本当のことを話せないとは心苦しかったのだろう。


 ――朝日が悩んでいたなんて知らなかった…………何故気づかなかったんだ。


 私は二度人生を歩んでいるのだから、気づかなければいけなかった。


「ごめんなさい」


 朝日と常葉、どちらに対して謝ったのか、私にも分からない。しかし、自然と口から出ていた謝罪の言葉に、常葉は間髪入れず高らかに笑った。


「別に気にしてませんわよ。むしろ犯人当てゲームみたいで楽しかったですわ。まぁ、宵凪さんが先に見抜いてたのはムカつきますけど」

「でも……私は常葉ちゃんが認めるような人じゃなくて――」

「お姉様はお姉様ですわ。確かにきっかけは夕立さんですけども、朝日さんのことをお慕いしているのは間違いありません」

「だけど私は――」

「あー、もう。しつこいです! 朝日さんも夕立さんも私のお姉様なの! これは決定事項ですから覆りません!」


 プイッと頬を膨らませ、横を向く常葉に私と朝日は互いの顔を見合って苦笑を溢した。


 あー、これで私もお姉様認定か。

 まぁ、今なら……いや今しか思えないと思うけど、悪くはない、かなぁ。







「私達完全に蚊帳の外だね夜瑠ちゃん」

「どうでもいいわよ……あー眠……」

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