第54話
風呂から上がった後は、お手伝いさんが運んできた夕食を食べ、夜瑠の持ってきたトランプを数回してから、各々自由時間となった。
いつもの夜瑠なら、「何言ってんの、トランプはまだ始まったばかりよ!」的なことを言いそうなものだが、バスケットボールと風呂の所為で流石に疲れてしまったらしく、淑女がするようじゃない格好で大胆にダラけていた。
自宅じゃないから大胆な格好をしても怒られないと少々羽目を外しているようだけど、油断しすぎだ。そろそろ常葉の視線が集中して自分に向いてることに気づいたほうがいいと思う。
うん、完全にロックオンされていますね。とりあえず合掌、南無三。
一方で朝日と真昼とは言うと、二人はオセロをして遊んでいた。流石は日頃から活発に運動をしている二人と言ったところだろう。体力的にまだまだ余裕があるように見える。
あー……黒は真昼か。
盤面を見るに黒が角四マス全てを陣取り優勢。どうみても白の勝率は低そうだ。現に朝日は険しい表情を浮かべており、石を打つ手は遅かった。
だが、まぁ、そんな劣勢の中でも諦めない姿勢は素直に称賛する。
私が朝日の立場ならとっくに諦めて降参していたことだろう。諦めの早さには自信があるからな……
「夕立さん、隣よろしいかしら?」
「………あー、夜瑠はもういいのか?」
「えぇ、十分に堪能させていただきました。では、失礼しますわ」
なんて、私自身することもなかったので、ボーッと二人の勝負を眺めていると、夜瑠を見つめることを終えた常葉が私の隣に腰を下ろした。
堪能って……うん、聞かなかったことにするのが一番だな。返す言葉が見つからないし。
てか座る位置近すぎないか。身の危険しか感じないからもっと離れて欲しいんだけど。
そんな私の思いとは裏腹に、常葉は更に私に身を寄せるようにして座ると、盤面を一瞥して小さく呟いた。
「どうやらお姉様が劣勢みたいですね」
「そうだな。まぁ本人は諦めてないみたいだから逆転の可能性も十分あると思うが」
「ですわね…真昼さんは置ける場所が限られてますし。置ける場所を無くすように誘導出来れば可能性はありますわね。次置くとするなら…B6とかF2が妥当でしょうかーーってお姉様、そこは…くっ…で、ではG6をーー」
…無視でいっか。
ぶつぶつと独り言を漏らしながら推察を始める常葉、を無視すること数分。
「ーーはっ」
「おかえり」
ようやく思慮の海から帰ってきた常葉に声をかけると、常葉は気恥ずかしそうに顔を逸らして、「と、ところで話が変わりますけど」と言葉を繋げた。
「私最近クリオネを飼い始めましたの」
「へぇ、そりゃ凄いね」
常葉が出す話題だ。てっきり、朝日の良いところとか、夜瑠を眺めた感想とかそう言った話題が来るかと思い一瞬身構えたが、単なる雑談だと分かり、見構えを解く。
「クリオネの飼育とかってどんな感じにしてるの?」
「簡単ですわよ。してることと言えば月に一、二回海水を入れ換えることぐらいですし」
「えっ、餌いらないの?」
「栄養分を配合している海水を使用してますから餌は不必要、だと聞きましたわ」
ふぅん、結構簡単に飼育できるんだな……もっと手間がかかると思ってた。
それにしてもクリオネか……クリオネと言えば確か……
「――そう言えば確か昔はチョコロネって間違えて言ってたよな」
「え――」
「あ――」
空気が凍った気がした。
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