第50話

 終業式が終わり夏休みに入ると、あっという間にその日はやって来た。

 持ち物の準備は前日に既に終わっていたので、朝食を摂ったらすぐに天城院家に向かうことになる。


 そのため、私は食が進まないでいた。


「夕立、早く食べなさい。今日は天城院さんの家に遊びに行くんでしょ?」

「ごめんなさい」


 スクランブルエッグを特に意味なくフォークでつついていると母から叱責を受けてしまった。

 即座に謝り、スクランブルエッグを口に運ぶ。ご飯を口にしても食指が全く働かない。それどころか胃が痛む。


 ……何故遊びに行くというのにこんなにも胃がキリキリと痛むのだろうか……。行きたくない遊びとか、これもう出張と大差ないのでは……?


「――それでね、せっかくルールを覚えたんだから向こうに着いたら皆でトランプをやろうと思うんだけど……どうかな?」

「いいですね」

「私もいいけど、私ババ抜きくらいしかルール知らないわよ?」



 そんな私とは相反的に既に食事を終え、私待ちをしてる朝日と真昼、夜瑠の三人は楽しそうに会話を交わしていた。


 今回の件で私たち姉妹と天城院とで会話する機会が増え、朝日はもとより、真昼と夜瑠も天城院と友人関係を築いていた。なのでシンプルに友人の家に外泊と言う初めての体験が楽しみなのだろう。

 私だって泊まる先が天城院家じゃなかったら楽しみにしていたかもしれないので、気持ちは分からないでもなかった。


 ……はぁ…楽しみにしている三人をこれ以上待たせるのも悪いしな……

 よし! もうウジウジするのはやめよう……! 私らしくない!



 私は再度、目の前の朝食を見据える。


 相も変わらず食指は働かないが、私はフォークを握り直すと、一気にご飯を口に詰め込んだ。






 食事を終え、それぞれの部屋に戻った私たちは荷物を持って玄関へ集合する。

 西四辻家から天城院家までは結構距離が離れているので送り迎えは父が車を出してくれる話になっていた。



 車を車庫から出しに行っている父を待ちながら、ふと皆の荷物に目をやった。



 必要最低限なモノしか入れてないので私の荷物は鞄一つ。

 対して朝日は二つ、真昼も二つ。そして、何故か夜瑠は五つ鞄を持っていた。

 

 何で夜瑠の荷物はこんなに多いのだろう。

 純粋な疑問が込み上げてくる。


「夜瑠、荷物多くね?」


 単刀直入に聞いてみると、夜瑠は私の荷物をジトッと見て鼻で笑った。


「夕が少なすぎるのよ。それ中身何入ってるのよ?」

「パジャマと明日用の服、歯磨きセットだが? 夜瑠こそ何が入ってるんだ?」

「手鏡にコーム。ハンドタオル、ハンドクリーム、リップクリーム、シャンプー、リンス、ドライヤー、ヘアゴム、ウェットティッシュ、絆創膏、折り畳み傘、テディベア、抱き枕――」

「……なぁ、それ本当に全部必要か?」

「必要に決まってるじゃない!! そんなのも分からないなんて、夕ってホント女子力皆無よね」

「うぐっ……」


 くっ、確かに女子力の話を持ち出されたら何とも言えない……。

 これが女子の間では普通なのか……? 


 いや、でも待てよ……


「朝日も真昼もそこまで大荷物じゃないんだが?」

「……あっ、真昼。ちゃんとトランプを持ってきてくれた?」

「あ、うん持ってきたよ?」

「そういえば聞いてなかったけど、夕もババ抜きくらいは出来るわよね? 分からないなら教えてあげるけど」


 静かに問いかけると、夜瑠は数秒私の目を見たあと、露骨に話題を変えてきた。


 ……少し大人気なかったかな。


 私は内心反省しつつ、夜瑠の話題に乗ってあげることにした。


「一応できる。一般的なルールの範疇ならだけど」

「じゃあ問題ないわね」


 そんな会話をしてる間に車を出しに行ってた父が戻ってきた。


「皆。準備できたから早く車に乗り込んで……」


 父の声が止まる。その目線の先には夜瑠の荷物が。

 何となく未来が察せてしまった私たちは顔を逸らした。


「夜瑠、使わないものは置いてきなさい」

「全部必要……」

「置いてきなさい」

「……はい」


 淡々と告げる父に逆らうことは出来ず、結局夜瑠は荷物を二つまで減らした。

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