第49話

 青空に入道雲がわき、梅雨明けの暑さがことのほか身に堪えるようになった七月の後半。

 長く続いた一学期も終わりが近づき、夏休みまであと少しというところで、滑り込みセーフとでも言うように面倒事が飛び込んできた。




「……今なんて?」


 聞き間違いだったかもしれない。そんな一縷の望みをかけて私が再度問いかけると、期待に反して朝日は先程と同じ言葉を繰り返した。


「常葉ちゃんに誘われたから、私と一緒に天城院家に遊びに行きましょう」


 敬語。そう、一学期のとある日を境に朝日は言葉遣いを丁寧なモノへと変えていた。初めは違和感しかなかったが、今ではそこまで気になることはなくなった。


 ――ってそうじゃなくて。


「何で私が? 誘われたのは朝日だよね? 私関係ないよね?」


 正直あまり天城院と関わりたくないんだが。桜小路の時みたいにバレる可能性もあるわけだし……。ましてや家に遊びに行くなんて危険すぎる。

 出来ることならパスしようと思って口を開こうとした矢先、朝日はにっこり微笑むとドンッと私の顔の横の壁を思いっきり叩いた。


 暫し唖然。

 壁ドンされている事実に遅れて気づく。

 

「あの……朝日? 何してるのかな?」


 顔が近いんですけど。まるで鏡を見てるかのような錯覚に襲われるから離れてほしい。


「夕ちゃんは私と入れ替わったあの日、こんな風に常葉ちゃんに壁ドンをしたのでしょう?」

「ま、まぁ、そうだな……」

「常葉ちゃんが盲執してるのは、私ではなくあの日壁ドンをした――つまり夕ちゃんです。さて、ここで問題です。私がこの事実を常葉ちゃんに教えたらどうなるでしょうか?」

「じ、冗談だよな?」

「自分だけ逃げられるとでも? 一緒に来てくれますよね?」


 笑顔なのに笑っていない目がそれが暗に本気だと語っていた。

 

「分かった、行くよ。行けばいいんだろ。けど私も行くことを天城院に伝えてあるのか?」


 こんなこと言われたら断れるはずがないだろ。いつから朝日はこんなに腹黒くなったんだ……


 承諾すると、朝日は壁に突いていた手を離し、質問に答えるように小さく頷いた。

 

「ええ、それについては大丈夫です。常葉ちゃんが是非『姉妹全員で遊びに来て下さい』と言っていたので。真昼ちゃんと夜瑠ちゃんも一緒に連れて行く予定です」

「姉妹全員……で、ね」


 何故だろうか。凄く嫌な予感がした。


「……ま、いいや。それで、天城院家にはいつ行くんだ? 持ち物は何かいる?」

「夏休みですね。持ち物は……確かパジャマを持ってくるようにと言ってました」


 へぇ、パジャマ。……パジャマ? 


「え? 泊まり?」

「はい、そうですよ。あれ、言ってませんでした?」

「一言も言われてねーよ」


 淡々と返された言葉に軽く絶望しつつ訊ねる。


「……父さんか母さんに許可は貰ったのか?」


 西四辻家の規則は厳しい。

 近所だろうが家の敷地外には自由に出て行けないのが現状だ。

 そんな中、外泊するとなれば当然許可はいる。


 だが、朝日はこれも問題ないと頷いて返してきた。


「ええ、既にお父さんとお母さんに話して皆の分の許可は貰っています」

「そりゃ用意周到なことで……もし私が断ってたらどうしてたんだよ」

「夕ちゃんは優しいですから、断らないと信じていました」

「信じてたなら脅しにくるなよ」


 大きく嘆息。夏休みに天城院家に泊まることは確定事項になってしまったようだ。


 本能が行くなと私に訴えているが、こうなってしまった以上は仕方ない。


 ……頼むから何も起こらないでくれよ。


 そう天に祈る他なかった。

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