第48話

(夕立さんは一組……でしたわね。さて、どのように話を切り出しましょうか。……おや、あの方達は……?)


 ゆっくりと足を進めていた常葉は、一組に辿り着く―――手前で足を止めた。


 眼前にはコソコソと覗き込むようにして扉の隙間から教室の中を見ている不審者の影が二つ。どちらも教室の中を覗き見るのに夢中で常葉には気づいてないようで暢気に会話を続けていた。


「なぁ、聞いていいか、奏時くん。私たちは何でここにいるんだ」

「夕立は病み上がりなんだぞ。心配じゃないか」

「オーケイ。質問を変えよう、何故こんなにコソコソ覗く必要があるんだ?」

「自然体の姿が見たいじゃないか」

「とんだシスコン野郎だな、君は」



(……ッ!?)


 その姿を認めた瞬間、常葉は体を反転させ背を向けた。

 心臓がバクバクと大きく鳴り、鏡を見なくても顔が引きつるのが分かる。


 双方知っている人だった。


 一人は西四辻奏時。西四辻家の長男にして容姿端麗の優等生。校内では白雪王子と呼ばれるほどの有名人。

 そしてもう一人は、


(何で……あの人がここに……!?)


 天城院てんじょういんきざみ

 常葉の実姉して常葉が最も会いたくない人だった。


(……夕立さんにコンタクトをとるのは諦めるしか無さそうですね)


 今一組に突撃しようものならあの姉と鉢合わせになる。あの人とは顔も合わせたくない。


 ゆえに常葉は気付かれぬよう立ち去ろうとするが。


「ん? きざみ。あれ、お前の妹じゃないか?」

「……え? あっ、ホントだ。おーい常葉ちゃん」


 背後から聞こえてきた声を無視して歩みを進めるが、逃げ切ることは出来ず常葉は肩を掴まれた。


「待ってってば、常葉ちゃん」

「なにか用ですか? 刻姉様」


 常葉は振り向かずに静かな声で問う。


「いや用は何もないんだけどたまたま見かけたから――」

「――ならば私に話しかけないでください。貴女と声を交わしたくないです」


 淡々と告げられた回答に、刻は表情を曇らせた。


「どうしてこうなったのかな、昔みたいに仲良く」

「無理ですわね」

「……そう。……無駄話に付き合わせちゃってごめんね」

「いえ、では失礼しますわ」


 そう言って常葉は肩に乗った手を振り払い、再び足を運び始める。

 

(昔みたいに仲良く……ですって。冗談じゃありませんわ。私を見てくれてないくせに、私の事を何も知らないくせに! よくそんなことをのうのうと言えますわね)


(やっぱりあんな形だけの姉より、朝日お姉様の方が良いですわ。……もう一人のお姉様も早く見つけて、実姉のことなんて―――忘れてしまいたい)


(そう考えると今日のチャンスは勿体無かったですわね。……そうだ! 夏休みに朝日お姉様経由で四人とも家に招待してみましょうか……)


 常葉はチャンスをふいにしたことを悔やみながらも次の作戦に向けて着々と思考を広げていた。







 うーんスッキリ。

 昼休みを全て犠牲にしたからか、眠気がほとんど無くなっていた。

 おかげで午後の授業は息止めなんてせずとも受けることができた。


 まぁ、代償にお腹が鳴り出すことが幾度かあったが……居眠りよりはマシだと考えることで溢れんばかりの羞恥心を何とか抑え込み、ようやく帰宅の時間。


 私、朝日、真昼、夜瑠。そこに珍しく奏時が加わった五人で下校していると、唐突に奏時が口を開いた。


「なぁ、皆。僕のこと……嫌いか?」


 深刻そうな表情から出たその質問に私たちは思わず顔を見合わせて笑ってしまう。


「何言ってるのよ、兄さん」

「私たちが兄さんの事を嫌いになる、わけないでしょ?」

「大切な家族だもんね」

「朝日の言う通りだ。私達が奏時を嫌いになるわけないだろうが。突然どうしたんだ、なんか変だぞ?」


「いや、少し思うことが昼休みにあってね。……それはともかく。ありがとう四人とも」


 よく分からないが、まぁ感謝されたら返す言葉は一つしかない。朝日たちも同じ考えに至ったようで、タイミング合わせもしていないのに声が重なった。


「「「「どういたしまして」」」」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る