第45話 別視点
週が明け、月曜日の朝。
鳴り響く目覚ましの音で目覚めた私が、制服に着替えて部屋から出ると喧騒が響き渡っていた。
声の発生源は夜瑠ちゃんとまーちゃんだ。
「あー! ない! ないわ! 私、算数の教科書どこやったっけ」
「ちゃんと前の日に準備してないからそうなるんだよ。もう、仕方ないなぁ」
聞こえてくる会話的にどうやら夜瑠ちゃんの教科書が行方不明になって、それをまーちゃんが一緒になって探しているらしい。
「おはよっ。夜瑠ちゃん、まーちゃん、朝から大変そうだね。私も手伝おっか?」
扉が全開のせいで丸見えになっていた夜瑠ちゃんの部屋の前で立ち止まると、夜瑠ちゃんとまーちゃんがこちらに気付き軽く手を上げた。
「おはよう朝ちゃん」
「おはよ、朝日。せっかくだけど、真昼がいるから大丈夫よ。ただ、もう少し探すのに時間がかかりそうだから夕の部屋に向かってくれる? 何なら先に食堂へ行ってて」
「あー、うん。オッケー。了解したよ!」
熱の一件以来、夜瑠ちゃんは毎朝早くから夕ちゃんを迎えに行くようになっていた。本人は頑なに理由を言わないし、断じて認めようとしないが、大方、次に夕ちゃんが倒れたとき一番初めに駆け付けたいのだろう。
気持ちは分かる。だって、弱ってたときの夕ちゃん凄く可愛かったもん。
普段の凛々しい夕ちゃんからは想像できない乙女チックな態度。庇護欲を掻き立てる弱々しい仕草。
前回はお母さんがずっと付きっきりだったし、登校の時間が近づいていたから断念せざるを得なかったものの、夕ちゃんのことが大好きな夜瑠ちゃんがそんな希少な機会を一度ならず二度も見逃すはずがない。
勿論、心配だからという気持ちもあるのだろうけど、おそらく6:4くらいで前者の気持ちが上回っているのだろうと私は考えている。
夕ちゃんの部屋をノックすると、既に準備していたのか一分経たずに制服に身を包んだ夕ちゃんが小さく伸びをしながら出てきた。
「夕ちゃんおはよう」
「おはよう。あれ、今日は夜瑠じゃなくて朝日なのか」
「夜瑠ちゃんは探し物があるらしくて……」
「ふーん……ま、いいけど」
夕ちゃんは興味無さそうに素っ気なく言うと、手で口元を覆い隠した。夕ちゃんの目尻に涙が浮かぶ。
「うん……まだ眠いわ。あー……熱の所為で完全に生活リズムが崩れてやがる」
土曜、日曜と一緒に習い事をこなしていたから問題はないと思うけど、一応と私は夕ちゃんに訊ねた。
「夕ちゃん、本当に大丈夫? ちゃんと授業受けれる?」
「ん? あー。体調なら全然へーき。完全復活したよ。ただ……ひたすらに眠い」
そう言って今度は手で覆うことなく欠伸をする夕ちゃんと共に、私は食堂へ向かった。
私達が食堂に着いてから数分後。夜瑠ちゃんとまーちゃんもやって来た。
「聞いたぞ、夜瑠。これからは準備はちゃんと前日の夜にしとけよ」
「分かってるわよ、奏時兄さん。反省してるわ。真昼も付き合わせて悪かったわね」
「ううん。別に私は気にしてないよ」
「朝日もありがと。夕を迎えに行ってくれて」
唐突に話題を振られたので一瞬驚いたが、すぐに笑顔を向ける。
「全然いいよ別に」
「こら! 早く食べなさい遅刻するわよ!」
「はーい」
「じゃ、私はここで」
「休み時間に会いに行くね」
「じゃあまた三人とも」
三人と別れ二組の教室に入ると、窓際の席から私に手を振りながらツインテールの女の子、翔ちゃんが近づいてきた。
「朝日ちゃん、おはよー!」
「おはよ翔ちゃん。元気だった?」
「うん! 元気だよ。……むっ……」
何かに反応するように翔ちゃんの目付きが鋭くなる。
いつものことなのであまり気にしていないが、彼女が近づいてくるのだろう。
予想は当たった。
「お姉様ぁぁ!! おはようございますぅう!!」
「うぐっ……」
教室の端から目で見えない速度で私を抱き締めてきたのは、常葉ちゃんだ。毎度毎度思う。何故そんな速度を出せるのだろうか。
「お、おはよう常葉ちゃん……」
「お会いしたかったですわ、お姉様」
「そ、そうだね……」
何て返すのが最善策なのか分からず、曖昧に返すと同時に翔ちゃんが声を荒げた。
「常葉さん! 離れてください、朝日ちゃんが嫌がってます」
「うるさいですわ、
「ふーんだ。家の力を頼りにする人は朝日ちゃん、嫌いだって言ってたけど、嫌われたいのかな? 常葉ちゃんは」
「くっ、卑怯ですわよ……」
繰り広げられる喧嘩。これも毎度毎度のこと。
二人は顔を合わせる度こうなのでクラスメイト達も「またやってる」とさほど気にしてはない様子だ。
どうでもいいけど私を中心に繰り広げるのいい加減やめてほしいかな……。二人とも個人としては嫌いではないが、正直争っているときはめんどくさすぎて関わりたくない。
私の話まるで聞いてくれないし……。なのに解放してくれないし……。
今日も授業が始まるまで耐久戦か、そんなことを考えていると、突如常葉ちゃんが指をパチンと鳴らした。
「そうですわ、こんなことをしてる場合じゃありませんでしたわ。私としたことが、本来の目的をすっかりと忘れていました……」
……本来の目的?
首を傾ける。一体なんなのだろう?
そんな疑問も束の間。
常葉ちゃんは私の肩をグイッと引っ張る。
そして、いきなりのことで体勢を崩しよろけた私の耳元で、囁いた。
「私に壁ドンをしたのはお姉様ですか?」
と。
ん? 壁ドン? 何の話?
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